綿毛の雪 13





 ・・・・・・・ゴメンナサイ。


 その言葉からカンジるのは、胸に穴が開くみたいに痛く苦しくなるカンジ。
 それから、その言葉のワケを聞きたいけど、聞きたくないカンジ…。
 マコトのコトが何かわかるかもしんねぇのに聞きたくないなんて、そんなコトあるはずないのに…、ずっとずっと会いたくて探してて、そんなのあるはずなのに、なんでなのかわからない。俺をぎゅっと抱きしめた橘も、なんでなのか答えてくれない…。
 どうしてココにいたのかも何も答えないまんまで、他のニンゲンがこっちに来るからって、橘は俺を腕んトコに抱えて歩き出した。
 「少しの間、じっと動かないで、ぬいぐるみのフリをしててください」
 「あ、うん…、わかった」
 橘が言うみたいにフリなんてしなくても、俺はぬいぐるみ。
 動けたり、話したりできるけど、俺はぬいぐるみだった。
 だから、手も足もスゴク短くて、俺が頑張って走ってきたよりも、たくさん早く歩く橘の腕に抱えられてると…、ほんのちょっとだけ胸がキュッとする。でも、さっき会ったミミコのコトを思い出すと、初めて手や足が動いた日の事を思うと今度は黒い手袋がはまった右手をぎゅっとしたくなった。
 一歩が短いとか長いとか、そんなの関係ない。
 大事なのは、俺が動けるってコト。
 何かできるコトがあるんだって、それが大切。
 それを忘れちゃダメなんだ…。
 そうしたら、会えるんだ…、絶対に会えるんだ…。
 こんな胸の痛いのなんか、きっと、すぐに飛んでく。
 俺はそう思いながら絶対にあきらめるもんかって、橘が歩くのに合わせてユラユラしてる暗くなりかけた空を見上げた。
 
 松本も…、マコトもどっかで空見てんのかな。俺が見てんのと同じ空…。

 暗い暗い空だけど、同じ空を見てるなら…、きっと会える。
 そんな空を見上げながら、橘に連れてかれたのは行ったコトのある場所。なんでって…、空じゃなくて橘を見たら、声に出して言ってないのに答えてくれた。
 「もうじき結婚するので…、昨日、ここに引っ越したんですよ」
 「ケッコン…」
 「えぇ、僕は美和さんと結婚します…、三日後に」
 「・・・・・それはスキだから?」
 「もちろんです。僕は彼女が好きだから、結婚するんですよ」
 「美和は、橘のハツコイ?」
 「初恋ではありませんが、愛してますよ」
 「ハツコイじゃないから、白い羽みたいじゃなくて…、そんなカオしてんのか?」
 松本ん時は怒鳴られたりしたりのに、橘が中に入っても誰もそんなコトはしない。
 だから、橘が言ってるのがホントだってわかった。
 けど・・・、美和がスキだっていうのだけは違う。ハツコイじゃなくてもスキだったら、きっと、ふわふわの白い羽に似たキモチだって思うのに、美和を好きだって言った橘のカオも声も、どこか冷たかった。
 ちっとも、ぜんぜん白い羽みたいじゃなかった。
 こんなの…、スキとは違う…。俺がマコトを好きって思う時は、いつだって胸がキューっとして苦しいけど、あったかくなるんだ。
 俺はマコトがスキで、とってもダイスキで…、
 でも、美和のコトをスキだって言った橘は、ミミコと一緒に見た空みたいだった。
 暗い暗い…、冷たい空…。
 橘は部屋に入ってパタンとドアを閉じると、橘は俺を机の上に乗せた。
 「白い羽みたいじゃないとは、どういう意味です? そんな顔と言われても、自分で自分の顔は見れませんから…、貴方の言っている意味がわからない」
 「前に橘が教えてくれたハツコイは、俺がマコトをダイスキな気持ちは苦しいけど、ふわふわしてて白い羽みたいで…、あったかいんだ。なのに、橘がスキって言った時は、ちっともふわふわじゃないし、あったかくもなかった」
 「・・・・・」

 「今よりも前に、松本の部屋を見てた時の方がハツコイみたいだったのに…」

 俺がそう言うと橘のカオが、冷たいままで怖くなる。
 そして、冷たくて怖いカオのままで、俺に松本のコトを聞いた。
 その時の橘は、俺が知ってる橘みたいじゃなかった。
 俺が松本の話してた時も話した後も…、怖いままだった。
 橘は手を伸ばして俺の腕を掴むと、ぎゅーっと強くにぎる。
 それから、俺が言ったのがホントなのかって聞いた。
 「俺が言ったのはホントだっ、何もウソなんか言ってないっ。松本はヨウシってヤツで、知らない男の家にいて…、それは俺をマコトに会わせるためと借金のためだって」
 「そして、その男の元に連れて行ったのは、隆久君の叔父で…、それから自分の意志で書類にサインをしたと…」
 「そうだよっ、それから松本はそこで夜になると苦しいコトや痛いコトしてて、ニンギョウみたいになってて…っ、だから、俺は松本を助けに…っ!」
 「・・・・・・・」
 今の橘は冷たくて怖い…。
 だけど、松本の部屋を見てた橘なら、きっと松本を助けたいって思ってる。だって、驚いたカオして松本は一緒じゃないのかって聞いてた橘は、そんな風に見えた。
 きっと、何もかも話せば一緒に松本んトコに行ってくれるって、そうカンジた。
 だけど、俺の知ってる全部を話しても橘はそうですか…って言っただけだった。
 「急に姿が見えなくなったので心配していましたが…、そういった事情なら僕に出来る事は何もありません。確かに、僕はこれから美和さんと結婚して、松本家の一員になる訳ですが、そんな込み入った事情に口出し出来る立場ではありませんから…」
 「でも松本は…っ!」
 「それに、貴方はあんな場所にいるべきではなかった。隆久君の言う通り…、イギリス行きの船に乗るべきだった。君のためにも隆久君のためにも、夢を見続けるべきだった」
 「ゆ…、夢?」

 「貴方は知らないようですが、白い羽なんて夢の中にしか降らないんですよ」

 冷たい暗い空が…、広がってく…。
 橘の言葉を聞いてると、そんなカンジがして…、声が出ない。
 違うって、そうじゃないって叫びたいのに、橘の冷たくて怖い目に見られてると何も言えなかった。松本の部屋を見つめてた…、ハツコイを教えてくれた橘と今の橘は、まるでベツのヒトみたいだった。

 「それともう一つ…、知らないようなので教えておきますが。僕は本当に最悪で、とても醜い人間なんですよ」

 月のまんまるな夜にも、橘はそう言ってた。
 そして、俺は言ってた言葉のイミもちゃんと知ってるし、わかってる。
 でも…、それでも橘は違うって思った。
 松本のいる部屋を見上げる橘を見て、そうカンジた。
 たとえ、松本を不幸にしたってのが、ホントに橘だったとしても…、
 あの悲しそうな顔がウソだったなんて思わないし、思えない。
 だけど、今の橘を見てるとわからなかった…。
 「たち…ばなは、松本のコトが嫌いなのか?」
 「いいえ、一度会っただけの僕の妻になる人の従弟を嫌う理由なんて…、あるはずないでしょう?」
 「だったら、俺を松本んトコまで連れてってくんねぇか? 俺は松本んトコに行きたくて、ずっと、あの場所まで走ってきたんだ…、だからっ!」
 「・・・それはできません」
 「橘っ!」

 「貴方はあの子と同じように、僕を憎んで恨むべきなんです。そのために僕は…、戻ってきた…」

 ・・・・・・もどってきた。
 今の橘は冷たくて怖くて…、けど、そう言った時だけ、まんまるの月の日と同じカオをしてた。あの日の橘はどこかかなしくて、どこかさみしくて…、スゴクやさしかった。
 なのに、俺がソレを見たのは少しだけ…。
 いきなり首をつかまれて持ち上げられて、真っ暗なトコに入れられた。
 そして、ガチャガチャって音がして、俺は真っ暗なトコに閉じ込められた。
 「そこで騒いで僕以外の人間に見つかったら、どうなるか貴方は良く知っているでしょう? こんな逃げ場のない場所で見つかったら、すぐに綿にされてしまいますよ」
 「・・・・・・っ」
 「すべてが終わるまで、ここでおとなしくしていてください」
 「イヤだっっ、待てよっ!!ココから出せよっっ!!!」
 「所詮、貴方はぬいぐるみでしかないんです。だから、たとえ動けたとしても何も出来ないんです。ここまで歩いてきて、それが良くわかったでしょう?」

 「…っ、たちばなーっ!!!」

 なんにも出来ないなんて、そんなコトない。
 俺はマコトに会いたくて、ただ…、マコトの隣にいたくて…、
 動かなかった、手を足を動かしたんだ…。
 動かしただけじゃなくて、歩いてきたんだ。
 キラキラのまあるいのだって、いっぱい集めたんだ。
 だから、そんなコト言われたってわからないし、わかるはずがない。
 ・・・・・・はじめから動ける橘に、わかるはずなんかない。
 この手が足が動いた時、マコトって声に出して呼べた時、どんなにうれしかったか…、
 歩けるコトに何かに触れられるコトに、どんなにドキドキしたか…、
 なんにも知らない橘に、そんなコト言われたくなかった。

 「俺の手はちゃんと動くし、足だって歩けるし、それで何もできないなんて、そんなコトあるもんか…、そんなのウソであるはずないじゃんか…っ」

 俺はマコトに会いたい…、松本を助けたい…。
 だから、ぜったいにぜったいに、あきらめたりするもんか…っ。
 けど、そう思っても真っ暗なトコに閉じ込められたまま、俺はソコから出るコトができない。まわりのカベみたいなのを押したり叩いたりしたけど、やわらかい俺の手は軽い音を出すだけで、閉められたトコは開かなかった。
 



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  2009.12.6