ミルキーウェイ.5


注意※このお話は、橘松です


 七月七日、七夕に橘がいなくなり、藤原が消えた。
 それに何か関係ありそうな出来事は、執行部主催で行われている七夕イベント用の笹に付けられていたという俺を拉致するという短冊の予告。
 今、二人を捜しに校内に入る傍ら誠人に確認してみたが、家に電話して俺の無事を確認するように頼んだのは、やはり橘だった。
 俺に短冊の事を言うなと口止めしたのも桂木ではなく、橘。
 もしも、そうであるなら、橘も警戒はしていたはずだ。
 帰宅途中で誠人達と会っていたため、おそらく、ただの悪戯だと予測はしていただろうが、それでもそんな悪戯をする人間がイベント参加者の中に混じっているのは事実。何かが起こる保証は無いが、何も起こらないという保証も無い。
 なのに、橘は誰にも何も告げず姿を消した。
 今、俺が一番気になっている部分は、やはりそこだった。
 このイベントには執行部員が、その中でも特にこういった場合に話の通じるだろう桂木や誠人も参加している。そんな状況で何の手がかりも残さず姿を消す理由は一体何だったのか…、俺は考えを巡らせながら右手で自分の顎を軽く撫でた。
 
 「もしかして…、なんかわかったのか?」

 暗闇に包まれると同時に、月明かりにも照らされ始めた廊下を歩く俺の隣から、そんな声が聞こえてくる。それは二人を捜すために二手に分かれるという事になった時、俺と一緒に行くと言った時任の声だった。
 てっきり時任は誠人と行くと思っていたから、俺は室田に声をかけようとしていた。しかし、その時、それを遮るように時任は誠人ではなく、俺の方に行くぞと言った。
 だから、俺は問いかけてきた時任に、なぜ?と逆に問いかけた。すると、時任はムスッとした顔で、俺が行かなきゃ久保ちゃんが行くだろっと言った。
 「なるほど、嫉妬か…」
 「なっっ、ち、違ぇよっ! そうじゃなくってっ!!」
 「違わないだろう?」
 「ちがーうっ! そうじゃなくて、久保ちゃんとてめぇじゃ頼りねぇつってんだ!」
 「こう見えても、私は元執行部だ。自分の身くらいは、自分で守れるが?」
 「ぜんっぜんっ、そんな風に見えねぇし、ブランクっつーのもあんだろ」
 「それは否定しないが…、時任は本当に誠人のことが好きなんだな」
 「はぁ? い、いきなり何言ってんだ…っつか、今の話から、どうしてそうなんだよっ」
 「顔が赤いぞ」
 「うるせぇっ!…ていうか、そんな話してるヒマあんなら、早く探さなきゃだろっ!」
 なに、余裕ぶっこいてやがんだと怒鳴りつつ、誠人を好きな事は否定しない。そんな時任のほんのりと赤くなった頬を見て、自然に自分の口元に笑みが浮かぶのを感じた。
 本当にうらやましくなるほど、仲が良い二人だ。
 微笑ましくて、うらやましくて…、口元に浮かんだ笑みが、次第に苦笑に変わっていく。バカップルなどと呼ばれたいとは思わないが、せめて、橘にとってマイナスにならない存在でありたい、そうでなれば傍にいる理由など…、と…、
 時任が言うように、早く探さなくてはなないのに、そんな答えの出ない思考ばかりが頭を巡る。そう…、俺はいつものように冷静でいるつもりで、実際は違っていた。
 無関係な事を考えることで、俺は冷静さを保とうとしているだけだった。
 本当は感情に思考が乱され、何も思いつかず考えがまとまらない。無意識に伸びた右手が軽く髪を掻き毟りかけ、ハッとそれに気づいた俺は小さく息を吐いた。
 「どうかしたのか?」
 「いや…、何でもない」
 「なら、いいけどさ…。せっかく、久保ちゃん達が下見張ってくれてんだから、とりあえず順番に探してこうぜ」
 一階を誠人と室田で見張り、俺と時任で下から上へと捜索してく。
 そうして、一階を塞いだ上で、下から上へと追い込みをかける寸法だ。
 この作戦の立案は誠人、人選は時任…ということになるのだろうか…。
 結局、俺は駆け付けただけで、何の役にも立っていない。
 橘が居ない、それだけでこの有様だった。
 今まで橘に甘えてきたツケが一気に回ってきたような…、そんな日の情けない自分の顔が、外に見える楽しそうな生徒達の姿の上に重なるように、うっすらと窓ガラスに映る。俺はそれを睨みつけると、時任に合わせるように周囲を警戒しつつ足を早めた。










 窓の外は騒がしいが、校内はしんと静まり返っている。
 一度、執行部が見回っているが、藤原が居なくなった場所は校舎内。
 未だに行方不明となると、ある程度、場所が特定されている藤原を探した方が何らかの手がかりを早く掴める可能性が高い。橘が居なくなった件と関係があるかどうかは不明だが、状況から見て、まったく無関係とも思えなかった。
 白ではなく、灰色であるなら疑いも、可能性も捨てるべきでない。
 それに執行部がどう考えているのかはわからないが、藤原の腕っぷしの強さではなく、弱さを考えると救出ならば、こちらを見つける方が先だろう。
 ・・・・橘なら多少の事なら自力で何とかするだろうし、心配はいらない。
 橘の強さは、誰よりも俺が良く知っている。
 万が一、校庭や裏庭で何かあったとしても桂木と松原、そして相浦も居るし、一階の誠人達もすぐに駆け付けられる距離にいるし…、大丈夫だ。
 だから、もう何も考えるな、こんな時に私情を持ち込むなど、会長にあるまじき行為だろう。とにかく、今はただひたすら無心に藤原を探して…、と…、
 そう思うのに探すために足を踏み入れた図書室で、俺はまた橘のことを脳裏に思い浮かべてしまい、時任に気づかれないように唇を噛む。
 なぜだ…、自分自身の事だというのに訳がわからない。
 図書室で耳をかすめた聞き慣れた声は、ただの幻聴。
 そして、それはおそらく俺が初めて聞いた橘の声だった。
 
 『・・・その本、良ければ僕が取りましょうか?』
 
 まだ、高校に入学して二週間程度しか経っていなかった頃、誰も居ないと思っていた朝の図書室で、俺はいきなり声をかけられて驚いた。
 そして、自分に向けられた顔と微笑みを見て、あぁ…と思った。
 同じクラスになった事はなかったが、中学の頃から可愛いとか天使だとか噂になっていたから顔と名前だけは知っていた。しかし、そんな噂に興味はなかったから、特に何も思うことなく、目の前に差し出された本をありがとうと礼を言って受け取っただけだった。
 すると、橘は小さく笑って、名乗ってもいない俺の名を呼んで…、
 貴方の隣は、今、空いていますか?…と訳のわからない事を言った。
 高校に入って急に背が伸び始めたらしい橘と違い、当時はまだ背の低かった俺は、じっと見つめとくる橘の瞳を見上げながら、なんだ、コイツは…と素直な感想を心の中で呟きつつ首をかしげる。すると、綺麗な顔が間近に迫ってきて、あ…と叫ぶ間もなく唇に柔らかな感触が降ってきた。

 「・・・・あの、エロ魔王め」

 中等部の頃、天使の噂に興味はなかった。だから、廊下だろうと裏庭だろうと、どこですれ違おうとも特に気に留めたり、視線を止めたりした覚えもなかった。
 しかし…、それでも、あの一瞬でたぶん俺の心は奪われてしまった。
 触れた柔らかな唇と自分を映す優しい色の瞳と俺を呼ぶ、甘く切ない声に…。
 それを認めるまでに少しかかったが、きっと、そういう事だったんだろう。
 あの日、橘が取ってくれた本と同じ本の前に立ち止まっていると、時任が何してんだと聞いてきたが、何でもないと軽く手を振る。そして、他の教室と同じように時任が出た後、探したという目印と犯人の居場所を潰していくために電気は点けたまま俺も図書室から出た。
 照明の確認は時任に言わせると、一階を警備しながら誠人がしてくれているらしい。少し曖昧な言い方だったので、本当なのかと聞いてみれば、アイツなら絶対だという返事がかえってきた。手が足りなきゃ、松原にでも応援頼むだろ…と。
 しかし、それでも話も打ち合わせも何もしていないというのだから驚きだ。
 一体、その自信と信頼は、余裕はどこから生まれてくるのか…、
 どうしたら、二人のように笑っていられるのか…、
 依存して寄りかかるのではなく、自分の足で立つことができるのか…、
 橘の事を考えるたびに、解けない問題ばかりが積み重なっていく。
 積み重なって、心は少しも晴れる気配がなく、橘も見つからない。
 時折、校舎内にまで響いてくる歓声を聞いていると、なぜか寂しさばかりが募って…、大丈夫だと思っていても、どこで何をしているのかと心配で…、
 だが、おいっと時任に声をかけられ、指差された先を見た瞬間、寂しさも心配も愚図ついたままの心も、何もかもが凍りついて動かなくなった。

 「あれって…、もしかして橘? 隣に居るのは、誰か知らねぇけど」

 おそらく、上から見たから見つけられた。
 俺と時任が探している校舎と、その前に立つ木の間…、つまり人目につかない場所に橘が居る。そこで人目を忍んで誰か…、男と話をしているようだ。
 月明かりとさっきから点けて回った教室の照明のおかげで、顔まではわからないものの、背格好から見知った人間なら、誰なのか判別できる。時任は橘しかわからなかったようだが、俺にはもう一人が誰なのかわかった。
 あれは真崎だ…、間違いない。
 いなくなったから、何か事件にでも巻き込まれたのかと思って来てみたが、どうやら杞憂だったようだ。誰にも何も言わず…というのは橘らしくないが…、何か知らせたくない理由があったのだろう。
 もしかしたら、本当は少しだけ話して、戻るつもりだったのかもしれない。
 話しているらしい二人を見て、そう思った俺は、その事を時任に伝えようとした。
 橘の事は心配しなくていい、とにかく、今は藤原を探そうと…、
 自分が今、どんな顔をしてるのかも知らずに…。
 けれど、そう言おうとした瞬間、俺と時任が歩いている廊下の突き当りを、さっと素早く何者かの影が過った。


                                              2011.7.7  

 (=TдT=)ニャァアアアア!!
 終わらないっっ、終わらないですっっ。
 しかも、昨日書いてた分は、結局、全消しで書き直してしまいました(涙)
 うう、調子が悪い時は、そ、そんなものですよね…(/_<)
 ちまり、5をアップして、今日と明日にかけて6を書きますっ。
 7日が終わるまでに書き終わるかどうか謎ですが、頑張ります!


 ミルキーウェイは一話にこだわらず、書けた分だけをアップしてまいりたいです。
 なので、次回の更新は、同じページに続きを書いて、行数が増えていく事になりますデス。
 読んでくださった奇特な天使様っっ、ありがとうございますっっ、頑張りますです!<(_ _)>vv


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