・・・・・遅い。 時任と一緒に席に着いたものの、いつまでたっても橘と誠人が来ない。 その内、来るだろうと思ってはいたが、そろそろ映画も始まるし、次第に二人の事が本格的に気になり始めてきた。 それは、徐々に眉間にシワが寄り始めている時任も同じだろう。 あの二人と一緒にいて18禁指定にされたくはないが…、近くにいなければいないで、また気になるとはやっかいだな。相手が相手だし、疑う理由は微塵もないはずだが、なぜこうも気になるのか…、 そう自分で自分の事を不思議に思っていると、時任が座っていた席から立ち上がった。 「もうすぐ始まるのになんか来ねぇし、やっぱロビーまで見に行ってくる」 「いや、もう少し待て…」 「って、なんでだよ?」 「遅いのは、あの女の子達にまだ捕まっているか、ギリギリまでロビーで時間潰しているだけだろう。心配する必要はない」 「そうかもしんねぇけど…。それって、あの二人でか?」 「今も一緒にいるとは限らない」 「う〜…、だけどさ…」 俺の言葉に時任は納得していない様子だったが、小さくため息をついた後、とりあえず席に座り直してくれた。しかし、口では心配ないと言いながらも、やはり時任と同じように、俺もロビーに残った二人の事が気になっている…。 俺も時任も無言で、ロビーへと続く入り口の方を見つめた。 一体、何をしてるんだ…っと橘の事が気になり、 次にそんな風に、橘の事を気にしている自分が嫌になり…、 最後に、俺をこんな風にしてしまう橘に文句を言いたくなる。 だが、時任のいる前で、そんな事を口にしたくはないし、そんな素振りを見せたくはない…が、イライラするな…。 そう思っていると時任がプッと噴出して、小声で笑い出した。 「心配ねぇっつっといて、一番気にしてんのは自分だろっ」 「そんな風に見えるのか?」 「バレバレだっつーの」 「時任に見破られるようでは、俺も終わりだな」 その一言を言った瞬間、しまったと思った。 せっかく、機嫌良く話してくれていたのに、つい…、いつもの調子で…。 すると、やはり時任の声が少し低く、不機嫌そうになった。 「終りって、どういう意味だよっ」 「言葉通りの意味だ」 「相変わらず嫌な言い方ばっかすんな、てめぇはっ」 「・・・・嫌なら、話さなければいいだろう。俺と話そうと話すまいと時任の自由だ、何も強制はしない。今はプライベートだからな」 ・・・・・・・自業自得だ。 せっかく、時任と友好的な関係を築くチャンスだったのに失敗だな。イライラした感情を抑えられなかったとは、まだまだ俺も修行が足りないという事か…。 まったく、隣に橘がいないと調子が狂って仕方が無い。 ・・・・・・・認めたくはないが。 心の中で橘に文句を言いながら、不機嫌そうな時任の顔が脳裏に思い浮かべた俺は、視線を前に向けたまま軽く息を吐いた。 一度、時任の口から誠人の事を聞いてみたい気もしていたが、やはり無理のようだな…。 しかし、そんな俺の想い知ってか知らずか、横から少しも怒っていない…、笑みさえ含んだ時任の声がした。 「プライベートって言えばだけど、松本って学校にいる時とはなんか雰囲気違うよな? 自分の呼び方も学校だったら私なのに、今は俺だし…」 「あ、あぁ…、それは明確に分けるためにしているだけだ。会長をしている時とプライベートの時とは、やはり分けて置かなくては…、色々とやっかいだからな」 「面倒って何が?」 「会長としての私は、私情を挟むことはできない。だから、学校とプライベートで気持ちを切り替えて置かなければ、判断が鈍る」 「そんなモンなのか?」 「そんなものだ」 俺がそう言うと時任はふーん…と呟きながら、ロビーの売店で買ったジュースを一口飲む。そして、少し真剣に考え込むような表情をして俺の顔をじーっと眺めた後、突然…、真剣な表情を緩めてニコッと笑った。 「でもさ、ガッコにいる時よか、今のが全然いいと思うぜ? 今の方が、いつもよか公務の事とか色々、何か一緒にやってもいいかもって気になるし…」 そう言いながら、無邪気に無防備にニコッと笑った時任の顔…。 それを間近で見てしまった俺は、不覚にも自分の心臓の鼓動が早く鳴るのを感じた。 い、いきなり…、それは反則じゃないのか…っ!! 心の中で思わず叫んだ言葉も、鼓動同じで意味不明だ。だが、時任の無邪気な笑顔というヤツを間近で見て初めて、ほんの少しだけだが、誠人の気持ちがわかった気がするのは確かだった。 俺のように恋人がいて…、その気がなくてもドキッとさせられる。 そんな無邪気な笑顔を浮かべる恋人を持つと、さぞや苦労するだろう。 俺は無邪気な想い人を持つ誠人を少し気の毒に思いながら、軽く深呼吸して平静を装うとしたが…、 背筋を何かがゾゾッと這い上がるような妙な寒気を感じて、それ以上、時任と会話する事ができなかった。 い、一体、なんだっ。 ・・・・・・・この怨霊にでも祟られたような、異様な寒気はっっ!! たとえ、夜の学校で百物語をしたとしても、これほどの寒気はしないだろう…、そんな寒気を感じた俺は自分の肩を抱きながら、ふと周囲が騒がしい事に気付く。しかも、騒いでいるのは圧倒的に女が多く…、男はそ知らぬフリをしている者が多かった。 まさか、この映画館にはアイドル並なルックスの男の幽霊でも出るのか? そう思ったが、次の瞬間、俺は…、幽霊よりも怖いモノを見てしまった。 この世のものとも思えない…、恐ろしい光景を…。 それを見た時任は浮かべた笑顔を凍りつかせ、俺は思わず叫びかけた口をとっさに右手で押さえた。 橘と誠人が、こちらに向かって歩いてくる。 ・・・微笑み合いながら、こちらに向かって歩いてくる。 ・・・・・仲良く、手を繋ぎながら歩いてくる。 ・・・・・・・・・・・なんの冗談だ、おい。 た、確かに少し仲良くなった方がと…、さっきまで思っていたが、いくらなんでもいきなり仲良くなりすぎじゃないかっ?! 俺のいない間に一体、二人の間に何が…っと思っていると、誠人と橘を凝視しながら時任の手が横から伸びてきて、俺の手を上からぎゅっと握りしめた。 「て、手ぐらい…、誰でも握るよな?」 「あぁ…、握るかもしれないな」 「俺だって松本に手ぇ引っ張られて…、ココまで来たし」 「そ、そう言えば、そうだったか…」 「手ぐらい普通だよ…な?」 「た、たぶんな…」 たぶん…、手ぐらい誰でも握ると思うが…、 それが橘と誠人だと、なぜあんなにもあやしく見えるんだっ。手を繋いでいるだけなのに、まるでそれだけじゃない何かを見ているような気がする。 あまりのハズカシさに、微笑み合う二人を直視できん…っ。 さすが、二人合わせて36禁だっっ。 そんなあやしい無修正な二人に、黄色い声援にも聞こえなくもない叫び声が贈られている。だが、しかしっ、こんな光景に惑わされる俺ではないっ。 きっと…、何か理由があるはずだ…。 そう考えた俺は放映時間となり、ゆっくりと落ちてきた照明の中で、どうせ嫌がらせだ、無視しろと時任に耳打ちしながら、自分の手を握りしめる手を握り返す。 すると、時任に耳打ちした俺の耳に…、 ・・・・・・・・俺を祟る怨霊の低い声が響いてきた。 「・・・・・・・・・・・・猫さらいの罪は重いよ?」 ーーーーーーっっ!!!!! あまりの恐怖に声も出ず、頭の中も真っ白になる。 耳元で地の底から響くような声で囁くのはよせっ!! 心臓が止まりかけただろうが…っ!! 本当はそう言いたかったが、真っ白になった俺の意識は三途の川の三歩手前まで飛びかけていて何も言えなかった。 そんな俺の隣にいつの間にか座った怨霊は、ジロリと睨みつける時任に微笑みかけると、俺がしているのと同じように橘の手を再び握りしめる…。 しかも、信じられない事に橘がその手を握り返して…、 すると、その行為を見ていてハッとしたような表情になった時任は、慌てて自分の手を握りしめる俺の手を払いのけた。 ・・・・・誠人のヤツめっ、やはりワザとだなっっ!! 橘も俺にヤキモチを焼かせようとしても、無駄だぞっ!! 時任の行動を見て俺はそう思ったが、映画を観ている間中、なぜか誠人と橘は手を握りしめたままだった。 |
2007.8.13 前 へ 次 へ |