放課後の生徒会室。
 そこにはいつもの執行部メンバープラス、補欠の藤原がいた。
 「あっ、この資料片付けといてね」
 「え〜、こんなにたくさんですかぁ!?」
 「文句あんの?」
 「あっ、ありません」
 「よろしい」
 補欠はあくまで補欠。
 藤原はいつものように桂木の指示のもと、雑務に精を出している。
 本当ならば、こんな野蛮な執行部などにいたくなかったが、こうやってこき使われてもどうしてもココにいなくてはならなかった。
 「あぁっ、またやられたっ!!」
 「俺に勝とうなんて十年早いよ、時任」
 「くっそぉぉっ、もう一回!」
 「こりないねぇ」
 「今度こそ勝つ!」
 藤原がせっせと仕事してるそばで、執行部の名物コンビがゲームの対戦をしている。
 自分が働いてるのにゲームなんてと思うのだが、それをやっているのが久保田なだけに何も言うことができない。
 恋する男ゴコロというヤツだった。
 しかし、その恋する男のライバルっていうのもなぜか男で。
 その名を時任稔と言った。
 勝気な黒い瞳と、サラサラの黒い髪。
 自称、美少年だが、黙っていれぱそう見えなくもない。
 だが、その外見を破壊する俺様な性格であるため、あまりモテててるところを見たことがなかった。
 「全然、久保田先輩には似合わないのに」
 久保田と時任が並んでいる所を見ながら、いつもそんな風に思う。
 けれどやはり、久保田のそばにいることを許されているのは時任ただ一人だった。
 二人を引き離したいと思っているけど、そううまくはいかない。
 けれど、今日は久保田を誘い出すちゃんとした口実がある。
 藤原は雑用を済ませると、公務が終わって帰ろうとしている久保田を呼び止めた。
 「なに?」
 「なんだよ?」
 呼んでもいないのに、久保田だけでなく時任も振り返る。
 藤原はムッとした顔で、
 「時任先輩は呼んでませんよ。俺が呼んだのは久保田先輩だけですっ」
と、言う。すると、時任はいつものようにジロッと藤原をにらむ。
 久保田に近づくなという顔をしていた。
 「久保ちゃんが帰らねぇと、俺も帰れねぇっつーのっ!」
 「一人で帰れないんですか?小学生じゃあるまいし」
 「うっせぇ!バカっ!」
 時任と二人きりの時はそれなりに雑談とかもできるのだが、二人の間に久保田を挟むとケンカにしかならない。
 けれど、それは険悪とかそういったのとは少し違っていた。
 それはたぶん、時任が根に持たない性格だからだろう。
 「用があんならさっさと言え!」
 本当なら久保田と二人きりで話したかったが、それを時任が許すはずはない。
 結局、藤原は二人の前で用件を話すことになった。
 「実は最近、学校の帰りとか出かけてる時とか、俺の後をつけてくるあやしいヤツがいるんです。始めは気のせいかと思ったんですけど、どうもマジらしいんですよ」
 藤原の怪しい男が出没するようになったのは、一週間くらい前からである。
 男は藤原に声をかけるでもなく、ただひたすら後をつけてくるので、不気味で仕方がなかった。
 「ストーカーってヤツなのか、そいつ」
 「たぶん…」
 「モノ好きっていうか、悪趣味なヤツ〜」
 「アンタに言われたかないですよ」
 「なんだとぉっ」
 「助けてくださいっ、久保田先輩! 俺、危ないヤツに狙われてるんですぅっ!」
 時任と話しても埒があかないと思った藤原は、ぼ〜っと立っている久保田の方へうるうるとした瞳を向けた。久保田はタバコを吹かしながら、そんな藤原を読めないいつもの表情で見ていた。
 「ふーん、なるほどねぇ。で、そいつになんかされたの?」
 「い、いえ、それはされてませんけど…」
 「ほっといたら飽きていなくなるかもよ」
 「く、久保田せんぱーいっ」
 確かにそうなのかもしれなかったが、ずっと後ろを付けられるのは気持ち悪いし、やはり恐くもある。何も被害がないから警察に行くわけにもいかないし、結構マジメに藤原は悩んでいた。
 それに今日は両親が二人とも留守なので、なおのこと不安だったのである。
 藤原はそのことを久保田に話して、家に泊まりに来てくれるように頼んだ。
 「お願いしますっ、今日だけでいいですから」
 「う〜ん、そおねぇ」
 久保田は曖昧な返事しかしない。
 たぶん、来てくれないだろうと藤原があきらめかけた時、時任が意外なことを言った。
 「一日だけだったら、行ってやってもいいんじゃねぇ?」
 「えっ?」
 藤原が驚いた顔をすると、時任は不満そうに口を尖らせた。
 「せっかく行ってやろうかっつってんのに、なんだよテメェ」
 「って、アンタも来るんですか?」
 「ったりめぇだっ! 久保ちゃん一人で行かせたら、なにされるかわかんねぇからなっ」
 「な、なんにもしませんよぉ」
 「顔にウソって書いてあんだよっ」
 時任はガツッと藤原をどつくと、そんな二人のやりとりを見ていた久保田の方を見た。
 久保田は時任の視線を受けて微妙に表情を変化させる。それは苦笑というヤツだった。
 「いいだろ、久保ちゃん」
 「もう決めちゃってるんでしょ?」
 「わりぃ」
 「時任がそう決めたんなら、俺は別にいいよ」
 時任が決めたなら、それでいい。
 その言葉に藤原はドキッとした。
 いつもそうだが、久保田は時任のすることにあまり反対したりすることはない。
 けれど、それはどうでもいいというのではなく、見守っているような感じだった。
 「なんで、時任先輩ばっかり…」
 二人に聞こえないくらい小さな声で、藤原はそう呟く。
 久保田を独り占めにしている時任に、藤原は激しく嫉妬していた。


 そんなこんなで、藤原宅に泊まることになった時任と久保田は、藤原に案内されて住宅街を歩いていた。
 「久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「怒ってんの?」
 「べつに」
 べつにと言いつつ、やはり怒っている気がする。
 時任は久保田と並んで歩きながら、周囲に気を配っていた。
 そうすると、確かに何者かが跡をつけて来ていることがわかる。
 だが、追いかけても逃げられてしまう距離なので、捕まえるのは断念した。
 「確かにうっとおしいよな、ああいうの」
 「まぁね」
 久保田は時任のように、ストーカーのことを気にしてはいないようだった。
 時任が藤原の家に行くことにしたのは、やはり聞いた以上は放っておけなかったからである。ストーカーっていうのがどんなモノなのか良くわからないが、テレビで見る限りはなんか凄そうな感じだった。
 「あっ、ここが俺んちです」
 しばらく歩くと、一般的な一戸建てよりもちょっと大きめな感じの家に到着した。
 マンション住まいの時任は、じぃ〜っと藤原宅を眺める。
 知ってるヤツの家って言うだけで、なんとなく不思議な感じがしたからだった。
 郵便受けには、藤原と両親のらしき名前がある。
 「三人暮らし?」
 時任がそう尋ねると、
 「えぇ、父と母と三人で暮らしてますから」
と、藤原は言った。
 高校生くらいの年代は、寮に入っているとか働いているとかそういった事情の者以外は、両親と暮らしているのが平均的である。一緒に暮らしていないにしても、親という存在が意識の中にあるものだが、時任も久保田も親という存在そのものが欠落していた。
 「どうぞ入ってください」
 藤原に促されて、時任と久保田は玄関から室内へと通される。
 そんな三人を遠くから見ていた男は、慌てて近くの柱に隠れた。
 その様子を見ていたのは、実は三人の中で久保田ただ一人なのである。
 久保田は興味なさそうにそれを見てから、時任に続いて藤原の家に入っていった。


 「ふーん、なんか広いのな。お前んち」
 キョロキョロとリビングを見回してる時任と、灰皿を発見してタバコを吸い始めた久保田にお茶を出してから、藤原は夕飯の支度に取りかかった。
 「俺は夕飯作りますから、そこら辺で適当にしててくださいね」
 久保田が自分の家にいるというだけでドキドキする。
 藤原が張り切って包丁を握ると、リビングから二人の会話が聞こえてきた。
 「ふーん、ちゃんと片付いてんだな」
 「そりゃあね。ココには藤原がやらなくても、片付けてくれる人いるからさ」
 「それって誰なワケ?」
 「お母さん」
 「…お母さんて片付けとかする人?」
 「いんや。藤原のコト産んだ人」
 「ふーん」
 どこか噛み合っていない、なんだか奇妙な会話だった。
 親と同居してるなら、母親が片付けているのだろうと思うのが普通だと思うが、なぜか時任はそれが不思議らしい。まるで、母親という存在を知らないような口ぶりだった。
 久保田と同居しているらしいから、両親とは住んでいないだろうが、それにしてもなんだか妙である。
 久保田の方はあまりそういうのとは縁がなさそうな顔をしているが、一応は分かっているらしい感じだったが…。
 「まあ、俺には関係ないけど」
 藤原はそう呟いたが、言葉とは裏腹にかなり気になっていた。
 家に呼びたかったのは久保田だし、話をしたかったのも久保田だけ。
 だから本当は時任のことなどどうでもいいのだが、藤原はキッチンからずっと久保田の声より時任の声に耳をすませていた。
 「久保ちゃん、テレビ」
 「はいはい」
 「なんか面白いのやってねぇ?」
 「この時間帯じゃあねぇ」
 「ちぇっ、つまんねぇのっ」
 「時任」
 「なに?」
 「一戸建ての方がいい?」
 「はぁ?」
 「マンションよか、こーいう家のが好きなのかと思って」
 「べつに思わねぇけど、なんで?」
 「ん〜、なんとなくね」
 「なに?買ってくれんの?」
 「時任が欲しいならね」
 「ばぁかっ、んなもんいらねぇよっ」
 何気なく話しているが、よくよく考えればすごい内容である。
 冗談なのか、本気なのかはわからないが、久保田は時任が望めば一戸建てを買う気らしい。藤原はジャガイモを切っていたのだが、思わず目測をあやまってしまった。
 「いたっ!」
 手の皮膚が少し切れて、血が滲んでいる。
 じっとその血を眺めていると、リビングからドタドタ藤原の方へ走ってくる音がした。
 「どうかしたのか!?」
 走って来たのは久保田ではなく時任だった。
 久保田に来てほしかったのだが、久保田はキッチンの入り口でタバコ吹かして立っているだけである。
 「あ〜あ、手ぇ切ってんじゃんっ。なれねぇコトすっからだぜ」
 他人の家でがさがさごそごそして、時任は救急箱を持ってくると、藤原の手をぐいっと引っ張ると軽く消毒してテープを巻いた。なんとなくなれた手つきである。
 「ったく、気をつけろよなっ」
 「料理なんか作ったことない人に、言われたかありませんねっ」
 「なにぃっ、人がせっかく親切にしてやってんのに!」
 「頼んでませんよ」
 「ムカツクッ!」
 確かに今のは藤原が悪かった。
 それはわかっていたが、藤原はどうしてもあやまることができない。
 時任が藤原に殴りかかろうとすると、それを珍しく久保田が止めた。
 「はーい、そこまでね。キッチンで暴れると怪我するよ、時任」
 「は、放せっ! 久保ちゃんっ」
 「おとなしくテレビ見てようね?」
 ずるずると引きずられるようにして、時任は久保田に連れて行かれてしまった。
 助かったといえば助かったのだが、なんとなくスッキリしない。
 藤原は目の前にあるジャガイモをダンッと真っ二つに切った。

 「なんかむかつくっ」

 久保田に連行された時任は、テレビの前のソファーに座らされる。
 ちょっとじたばたしていたが、確かに人様の家で暴れるのはよくないと思った時任は、おとなしくそれに従った。 
 けれどテレビはおもしろくないし、読むような本もない。
 「…なんか俺様ハラへった」
 なんとなくヒマになった途端、空腹感が時任を襲う。
 けれど今日は、藤原が夕食を完成させるまでお預け状態。
 どうすることもできないので黙っていると、時任の口にコツンと何かが当たった。
 「口開けて?」
 「ん〜?」
 おとなしく口をあけると、甘いモノが口の中に入ってきた。
 ふんわりと口の中に広がるイチゴ味。
 「もうじきだから、これでガマンしてなさい」
 「わぁった」
 飴玉を口に含んだ時任は小さくうなづくと、久保田が時任の頭を撫でる。
 完全にコドモあつかいにされていたが、飴がうまかったので時任はおとなしく飴をなめていた。
 「久保ちゃんはさ」
 「うん?」
 「やっぱ、料理とかそーいうのしてくれるヤツほしい?」
 料理を作っている藤原が食器とかガチャガチャやってる音を聞きながら、時任はほお杖をついてそう言った。いつもはあまり気にしたことはないが、あらためて考えてみると、やはり久保田も毎日料理するのは面倒だろうとか考えたりしたのである。
 「俺は料理とかできるようにはなんねぇし、絶対やんねぇから」
 時任がじっと一点を見つめながらそう言うと、久保田が小さく笑った。
 「時任は俺が料理とかできなかったら一緒に暮らしてくんないの?」
 「んなワケねぇじゃんっ」
 「俺もおんなじ。料理とかそーいうのはオマケでしょ? オプションなくったって、それで十分だと俺は思うけど?」
 「カップ麺しか作れなくても?」
 「うん」
 「洗濯とか掃除とかやんなくても?」
 「うん」
 「全然稼ぎなくても?」
 「うん」
 何もやらなくても久保田は怒らない。
 そうすることを強要したりしないし、決まりごとを作ったりもしない。
 けれど時任は、誰かと暮らすのは初めてだったので、今まであまりそういうことを疑問に思ったりはしなかった。けれど、藤原が料理をしてるのを見ると、あらためて自分が何もできないことに気づくのである。
 時任が少し落ち込んでいると、久保田が時任の肩を自分の方へ引き寄せた。
 「時任は俺にいろんなコトしてくれてるし、いろんなモノくれてるから、そーいうコトは俺にまかせなさいね?」
 「俺、何もしてねぇよ」
 「目に見えないコトとかモノとか、そーいうヤツだからさ。時任はわかんなくていいよ」
 「なんか納得いかねぇんだけど」
 「俺だけわかってればいいってこと」
 「う〜、わっかんねぇっ」
 唸っている時任のあごを、久保田の手がとらえる。
 けれどその瞬間、二人の間を引き裂くような大きな声がした。

 「できましたよっ!! 晩ごはんっ!!!」

 シチューにサラダ。
 テーブルに並べられた料理は、単純なものだったが藤原の自信作である。
 母親に教わったシチューは自分で味見したけれど、かなりうまかった。
 藤原がドキドキしながら、久保田が食べているのを見守っていると、その横から、
 「へぇ〜、お前って料理うまかったんだなっ。以外だけど」
と、いう声がした。
 「一言よけいですっ。ほめるなら素直にほめたらどうなんですか!?」
 そんな風に言っているが、ほめられて悪い気はしない。
 おいしそうに食べている時任を見るのもなんとなく楽しかった。
 「おかわりっ!」
 「まだ食うんですか!?」
 普段何を食べているかは知らないが、時任はバクバク食っていた。
 あの細い身体のドコに入るのかと不思議になるほどである。
 久保田は出されたモノを一通り食べ終えると、
 「ごちそうさん」
と、藤原に言ってからタバコを吸い始めた。
 「食ってる時は吸うなって、いつもいってんだろっ」
 「今日は見逃して?」
 「ヤダ」
 時任が嫌がっても、久保田はタバコをやめなかった。
 タバコに関しては、誰にも譲るつもりがないらしい。
 自分も食べ終えて暇になった藤原は、まだ食べている時任に向かって話しかけてみた。
 「ねぇ、時任先輩」
 「あぁ?」
 「時任先輩んちって、晩ご飯何が多いんですか?」
 「カレーだけど?」
 「ふーん、そうなんですかぁ」
 「なんか文句あんのか?」
 「別になんでもありませんよ。ただ聞いてみたかっただけです」
 「そういうのは久保ちゃんに聞きゃいいだろうがっ」
 「そういう言い方、むかつくんですけど」
 「勝手にムカついてやがれっ」
 やはり久保田がいる時に話すとケンカっぽくなる。
 そういう間もモグモグしている時任を見ながら、藤原はふとさっき気になっていたことを聞きたくなって、再び口を開いた。
 「認めたくありませんけど、時任先輩は久保田先輩と暮らしてるんですよね?」
 「暮らしてっけど?」
 藤原の質問に対して、時任は少し藤原を睨んでくる。
 藤原はそれにはひるまず、質問を続けた。
 「時任先輩のご両親は何も言わないんですか?」
 「へっ?」
 「だから、時任先輩の親は…」
 そこまで藤原が言いかけた時、
 「あっ、時任がおもしろいってゆってたゲーム。2が出るんだってさ」
という久保田の声がそれを阻んだ。
 付けっぱなしになっているテレビには、久保田の言うゲームのCMが流れている。
 「おっ、マジかよっ!」
 テレビに気をとられた時任は、藤原のさっきの質問は忘れてしまったようである。
 藤原がなんとなく久保田の方を見ると、久保田は威圧するかのような目付きで藤原のことを見ていた。雰囲気もいつもと違ってどこか冷たい。
 それ以上言ったら許さないよ?
 まるでそう言っているかのようだった。


                                             2002.3.25


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