綿毛の雪 3





 今日の月は、まんまるだ…。


 夜になって眠ってた押入れから這い出し、今、やっかいになっている家から出てきた俺は、空の月を眺めて大きく伸びをする。そして、いつもと同じように、今日もまんまるな月と同じカタチのものを探しに出かけるコトにした。
 ニンゲンに見つからないようにテクテク歩いて、テクテク歩いて…、
 月の光が照らしてくれる道の片隅や、小さな溝や色々なトコを探して…、
 やっと見つけ出した丸いカタチに、俺はうれしくて頬ずりする。
 この丸いカタチはお金というモノだから、コレをいっぱい集めたらマコトに会えるんだ。
 そう思うと、一つ見つけるたびに、うれしくてドキドキして…、
 どんなに汚れてても丸いカタチが、月よりもキラキラして見えた。
 このキラキラがいっぱいになったら、マコトに会える。

 そう思うだけで、胸の奥がキラキラでいっぱいになる気がした。

 当てもなく町をウロウロしてた時は、どうやったらマコトに会えるかなんてわからなかったけど、今は違う。俺を拾ってくれた松本ってヤツが、会える方法を教えてくれた。
 時々、乱暴だったりもすっけど、松本はとてもいいヤツだ。
 寝る場所もくれたし、何よりも俺が動いてもしゃべってもヘーキでいてくれる。
 それは俺にとってスゴイ事で、ビックリな事だった。
 
 「待ってろよ…、もうすぐ会いに行くかんなっ」

 丸いカタチを手に、まんまるな月を見上げて…、遠い海の向こうまで届けと…、
 そう思いながら、絶対に絶対に行くかんなって誓う。
 けど…、実はホントは俺の隣に居たマコトが、俺と同じように会いたいと思ってくれてるかどうか知らなかった。だって、ずっと隣に居たけど、俺が話せるようになったのは離れてからで…、だからマコトと話したコトなんてない…。
 それに、マコトが俺と同じように話せるかどうかもわからない。
 手だって自由に動かせなかったから、繋いだコトもないし…、
 いつも正面ばっか向いてたから、アイツの顔を見るのは光の具合でガラスに映った時とか、店に来た客が手に取って俺らを見たりとか、そういう時くらいだった。
 けど、なんていうか…、なんでかは俺にもわかんねぇけど…、
 隣に座ってるだけで、隣に居るだけで胸の奥がポカポカしてた。
 あったかくて…、ずっと、このままならいいなぁって思ってた。
 二人で居るだけで、すごくうれしかった。
 なのに…、マコトは居なくなって俺だけが残った。

 おいっ、てめぇっ、ソイツをドコへ連れてく気だよっ!!!

 そう叫んだつもりでも、俺はしゃべれないから誰にも聞こえない。
 いくら動けって念じてもカラダも、動いてくれなかった。
 だから…、店に来てたヤツに連れてかれるマコトを見てるしかなかった。
 ミノルとマコトって名前を付けたのは、俺らを作ったヒトだけど…、
 俺はたったの一回もマコトを呼べないまま、そして一回もマコトに名前を呼んでもらえないまま、マコトと離れ離れになった。

 離れ離れになって…、待っても待っても戻って来なかった…。

 けど、マコトが居なくなっても、俺の目から涙なんて出なかった。
 縫いぐるみだから…、どんなかなしくても苦しくても涙なんて出なかった。
 でも、縫いぐるみだって泣きたい時はある。
 縫いぐるみだって、叫びたくなる時はある。
 だから、俺はそれから毎日、動け動けと念じ続けた。
 頼むから動いてくれっ、頼むからお願いだからって叫び続けた。
 それくらい、とても会いたかったんだ…。
 マコトに…、とてもとても会いたかったんだ…。
 そしたら、ある日…、こんな満月の夜に一番最初に俺の右手が動いて…、
 その瞬間、俺の目から一粒だけだったけど、涙みたいなのが落ちた。

 『マコト…、マコトマコト・・・・・』
 
 初めて動いた右手を見つめながら、俺の口から初めて声が出る。
 ・・・・・・うれしかった。
 これで、マコトに会いに行ける。
 これでまた…、きっと会うコトができる…。
 右手が動くコト、自分の足で歩くコトができるコト…、マコトの名前を呼べるコト…。
 それは、俺にとって大きな第一歩だった。
 あれから色々な目にあったけど、動けなかった時に比べたらなんでもない。
 俺はまぁるいキラキラな希望を抱きしめて、再び夜の道を歩き出した。

 「犬には見つからねぇようにしねぇとな。見つかっちまったら、あるイミ、ニンゲンよかやっかいだし…」

 アイツに会う日に向かって歩きながら、俺はそうブツブツと呟く。
 それは前に犬に捕まっちまって、とんでもない目にあったコトがあるからだ。
 それに、こんな夜更けに歩いてるニンゲンはあまりいない。
 だから、俺は真夜中に外に出て、夜が明ける前に松本のいるトコに戻る。
 町を一晩中歩き回っても、俺の歩ける距離はそう長くはねぇけど…、今日は2個も見つけられたから大収穫だ。だから、たぶん浮かれすぎてて帰り着くまで、あとちょっとってトコで油断しちまって失敗した。
 
 「まさか…、縫いぐるみ…?」

 そんな声に気づいて振り返ると、歩いてる俺を見てるニンゲンがいる。
 しかも、コドモじゃなくて…、オトナだ…。
 驚いてる間に、こういう時はその間に逃げるっきゃない!
 俺はじりじりと後ずさると、走って逃げ出そうとした。どこかニンゲンが入れないような家と家の隙間とか、そういう場所に逃げ込む気だった。
 でも、縫いぐるみ・・、の次に続く言葉を聞いて俺は走り出しかけていた足を止める。
 松本の時も驚いたけど、この時の驚きはそれよか上だった。

 「こんばんは…、こんな夜更けにお散歩ですか?」

 えっ、えっ、えぇぇーーっ!??
 道でニンゲンに出会って普通に話しかけられたコトのない俺は、ココロの中で叫びながら驚きのあまり固まる。すると、話しかけてきたニンゲンは少し首をかしげ、ゆっくりと俺に近づくと前にしゃがみ込んだ。
 「ここら辺りは野犬も多いから、夜一人で出歩くのは危険ですよ。帰る場所があるのなら、早くお帰りなさい」
 俺に向かって、そう言った声も微笑んでるカオもとても優しい。
 けど、なんか信じられなくて、俺は警戒するように身構えた。
 「・・・そういうアンタはどうなんだよ? なんで夜に、こんなトコにいんだ?」
 「さぁ…、それはどうしてでしょうね?」
 「い、言えねぇのかよ?」
 「言えないのではなく、ただ自分でもわからないんですよ…。なぜ、こんな所に立っているのか…」
 おかしなヤツだ…と思った。
 縫いぐるみの俺にフツーに話しかけてきた上に、ココにいるのもなんでかわからないなんてヘンすぎる。けど、そう言ったニンゲンの視線が帰ろうとしていた家の松本の部屋のある辺りを見つめているのに気づいた俺は、なんとなく…だけど、コイツは松本に会いに来たんじゃないかと思った。
 うん、そうだ…、きっとそうに違いないっ。
 だから、そう、思った通りのコトをヘンなヤツに聞いてみる。
 けど、ソイツは微笑んでんのに、哀しそうに見えるカオで首を横に振った。
 「いいえ…、違いますよ」
 「でも、アンタは松本の知り合いなんだろ? だから、さっきから松本の部屋んトコ、見てんじゃねぇのか?」
 「松本…ですか? さぁ、そんな名前は知りませんし、心当たりもありません。貴方はどうか知りませんが、僕はただ夜の町を散歩していただけですから…」
 松本の部屋を見てたのに…、首ふって散歩なんて言う。
 なんでなのかはわかんねぇけど、そういうコトにしときたいみたいだった。
 だから、ちょっとだけ考えてから、俺もそういうコトにすることにする。ソイツがあんまり哀しそうだから…、なんか胸がキュッと苦しくなってきて、そうするコトに決めた。
 「そっか…、アンタは散歩か。俺は会いたいヤツに会うために、色々とやらなきゃなんねぇコトがあって…、まぁ、ちょっちヤボ用っていうかさ」
 ウンウンとうなづきながら俺がそう言うと、ヘンなヤツは少しホッとしたみたいなカオになる。そして、俺にヤボ用のコトを聞いてきた。
 「会いたいって誰にです? 貴方の元の持ち主とか?」
 「違ぇよ…、俺と同じ縫いぐるみ…」
 そう…、俺は動いててもしゃべってても縫いぐるみ…。
 だから、見たらわかるコトだけど、口に出して言ってみる。
 けど、俺が縫いぐるみだってコトを言っても、目の前のヤツはつまみ上げたり、突っついたりしないし、何も変わらない。それを見た俺は少しうれしくなりながら、松本にしたのと同じ話を目の前に居たニンゲンにもした。
 マコトに会うために、お金ってヤツを集めてるコトも…。
 そしたら、ソイツはそうですか…と呟いて、俺の頭を優しく撫でた。
 「その君の対だという黒いクマのマコト君に、会えるといいですね。僕にも会いたい人は居ますが…、もう会えませんから…」
 「会えないって、まさかソイツ」
 「いいえ…、死んでません、生きてますよ」
 「だったら、会いたいなら会いに行けばいいだろ?」
 俺はソイツの言ってるコトが良くわからなくて、そう言った。
 ちゃんと行けば会える場所にいんのに、もう会えないなんてわからない。
 けど、ソイツはまた哀しそうに微笑んで首を横に振った。
 「僕はその人にとても酷い事をして、だから会えないんですよ。その人が不幸になってしまったのは、すべて僕のせいですから…」
 「なら、余計に会いに行かなきゃ、酷いコトとかしたら、ゴメンってちゃんとあやまらなきゃダメじゃんかっ。そうしなきゃ、アンタもソイツも辛いままかもしんねぇだろ?」
 「・・・・・・・」
 「おい、なんとか言えよっ」
 俺がそう言いながら、ぐいぐいとしゃがみ込んでる足を押すとソイツは何かに耐えようとしてるみたいに目を閉じる。そして、貴方はとても優しくて良い子ですね…って言って、また俺の頭を撫でた。
 けど、なぜか…、俺じゃない誰かの頭を撫でてるような気がして…、
 それを言おうとしたら、ソイツは撫でるのをやめて閉じていた目を開くと、ポケットの中から何枚か重ねて折った紙のようなモノを出して俺に持たせた。
 「今、手持ちがこれしかなくて申し訳ありませんが、これは貴方の会いたい人に会うために使ってください。これは貴方が持ってるモノとは違いますが、ちゃんとしたお金ですよ」
 「え…っ、けどっ」
 「見つかるといいですね…、マコト君」
 「あ、うん・・・。あの、ありがとう…、その…」
 「橘…、僕の名前は橘遥です」
 「ありがとう、橘っ」
 まんまるな月の日に出会った、橘遥は本当にとても不思議なヤツだった。
 俺と普通に話して、マコトに会えるようにお金までくれて…、
 松本みたいに、とても良いヤツだった。
 だから、橘が言ったような酷い事をするヤツには見えなかった。
 けど、橘は立ち去る前に、また…、松本の部屋のある窓を眺めると…、
 ぽつりと俺にじゃなくて、まるでひとり言のように…、自分の事を悪いニンゲンだと言った。

 「僕は本当に最悪で…、とても醜い人間なんですよ…」

 やっぱり、俺には橘の言う事は良くわからない。
 でも、他のヤツはどうかしんねぇけど、俺にとって橘は悪いヤツでも、醜いヤツでもなかった。なのに、橘は首を横に振るばかりで、決して縦に振ってはくれない。
 だから、俺はそれ以上は何も言うコトができなくて、両腕の中のお金をぎゅっと抱きしめながら、どこかへ帰っていく、橘の哀しい背中を見送るコトしかできなかった。




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                                             2008.8.14