日曜の映画館は、さすがに人が多い。 そんな人ゴミの中を橘は全員のチケットを買いに、誠人と時任は飲みものを買いに行っている。俺は一人で三人が戻ってくるのを待ちながら、ロビーの壁に寄りかかって辺りを眺めていた。 橘が並んだチケットを買う列も、誠人と時任が並んでいる飲みものを買う列もそれなりに長い。だが、久しぶりに映画館に来たらしい時任は、それでもとても楽しそうだ。 眠そうな顔をしている誠人の方は、どんな映画が好みなのか知らないが…、時任が楽しそうなら、別に映画が何だろうとどうでも良いんだろう…。試しに飲みものを買い終えて戻って来た時任と一緒に帰ってきた誠人に、今から見る映画のタイトルを尋ねてみたが、やはり答えられなかった。 「さては観る気ではなく、寝る気満々だな?」 俺がそう言うと、なぜか誠人ではなく時任が俺を睨む。 だが、睨まれる理由がさっぱりわからない。 執行部を利用した件で、時任から嫌われているのは自覚しているが、こんな時まで睨まれてしまうのはなぜだ? まさか…、時任に妙な事を吹き込んでるんじゃないだろうな?という疑いの目を誠人に向けると、誠人がそれに答えるように軽く肩をすくめる…。すると、ますます時任が俺を睨んできた…。 「時任」 「・・・・・・なんだよ?」 「なぜ、そんな目で俺を睨む?」 「別に睨んでなんかねぇよ。生まれつき、こういう目つきなだけだ」 まるで、親の仇でも見るような目つきで時任に睨まれ、俺は助けを求めるように誠人の方を見る。だが、誠人は俺の視線を感じているはずなのに、ふぁ〜っと眠そうに大きなアクビをしただけだった。 その姿は、どこか縁側で寝とぼけている大型犬を思わせる。そして、俺を睨んで威嚇している時任は、フーッと毛を逆立てている猫のようだった。 とぼけた犬と、威嚇する猫…。 俺はなんとなく映画館のロビーにある看板を見た後、溜め息をつきながら目の前に立つ二人をじっと眺めた。 「ペットの持ち込みは、禁止か…」 「ドコ見て言ってんだよっ!!!!」 そんな感じで相変わらず人々の視線を三人で浴びていると、チケットを買った橘が戻って来る。すると、周囲にいる女の子達が、俺達を値踏みするようにジロジロと眺めながら…、あやしい会話をし始めた。 「ねぇねぇ、あの四人ってアヤシクない?」 「あ、それ私も思った!」 「でしょ、でしょ?」 「ち・な・みに、あの四人でカプ作るとしたら誰と誰?」 「あの背中にバラしょってそうな眼鏡の美形の彼は、やっぱ受けだよね〜。だから、もう一人の眼鏡の目の細い彼と…かなぁ?」 「え、眼鏡同士?」 「いいじゃんっ、たまには眼鏡萌えでさ。それで、あの一番背の低い子は、なんかすごく可愛い感じだし、あそこのいかにも生徒会長〜みたいな彼とがいいなっ」 「あー…、あの人って本当に生徒会長って感じだよね。実は鬼畜とか?」 「そうそう、鬼畜な感じで生徒会室とかに連れ込まれて縛られたり、無理やりヤられたりして…」 「うわー、あの子かわいそう〜…」 ・・・・・・誰がかわいそうなんだ、おい。 俺がいつ、そんな事をしたっ!!! 犯された覚えはあってもっ、犯した覚えはないぞっ!!! …と、まぁ、これはどうでもいい事だが…、ごほごほ…。 た、確かに俺は生徒会長だが…、鬼畜じゃないっ。 鬼畜というなら、そこにいる眼鏡だろう…っ。 しかも、コイツらは…、そこにいるだけで18禁指定だ。 やはり、このメンバーで行動するのは危険すぎる。 あまりにも危険だ…。 このままでは妄想の中とはいえ、時任を相手に身に覚えのない危険なプレイをさせられてしまう。せっかくチケットを買ったのだから、映画は見るとしても、とにかく、当面の危機を回避しなくてはならない。 だが、俺がそう思っていると橘が微笑みながら、あやしい話をしている女の子達に近づく。そして…、とんでもないセリフを言った。 「実は、僕は攻めなんです。しかも、相手は寝てるか起きてるかわからない細い目をした彼ではなく、あそこの生徒会長の彼です。あの人はいつも可愛いですが…、ベッドの上ではもっと可愛いんですよ」 橘がそんなセリフを言えば…、今度は誠人が…、 「ちなみに俺の相手は、こっちの猫みたいな子。いつも可愛いんだけど、俺にヤられちゃった時の表情はもっと可愛いんだよねぇ」 …と、のほほんと言う。時任がやられたのはゲームだっ、ゲームと叫んでいるが、たぶんそれを上回る叫び声で、いやぁとかきゃーとか叫んでいる女の子達の耳には入っていないだろう。しかも、脳内では新たな、あやしい妄想が繰り広げられいてるに違いないっ。 橘に誠人が加われば、二人合わせて36禁。 このままではモザイクではなく、黒塗りだ…。 しかも、そんな二人の間に、ブチ切れた時任が拳を振り上げて乱入しようとしている。危険を感じた俺は、素早く橘からチケットを二枚奪い…っ、 時任の手を引っ張り、早足で入場の始まった入り口を目指したっ。 「て、てめぇっ、なにすんだよっ!!」 「この映画館では、眼鏡は他人…」 「はぁ??」 「これ以上、アイツらに関わっていると俺達まで18禁指定にされかねん。そうならないために、館内では他人のフリをするんだ」 「けど、どうせ席は続きなんだろ?」 「アイツらのペースに巻き込まれないためだ…、無視しろ」 「…って、俺も18禁指定されんのは嫌だけど、マジでいいのかよ?」 「映画館にいる間だけだ、問題ない」 「うー…、ま、いいけどさ…」 時任は少し納得していない様子だったが、俺の提案に素直にうなづく。もっと、なんでだとか嫌だとか言って、食ってかかられるかと思ったが…、意外だな。 そんな風に思いながら、実は時任と二人きりで話すのが初めてだった事に気づいた俺は、改めて今がプライベートな時間だった事を思い出し…、 時任の肩を軽く、ポンと叩いた。 「なら、二人が来ない内にさっさと席に着こう。実は俺も…、この映画は見たかったんだ」 俺がそう言うと、時任は少し意外そうな顔をした後、少し笑顔になっておうっと軽く返事をしてくれる。それはたぶん…、同じ映画を観たい者同士なんだと認識してくれたからだろう。 誠人を挟まなければ、俺と時任はそれほど相性は悪くないらしい。相性とは言っても妙な意味ではなく、同じ学校に通う同級生としてという意味だ。 だが…、同じように今二人きりでいるかもしれない橘と誠人はどうなのだろう?少しだけ気になるが…、別に心配はしていないし、あの二人ではする必要も無い。逆に今よりもちょっとでも仲良くなってくれれば、誠人に本部の用事を頼む時も色々とやりやすいというものだ。 そんな風に俺は考えていたが…、事態は思わぬ方向へ進展する。 しかし、映画が始まるのを楽しみに待っている時任も、その横でなかなか来ない二人を待っている俺も、そんな事を知る由もなかった。 |
2007.8.4 前 へ 次 へ |