夏になると日差しが強くなって、それから蝉が鳴いて…、花壇に黄色いヒマワリが咲く。けれど、そんな夏らしい風景を眺めることもなく、生ぬるい空気の充満した生徒会室の中で執行部員達はぐったりとしていた。
 しかし、実は執行部員全員がぐったりとしている訳ではなく、イスの上に正座して熱いお茶を飲んでいる人物と、鉄アレイで筋トレなんてしている人物はいつもと変わらない。お茶を飲んでいるのが松原で筋トレしているのが室田なのだが、この二人よりも見ている後のメンバーの方が暑そうな顔をしていた。
 「うあぁぁっ、くっそっ!!マジで暑すぎて死ぬっっ!!!」
 「そんなのは言わなくてもわかってるから黙ってなさいよっ!! 暑い時に暑いって言うとよけいに暑くなるじゃないっ!!」
 「そんなん俺が知るかっ!」
 「もうっっ、ほんっとに今日も殺人的に暑すぎっ!」

 「・・・って、自分だって暑いって言ってんじゃんっ!!」

 こんな感じでさっきから暑い暑いと言い合っている執行部の紅一点である桂木と、自称超絶美少年の時任の間に挟まれた相浦は、暑さのために愛用のパソコンを起動することもできずに机の上にぐったりと伸びている。けれど、それは暑さにやられたというよりも、桂木と時任に元気を吸い取られてしまったような感じだった。
 相浦の汗が空気と同じように生暖かい机にポトリと落ちる。心の中ではアイスが食いたい、アイスが食いたいと連呼していたが、相浦はまるでガマン大会のように汗を流しながらじっと机にしがみついて耐えていた。

 「ううぅ…、今日こそは絶対に俺は叫ばないっ、叫んでやるもんかっ」

 そんな風に相浦がブツブツと呟いているのは、執行部では夏になるとアイスを買いに行く時に必ず叫ばなくてはならない言葉があったからである。その言葉は別に恥ずかしい言葉ではないが、執行部にいる誰もが叫びたくない言葉だった。
 去年の夏は冷夏だったのでこの言葉を叫ぶ回数も少なかったし、叫ぶことにもあまり抵抗はなかったが…、真夏日が続いている今年の夏は誰かが叫ぶのを聞きたいとは思っても、絶対に自分では叫びたくない。
 しかし、そんな相浦の背中に時任が後ろからしがみついてきた。
 「うあぁあっ、暑いぃぃっ、焼け死ぬ〜〜っ!!」
 「そう思うんだったら、もっと別な言葉を叫べばいいじゃんっ」
 「絶対にイヤだーって…、マジで意識が朦朧としてきた…」
 「うっ…、俺もちょっちヤバいかも…」
 「だ、だったらさっさと放せよっ!!」
 「俺だって暑いし汗臭ぇし、さっさと放してぇんだっ! だから、さっさとあきらめて叫べよっ!!」
 「・・・・・・・・」
 「叫ばないなら、こーしてやるっ!!」

 「うわぁぁぁっ!!!!」

 相浦の背中にしがみついていた時任は、手を前に回して更にぎゅっと抱きついてくる。すると時任のさらさらの髪が頬に当たって、相浦は背中の熱さを感じながら自分の鼓動が少し早くなったのを感じた。
 男二人がこんな状態で暑苦しくて汗臭いはずなのに、なぜか時任からは良い匂いがしてくる気がする。サラサラの髪が頬を撫でるたびに鼓動が早くなって、相浦の顔が耳まで真っ赤になった。
 けれど、それは暑いせいだけじゃない。
 自分の鼓動がおかしいことに気づいた相浦は、動揺して本気で暴れ出した。
 
 「頼むからっ、マジで放せってっ!!」
 
 だが、そう言っても時任はますます抱きついてくるだけで放さない。そんな二人の様子を桂木があきれ顔で見ていたが、見ているだけで止める気はないようだった。
 早く時任から開放されたい…、けれどちょっとだけ惜しい気もする…。
 相浦は後ろから時任に抱きしめられたままそんなことを思っていたが、生徒会室のドアが開いてある人物が入ってきた瞬間、胸のドキドキも暑さも一気に吹っ飛んだ。だが、ドキドキと一緒に暑さも吹っ飛んだはずなのに、相浦は慌てて絶対に言いたくなかった言葉を大声で叫ぶ。
 すると、時任が相浦から離れて無邪気にバンザイをした。

 「こ、この中でアイスが欲しいヤツっ、三秒以内に手ぇ上げろっ!!!!」

 相浦はそう叫び終わると、やっと時任の腕から開放されてガックリと肩を落とす。あまりの暑さに昨日は思わず言ってしまったので今日こそは言わないと誓っていたが、ドアの辺りから漂ってくる冷気にやられて凍死するよりマシだった。
 生徒会室の入り口に立っている人物、時任の相方で同居人の久保田。
 相浦に抱きついている時任を見た時、久保田の目は開いていたが、今はいつもの糸のような細い目に戻っている。それを確認した相浦はほっと胸を撫で下ろしたが、冷気が消えて暑さが戻ってきたので再び机にガックリと沈み込んだ。
 しかし、そんな相浦に向かって手をあげた執行部員達は次々に自分の食べたいアイスの注文をする。すると、相浦は机に突っ伏したままで注文を聞きながら深いため息をついた。
実は夏になるとクーラーのない執行部ではアイスを買出しに行くことが多いが、なぜか買出し係をジャンケンで決めない。誰が決めたのかはわからないが、心身を鍛えるために暑さに耐え切れなくなった者が真夏の太陽の日差しに耐えながら買いに行くことになっていた。
 松原と室田は鍛え方が並ではないので、炎天下のグラウンドを走ろうとも音をあげることはないが、見回りよりも事務処理が得意な松原や暑いのが大嫌いな時任は西日の当たる生徒会室にいると冷たいものが食べたくなる。どこか涼しい場所に避難するのも手だが、見回り以外の公務の時間帯は騒ぎや揉め事が起こった時のために生徒会室に待機しているのが決まりだった。
 「あたしはバーゲンダッツのバニラっ!」
 「僕はなんでもいいので、抹茶味のをお願いします」
 「俺は雪見大福を頼む」
 「じゃ、俺は新発売の練乳ミルクかき氷で…」

 「えーっと、バニラに抹茶に雪見大福…、それから、れ、練乳ミルク…」

 相浦は注文されたアイスを間違えないように復唱したが、まだ一人だけどんなアイスを食べたいのか言っていない。それは、相浦に抱きついて暑い思いまでしてアイスを食べたがっていた時任だった。
 あんなに食べたがっていたにしては注文が遅いので相浦が早くするように言うと、時任はわかってると言いながらも唸っている。どうやら、何を食べたいのか決まらないのではなく、食べたいアイスがどんな品名だったのか思い出せないようだった。
 「あーっ、クソっ! 喉まで出かかってんのに思い出せねぇっ!」
 「名前が思い出せないなら、何味とかどんなのに入ってたとか…」
 「何味? あれってなに味って言うんだっけ?」
 「そ、そんなの食ってない俺がわかるわけないだろっ」
 「でも、ちょっと前に食ったけど、なんかすっげぇうまかったんだっ」
 「う、うまいアイス・・・・」
 「そうだよっ、俺が食いたいのはうまいアイスなんだよっ!」

 「・・・・もしかしたら、セブンに売ってるアイス全種類うまいかもな」

 ・・・・・・・・・時任の欲しいうまいアイス。
 これだけでアイスを買いにいくとなると、セブンのアイスの入った冷凍ボックスで適当に選ぶしかない。それはなんとなく、くじ引きと似てる気もしたが、本当のくじ引きと違ってボックスの中に当たりが入っているとは限らなかった。
 相浦はあきらめて他のアイスにするように言おうとしたが、その前に唸り続けていた時任は窓の方を見る。そして何かをあきらめたように小さく息を吐くと、ドアに向かって歩き出した。
 「別にそれじゃなきゃダメってこともねぇけど、なんか気なるし一緒に行く」
 「一緒に行くって…、暑いの嫌いだから行きたくなかったんじゃないのか?」
 「でも、気になるもんは気になんだよっ」
 「けどさ…」
 「なんだよ? もしかして俺と一緒に行くのはイヤなのかよ?」
 「そ、そうじゃないけど…」

 「ならいいじゃんっ!」

 時任はそう言ったが、この場合は別に一緒に行かなくても買出し当番に時任がなればいいだけの話である。そうすれば、時任は自分でうまいアイスを探して買うことができるし相浦は行かなくて済む。だが、一緒に行く気になっている時任を見ているとなんとなく、まぁいいかと思えてきた。
 暑い中を一人で行くのは嫌だが、二人で行くなら楽しそうである。そう考えると久保田によって冷やされてしまった背中が、また少しだけ熱くなってくる気がした。
 だが、相浦がアイスを買いに一緒に行こうと時任に向かって言う前に、久保田が素早く時任に歩み寄る。そして、うまいアイスを相浦と買いに行こうとしている時任の肩を軽くポンポンと叩いた。
 「えっ、あ? なんだよ、久保ちゃん」
 「そのアイスって三日前に食ったアレ?」
 「違うっ。アレもうまかったけど、それじゃなくてっ」
 「じゃ、それよか前に食ったヤツ?」
 「た、たぶん…」
 「色は?」
 「うー…、黄色だったかも?」
 「もしかして、白と黄色?」
 「そんなカンジっぽかった」
 「ふーん、ならアレかな?」
 「もしかしてわかったのかっ、久保ちゃんっ!?」
 「たぶんね」
 二人の会話に聞き耳を立ててアレとか三日前とか言っているのを聞いても、相浦には何のことなのかわからない。だから、近くにいる桂木にわかるかどうか聞いてみたが、やはり桂木にも何なのかわからなかった。
 「わからなくて当たり前でしょっ。アレとか言われただけで、イメージが湧くわけないじゃない」
 「久保田にはわかってるみたいだけど?」
 「それは一緒に暮らしてるし、ずっと年中一緒にいるからよ」
 「そうか、そう言われればそうだよな…」
 「なに、いまさら当たり前のこと聞いてんのよ」
 「ぺ、別になんとなく聞いてみたくなっただけだって」
 「・・・・なんか、ちょっとあやしいわねぇ?」
 「違う、俺は別に…っ」
 「なら一つだけ言っとくけど、誰から見てもアンタに勝ち目はないわ」
 「な、なんのコト言ってんのか意味がわからねぇよ…、マジで」

 「だったら、いいけどね」

 勝ち目はないと桂木に告げられて…、それがどういう意味なのかわからないフリをしながら相浦が時任と久保田の方を見る。しかし、相浦が視線を向けると久保田は時任を置いてドアに向かって歩き出す。そして一度立ち止まって振り返ると、相浦に向かって軽く手をあげた。
 「アイスは俺が買ってくるからいいよ」
 「えっ、マジで?」
 「うん」
 「今日は俺が言ったのになんか悪いな…」
 「じゃ、行ってくるから」
 「あ、あのさっ、すごく暑いから気をつけて行けよっ」
 久保田が行くことになって、本日の買出しから逃れることのできた相浦はほっとしながらそう言って手を振った。だが、こうして何日かぶりに買い出しから開放された相浦だったが、この後でやっぱり自分で買いに行けばよかったと後悔することになる。
 それは、久保田がコンビニ行ってから数十分後…。
 戻ってきた久保田が桂木にバニラ、松原に抹茶、そして室田に雪見大福を渡して、それから次に時任にマンゴーとバニラが入ったカップアイスを渡してから少ししてからのことだった。
 久保田からアイスを受け取った時任は、じーっとアイスを見つめながら木で作られたさじですくって食べる。そしてアイスの味を確かめると、久保田に向かってうれしそうにうなづいてみせた。
 「あーっ、マジでコレだよっ、コレっ!」
 「黄色い部分がマンゴーで、白い部分がバニラね?」
 「そうそうっ、このマンゴーのトコもうまいんだけど、バニラんトコもうまいんだよなっ」
 「どんなアイスなのかなんでわからなかったかってのは、たぶん俺が渡したアイスをテレビ見ながら受け取って食べてたから、どんなのか良く見てなかったんじゃない?」
 「えっ、そうだったっけ?」
 「うん、新発売だって言って渡したけど?」
 「・・・・覚えてない」
 「だぁね」
 「あ、あのさ…、久保ちゃん」
 「なに?」
 「・・・・買って来てくれてサンキューな」

 「どういたしまして」

 ありがとうと言って、どういたしましてと答えて…、
 そうして冷たいアイスを食べながら時任と久保田が穏やかに微笑み合っていると、その様子を見ていた相浦は小さく息を吐いてまたぐったりとして机にしがみつく。机の上にはちゃんと冷たいアイスが乗っていたが、それは食べられないままにすぐ近くからの熱気で溶け始めていた。
 
 「今日も暑いし、早く食べないと溶けちゃうよ?」

 買ってきたアイスを食べない相浦を見た久保田が微笑みを浮かべたままでそう言うと、なぜか相浦の背筋にまた冷たいものが走る。けれど、久保田はすぐにまた時任とアレとかソレとか言いながら、二人だけで二人にしかわからない話をし始めた。
 相浦が二人のそんな会話を聞きながら溶け始めたアイスをやっと食べ始めると、その頃になってやっと補欠である藤原が生徒会室に現れる。すると今度は久保田を挟んで藤原と言い合いをしている時任の声を聞きながら…、


 相浦はかき混ぜすぎてドロドロになってきたアイスを見つめていた。


                                             2004.8.8
 

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