ミルキーウェイ.4
注意※このお話は、橘松です。
毎日、学校へは徒歩圏内であるため、歩いて通っている。
しかし、今は急いでいるため、俺は学校に戻るために自転車を走らせていた。
七夕に参加するためではなく、桂木からの電話で聞いた内容を確認するために…。特に心配の必要もなく、ただの杞憂で終わるのかもしれないが、それでも嫌な予感と胸騒ぎが止まらなかった。
短冊の拉致予告だけなら、ただのイタズラと執行部や橘に任せるつもりだったが…、
誠人の次に、桂木がかけてきた電話の内容は、拉致予告とまったく無関係とも思えず何か引っかかった。
『・・・少し前から副会長の姿が見えないんだけど、もしかして、また、あたし達にナイショで何かしてるって事はないでしょうね?』
電話の向こうから、そう言った桂木は不機嫌そうだった。
また何か良からぬ事でも企んでいるのではないかと俺を疑っている様子だったが、今日は何もしていないし、その予定も無い。そう桂木に言うと、今日はねとやけに突っかかる言い方をされてしまったが、普段が普段なので言い返さず、今日はなと素直に認めた。
「それで、橘は本当に居ないのか? 本部は?」
『あまり人数が裂けないから、室田と藤原ってコンビだけど、居そうな場所はあらかた探したわ。今も探してるけど、あの副会長が誰にも何も言わず姿を消してるってのが…、どうにもね。緊急時に備えて参加って、自分の役割を忘れたとは思えないし…』
「同感だ。私もすぐにそちらへ行こう」
『そうしてくれると助かるわ』
何もなければ良いが、何か起こってからでは遅い。
桂木と俺の意見は話すまでも無く、一致していた。
おそらく、桂木も嫌な予感を感じているから、わざわざ帰宅していた俺に電話してきたのだろう。自宅の電話番号を誠人に聞いたのなら、おそらく、誠人も同意見だ。
あの短冊と橘が消えた件は、無関係ではない可能性がある。
これは実に嫌な一致で、嫌な面子だった。
「・・・・・俺が私情を挟んだせいか」
愚図ついた天気のような感情をぶつけた挙句の、この状況。
いつものように橘と一緒にいれば、何も起こらなかったに違いない。七夕に参加しても参加せずに自宅に帰っていたとしても、二人で居るなら問題はなかったはずだ。
拉致予告の短冊も、ただのイタズラとして片づけられただろう。
だが、そう思ってみたところで、何も変わりはしない。
今現在、俺の傍には橘が、橘の傍には俺が居ない。
本当にどうしてこんな事になってしまったのか、自分でも理解に苦しむ。
いつも通りにしていれば良かったのに…、今日に限って俺は…。
そんな答えの出ない問いかけを、何度も何度も胸の奥で繰り返しながら、ようやく、俺は学校の校門近くまでたどり着く。しかし、あえて校門からは入らなかった。
参加者以外の人間が侵入するのを防ぐため、開けられているのは正面の校門だけのはずだが…、おそらくは…。そう思い自転車を降りて目立たぬ場所に置くと、正面ではなく、裏門へと回る。
すると、やはり、そこには裏門の鍵を持った誠人が立っていた。
「ほらね、こっちからだったデショ?」
「うぅー…っ、確かにそうだったけど、なんかムカつくっっ」
鍵を持った誠人の後ろには、なぜかムスッとした顔をした時任。
俺が来たのを見て裏門を開けた誠人に、どうしてわかったかと聞くと、いつもと同じのほほんとした口調でなんとなくと答える。すると、時任はますますムスッとした顔になり、フンッと勢いよく、そっぽを向いた。
「今の相方は俺だかんなっ。元相方だからって、いい気になんなよっっ」
そんな捨て台詞をした時任は怒ったようにズンズンと歩き、一人校舎へと戻って行く。すると、誠人は戻る時任の背中を少しの間、きょとんと見つめた後、時任にしか見せないだろう優しい微笑みを浮かべた。
「俺の相方は、お前だけだよ…」
それは、元相方としては寂しいセリフなのかもしれない。
しかし、誠人の優しい微笑みを見ると寂しいではなく、良かったと思うだけだ。
コンビニの前でも思ったように時任と出会ったことで、一緒に居ることで誠人は良い方向に変わっている。けれど、俺と出会ったことで、一緒にいることで優しくなった橘の微笑みは、とてもそんな風には思えなかった。
右腕であり恋人でもある橘は、公私ともに俺の事を誰よりもわかってくれている。それは誰に言われるまでもなく、事実だが…、微笑む橘のわかっているは何かが違っていた。
改めて思い返してみても、違和感を感じる。
橘の微笑みが優しければ優しいほど、それは強くなる。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではなかった。
戦闘力で言うなら、横を歩く誠人や前を歩く時任に匹敵する強さを持っている橘だが、状況によってはわからない。とにかく、一刻も早く探し出す必要があった。
「お前たちがここに居たということは、橘はまだ見つかっていないのだろう? 状況はどうなってる? あの短冊の他に、何か情報はないのか?」
そう歩きながら尋ねると、誠人が前方を指差す。
すると、そこには橘の捜索をしていた室田の姿があった。
桂木の話だと藤原も一緒に捜索していたはずだが、どこにもその姿は見えない。だが、それは俺が聞くまでも無く、先に行っていた時任が室田に尋ねていた。
「おい、藤原はどうしたんだよ? 一緒に探してたんじゃなかったのか?」
「それが、捜索の途中で、急に姿が見えなくなったんだ。トイレにでも行ったのかと思ったのだが、未だ戻らないし、どこにも居ない」
「橘の次は、藤原…ってワケか」
「すまない。俺がきちんと見ていれば…」
「どーせ、アイツのコトだから、どっかでなんかドジ踏んだんだろ。気にすんな、俺が橘のついでに藤原も見付けてやっからよっ」
藤原を見失って落ち込む室田の背中を、時任が励ますようにバンバンと勢い良く叩く。しかし、一通り校内を捜索しても居ないとなれば…、やはり校外か。
そうなると、探す範囲は広くなり、人手も足りなくなる。
それこそ、七夕どころの騒ぎではない。
だが、そんな俺の思考を読んだかのように、誠人がまだ校内に居る可能性が高いと思うけど?と言った。
「裏門のカギは、俺の手の中。正門には受付と言う名の見張りが居るし、壁かフェンスを乗り越えて校内に忍び込むことは出来たとしても、出るのは難しいよ。特に人質だとかそういうのを連れてる場合はね。隙を見て、逃げられる可能性が高い」
「・・・橘の他に、もう一人居たとしたら?」
「なら、余計デショ。よっぽどのコトがなければ、あの副会長サンなら、そのもう一人を逃がすくらいはやってのけるんじゃない?」
「そうだな…。橘なら自分の身を挺してでも、必ずやってのけるだろうな」
誠人の意見に同意しながら、こんな場合ではないというのに、案外、橘のことをわかっている誠人に、さっきの時任と同じような心情になる。
正直に言うと・・・、面白くない。
おそらく、中庭でもそうだったように、いつも橘が何かと突っかかり、傍目にはあまり仲が良くないように見えるが、意外と話していることの多い二人だ。本人達は否定するだろうが、どこかわかり合っている部分があるのかもしれない。
そう思うと、なぜか胸がキリリと痛んだ。
「この非常時に、私情は禁物…、だろう」
まだ探していない場所を室田が言うのを聞きながら、ため息と一緒に、そんな小さな呟きが漏れる。そして、それは他の誰でもなく、自分自身に向けての言葉だった。
2011.6.23
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