「あのさっ、マジでそうじゃないって!」
 「うるっさいわね、言い訳なんて聞きたくないって言ってるでしょ!」
 「だから、言い訳じゃなくてホントの事だって言ってんだろっ!」
 「ホントって、そんなのどうやって証明すんのよ!」
 「しょ、証明って…っ」
 「やっぱり無理なんじゃない」
 「だったら、一緒に居たヤツ連れて来たとして、お前は信じるのかよ?」
 「・・・・・・信じない」
 「信じないなら、いくら証明したって意味ねぇじゃん!」

 そんなやりとりが聞こえたのは、駅の構内。
 時任と一緒に出かけた帰り、電車が来るのを待つ間の出来事だった。
 俺と時任の立ってる近くで、言い合う一組の男女。
 たぶん、付き合ってたりするんだろうけど、別れる寸前って雰囲気だよねぇ、アレ…。男の方は浮気してないって何度も繰り返し言ってて、女の方は絶対に信じないの一点張りだしね。
 会話が聞こえなくて遠くから見ると、男が女に付きまとってるように見える。
 男の側から見れば、何ともお気の毒なご様子。
 けど、ベツに見知らぬ二人が別れようと、どうしようと興味はない。俺が待ってるのは二人の別れる瞬間じゃなくて、ウチへ帰る方面へと向かう電車だし。
 その電車も五分と待たずに来るっていうのに誰の運が良くて悪いのか、五分間、ずっと二人の会話を聞くつもりもないのに聞かされてる。それは隣にいる時任もやっぱり同じみたいで、何か言いたくなったのか、一歩…、痴話喧嘩してる二人の方へ足を踏み出そうとした。
 
 「あのさ…っ」

 けど、時任が言いかけた言葉は、校内アナウンスと電車の到着した音で掻き消され、俺は腕を伸ばすと時任の肩を抱くようにして前を向かせる。そして、ちょうどタインミング良く到着した電車を軽く指差した。

 「電車来たよ?」
 「けど、なんつーか…」
 「痴話喧嘩は犬も食わないらしいから、ほっときなって」
 「でもさっ」
 「ほら、早く乗らないと出ちゃうよ?」

 今の電車が出ても、また五分前後すれば同じ方面への電車が来る。でも、あえてソレを言わずに、不満そうなカオした時任を電車の中へと押し込んだ。
 その時、俺の目の端に未だ言い合う二人が映ったが、俺は時任と違って特に何も思わない。ま、時任も仲裁しようとまでは考えてないだろうから…、たぶん何か一言だけとか、そんなカンジなのかもしれなかった。
 俺に押される形で電車に乗り込んだ時任は、やはり不機嫌そうな顔をしてて…、そんな時任の顔を見た俺は小さく息を吐く。その瞬間、さっきまでは二人に対して何も思ってなかったはずなのに、時任の視界に入らない場所でして欲しかったなぁ、せめて…とか思えてきて苦笑した。

 「ココが世界の中心…、だったりして」

 そんな呟きと共に視線を窓から、すぐ隣に立つ時任のつむじに移す。
 すると、そこはホントに中心ってカンジで、真ん中にあって…、
 俺はそんな小さな中心に、可愛いつむじに口元が緩むのを感じた。
 
 「・・・・・なに、笑ってんだよ」
 
 笑みを浮かべている俺に気づいた時任は、更に不機嫌そうなカオになる。声まですごく不機嫌そうなのは、さっき押し込まれたのと、今、笑われていると思ったのと両方が影響した結果…。
 でも、口元に笑みが浮かんでる方は、別に時任が不機嫌になるようなコトを考えてるからじゃないって言っても…、ソレを言って信じるかどうかは時任次第なんだけどね…、と…、
 そんな風に考えてると、さっき言い合っていた二人が脳裏に蘇った。

 「どんな言葉を紡いでも、どんなに笑顔を向けても、向ける相手が自分じゃない限り無理なんだけど…、ね…」

 あの痴話喧嘩は、まだやってるのだろうかと、なんとなく考え。
 何の前フリもなく、唐突に思ったままを口にする。
 すると、さっきの二人の様子を一緒に見ていた時任には、俺が何のコトを言ってるのかわかったらしく、そっか?…と言いながら小さく首をかしげた。

 「自分じゃなきゃって…、ソコであきらめちゃダメなんじゃね? あきらめたら、ホントに無理になっちまうじゃん」
 「けど、同じ言葉でも同じ笑顔でも感じ方は人それそれだし、思うコトだって違うし…、ね。親切に助けようとして手を伸ばして、噛み付かれたり引っかかれるコトだってあるから…」
 「でも、ソレって誤解じゃ…」
 「うん、だからヒトは誤解を重ねて生きてく、生き物じゃないかって」
 「誤解を重ねるイキモノ?」

 「ヒトとヒトとの間は永遠に…、いつも消えない誤解の海が広がってるって、ただそれだけのコト」

 俺がそう言い終えると次の駅に到着し、電車が止まる。
 でも、この駅はまだ降りる駅じゃない。
 俺も時任も動かずに同じ場所にじっと立ったまま、お互いにくっつきそうでくっつかない距離を保っていた。
 そして、動き出すのを待つかのように、二人ともそれ以上は何も言わずに黙り込む。だから、俺はまた世界の中心を、時任のつむじをじっと眺めていた。
 世界の中心をじっと眺めて…、時任が何か言い出すのを待つ。
 すると、電車が再び動き出してから、時任がゆっくりと口を開いた。
 
 「だったら、俺も久保ちゃんを誤解してんのか? そんでもって、久保ちゃんは俺を誤解してんのか?」
 「・・・・そうかもしれない」
 「・・・・・・っ」
 「だって、お前はお前で俺は俺だし? だから、そんな俺らの間に誤解が生まれないなんて、有り得ないデショ?」

 そう言った瞬間、俺と時任の間の空気が緊張するのを感じた。
 緊張して凍りつき、それでも俺は世界の中心を見つめる。
 中心をじっと見つめて、誤解しててもしてなくても変わらないなぁ…と、ただ、それだけを思った…。
 時任はショックを受けてるみたいだけど、俺はたとえ時任との間に誤解の海が広がっていてもショックじゃない。むしろ、今、誤解があるから時任が俺の傍にいる…、ような気がしないでもないから…、
 俺は俺らの間に生まれる誤解を解く気はなかった。

 「今日の晩メシ何にする?」

 ようやく着いた、俺らのマンションに一番近い最寄りの駅。
 スーパーかコンビニで食糧買って、後は帰るだけ…、
 だから、俺はしてた話を打ち切って、いつもの調子と会話に切り替える。そしたら、時任も同じようにいつもの調子に戻る…はずだったけど、駅のホームに降り立った瞬間、時任は無言で俺の腕を掴んで引っ張り、出口じゃない方向へと歩き出した。
 
 「ねぇ、ドコ行くの?」

 一度だけ、そう尋ねてみたけど、返事はナシ。
 俺の腕を引き無言で歩いていく横顔を見るとめずらしく無表情で、俺はなんだ、こんな表情も出来るのかと少しだけ驚く。いつも何らかの感情をカオに浮かべていた気がするのに…、今の時任の表情は何もなく静かだった。

 「・・・・・・・海へ行こう、久保ちゃん」

 俺らが乗って来た電車の向かい側のホーム。
 俺の腕を引き、そこまで来てやっと時任はそれだけポツリと言って…、
 帰ってきた線路を、また戻っていく電車へと乗り込んだ。
 たぶん、言葉通り海に行くために…。
 だから、俺はそれ以上は何も聞かずに、電車に乗り込み海を目指す。
 走り出した電車の振動に揺られながら、時折、また時任のつむじを眺めながら…、ただひたすらに君の目指す海を俺も目指す…。
 だって、世界の中心は君だから・・・・・、


 だから・・・・・、俺は海を目指した。


                                             2008.10.7
 

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