「ふぁ〜…、ねむ」

 そう呟いたのに…、なぜか眠れない。
 寝るって言っても、今いるのは授業中の教室なんだけど、不眠症の俺にとってココは格好の寝場所。黒板に授業の内容を書きながら説明する教師の声は、念仏っていうか、子守唄代わりで聞いてると眠くなってくる…はずなんだけど、どうも今日だけはそうじゃないみたいだった。
 う〜ん…、なんでだろうねぇ?
 そんな風に考えながらアクビすると、マジメに授業受けてた時任と目が合う。すると、時任は少し驚いた顔して、具合でも悪いのかよ?と口パクで聞いてきた。
 授業中に寝てないと具合悪いって、フツー逆なんでない?
 ヒラヒラ軽く手を振って、時任に向かって絶好調って口パクで返事すると、俺じゃなくて時任の頭に教師の投げたチョークが当たった。
 「時任ー、ダンナと見つめ合ってないで前を向けー」
 「だ、誰がダンナだっ、誰がっ!」
 「次、23ページ」
 「…って、無視んなよっ!!」
 時任と教師のそんなやり取りと、クスクス笑う声。
 こんな光景は別にめずらしくないけど、床に落ちた白いチョークを見た俺は、次にそのチョークを投げた教師を見る。すると、俺の視線に気づいた教師は、なぜかぎょっとしたカオになった。
 「な、何だ? 久保田」
 「…って、別に何も言ってませんけど?」
 「そ、そうか…、ならいいんだが」

 「けど、たぶんもう終り…かも?」
 
 じーっと前を見つめながら俺がそう言うと、今度は教師の顔が青くなる。
 ぎょっとしたり、青くなったり忙しいやぁね。
 あ〜あ…、そんなのはどうでもいいけど、眠いなぁ…。
 「お、終りって何が終りなんだっ」
 「ふぁ〜…」
 「久保田っ」
 「・・・・・・・・あ」
 「えっ!?」

 キンコン、カンコーン…、キンコン、カンコーン…
 
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると教師は口を開けたまま、俺の方に向かおうとしてた足を止めて呆然と立ち尽くす。だから、俺はそんな教師の視線を浴びながら、黒板の上にかかっている時計を指差した。

 「ね、終ったデショ? 授業」

 教師ではなく、そんな俺のセリフを合図に教室内がざわめき始める。
 そして、教師は俺の指差した方向を見て、ガクっと肩を落とした。
 「明日は23ページからやるぞー…」
 それは良いんだけど、誰も聞いてないかも…って俺が聞いてるんだっけ。
 力無く職員室に帰って行く教師の背中を見送ると、俺は23ページどころか1ページも開いていない教科書の上に突っ伏した。
 「いつも通り、ただ眠いだけなんだけどねぇ…」
 「だったら、なんでいつもみたいに眠ってねぇんだよ?」
 「さぁ?」
 「さぁ?って自分のコトだろ」
 突っ伏した俺の頭の上から降ってきた声の主は、顔を上げて確認するまでもなく時任…。心配してくれてるのが声の調子からわかるけど、ホントに別に心配してもらうようなコトはないんだけどねぇ…。
 でも、降ってくる時任の声を聞いてると、なんか少し眠れそうかも?
 心配しくれてる時任の声は、いつもよりも少し柔らかくて優しい…。
 うん…とか、そう…とか答えながらも意識がぼんやりしてくる。けど、すぐに頭に軽い衝撃が襲ってきて、ぼんやりしかけた意識がまたハッキリとした。
 「ちゃんと、俺の話聞いてんのか!?」
 「あぁ、うん…、聞いてるよ〜…、たぶん」
 「たぶんって何だよっ、たぶんってっ」
 「授業サボって、屋上でデートしない?」
 「で、デートじゃなくて昼寝だろっ」
 「オヤスミのチューしてくれたら…、眠れるかも?」
 「・・・じゃあ、代わりに良く眠れるように、オヤスミの拳を食らわせてやるよ」
 「それはカンベン」
 そうこうしてる間に、またチャイムが鳴って授業が始まる。
 今が二時間目だから、次は三時間目で四時間目が終ったら、昼休憩…。
 そんで、五時間目と六時間目が終ったら、放課後で公務なんだけど…、
 けど、結局、俺は授業時間中も昼休憩も一睡もできないまま、時任と一緒に公務の校内の見回りに出る事になった。


                                             2007.7.14
 

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