グリーンレクイエム 31










 オレンジ色の表紙の中に綴られた…、過去。
 それは間違いなく、鏡の外に出た時任が書いたものだった。
 けれど、久保田は時任に自分のことを何も話していない。知ってることなら何でも教えると言ったことがあったが、時任は久保田については何も聞かなかった。
 そして、久保田も同じように、時任については何も聞かないでいた。
 お互い何も聞かないままに、凪が…、別れの日がやってきた。
 だから、時任が綴った過去は久保田ではなく、他の誰かから聞いたもの。しかも、それは聞かされたのではなく、時任が自分から知りたいと尋ね聞いたものらしい。
 もしかして、何かトラブルでもあったのだろうかと心配になり、綴られた文字を追うけれど、そんな様子はなかった。久保田を知る人間から話を聞くたびに本当なのか、ただのウワサで嘘なのだろうかと迷うように、過去を綴るページの端や隅に走り書きはあるが、他に何か悩んでいるような記述は見られない。
 久保田の話を聞く人間も、どうやら鵠が調べているらしかった。
 時任が一人で調べているのなら心配だが、鵠が付いているなら、きっと心配はいらない。久保田は綴られた文字を追いながら、良かった…と小さく息をついたが、トラブルに巻き込まれた訳でもないのに、なぜ時任が鏡についてではなく、自分について調べたのか…。
 調べようと思ったのかを考えると、小さく息をついた口元に笑みが浮かんだ。
 
 「どうして…なんて、いくら考えても想像でしかないし、俺にはわからないけど、ね」

 そう呟いた言葉の続きは、たぶん…、あきらめにも似た感情を含んでいて。
 きっと、誰もが読めば眉をしかめるような過去を、書き綴られた時任の文字を目で追いながら、口元の笑みを深くした。
 どうしてなのかはわからなくても、その結果はきっと決まっている。
 この過去が書き綴られたものを久保田に渡したのは、読み終えるまで待っていると橘が言っていたのは、たぶん確認したいからだろう。書き綴られた過去が事実なのか、それとも単なる噂に過ぎないのか…。
 でも、それが時任に頼まれたことなのかどうかはわからない。鏡のことを聞いていたとしても、橘が見えることを時任が知っているとは限らなかった。
 それに鏡の向こうに時任の気配を探してはいても、会いたいと…、せめて一度だけでも声が聞きたいと思っていても、知られてしまった過去に臆病になって…。もしも、その姿が鏡に映っても声が届いたとしても、目を閉じ耳を手で塞いでしまうかもしれなかった。
 拒絶の言葉を聞いてしまえば、その表情を見てしまえば、二人で過ごした温かな日々が消えてしまうかもしれない。たとえ、それが儚い夢で幻だったとしても、守りたいものも守れるものも、今の久保田にはそれだけしかなかった。
 他には何もなかった…。
 きっと、最初から何もありはしなかった。

 時任に出会うまでは・・・、何も・・・。
 
 表紙のオレンジ色は、あの列車の車窓から見た夕焼けを思い出させるけれど、中に書かれた過去にその色は似合わない。久保田の知らない所で事実が大きくなり、噂となって一人歩きをしていても、時任の綴った過去が本当かと問われれば首を横には振れないし、振るつもりもなかった。
 一人で三人を殴り倒した事実が、一人で十人と大きくなり広まる。
 でも、大きくなろうと小さくなろうと、殴ったという事実に変わりはない。
 暴力団と関わっているとか、実はすでに何人も人を殺しているとか、そんな根も葉もない噂もあるが、それも結局は自分の身から出た錆だった。
 けれど、なぜ、そんな風になってしまったのかと聞かれても良くわからない。
 いつの間にか、そうなってしまっていたとしか答えられない。
 始めは自分の身に降りかかる火の粉を払っていただけのような気もするけれど、殴り殴られ、蹴られ蹴り続けている内に、それが当たり前になって…。でも、そんな日々の中で繰り返されてしまった現実に、目の前に横たわる今と過去に握りしめた拳を開き、ただ言葉も無く、うなだれて黒いアスファルトの上に膝をついた。
 
 ・・・・・・・・・猫。

 時任の文字を追いながら、過去を読み、読むことで必然的に振り返り…、
 そうしながら、このまま最後まで止まらず読み終えるつもりだったのに、文字をたどる指先も視線も、たった一文字の上に立ち止まったまま動かない。それは、どこか黒いアスファルトの上に膝を着いた時にも似て…、心象風景である部屋の窓の向こうの闇がすでに暗い空を塗りつぶそうとしているかのように深くなった。

 ・・・・・・・・カバンの中の猫。

 正確にはカバンではなく、リュックサックの中に詰めた。
 それは今も脳裏に、目蓋の裏に横たわり続ける、冷たい…、モノ。
 久保田の従兄弟の名と一緒に綴られた過去は、ただ古いフィルムのような記憶の中で、唯一、鮮明だった。どんなに時が経っても猫を見るたびに思い出し、いつまでもいつまでも鮮明であり続ける。
 その鮮明な記憶の中にある遠い日は、初めて鏡を見た日のように雨は降っていなかったけれど、確かまだ昼の時間帯なのに薄暗く降り出しそうな空模様だった。
 
 『誠治さん、遅いわね…。どうしたのかしら、どうして帰って来ないのかしら?』

 誠治さん、誠治さん…、誠治さん…。
 文字にすれば、誠人と一文字しか違わない名前。
 それは薬の匂いのする白い部屋で、その名しか刻まない唇を眺めながら、きっと仕事が忙しんだよといつものように返事をした帰り道こと。
 偶然、耳に届いてしまった、か細い小さな鳴き声に足を止めた久保田は、どうしようかと自分の足のつま先を眺め少しだけ迷い…、
 でも、まるで自分を呼んでいるかのような声に誘われるまま、その声の在り処を探した。
 明らかに子猫だろう、その声の主を見つけてどうするのかとか、そんなことを少しも考えずに足を踏み出してしまったのは、久保田自身もまだ七つの子供だったせいなのか…。それとも鏡を見てしまった時のような、運命にも似た避けられないものだったのか…、
 いくら考えた所で答えは出ないけれど、どんなに戻りたいとやり直したいと思っても過去には戻れない。それだけが、確かな事実で現実だった。
 小さな鳴き声を聞いてしまったのも、通り過ぎかけていた小さな空き地の片隅で、その声の在り処を見つけてしまったのも戻らない過去で…。ニャー、ニャー…と弱々しく鳴く子猫が、そのつぶらな瞳で真っ直ぐに久保田を見上げた時、無意識に伸ばした手で小さな頭を撫でたのも、その手に触れた柔らかなぬくもりに思わず両腕まで伸ばしてしまったのも、決して巻き戻せない過ぎ去った時間の一部で…。
 なぜ、ふわりとしたぬくもりを抱きしめた瞬間、ぽつりと足元の地面を叩いた大きな雨粒に、そのまま走り出してしまったんだろう。預けられている伯父の家に連れて帰れば、どうなるかなんて少し考えればわかったことなのに、どうして連れ帰ってしまったんだろう。
 鳴かないでよ、ねぇ、鳴かないでと言っても、子猫にはわからないのだと…、
 すぐに伯父夫婦や従兄弟に見つかってしまうのはわかっていたのにと、猫を見るたびに思い出すたびに、尽きない後悔が見つめる瞳に震える指先に滲んだ。
 そう、連れ帰った、その日だけは激しい雨に助けられたけれど…、
 次の日、少し目を話した隙に、鳴き声を聞きつけた従兄弟に見つかり…、
 それに久保田が気づいた時には、すでに子猫はくるりと上手く着地するのを面白がる従兄弟の手によって、何度も何度も宙に向かって投げられてフラフラになっていた。
 久保田の従兄弟は兄と弟がいて、その二人は久保田が走って来るのを見ると、まるでチャッチボールをするように子猫を投げ始め…。やめるように猫を返すように言う久保田をいつものようにインラン女の子供のクセに触るな、汚ねぇなと見下げ笑いながら、それに飽きると弄ばれてぐったりとしていた子猫を返してやるよと、まるでボールを投げるように遠くへと投げた。
 それはたぶん、いつもの嫌がらせの延長だった。
 でも、それはボールでも石でもなく…、子猫だった。

 久保田が連れて来たというだけで、まるでゴミのように投げられてしまった子猫だった。

 それから先の記憶は鮮明ではなく、ハッキリとしない。
 ただ、殴られた衝撃と痛みで我に返った時には石を握りしめていて、その石には赤い色が付着していたことだけを覚えている。響いてくる救急車のサイレンも怒鳴り声も、どこか遠くて…、倒れ伏した地面の上でそれを聞いていた。
 聞きながら脳震盪でぼんやりとした視界で、子猫を探した。
 すると、子猫は叩きつけられた石垣のそばに落ちていた。
 でも、呼んでも少しも動かないし、鳴きもしない。
 痛みに歯を食いしばり、這うように近づいて手を伸ばして触れると、子猫は柔らかくあたたかくて…。けれど、抱き上げた体も首もぐにゃりとしていて、昨日からずっとしていたように頭や背中を優しく撫でても目を開かなかった。
 だから、そのまま自分の部屋である小さな納戸に連れ帰った。
 もしかしたら、目を開くかもしれない…、そんなわずかな期待をしながら。
 たぶん、本当は二度と目を開くことはないのだと知っていたけれど、それでも子猫を自分の部屋に連れ帰って、そっと脱いだ自分の上着の上に寝かせた。
 
 「ねぇ…、ニャーって鳴いてよ…」
 
 次第に冷たく硬くなっていく子猫を撫でながら、そういえば拾ったから名前も知らないし、つけてもいなかったんだと気づいて…。でも、もう…、名前を付けても、その名を呼んでも目を開かないし、つぶらな瞳で久保田を見つめながら鳴くこともない。
 けれど、確かについさっきまでは子猫は柔らかであたたかくて…、久保田を見ては可愛らしい声で鳴いて呼んでくれていた。小さな体を壊さないように優しく抱きしめると、今まで感じたことがないような気持ちになった。
 それは柔らかであたたかい腕の中の子猫に似た、そんな感情だった。
 なのに、その気持ちは子猫と一緒に冷たくなって…、二度と戻らなくて…。
 完全に冷たくなった子猫を撫でながら、ごめんねと呟いて目を閉じた。でも、物心ついた頃から一度も泣いたことのない、その目から涙が零れ落ちることはなかった。
 
 「・・・・・今度は私の所で預かることになったから、すぐに準備しなさい」

 警察に連れて行かれることも、どこかの施設に入れられることもなく、今度は祖父母の家に預けられることになった。そこには今日、久保田を迎えに来ている母の妹夫婦も一緒に暮らしているらしい。
 その頃はわからなかったが、おそらく、この事が公になって久保田の出生を知られたくない本家が裏で動いていたのだろう。入院している母親の所には一度も見舞いに来ないが、こういったことには素早く動くようだった。
 叔母に準備しろと言われて、久保田は三年間暮らした納戸を見回す。
 けれど、そこにはリュックとランドセルがあるだけだった。
 リュックには衣類が、ランドセルには教科書やノートが詰まっている。
 それだけが久保田の持ち物だったから、準備する必要はなかった。
 でも、久保田は冷たくなった子猫を見つめると、いきなりリュックの中に詰まった衣類をゴミ箱に捨て始め…。それから、ある程度スペースを空けると、子猫をそっと大事そうに抱き上げて中に入れた。
 絶対にもう目を開かない…、もう鳴かない…。
 でも、確かに猫は自分を見つめてニャーと鳴いて、柔らかくて温かかった。
 目の前の猫はこんなにも冷たいのに、なぜか手で指先で優しく撫でれば撫でるほど、その時の記憶がよみがえってきて、自分を呼ぶ鳴き声が耳から離れなくて…、
 埋めることも置き去りにすることもできなくて、また結果も考えずにそうしてしまった。
 
 「きゃあぁぁぁっっ!!なんなのっ、コレっ!!」

 リュックの中の猫は、匂いですぐに見つかってしまって…、
 連れて行かないでと伸ばした久保田の小さな手をすり抜けて、黒いごみ袋の中に入れられてしまった。それから、猫がどうなってしまったのか、捨てられたのか埋められたのかも久保田は知らないし、教えられなかった。
 でも、誰にも教えられなくても、確かなことはある。
 それは従兄弟を石で殴りつけたり、猫の死骸をリュックに詰めたり、そんな久保田の行動が親戚中どころか転校した学校にまで知れ渡ってしまったこと。あの母親の息子というだけではなく、その息子自身も異常となれば状況も変わってくる。
 元々、表情も乏しく無口であまり喋らなかったことも、状況を悪化させた。
 それに伯父夫婦も叔母夫婦も全部、久保田がやったのだと久保田が悪いのだと決めつけていて、誰も理由を聞こうとはしなかった。
 従兄弟を石で殴った理由も、猫の死骸をリュックに詰めていた理由も…。
 だから、結局、たった一か月で叔母の家を追い出されるように出ることになった。
 そして、久保田は次に預かってくれる家に向かう途中、今度はそんなに頻繁には来れないからと母親のいる病院へと寄り…。いつものように、どんなに待っても待っても来ない人を待ち続ける母親の病室へと足を踏み入れ、ベッドの横に置かれた丸椅子に座った。
 すると、母親がいつもと同じように、どうしてかしらと問いかけてくる。
 けれど、久保田はそれにいつものように答えなかった。
 物心ついてから、いつも母親の言った言葉に返事をする。それだけで、決して自分の方を見ない母親に話しかけたことなどなかったのに、どこか明後日の方向を向いている母親の顔を見つめながら口を開いた。

 「猫が死んだんだ・・・。猫が死んだんだよ、おかあさん…」

 それだけ言って、久保田は口を閉じる。
 でも、久保田が見つめる視線の先で、母親は明後日の方向を見つめながら…、
 またいつもと同じ言葉を言って、名前を呼んだだけだった。
 久保田の母親が入院しているのは、極度の拒食症で主な原因は精神的なもので、それを久保田も小さな頃から薄々感じていたけれど…。その時、今まで見て見ぬフリをし続けていた現実を突き付けられたように、何かが久保田の中でふつりと切れて…、
 視線を床に向け俯き、子猫のぬくもりと冷たさの感触の残る両手で顔を覆った。
 けれど、明後日の方向を向く、虚ろな瞳が久保田を映すことはなく…、
 それきり、二度と母親の元に行くことはなかった。
 そして、二度と繰り返される言葉に、返事をすることもなかった。
 次に母親に会うのは十二歳の頃、あの子猫のように冷たくなってから…。
 その頃にはオレンジ色の表紙の中にあるような、暴力に満ちた日々に身を浸していて、顔も名前も覚えていない親戚の人間に知らされるまで、母親のことを思い出しもしなかった。

 「・・・・・・もっと、早く死ねば良かったのに」

 遺体が炎に包まれる瞬間、久保田がぽつりとそう呟く。
 すると、その呟きを聞いた黒い葬列から、冷たい視線が突き刺さったけれど、久保田はその視線を少しも感じていない。声も雑音のようで、耳に入らない。
 久保田の口かもれた呟きは、母親に対してではなく…、
 恋人になり、愛人になり、身籠ると捨てた男を待ち続けた…、
 忘れてしまえば良かったのに、忘れずに待って待ち続けて死んだ…、
 そんな女に対する、手向けの言葉だった。
 そして、それまでの日々もそれからの日々も変わらず過ごし…、
 けれど、一度として忘れたことのなかった、あのぬくもりがまた黒い葬列を連れてきて、久保田はまた同じ光景の前に立ち尽くすことになる。それは、時任と過ごした古いアパートに移り住む前、自分のことを知る人間にいない場所に引っ越す原因になった出来事だった。
 あのぬくもりを、あの日のことを忘れたことなどなかったのに…、
 足元にすり寄ってきた黒い子猫が、あの子猫にとても良く似ていたから、思わず手を伸ばして頭を撫でで、お腹を空かせていたから食べ物をあげるようになって…。たぶん、そっくりな子猫に気を取られて、とても油断していた。
 でも、それに気づいたのは、たらい回しの果てに親戚とは言い難い遠縁の刑事をしている男の家の前で、変わり果てた子猫を見つけた時だった。家から離れた場所で野良猫をしていた子猫が、わざわざ久保田の住む家に届けられた…。
 それだけで、久保田に悪意を持つ、何者かの手によって行われた犯行であることは確かで…。久保田はあの日のように冷たい子猫の身体を抱きしめた後、今度はリュックに入れずに埋めた。

 「・・・・・ごめんね」

 子猫の頭を撫でたりしなければ、近づいてきても無視していれば、決してこんな事にならなかった。子猫を殺したのは久保田ではない…、けれど、どんなに優しく撫でても、その手で子猫を死に追いやってしまったのは事実だった。
 そう、あの子猫だって連れて帰ったりしなければ、優しい人に拾われて幸せに暮らしていたかもしれない。もしも、拾ってくれる人が現れなくても、あんなに痛くて苦しい死に方なんてしなくて済んだ。
 今、地面に転がる石で殴りつけたいのは、従兄弟でも他の誰でもなく…、

 子猫を優しく撫でた手…、その手を持つ自分自身だった。

 けれど、二度も自分の手で繰り返した黒い葬列は、それで終わりではなくて…。やっと、ようやく誰も自分のことを知らない場所で誰にも何にも手を伸ばすことなく、一人きりで暮らし始めたのに…、もう子猫を殺さなくて済むと思ったのに…、
 鏡の向こうから、今まで空を見ていたらしい橘が現実を連れてくる。
 オレンジ色の表紙の中に見つけた文字に導かれるように、まるで迷い込むように昔のことを思い出していた久保田は、自分に向けられた橘の視線に気づき、軽く頭を振ると止まっていた指と視線を動かし続きを読み始めた。
 でも…、従兄弟によって知った一千万円の件で本家へ…、
 本家の当主に会うことが綴られた後、時任も文字は途切れてしまっていた。
 そこから先は真っ白なページだけが広がっていた。
 
 「僕は貴方に話さなければならないことがあって…。でも、鏡の中にいる貴方に話すべきかどうか迷いました。世の中には、案外知らない方が良いことの方が多いですから…」

 白いページで止まったまま、次のページを確認する勇気の無い自分の指先を久保田が見つめていると、そんな久保田を見つめながら橘がそう言った。
 そして、その言葉からは、なぜか良くない想像しか浮かばない。
 嫌われて拒絶されるよりも、もっと…、良くない予感がする。
 出来ることなら、何も聞きたくないと耳を塞いでしまいたかった。
 けれど、なぜか手は少しも動いてはくれなくて…、
 橘が口にした言葉が、耳に入ってくるのを止められなかった。


 「・・・・・・時任君は亡くなりました。信じられないかもしれませんが、事実です」


 黒い葬列…、子猫の鳴き声…。
 手に残る、ぬくもりと冷たさ…。
 繰り返される現実に、窓の外の暗闇でしとしとと雨が降り始め…、
 けれど、それでも久保田の目に涙はなかった。
 
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