綿毛の雪 12
長い長い…、夢を見てた…。
そこには俺がいて、マコトがいて…、そして松本もいて…、
白いふわふわの羽がたくさん、たくさん降ってくる青い空を眺めてる。
でも、それだけで他には何でもなくて…、けど、ずっといたくなるような…、
すごくあったかくて優しくて、夢みたいな場所。
ホントに夢みたいな、そんな場所。
隣にいるマコトに会いたかって、すごくすごく会いたかったって言ったら…、
マコトは微笑んで…、俺も会いたかったって言ってくれた…と思う。
なぜ、聞いたんじゃなくて、思う…だけなのか…、
それは俺に向かって何かを言ってるのはわかったけど、いくら耳をピクピクさせても声が聞こえないからだ
でも、それでもうれしかった。
こんな風に隣にマコトがいるだけで、うれしくてたまらなかった。
思わず目をゴシゴシするくらい…、マコトが大好きだった…。
けど、俺はちゃんと知ってる。
なぜ、マコトの声が聞こえないのか…、
どうして、マコトが…、松本がここにいるのか…、
それをちゃんと知っていたから、ずっとココにいたいのに…、いる事ができない。
行かなくてはならないトコがあるから、ココにはいられない…。
だから、どれくらい立ち止まっていたかわからない場所に、そこに立つ二人に俺は笑顔で、もう行かなきゃダメなんだって言おうとした。けど、胸に何かが詰まって上手く言えなくて…、擦り切れかけてる両手で…、ぎゅっとマコトの右手と松本のズボンのすそを握りしめる。
すると、二人は手を伸ばして、優しく俺の頭を撫でてくれた。
「必ず…、必ず会いに行くっ。だから、それまで…っ」
マコトに会いたい、松本を助けたい…。
ホントの二人の声を聞きたい…、二人のトコに走って行きたい。
だから、どんなに重くても目を開けなきゃならない。
けれど、そう思った瞬間に二人が急に遠くなって…、青空から降ってくるふわふわの羽が冷たい雪になって…、
二人のいる夢の中で目を閉じて、二人のいない世界で目を開く…。
すると、明るい青空じゃなくて、暗い灰色の空が見えた。
「ココは…、一体どこなんだ?」
そう言いながら、まわりを見回してみると、いっぱい何かがあった。
その何かってのは、たぶん…、ゴミなんだと思う。前にゴミの入ってる箱ん中に捨てられたコトがあるから、なんとなくソレがわかる。
まるで、おっきなゴミ箱みたいなトコで、俺はよいしょと起き上がった。
そしたら、俺の近くに俺に似た耳の長いヤツがいて、思わず肩を揺すっちまったけど、ソイツは灰色の空を見上げたまま動かない。
けど、良く考えてみなくっても、ソレが当たり前だった。
ぬいぐるみは動けないし…、しゃべったり出来ない。
でも、それがわかってても、動かないヤツを見てると哀しくなる。
耳んトコから、ハミ出してる綿をギュウギュウ押さえてみたけど、相浦が直してくれた手や胸みたいには直らなかった。
「松本が相浦に直してくれって頼んでくんなかったら、俺も…、お前みたいになっちまってたのかもしれない…」
一番、破れそうになってた右手には、黒い布が手袋みたいにはまってる。
切られてた胸は糸で直してくれてて…、その時のコトを思い出すと相浦にゴメンって思う。相浦は俺のためにも松本のためにも、一緒にイギリスに行こうって、一緒にマコトを探そうって言っててくれたのに、俺は船に乗る前に入れられてたカバンから出た。
そして、どこ行くんだって、俺を捕まえようとした相浦の手をすり抜けて走り出した。
イギリスに行きたい、マコトに会いたい…っ。でも、このまま行ってしまったら、もう二度と松本に会えなくなる気がして、どうしても走り出さずにはいられなかった。
けど、途中でフラフラしてきて、走れなくなって・・・、
ちょっとだけ休むつもりで寝てたら、いつの間にか、こんなトコに…。
でも、それでも俺はマコトに会うコトも、松本のトコに行くのもあきらめたりしない。あきらめちまったら、そこで終わりでダメなんだって、動くようになった手や足が、俺にそう教えてくれてた。
『俺には、今、行かなきゃなんないトコがある。助けなきゃらない友達がいるっ。だから、俺の代わりに、そこに入ってる本と羽を一緒に連れてってやってくれ…』
『なっ、なにバカなこと言ってんだっ。もう少しで願いが叶うって時になんで…っ』
『そんで、俺に似た黒いクマに出会ったら、本と羽を渡して…、必ず会いに行くからって…っ、俺がそう言ってたってマコトに…』
『必ず行くって…、今の機会を逃したら、二度と行けないかもしれないんだぞっ。荷物にまぎれて乗れたとしても、お前だけじゃ危険だっ』
『二度とがなくても、必ず行くっ。だから、ハツコイは叶うんだって、必ず証明してやるから待ってろって…っ。世界で一番大好きだってマコトに…』
『ミノルっ!』
『一緒に探してくれるって言ってくれて、俺を連れてってくれようとしてくれて…、ありがとな、相浦。今度は、イギリスで会おうぜっ』
イギリスに行くなら、松本も一緒だ。
今度はキラキラの丸いヤツを、もっともっといっぱい集めて二人で行くんだって…、
自分の足を前に踏み出して走りながら、俺は決めた。
たとえ、イギリスに行ってマコトに会えたとしても、今のままじゃダメなんだって気づいたから、今度は松本のズボンのすそじゃなくて、ちゃんと手を伸ばして手を握りしめる。
あそこから逃げるんじゃなくて、二人で考えようって…、
一人じゃないから、二人で考えようってぎゅっと握りしめるんだ。
そうして、松本とマコトと三人で笑うんだ…、きっと、必ず絶対に…、
夢みたいな、白い羽の降る青い空の下で。
けど…、そこには耳の長いヤツを連れていけない。
耳の長いヤツだけじゃなくて、ココにいる他のヤツも…、連れてってやれない。だから、俺は今までしてもらったコトの中で、一番うれしかったコトを耳の長いヤツにした。
松本がしてくれたみたいに綿の出てる頭を優しくなでて、ぎゅーっと抱きしめて…、
名前がわかんなかったから、俺の付けた名前を呼んだ。
「またな…、ミミコ…」
耳が長いから、ミミコ…。名前なんてつけたコトないから、その名前が良いのか悪いのかわんかねぇけど…、無いよか絶対にいい。
そして、サヨナラはさみしいから、サヨナラは哀しいから、またなって言った。
ミミコからの返事はなかったけど、灰色の空が晴れて青空が見えるようにって、そう願いながら、俺は笑顔で手をふった。
前に向かって走り出すために…。
けど、その足はミミコのいたトコから、ゴミ箱みたいなトコから町に出て、しばらく走った場所で止まった。でも、ソレはニンゲンに見つかるからとか、犬がいて隠れなきゃなんないからとかじゃなく、知ってる場所を見つけたから…、
マコトと二人で帰りたかった…、戻りたかった場所を見つけたからだった。
俺がココを出てから、どれくらいかなんて、もうわかんなくなっちまったけど…、今も覚えてる、絶対に忘れない二人で飾られてた場所とそこから見える家や空や色々なモノ。俺とオナジでちょっちくたびれてても、それは変わらずにソコにあった…。
「こっから出てから、帰り道なんてわかんなくなってたけど…、こんなトコにあったんだな。まだ、変わんないでココにあったんだな…」
ココにはもう帰れねぇけど、うれしかった。
変わらないでココにあって、すごくうれしかった。
マコトと二人の思い出が、ココに変わらずにあってくれて…。
それが俺らを繋いでるような気がして、俺は二人で飾られてたウィンドウに触れたくて店に近づく。けれど、俺が見つめてたのとオナジ場所を見てるニンゲンがいるのに気づいて、俺はまた足を止めて立ち止まった。
「たち…、ばな…、がなんで?」
少し離れた場所から、店を見つめてるニンゲン。
それは確かに、俺の知ってる橘だった。
会っただけじゃなく、話したコトがあるからカオも覚えてるし、間違いない。でも、なんでココに橘がいるのか、なんで俺らが居た場所を見てるのかがわからない。
店に用事があって来てるのかもって気もしたけど、何か違うって…、橘のさみしいカンジの横顔を見て思った。じっと見つめてる瞳を見て、そうカンジた。
だから、それを聞きたくて…、
そして、どうやったら松本のトコにいけるのかを知りたくて…、
俺は他のニンゲンに見つからないように、周りを見回しながら橘に近づく。
すると、橘も俺に気づいて、瞳をウィンドウから俺の方へと向けた。
「ミノル…、くん…、どうして君がココに?」
すごく、びっくりしたカオしたで、橘がそう聞いてくる。
そう聞きながら、俺に向かって近づいてくる。
でも、俺は何も答えなかった…、答えられなかった。
それは丸いキラキラを探した夜も、風呂敷の中から飛び出して追いかけた時も気付かなかったコトに、やっと気づいたからだ。
そうだ…、橘は今も俺がいたコトにびっくりはしてるけど…、
俺が動いてるコトに、一度もびっくりなんてしたコトがない。はじめて会った時は、松本だってびっくりしたのに、橘はちっともびっくりしないで俺に話しかけてきた。
こんばんは…って言って、お金までくれて…、そんなのは今までで初めてで、そんなのあるワケないってココロのどっかで思ってた。
「君がココに居るという事は、あの子も…、隆久君もココに?」
震える橘の声…、けど、俺も震えてる。
もしかしたらって、そんな希望で胸がバクバクして震えてる。
橘は会えるといいですねって、まるで知らないみたいに言ったけど、ホントは俺みたいな動くヤツを…、ぬいぐるみを見たコトがあるんじゃないかって…、
それが…もしかしたらって、そう思うと胸が苦しい…。
松本のコトを橘に伝えなきゃって思いながら、俺は口を開いたけど、出てきたのは、もっとベツのコトだった…。
「橘は・・・、俺みたいなヤツに…。ぬいぐるみなのに、動くのに会ったコトがあるのか? ソレってもしかして、黒いクマじゃ…なかったか?」
俺がそう言った瞬間、橘の瞳が大きく見開かれる。
それはさっきよりも、もっとびっくりした…、そんなカオだった…。
あの時、最悪でとても醜いって言ってた橘は、そんなカオで俺を見つめてる。
でも、橘の口は何か重いモノでもついてるみたいに開かない。
開かないから、俺が聞いた答えもわからない。
けど・・・、開かない橘の口を見てると、さっきよりも胸が苦しくなってきて…、
答えを聞きたいのか、聞きたくないのかわからなくなってきた。
マコト・・・・、マコト、マコト…。
胸の中で何回も何回も呼んでる名前は、一度もマコトの耳には届いてない。
でも、これから届けに行くんだって、そう思ってた。
だけど、見つめてた橘の口が知ってる言葉を、声にしないで言った時、俺は糸で塞いでもらったはずの胸に大きな穴が空くのを…、痛みと一緒に感じた。
・・・・・・・ゴメンナサイ。
俺は橘にゴメンなんて言われるようなコト、された覚えがない。
うれしいコトしか言われた覚えも、された覚えもない。
だけど、橘は俺に向かってそう言って地面に膝をつき、まるで何かすごく哀しいコトでもあったみたいなカオで、そんな瞳で俺をぎゅっと抱きしめた。
前 へ 次 へ
|
2009.11.30 |
|