俺と橘、そして久保田と時任と四人で行った映画館。
 見た映画の内容は…、ハッキリ言ってあまり覚えていない。見たかった映画なのに、あやしい雰囲気を漂わせている二人のせいでそれどころではなかった。
 見たかった映画なのに…と思って隣を見ると、俺とは違って時任は映画の余韻を楽しむようにじーっとスクリーンに見入っている。それを見てホッとした俺は、いつの間にか肩に入っていた力を抜いて、ふーっと軽く息を吐いた。
 元々、映画を見る予定はなかったし、俺は見れなくてもそれほどガッカリはしないが…、時任はあんなに楽しみにしていたからな。あの二人のせいで見れなかったら、かわいそうだ。
 そう思いながら、スクリーンではなく時任の横顔を眺める。
 すると、時任も笑顔で俺の方を見た。
 「面白かったな、映画」
 「あぁ、そうだな」
 「あー…、なんか暴れたくてウズウズするっ」
 「映画の海賊みたいにか?」
 「そ、海賊みたいに」
 「時任なら似合うだろうな、海賊」
 「だろーっ」

 ・・・・・・なんとなくだが、時任と友達っぽくないか?

 時任と仲良く話ができている事が、素直にうれしい。
 そう言えば中学の頃と違って、高校に入ってからは話ができるクラスメイトは何人かいるが、友達と呼べる人間はいなかったな…。それらしい関係と言えば誠人がいるが、気軽に友達と呼ぶには距離が遠いような気がしてならない。
 生徒会の仕事もあるし橘もいるし、別にさみしいとは思わないが、こんな感じは久しぶりだ。
 そんな風に思いながら、俺は誠人の冷たい視線を受ける覚悟をしたが…、
 予想外に誠人の方から流れてくる空気は、温かくはないが冷たくもない。
 意外に思って視線を横に向けると、誠人は座っていた席から立ち上がった。
 「ちょっち野暮用あるから、お前は先に帰ってなね?」
 そう言った誠人の言葉は、俺ではなく時任への言葉…。
 それを聞いた時任は、一瞬、寂しそうな表情をした後、それを誤魔化すようにぷいっとそっぽを向いた。
 「野暮用って何だよっ。しかも一緒に来たのに、一人で帰れとかって…っ」
 「ゴメンね」
 「・・・・・・・・」
 「用が済んだら、俺もすぐに帰るから…」
 誠人はそう言うと、伸ばした手で軽く時任の頭を撫でてから出口へと向かう。だが、時任は不機嫌そうな顔で、そっぽを向いたままだった。
 時任をココに残して野暮用か…、時任じゃなくても気になるな。
 「橘…、何か気にならないか?」
 俺は誠人の事が気になって、まだ席に座っている橘に声をかける。しかし、俺が何か言う前に、橘まで誠人と似たようなセリフを言い残して出口に向かった。
 何が用事があるから、僕もこれで…だっ。
 これでは、暗に気にしろと言っているようなものじゃないかっ。
 「単にふざけているだけではなく、本当に何か企んでいたとしても、あの二人が共謀するとは思えないが…」
 俺はそう呟いてから、ふと隣にいる時任の方を見る。もしかしたら…、時任は誠人に置いていかれて落ち込んでいるのかもしれないと、そう思ったのだが、予想に反して時任は落ち込んではいなかった。
 落ち込んで俯くのではなく、さっきよりも更に不機嫌そうな顔で出口に向かう二人を睨んでいる。そんな時任の俯かない強い瞳に俺がぼんやりと見入っていると、時任は勢い良く座っていた席から立ち上がった。
 「追跡だ…」
 「は?」
 「は?…じゃねぇよっ。行くぞ、松本っ」
 「お、おい…っ、ちょっと待て…っ」
 時任は俺の腕を引いて立ち上がらせると、そのまま誠人と橘を追う。
 これではまるで、さっきとは立場が逆だ…。
 だが、そんな自分の状況を楽しいと感じてしまっている自分がいる。
 このまま追いかけたりすれば、仕掛けられた罠にはまってしまうような気がしないでもなかったが、俺はあえて時任の手を振り払おうとはしなかった。
 「さっきから、何笑ってんだよっ」
 「別にお前を笑ってる訳じゃない。ただ、楽しいだけだ」
 「・・・・前から思ってたけど、やっぱマジで変なヤツっ」
 「そうか? 狸だとか、面白くないヤツだとは言われた事はあるが、変だと言われたのは初めてだ」
 「言っとくけど、ぜんっぜんっ褒めてねぇぞ」
 「知ってる。だから、楽しいんだ」
 「あー、もー…っ、好きなだけ笑ってろっ、バカっ」
 「あぁ、そうする」
 そんな会話をしながら、やがて俺の腕から時任の手が離れ二人で並んで歩く。そして、そんな俺たちの前には、同じように並んで歩く橘と誠人がいた。
 けれど、二人は特に話している様子もなく、ただ歩いているだけのように見える。やはり…、この二人が共謀して何かをするなど、俺には考えられなかった。
 それにしても、映画館の中のようにさすがに手を繋いだりはしていないが、やはり橘と誠人が並ぶと必要以上に目立つな…。
 橘は実際そうで誠人はどうなのかは知らないが、どう見ても二人はホモであやしい関係のようにしか見ない。まぁ、誠人は時任といても同じ事だが、俺と橘が並んでいる時もあんな風に見えていたりするのだろうか?
 ま、まさかな…。
 必要以上に目立つのも18禁なのも、あの二人だけで十分だっ。
 俺がそう思い電柱の影から二人を見張っていると、同じように時任も電柱の影から二人をじっと眺める。橘と誠人がこちらに気づいた様子はないが、それにしても…、一体どこに行くつもりなんだろう?
 二人の行き先を予想しようにも、情報が足りないな。そう思った俺は、映画館の前で出会う前の誠人の情報を時任から得る事にした。
 「時任…、ちょっと聞きたい事があるんだが?」
 「なんだよ?」
 「今日、外出しようと言い出したのは二人の内どっちだ?」
 「どっちって、たぶん久保ちゃんだったと思うけど…。なんかヒマだから、どっか行く?とかつって…」
 「なるほどな、やはり偶然ではなく必然か…。良く考えると、借しは作っても借りを作る事を極端に避ける誠人が、橘におとなしくチケット代を奢られているのは妙だしな」
 「妙って、どういう意味だよ?」
 「・・・・・・・」
 「松本?」
 「今、考え中だ。悪いが考えがまとまるまで、二人を見失わないように見張っててくれ」
 俺は時任に見張りを頼むと、今日の朝からの橘の行動について考える。
 すると、今朝の…、橘の行動を思い出して顔が熱くなるのを感じた。

 『・・・・・愛してますよ』

 耳に残る橘の声が俺の理性を壊して、本能を誘惑する。
 いつもそうだ…。
 傍にいてもいなくても、橘は俺をめちゃくちゃにする。
 俺の心を掻き乱して、自分は涼しい顔で微笑んで…、
 そう…、今もきっと、俺が時任と一緒に後を追う事を知っていて、同じように微笑んでいる。誠人と手を繋いでいるのを見て動揺した時も微笑んで、じっと俺を見ているんだ…。

 ・・・・・・・・くそ、なんでいつも俺ばかりがっ。

 心の中でそう呟きながら、少し前に行った時任に追いつくと…、
 時任も相変わらず怪しい雰囲気を漂わせながら歩く二人を見つめながら、同じようなセリフを呟いて軽く唇を噛んだ。
 「なんで…、いつも俺ばっか…っ」

 あぁ、まったくだ…。
 
 口には出さずに、また心の中で呟いて時任に同意する。
 並んで歩く二人を見てムッとした表情をしている時任を見ていると、どうしても立場的に自分と重ねて見てしまい苦笑してしまうが、同時に誠人の事をとても好きなのだろうな…と、感じる事ができた。
 「時任は、誠人の事が好きなんだな」
 「はぁ?い、いきなり何言ってんだよっ。相方だし、キライなワケねぇだろっ」
 「誠人とはどこまでだ?キスくらいはしたのか?」
 「・・・・っ!!」
 「そうか…、キスはしたことあるんだな」
 「だ、誰もしたとは言ってねぇだろっっ、このセクハラ会長っ!」
 「顔が赤いぞ?」
 「う、うっせぇっ、黙れっ! そんなコト聞くヒマあったらっ、さっさと考えをまとめろよっ」
 俺の不意打ちの質問に、時任の頬は真っ赤だ。
 良く見ると、耳まで赤い…。
 落ち着かない様子で、あれは久保ちゃんが…とか、ブツブツ言ってる時任の様子が妙に可愛くておかしくて、たまらなくて笑うとジロリと睨まれた。
 「松本っっ」
 「あぁ、すまない。今、考えてるから、もう少し待ってくれ」
 俺は二人の企みが何なのか考えるつもりで、時任にそう言う。だが、真っ赤になった時任を見ながら脳裏に浮かぶのは、中学から一緒の学校に通っている誠人の事だった。
 俺と誠人との間にあるのは、中学時代の10円の貸し。
 曖昧な関係で友達にもなり損ねてしまったが、自分にも他人にも興味がなさそうな誠人を見ていると心配だった…。ふと気づくと、いつの間にか居なくなってしまいそうな気がして心配でならなかったんだ。
 だが、時任と誠人がバカップルとして校内で公認される前、クラスメイトと談笑している時任を、興味深そうにじっと見つめる誠人の姿を見た時から、俺はそんな心配をするのを止めている。その頃も曖昧な関係だった俺だが、誠人が時任に興味を持った事を知った瞬間…、肩の荷が下りたような気がしたのは確かで…、
 その時になって初めて思っていたよりも、自分が誠人を心配していた事を知ったのだが、それがやはり恋愛感情ではなかった事も…、
 その時になって初めて、ハッキリと自覚したのだった。
 
 「そう言えば…、その頃、初めて橘に…」
 
 橘と誠人が何を企んでいるのかを考えるはずが、なぜか過去の事を思い出していた俺は…、ふと、そう呟いた瞬間にある事に気づいて足を止める。橘に初めて抱かれたのは学校で、その後もかなり不本意ながらも、しばらくは学校でそういう行為に及んでいた。
 その頃はまだ親のいる敷地内で…というのも、かなり抵抗があったしな。
 だが、そんな日々の中で、場所が学校だったためにまったく声を出そうとしない俺を、橘が無理やりホテルに連れて行った事があったが…、
 そのホテルは確か、この先じゃなかったか?
 まさか、二人はそこに行くつもりか?
 いや…、そんな事はない…。
 いくら二人が合わせて36禁だからといって、そんな事はあり得ないだろう。

 ・・・・・・・・・そうだ、あり得ない。

 「松本っ、まーつーもーとっ!」
 「えっ、あ…っ、な、なんだ?」
 「アイツら、なんかソコの角曲がったぞ」
 「・・・・・・・・」
 「おい、何ボケた顔してんだよ? 俺らも早く行こうぜ」
 「あ、あぁ…、だが、行かない方がいいかもしれない」
 「はぁ? ココまで来て何言ってんだよ?」
 「ここまで来たから言ってるんだ。これ以上、二人の後を追えば、追って来た事を後悔する事になるかもしれない…」
 俺は一体、何を言っているんだろう…。
 あの二人ではあり得ないと思っているはずなのに、なぜ後悔するなどと時任に言わなければならない? まったくもって理解不能だ。
 だが、そう思っているのに歩いていく先にホテルがあると知った途端、俺は前へと進めなくなってしまっていた。
 もしかして、俺は信じていないのだろうか…、橘の事を…。
 いや、そんな事はない…。
 信じているから恋人でいるし、恋人だから信じてもいる。

 なのに、なぜ…、俺は足を止めているんだ。

 自分で自分がわからない。
 俺はここまで来て、このまま進むべきか、それとも帰るべきかを迷っている。
 まったく、俺らしくもない…。
 そんな俺を、時任が不審そうな顔で見ていた。


                                             2007.10.2

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