「ふぁあ〜…」

 放課後の見回りの最中も、止まらずに出るアクビ。
 今日のアクビの回数は、もしかしたら過去最高かもしれない。
 眠いのはいつものコトだけど、こんなにアクビが出るのは眠いのに妙に頭が冴えてるせいなのか、どうなのか…、
 自分で心当たりがあるならベツだけど、そういうの無いし…、
 ま、気にしなければ、それまでって気もするけど…、
 頭ん中か胸ん中に、何かが引っかかってるようなカンジがしなくもなかった。
 でも、昨日は何も変わったコトなかったし、今日も何も変わったコトはない。だから、俺は隣を歩く時任に聞いてみた。
 「ねぇ、時任…、今日って何か変わったコトあったっけ?」
 「はぁ? 変わったコト?」
 「たとえば、眠れなくなるような出来事とか?」
 「なんだそりゃ…っつーか、ソレって授業中に起きてたのと関係あんのか?」
 「たぶん…」
 「自分で心当たりとかねぇの?」
 「ないから、お前に聞いてるんだけど?」
 俺がきっぱりとそう言い切ると、時任が呆れ顔でため息をつく。
 けど、それでも俺の眠れない原因について、真剣に考えてくれた。
 「う〜…、そういう出来事に俺は心当たりねぇし…。ベツに具合が悪いとかじゃねぇなら、腹が減ってるとかじゃね?」
 「ちゃんと朝メシと昼メシ食ったの、お前も見てたでしょ?」
 「そう言われれば…、そっか…。だったら、やっぱ何か眠れねぇくらい気になるコトがあるとか?」
 「眠れないくらい…、気になるコト」
 時任が真剣に考えてくれてるから、俺もソレを真剣に考えてみる。
 でも、やっぱり何も心当たりがなかったし、特に変わった出来事もなかった。
 だから、もしかしたら万年不眠症で夜眠れないように、特に理由も無く、ただ単に昼間の仮眠もできなくなっただけなのかもしれない。何かが引っかかってるカンジがするのは気になるけど…、ま、わからないモノをいつまでも考えててもしょーがないし、そのウチ消えてなくなるかもしれないし…、
 そう思った俺は時任に礼を言って、この話を切り上げようとする。
 けれど、そうするよりも早く、前方から聞こえてきた下級生を脅して金を巻き上げようとしてる大塚達の声に、俺らの会話は自然に途切れた。

 「持ってませんって、それで済むと思ってんのか?」
 「で、でも…っ、本当に持ってません…っ」
 「昨日、約束したよなぁ、ちゃんと持ってくるってさぁ」
 「す、すいません…っ」
 「だーかーらっ、すいませんじゃ済まねぇっつってんだろうがよっ!!」

 うーん、相変わらずセリフも行動もワンパターン。
 たまに頭使ったりもするみたいだけど、いつもバレバレだし?
 毎回、時任に発見されて退治されている姿を見てると不良じゃなくて、実はマゾって気がしなくもなかったりする。下級生を殴りかけた大塚のオトモダチの石橋をゲシッと軽く足で蹴って止めた時任は、公務をしてる時の生き生きとした表情でお決まりのセリフを言った。
 「強気を挫き、弱きを嘲るっ。 お馴染み、天下無敵のビューティ時任と…」
 「ふぁあ〜…、以下省略」
 「…って、眠いからって勝手に省略すんなよっ」
 「じゃ、以下同文」
 「あのなぁ…」
 そんなこんなで始まった、公務執行。
 けど、俺は壁に寄りかかって、その様子を眺めてるだけ。
 この程度なら一人で十分だし、せっかくの獲物を横取りしちゃ悪いし、暴れられて時任も楽しそうだしね。眺めてるとわかるけど、大塚たちはネコに捕まったネズミよろしく、時任に遊ばれてるカンジ。
 こういうのも、いつも通りで何も変わりないんだけど…、
 眠いのに頭が冴える原因は、未だに掴めない。

 うーん、どうしたもんだかねぇ?

 そう思ってたけど、今日は少しだけ勝手が違ったらしい。大塚たちを相手にしてる時任と、それを眺めてる俺に向かって不穏な気配が近づいてきた。
 大塚と組んでるのか、それとも隙を狙ってるだけなのか…、
 それはわからないけど、俺らに恨みがあるのは間違いない。心当たりがありすぎて、どれだっけってカンジだけど、降りかかる火の粉を払わずに浴びるシュミはないし…、眠いし面倒臭いけどしょーがないやね。
 
 ガツっっ!!!

 時任の背後に音を立てずに、けれど素早く忍び寄ってきたヤツの拳を右手で受ける。すると、俺に攻撃を止められたヤツは、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
 「俺はお前じゃなくて、そっちのヤツに用があるだけだ。だから、てめぇはさっきみたいにおとなしく引っ込んでろよ」
 そんな声を聞きながら、今度は横から時任に襲いかかったヤツを左足で蹴る。そして、歪んだ笑みを浮かべたヤツに、俺は目を細めながら微笑みかけた。
 「時任に用があるなら、俺を通してもらわないと困るんだよねぇ」
 「時任のマネージャーか、てめぇは…っ」
 「いんや、マネージャーよりも深い…、もっと深〜い仲なんで」
 「もっと深いって、やっぱりお前ら…」

 「やっぱりって何だよっ! やっぱりってっ!! つか、久保ちゃんが素直に言わねぇで、アヤシイ言い方すっからだろっ!!」

 俺のセリフに突っ込みを入れたのは、大塚を蹴り飛ばした時任。
 相手にする人数は倍以上に増えたけど、楽しそうな時任の表情は変わらない。俺がそんな時任に視線で合図を送ると、時任は身を屈めて俺の背後にいるヤツを狙い…、俺は時任の背後にいるヤツを狙い拳を繰り出す。
 目を合わせてから拳を繰り出すまでの時間は、おそらく2秒程度。
 さっきと違い時任の拳には、一撃で倒すくらいの力が込められていた。
 「うーん、限りなく素直に言ったんだけどねぇ?」
 「どーこーがっ、素直なんだよ。久保ちゃんの場合は限りなく素直じゃなくて、限りなくイヤらしいに決まってんだろっ」
 「それはそれは、お褒め頂き光栄デス」
 「だ、誰も褒めてねぇっつーのっ!」
 そんなやりとりを時任としながら、襲いかかってくるヤツらを二人で片付けていく。そうしてるウチに、さすがに眠気は覚めてきたけど、頭ん中か胸ん中に何かが引っかかってるようなカンジは取れない…。
 ん〜…、せっかく眠気が取れたのにスッキリしないなぁ…。
 けど、そう思いかけた時、俺に向かって飛んできた拳の向こう…、窓の外に気になる原因らしきモノを発見した。

 ガツッ!!!!

 眠れないくらい気になるコト…。
 その原因らしきモノを発見した瞬間、頭に衝撃が走る。
 でも、衝撃は引っかかってた胸や頭じゃなく、殴られた頭に走ったはずなんだけど…、俺はとっさに反撃するために動けなかった。
 










 「あらぁ、そっちの頭に血の上りやすい単細胞じゃなくて、久保田君が殴られるなんて珍しいわねぇ」
 「…って、こっち見て言ってんじゃねぇっ、オカマ校医っ」
 「アンタの事言ってんだから、見て言うのは当たり前でしょう?」
 「ぬぁにぃぃっ! この天才で最強の俺様のドコが単細胞なんだよっ!」
 「頭からつま先まで、全部」
 「細胞すら詰まってねぇ、ウソ胸に言われたくねぇよ」
 「なんですってぇぇっ!!」
 
 大塚とか襲ってきたヤツらとかブッ倒して、その後で久保ちゃん引っ張ってきた保健室。手当てが終ったのに久保ちゃんにベタベタしようとするオカマ校医を追い払いながら、俺は横目で久保ちゃんの様子を見てた…。
 教室で見てた時も思ってたけど、やっぱ様子がおかしい。
 そのコトに気づいたのは授業中だったけど、理由まではわかんねぇ。
 つか、自分でもわかってねぇトコなんか久保ちゃんらしいけど、公務中にベツの何かに気を取られて殴られるなんてのは、久保ちゃんらしくなかった。
 しかも、それがオンナだったってのが、特に…さ。

 「オンナに見惚れて殴れるなんて…、らしくねぇじゃん」

 今度はアクビじゃなく、ため息をついた久保ちゃんを見てボソッと呟く。すると、殴られた場所に張られた白いシップが…、なんか目に痛かった。
 くそぉっ、殴られたのは久保ちゃんなのに、なんで俺が痛がってんだっ。
 なんかわかんねぇけど、ムカつくっ!!!!
 ため息をついてる久保ちゃんを見てムカムカした俺は、ドスドスと歩いて近づくと久保ちゃんの頭を軽く叩く。けど、それでも久保ちゃんは無反応で、ぼーっと窓の外を見つめたままだった。
 人がムカツク…っじゃなくてっ、心配してんのにムシかよっ!!
 そんなに、あのオンナのコトが気になんならっ、とっとと告白とかしに行けばいいだろっ!!久保ちゃんのヘタレ野郎っ!!!!
 ・・・とか、ココロん中で思ってても思うだけで言えない。
 ムカムカしてんのに、久保ちゃんにつられて俺までため息が出た。
 「はぁ〜あ〜…」
 「なによ、アンタまでため息なんかついて」
 「うっせぇ、つきたくてついてんじゃねぇよ。俺はちょっち用事っつーか…、まぁ、色々あるし出てくっから…」
 「そう? 久保田君はアタシが手厚く看病するから、アンタは心配しないで行ってらっしゃい」
 「久保ちゃんがてめぇの毒牙にかからないように、すぐに戻って来るからな! 俺がいない間に妙なコトすんじゃねぇぞっ、ヘンタイ!」
 「もう、戻って来なくていいわよ! 単純バカ!」
 
 む、ムカツクっ!!!!!!

 けど、俺は久保ちゃんを置いたまま保健室を出る。
 そうしたのは、色々と確認したいコトがあるのもあったし…、
 今の…、らしくねぇ久保ちゃんを見てたくなかったから…ってのもある。
 俺には良くわかんねぇけど、あぁいうのって恋の病とか言うんだよな。
 ヒトメボレとか…、さ…。ああいうのは、らしくねぇとは思うけど、そういうのがあり得ねぇって言い切れねぇし…。

 「けど、だからって…、それがなんだってんだっ」

 ブツブツと言いながら、ムカムカとしながら一人で廊下を歩く。
 行き先は生徒会室じゃなくて、さっき公務をしてた場所。
 そこに久保ちゃんが見惚れてたヤツがいるとは限んねぇけど、どこの誰なのか…、もしかしたらわかるかもしんねぇ。チラっとしか顔は見てなくても、聞き込みできるモノは持ってるしな…。

 まさか…、こんなトコで役立つとは思ってなかったけど…。

 そう思いながら俺はポケットに入れてた写真を取り出すと、そこに笑顔で写ってる久保ちゃんが見惚れてたのと同じ人物を見る。数ヶ月前に撮られたモノで、写真の中で咲いてる満開の桜がスゴク綺麗だった…。
 とても綺麗で…、思わず持ってた写真部のヤツから買った。

 「あのっ、貴方って執行部の時任君よね? 久保田君といつも一緒に居る」

 手に持った写真を見ながら廊下を歩いてると、ふいに声をかけられて立ち止まる。そして、慌てて写真をポケットに仕舞いながら顔を上げると、そこに写真に写っているのと同じカオがあって目を見開く…。
 マジですっげぇ驚いて、反射的に質問にうなづくのが精一杯だった。
 すると、そのカオは満開の桜と写ってた時と同じ笑顔を浮かべる。そして、次に心配そうなカオをすると…、殴られた久保ちゃんのケガの様子を俺に聞いた…。
 「偶然、外を歩いてたら久保田君が殴られる所が見えて…。だから、私…、ケガが心配で…」
 「・・・・・ケガは別にたいしたコトねぇよ」
 「そう、なら良かった」
 「なぁ、アンタって三年?」
 「そうよ、私は二組だけど」

 「そっか…、久保ちゃんなら、今、保健室にいるぞ」
 
 久保ちゃんのコトを聞かれた瞬間、会わせたくないって思った。
 けど、次の瞬間には…、逆のコトをしてた…。
 久保ちゃんの居場所を言って、保健室に戻らないコトに決めてた。
 オカマ校医の言う通りにすんのは気に食わねぇけど、ジャマしちゃ悪りぃしさ…、しょーがねぇじゃん…。
 「じゃ、俺は用があっから…」
 俺がそう言って歩き出そうとすると、また呼び止められる。
 そして、サイアクな事に一枚の青い封筒を胸の辺りに押し付けられた。
 「これを…、久保田君に渡して欲しいの」
 「って言われても…」
 「お願い…、一生のお願いだから」
 「・・・・・・・」
 これがオトコだったら、たぶん自分で渡せって怒鳴ってやったんだけど…、涙目でオンナにそう言われると断りたいのに断れねぇ…。
 あーあ…、マジでサイアクじゃんか…、これって…。
 そんな風に思いながらも、青い封筒を受け取る。
 けど、どんなカオで久保ちゃんに渡せばいいのか…、わかんなかった。
 
 「はぁ〜…」

 さっきから口から出てくんのは、ため息ばっかだ…。
 気分はあんま良くないし、気も重い。だから、保健室に向かおうとしていた桂木を偶然見つけた俺は、頼まれた青い封筒を持ってた写真と一緒に押し付けた。
 「コレ、久保ちゃんに渡しといてくんね?」
 「それは構わないけど…、これって…」
 「そ、久保ちゃん宛てのラブレター」
 「・・・・まさか、アンタが書いたんじゃないわよね?」
 「ば…っ、何言ってんだ! 俺のワケねぇだろっ!さっき、同じ学年の二組のヤツに頼まれたんだっ!」
 「だと思った」
 「だったら、聞くなよっ!!」
 俺がそう言うと、桂木は手紙と一緒に渡した写真を眺める。そして、ちょっと首をかしげると、手紙に書かれている差出人の名前を見た。
 「この手紙と写真と一緒に渡してくれって、彼女に頼まれたの?」
 「う〜、あ〜…、それは」
 「それは?」
 「頼まれたんじゃなくて、さ…、俺がつけたオマケっ」
 これ以上、写真について突っ込まれない内に、俺はそれだけ言うと逃げるように走り出す。とりあえず、屋上にでも行って落ち着いてからじゃないと、桂木のカオも久保ちゃんのカオも見れそうもなかった…。
 あーあ…、マジでバッカじゃねぇの、俺。
 今日の久保ちゃんは、アクビばっかしてたけど…、
 今日の俺は…、ため息ばっか出そうだった。







 
 「なぁに、こんな晴れた日に湿気たカオしてんの? そんなカオしてるから油断して殴られるし、時任にも逃げられんのよ」

 ぼんやりと窓の外を眺めてると、いつの間にか保健室から時任が居なくなってて、なぜか代わりに桂木ちゃんがいる。しかも、何かさりげなく聞き捨てならないコトを言われたような気がしたんだけど…、
 確か桂木ちゃんが言ったのは、晴れた日に湿気たカオで…、
 油断して殴られて…、時任に逃げられた?
 
 ・・・・・・・。

 「ねぇ、桂木ちゃん」
 「なぁに?」
 「さっき言ったコト…悪いけど、もっかい言ってくんない?」
 「やっぱり、聞いてなかったのね」
 「聞いてたけど、念の為に」
 俺がそう言うと、桂木ちゃんは深々とため息をつく。そして、まるで印籠のように手に持っていたモノを、俺の目の前にかざした。
 桂木ちゃんが手に持っていたのは…、一枚の写真。
 しかも、それは俺が見たコトのあるモノだった。
 「どこで、それを?」
 そう聞いた俺の声は、なぜかいつもよりも低い。けど、そんな俺の声を気にした様子もなく、桂木ちゃんは写真の出所を話した。
 「この写真は、時任から預かったものよ。写ってるのは手紙を時任に預けた彼女…なんだけど、説明するまでもなさそうね。もしかしなくても、写真の持ち主が時任だって知ってたんでしょう?」
 「・・・なんで、そう思う?」
 「写真と手紙を同時に目の前に出したのに、久保田君は誰からじゃなくて、どこからって聞いたわ…。しかも、手紙ではなく写真を見ながらね」
 「相変わらず鋭いなぁ。けど、その手紙も写真も受け取る気ないんで…」
 桂木ちゃんの言った通り、俺はこの写真を見たコトがある。けど、廊下で写真に写った本人の姿を見るまでは、そんなコトなんて忘れていた…、つもりでいた。
 誰の写真を持っていようと、それは時任の勝手だし、俺が口出しするコトじゃない。だから、今日の朝、時任が机に収めようとしていた教科書の間から、すべり落ちた写真を見た時も何も言わなかった。
 何も言わなかったし、何も聞かなかった。
 そして…、そのまま忘れるコトにした…。
 たとえ、それが眠れなくなった原因だと、今さらのようにわかった所で結果は同じで変わらない。俺に手紙を渡したってコトは、どうやら写真のカノジョは時任じゃなく俺に気があったみたいだけど…、
 
 ・・・・・・・・時任は。

 そう考えると当分…、眠れそうも無かった。
 我ながら笑える話だけど、時任が他の誰かを想っていると思うだけで眠れない。そんなコトに今さらのように気づいたみたいに、ため息混じりに、そっか…、そんなに好きだったんだなぁ…なーんて、ココロの中で呟いて苦笑した。

 「同じ日に同時に失恋するなんて、俺らって良いコンビだぁね…、ホント」

 失恋して、どこかで落ち込んでいる時任に向かって思わずそう言う。
 ココロから…、想いを込めて…。
 けれど、そんな俺の頭を呆れ顔の桂木ちゃんがハリセンで軽く叩いた。
 「同じ日に同時に失恋って、一体、ドコ見て言ってんのよっ。ヘンな勘違いしてないで、この写真をよーくっ、見てみなさい!」
 「そう言われても…、ねぇ?」
 「まったくもうっ、今まで時任の方が鈍感だと思ってたけど、アンタも相当なモンよね。確かに、この写真には手紙の彼女も写ってるけど、その後ろっ、誰かさんが写ってるのが見えない?」
 「誰かさんって…、あ・・・・・・」
 「ちょっと遠いけど、なかなか良く撮れてるわよ、この写真。思わず、時任が持ち歩きたくなるほどにね」
 時任が落とした写真を見たのは一瞬で、その瞬間に俺の脳裏に焼きついたのは…、写ってるカノジョの笑顔だけだった。けど、桂木ちゃんに言われて改めて写真を良く見てみると、カノジョの後ろに鏡で良くみる人物が立っている…。
 数ヶ月前に終った桜の季節、こんな写真を撮られてたなんて気づかなかったけど、たぶんカノジョに隠れて見えない辺りに時任が居るに違いなかった。

 「ありがとね…、桂木ちゃん」
 
 それだけ言い残すと、俺は保健室を出ると屋上に向かう。
 時任のくれた写真を持って…。
 どんな意味で写真をくれたのか、それはわからないけど…、
 今はただ…、時任に会いたかった…。
 この写真に写っていない…、けれど目を閉じれば見えてくる…。

 時任の笑顔に会いに…。









 あーあ…、空は晴れてんのに気分は晴れねぇ…。
 夕方でそれほどじゃねぇけど、やっぱ熱いコンクリの上に寝転びながら、ふーっと息を吐く。そんで、少し眠ってみようかと思って目を閉じると、なんか嫌な光景が目蓋の裏に浮かんできて…、慌ててパチっと目を開けた。
 くっそぉっ、久保ちゃんのせいで俺まで眠れなくなったじゃねぇかっ!マジで夜まで眠れなかったら、責任取って一晩中ゲームにつき合わせてやるっっ!!
 そんな事をココロん中で叫ぶと、少し気分が収まってきたけど…、
 空の雲を見上げてると、また久保ちゃんのコトが浮かんできた。
 そーいや、久保ちゃんて巨乳好きだとか言ってたよなぁとか…、
 あん時、一瞬しか見てねぇけど、なんか巨乳っぽかったし、今回はやっぱ断らねぇだろうな…とか色々と思い浮かべたら、晴れた空がちょっとだけ滲む。だから、目を滲んだ空を元に戻すためにゴシゴシこすってみたら…、
 今度は空から雨…じゃなくて、写真が降ってきた。

 「・・・・なんの真似だよ?」

 ムッとしたカオでそう言いながら、俺は降ってきた写真を右手で取る。
 すると、写真を降らせた犯人…、久保ちゃんが俺の隣に座った。
 ヒトメボレしたカノジョから手紙もらって、今頃、告白とかそういうのしてると思ってたのに…、なんでこんなトコにいんだよ…っ、バカっ!
 ホントは横に座った久保ちゃんを見ながら、そう思ってたけど、口に出しては何も言えない。それはたぶん、また晴れてるはずの空が滲みそうだったからだけど…、久保ちゃんには絶対にそんなコトは知られたくなかった。
 「手紙…、受け取ったんだろ?」
 俺がムッとした表情のままで、写真を右手に持った渡す。そしたら、久保ちゃんは俺が渡した写真を受け取ったけど…、じっとそこに写ったモノを眺めた後で、ピリピリと写真を破き始めた。
 「うわーっ、やめろっ! その写真っ、結構高かったんだぞっ!!」
 慌てた俺は破くのを止めようとしたけど、久保ちゃんは平然としたカオで写真を真っ二つにした。せ、せっかく俺がオマケしてやったのにっ、なんてコトしやがんだっ!! この野郎ーっ!!!
 そう思った俺は、上半身を起こして久保ちゃんの襟首をぐっと掴む。すると、久保ちゃんは微笑みながら、俺の目の前に半分にした写真の片方を差し出した。
 「この写真、お前が持っててくんない?」
 「…って、破いてから言ってんじゃねぇよっ!!」
 「けど、お前に持ってて欲しいのは、こっちの部分だけだし?」
 「はぁ? 何わけのわかんねぇコト言って…っ!!」
 怒鳴って叫んで、突き返してやろうと思った。久保ちゃんの好きなヤツの写った写真なんか、破り捨ててやろうと思ったっ。
 けど、写真の渡された…、破かれた部分を見た瞬間、そんな気持ちが風船がしぼんでくみたいに小さくなって消えて…、
 その代わりに…、また空が滲みそうになった。

 「なんで…、俺がこんなモン持ってなきゃなんねぇんだよ、バーカ…」

 もっと、他に言いたいコトがあったけど、上手く言葉にならない。
 上手く言葉にならなくて言えなくて、そんな憎まれ口ばかりが口から出て…、
 少しかすれた自分の声をこれ以上、聞かれるのがイヤで黙り込むと、俺は再びコンクリの上に寝転がって目を閉じた。
 写真部のヤツに写真買わないかって、言われて写真見せられて…、
 満開の桜の下で笑ってる久保ちゃんが、小さく写ってる写真見つけた時は、なんかすっげぇ…、うれしくて買っちまったけど…、
 今はこんな写真なんか、持ってても辛いだけじゃん…。
 なのに、なんでそんなコト言うんだよ…っ、久保ちゃんの鈍感っっ!!
 あーあ…、なんかわかんねぇけど俺ってさ…、

 やっぱ…、久保ちゃんのコト好きだったんだなぁ…。

 失恋した日に、そんなコト思うなんてマヌケすぎる。
 他のオンナに取られてから、今さら気づくなんてバカみてぇじゃん…。
 すっげサイアク…っ。
 「写真はもういいから、このまま俺のコトはほっとけよ。悪りぃけど…、しばらく一人になりてぇんだ…」
 「どうして?」
 「・・・・・・・」

 もう…、何も話したくない。

 いつまでも落ち込んでても仕方ねぇけど、今、久保ちゃんと話してると気持ちがぐちゃぐちゃになる。だから、このまま寝たフリでもしてやろうかと思ってると、短く久保ちゃんが、あ…って言ったのが聞こえた。
 何かあったのかと思って目を開けると、風に飛ばされた白い何かが空をヒラヒラ舞ってて…、その白い何かに心当たりがあった俺は、バッと素早く久保ちゃんの方を見る。すると、久保ちゃんは破いた写真の片方だけを俺に見せた。
 「こっちは無事だったから…」
 「…って、自分の好きなオンナの方の写真飛ばしてどーすんだよっ!!」
 俺がそう怒鳴ると、久保ちゃんはなぜか首をかしげる。そして、俺の手を強引に引っぱると、手のひらの上に残った方の写真を置いた。
 「好きなオンナって、誰のコト?」
 「誰って…、名前はしんねぇけど写真の…」
 「俺、そんなコト言ったっけ?」
 「そ、それは言ってねぇかもだけど、今日の公務の時に見てたし…。それで、ボケてて殴られたじゃん…っ」
 俺が言ったコトは、事実だった…。
 久保ちゃんは写真のオンナに見惚れてて、らしくなく殴られた。
 なのに、俺の言葉を聞いた久保ちゃんは腹を抱えて笑い出す。そして、かなりムッとした俺の横に寝転がると、まだ上空をヒラヒラと舞っている写真を見つめた。
 「ボケて殴られたのは事実だけど、見惚れてたワケじゃないよ。写真のカノジョだって、お前と同じで名前なんて知らないし、知りたいとも思わないしね」
 「…って、だったらなんで?」
 「ん〜、実はもっとベツの理由で…、ちょっちね…」
 「もっと…、ベツの理由って何だよ?」
 「それはお前が何で、この写真を持ってたかって理由を話してくれたら、話してもいいかなぁって…」
 「・・・・・・イヤだ」
 「だったら、俺もイヤ」
 「じゃあ、久保ちゃんが話したら俺も話す…」
 「その間に、テキトーな理由考えるつもりだったり?」
 「う…っ! けど、そーいう久保ちゃんだって、どーせそうなんだろっ!」
 「あれ、バレてた?」
 「バレバレだっつーのっ!!!」
 さっきまで…、すごく哀しかった気がする…。
 すごく…、苦しかった気もする…。
 けど、久保ちゃんと話してる内に笑いたくなって、久保ちゃんと一緒に腹を抱えて笑った。久保ちゃんに好きなヤツがいるとかいないとか、それを聞いただけで泣いたり笑ったりしてる自分がおかしくてたまらなかった。
 久保ちゃんは好きな気持ちを、これからどうすればいいのか…、
 そんなのは、まだ気づいたばっかでわかんねぇけど…、
 寝転がってる俺らの距離が、もう少しだけ近づいたら…、今は言えない言葉が言えるかもしれない気がする。でも、久保ちゃんと一緒に笑ったら、なんかスゴク気が抜けてきて…、眠くなってきて…、
 すると、同じ状態になってるらしい久保ちゃんが、かなり眠そうにアクビをした。
 「久保ちゃん…」
 「ん〜?」
 「授業中に眠れねぇのは、治ったのか?」
 「さぁ、良くわかんないけど…、今なら眠れそうかも?」
 「だったら、とりあえず続きはちょっち寝てからにしようぜ。俺も久保ちゃんのせいでなんか疲れたし、すっげ眠い…」
 「うん、そうね…。今なら、いい夢見れそうだし…」
 「ふぁ〜、じゃ…、おやすみ」
 「おやすみ…」
 そんな風にオヤスミを言いながら、どちらからともなく手を繋いだ俺らの上を半分になった写真が舞う。久保ちゃんに渡された写真ををポケットの中に収めた俺は…、ヒラヒラと舞う写真を眺めながら、ゆっくりと目を閉じた…。
 すると、ちょっとだけ、哀しい気持ちが蘇ってきて…、
 ゴメンなと呟くと、久保ちゃんの手が俺の頭を撫でる…。
 こうして、俺らの眠い一日は過ぎていき…、次に目覚めた時には空を舞う写真じゃなくて、泣き叫ぶ藤原のブサイクなカオが見えた。
 「こ、こんな所で二人で寝てるなんてっ、ふ、不潔だぁぁっ!!! 」
 「つーか、そういう想像してるお前の方が、よっぽど不潔じゃねぇかっ!!」
 「まさかっ、久保田先輩を襲ったり…っっ」
 「そんなコト、するワケねぇだろっっ!!!!」
 「そうそう、だって時任は襲われる方だし、ねぇ?」

 『・・・・・・え?』

 眠いのは解消されても、俺らの行く先はもしかしたら…、
 まだまだ前途多難…、なのかもしんない。


                                             2007.7.17
 

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