いつ頃からだったっけ?
 走ったりすんのが、苦しくなってきたのって…。

 始めはなんかヘンとか、それくらいのコトだったし、すぐに直ってたからなんとも思ってなかった。
 けど、最近そういうのがひどくなってきてて、体育の時とか、公務の時とか、胸がぎゅっと締め付けられるようなカンジがすることが増えてきてた。
 視界もちょっとだけグラグラする。
 ・・・たぶん、病気なんだろうなぁ。
 病院に行かなきゃいけないんだってのは、自分でちゃんとわかってる。
 でも、なんでかわかんねぇけどスゴク嫌な予感がして、そうすることができなかった。
 久保ちゃんに話すことも・・・・・・・。
 次第に重く苦しくなってくる感覚がコワイ。
 けどそれ以上に、俺は久保ちゃんの隣にいらんなくなるのが怖かった。
 家ではもちろんだけど、執行部の相方としても久保ちゃんの隣にいたい。
 これだけは譲れなねぇんだ、絶対に。

 ・・・・・・ソコは俺の席だから。




 「時任。そろそろ起きないと昼だよ?」
 「ん〜…」
 「まぁ、俺も人のコト言えないけどね」
 「だったら言うなっての」
 久保ちゃんのバイトがない日曜。
 そういう日は、昼くらいまで二人でベッドでゴロゴロしてることが多いから、学校行ってるときみたいに無理しなくていいから楽だ。
 基本的に俺も久保ちゃんもナマケモノだもんな。
 「もうちょっと寝る」
 俺がそう言って久保ちゃんのわき腹に顔を押し付けて抱きつくと、クスクス笑ってる久保ちゃんの振動が伝わってきた。なんかくすぐったい。
 「なに甘えてんの?」
 「べっつに甘えてねぇよっ」
 「もうちょっと上においで、時任」
 「む〜」
 久保ちゃんは俺を自分の胸の位置まで引き上げると、両手を伸ばして俺のコト抱きしめてきた。
 あったかい体温とか、トクントクンて言ってる心臓の音とか、そんなのを感じたり聞いたりしてると、なんか落ち着く。それにスゴク気持ちいい。
 俺が久保ちゃんの胸に顔をすり寄せると、久保ちゃんがさっきよりもっと俺のこと抱きしめた。
 「時任って、抱きしめやすいよね」
 「なにそれ?」
 「俺の身体にピッタリ合ってるみたいだから」
 「・・・・・小さいって言いてぇのか?」
 「ちょうどいいって言ってんの。俺専用みたいで」
 「だ、誰がだよっ」
 「ちなみに俺は、時任専用だからね」
 「ハズカシイこと言ってんじゃねぇよ」
 「恥しくないよ、ホントのことだから」
 「バカ」
 藤原とか五十嵐のとかさ…、俺の気も知らねぇで抱きつかせたりとかしてるクセに、そおいうコト言うんだよな、この男は。
 まったく、何考えてんだか…。
 そんなふうにブツブツ心の中でぼやきながらも、言われて嬉しいなんて思ってる自分が、ちょっとくやしい。
 「もう寝ちゃったの? 時任」
 久保ちゃんがそう言ったけど、俺は無視して狸寝入り。
 返事なんかしてやんない。
 顔が赤くなってんの見せらんねぇから…。
 「おやすみ」
 俺がじっとしてると、久保ちゃんは俺の額にキスして背中をポンポンと叩いた。
 まるでコドモにするみたいに。
 コドモ扱いされるのは嫌だけど、ココロも身体も気持ち良くて怒れない。
 なんで久保ちゃんの腕の中って、こんなに気持ちいんだろ?
 あんま気持ちいいから…、なんか涙、でてきそうじゃん…。
 ぐっと涙をこらえている内に、俺はまた眠ってしまっていた。





 その日は朝から雨か降ってて、どこもかしこもジメジメしてた。
 こういう日は身体の調子もやっぱ悪いけど、俺はなんでもないみたいな顔して久保ちゃんに声をかける。すると久保ちゃんは面倒臭そうに椅子から立ち上がった。
 「はいよ」
 久保ちゃんと俺はコンビだから、一緒にいるのが当たり前。
 横を見るといつも久保ちゃんがいる。
 それだけで、何があっても何が起こっても大丈夫な気がした。
 「帰り、本屋よっていい?」
 「いいよ。俺も用事あるから」
 「またムズカシイ本買うのか?」
 「時任が思ってるほど難しくないけどね」
 「とかって、いっつも字がいっぱい書いてあるじゃんか」
 「本ってのはそーいうもんでしょ?」
 俺は久保ちゃんと何気ない話をしながら、廊下を歩く。
 生徒会室にいると他のヤツらいるし、藤原の野郎もいるし、落ち着いて二人で話すなんてコトができないから、実は巡回すんのが好き。
 久保ちゃんにはぜってぇ言ってやんねぇけどな。
 そんなカンジで二人で話しながら歩いてると、裏庭で気の弱そうな下級生を取り囲んでるヤツらを発見した。明らかに金を巻き上げようとしてやがる。
 けど、そいつらはたいしたことなさそうだった。
 当然、執行部エースの俺様の敵じゃあない。
 こんなヤツらはとっとと片付けちまうに限るってもんだよなっ。
  「毎度おなじみ生徒会執行部、ビューティー時任と」
  「ラブリー久保田でぇす」
 俺は久保ちゃんと一緒にそいつらの前に立つと、そいつらの顔色が悪くなった。
 あーあ、この程度でびびっちゃってんの?
 カツアゲなんかやっちゃってんのに根性ねぇじゃん。
 口先だけってか?
 「くっそぉっ!」
 ほとんどのヤツが執行部って聞いただけで逃げの体勢に入ってたけど、約一名、ヤケクソになってるヤツがいた。どうやら俺に殴りかかる気らしい。
 まあ、多少は根性見せてほしいよなぁ、やりがいねぇからさっ
 勝負は見えてっけど。
 俺はさっさと片付けようと戦闘態勢を取る。
 久保ちゃんは自分に出番がないと踏んでるらしく、セッタを吸いながら傍観の体勢だった。
 こんなのは当然、俺様一人で余裕・・・・・・・。
 そう俺は思ったんだけど、次の瞬間、息が詰まった。
 心臓が一回、ドクンって大きく鳴ったのがわかって、そしたらなぜかすうっと目の前が暗くなる。

 ・・・・・・・・息が…。



 「時任」
 名前を呼ばれた気がして目を覚ますと、目の前に久保ちゃんの顔があった。
 らしくない、すごく心配そうな顔。
 俺は自分が倒れたことをはっきり覚えてる。
 だから、ここが病院だということもすぐにわかった。

 いきなり倒れたからビックリしたよな、やっぱ…。
 心配してくれて、ありがとな。
 俺は平気、全然大丈夫だからそんな顔すんなよ、久保ちゃん。

 俺は病院の陰鬱な空気を振り払いたくて、あまりおかしくもないのに笑う。
 そしたら、久保ちゃんも一緒に笑ってくれた。
 「二、三日入院しろって言われてるから、おとなしく寝てなさいね」
 「ヤダっ!」
 「…時任」
 「帰るったら、帰るっ!」
 ホントは俺、入院してなきゃいけなかったらしいけど、ここにいると二度と出られないような気がしてワガママを言った。
 白い天井とか、白い壁とかを見ていると不安になる。
 とにかくここから早く出たかった。
 「どしてもイヤなの?」
 「絶対イヤ」
 「しょうがないなぁ」
 久保ちゃんは小さくため息を付くと、医者のトコに行った。
 しばらくすると、小さな薬袋を持って久保ちゃんが戻って来る。
 どうやら許可が出たらしかった。
 「通院はしなきゃダメだよ?」
 「…うん」
 看護婦さんに挨拶して俺達は病院を出る。
 なんか、看護婦さんが俺のこと気づかうような目で見てたけど、俺はそれを知ってて無視した。
 気づかわれるようなことは何もないから…。
 激しい運動はダメだって言われたけど、なんでなのかは知らないし、聞かない。
 久保ちゃんが何も言わないから、俺も聞かない。
 いつの間にか雨が上がったアスファルトの上を、俺は久保ちゃんと一緒に歩いた。
 「やっと雨止んだなっ」
 「そーだね」
 「明日は晴れるといいけどさ」
 「うん」
 病院の薬臭い空気より、外の空気の方が何倍もうまい。
 やっぱ、俺には病院なんて似あわねぇもんなっ。
 「こらこら、走っちゃダメっしょ?」
 「え〜、なんともねぇもん」
 「今日くらいはおとなしくしなさい」
 久保ちゃんはそう言うと、強引に俺のコトを背中に背負った。
 なんともねぇって言ってんのに、久保ちゃんは全然聞かずそのまま歩き出す。ホントは自分で歩きたかったけど、このままでもいいかなってちょっと思った。
 久保ちゃんの広い背中が好きだから。
 「久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「今日はカレー以外な?」
 「善処します」
 「なんで善処なんだよっ」
 「さあ?」

 いつもと変わらない会話、いつもと変わらない笑い声。
 変わらない日常をカンジながら、俺は久保ちゃんの首にぎゅっとしがみついた。
 そのぬくもりにしがみつくみたいに・・・・・・・・。
                                             2002.4.21


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