時任を襲った犯人の手がかりはそう多くはなかった。
 一番可能性がありそうな人物は、最近、時任に公務を執行された生徒である。
 しかしその全員を当たったとしても、正直に白状するとは思えなかった。
 一人体育館に向かった久保田は、なぜか中には入らずに裏の方へと回る。
 するとそこには、大塚と佐々原、そして石橋といういつものメンバーがたむろしていた。
 執行部が毎日見回りをしているのだが、さすがに授業時間は見回りはできないので、学校すべてに目が行き届いているわけではない。
 大塚達はこの時間には執行部がいないため、安心してタバコを吸っていた。

 「授業なんか、かったるくて受けてられっかよっ」
 「とか言って、出席日数かなりやべぇんじゃねぇか? 大塚」
 「…煙がマズくなるから言うんじゃねぇよっ、佐々原っ」
 「なーんてな。俺もシャレになんねぇよ、ソレ」

 佐々原が言うように、三年でそんな調子ではハッキリ言ってシャレにならない。
 出席日数が足りないとなれば、情け容赦なく留年は決定である。
 だが、なんとなく万年高校生をやっていそうな三人であるだけに、いっそのこと留年しちまえと時任ならば言うかもしれなかった。
 久保田は三人から見えない位置に立つと、ぼんやりと空を眺めながらセッタを取り出してライターで火をつける。その一連の動作はあまりにも慣れすぎていて、とても高校生には見えなかった。
 大塚達もタバコを吸っていたが、それはまだ悪い遊びを楽しんでいる高校生の領域を出ていない。
 未成年でタバコを吸うことが、禁止されていて悪いからこそやっている風情があった。
 だが、久保田はそんな様子が微塵も感じられず、クセになっている部分もあるが、遊びでもなんでもなく自分の意思で吸いたくてセッタを取り出して火をつけている。
 大塚達は注意されることを前提として吸っているが、久保田は注意されることなどまったく頭になかった。
 今の時間はどの学年もクラスも体育がないらしく、体育館の周辺は人通りがない。
 そんな静けさの中で、四人の喫煙者が空に向かって煙を漂わせていた。

 「そーいやさ。アイツらうまくやったかなぁ?」

 体育館裏で三人でだらだらとだべっている中、突然そんなことを言い出したのは、煙を吐き出しながら久保田と同じように空を眺めていた石橋だった。
 石橋は下のコンクリートでタバコをもみ消すと、その吸殻を近くの地面に投げる。
 よく見るとすでにそこら中に吸殻が散らばっていた。
 「アイツらって、こないだの二年か?」
 「そーそー、時任をぶっ殺すとか言ってたヤツら」
 「べつにどっちでも関係ねぇよ。やり方教えてやっただけだからなぁ」
 「うわぁ、カワイソウ〜」
 「はははっ、さすが大塚っ。極悪人っ!」
 「てめぇも一緒じゃねぇかよっ、石橋」
 「そりゃそうだっ」
 大塚達は爆笑しながら、時任への攻撃の仕方を伝授したという二年の話をしている。
 話しによれば、屋上でその二年生達が時任のことを話していたのを大塚達が偶然聞いてしまい、それで日ごろから時任に恨みのある三人が、二年生の復讐に協力したらしかった。
 その話をセッタを吸いながら聞いていた久保田は、なぜか口元に笑みを浮かべている。
 だが、久保田の目は少しも笑っていなかった。
 久保田はセッタをくわえたまま歩き出すと、真っ直ぐ大塚達の方へと向かう。
 すっかり自分達の話に夢中になっていた大塚達は、久保田が近づいて来ているのに少しも気づいていなかったが、一歩、二歩と次第に近づくにつれて、久保田の周囲を包んでいる空気の温度が一度、また一度と下がっていく。
 そんな冷たい冷気に最初に気づいたのは、大塚の正面に座っていた佐々原だった。
 「く、く、く…っ!!!」
 「なんだよ? 佐々原」
 「う、うっ…!」
 「ああ?」
 冷ややかな笑みを浮かべた久保田を見た瞬間、全身に震えが走ったため、佐々原はうまく喋ることができなかった。けれどなんとか大塚に伝えようと、言葉で言うかわりに佐々原が大塚の背後を指差す。
 すると、思いっきり不審そうな顔をした大塚が後ろを振り返ろうとした。

 「相変わらずやることがセコイなぁ、大塚クン」

 だが、完全に振り返る前に聞き覚えのある声が大塚の耳に届く。
 その瞬間、大塚の背中にゾクッと冷たいものが走った。
 
 私立荒磯高等学校、生徒会執行部。

 全員がかなり腕や頭の切れる人間がそろっているが、その中でも強い上に一番目立っているのは時任である。しかし、その時任よりもできれば会いたくない部員がいた。
 いつも一緒にいる時任とは対照的に公務に熱心ではないが、できれば二人一緒ではない単独の時には会いたくない人物。
 ・・・・・久保田誠人。
 その久保田が大塚の後ろに立っていた。
 時任相手の時には威勢の良い大塚も、久保田の恐ろしいまでの冷たい空気に飲まれて動くことすらできない。おそるおそる大塚が首だけを動かして久保田の方を見ると、久保田はすっと足を軽く持ち上げて、大塚の腹を思い切り蹴飛ばした。
 「うがぁっっ!!」
 「お、大塚っ!!」
 大塚は容赦なく蹴りを入れられて地面へと転がる。
 すると正面にいた佐々原が、大塚の叫び声で我に返ったらしく久保田へと殴りかかった。
 「くっそおっ!!」
 「ちょっとくらい抵抗してくれないと、ねぇ?」
 殴りかかってくる佐々原をすっとなんなく避けると、久保田は佐々原の背中に肘鉄を食らわせる。
 その隙をついて石橋が襲いかかってきたが、やはりその攻撃も久保田には全然通用しない。
 以前に久保田の眼鏡が壊れた時、チャンスとばかりに日ごろの恨みを晴らすために襲いかかったことがあったが、今日の久保田の強さはその時の比ではなかった。
 普段の久保田からはあまり感情というものが感じ取れないが、今は久保田が怒っているのだということがはっきりと感じられる。
 大塚は起き上がって反撃しようとしたが、久保田に視線を向けられるとそのままの体勢で固まった。
 「二年生って誰のコト?」
 そう言いながら大塚の前に立つと、久保田は吸っていたセッタに手を伸ばす。
 そしてそれを手に持つと、じわじわと少しずつ大塚の目と目の間の辺りに近づけていった。
 「や、やめろっ!!」
 「誰かって聞いてるんだけど?」
 「し、知らねぇよっ、名前なんか聞いてねぇんだよっ!」
 「ホントに?」
 「マジでウソなんかついてねぇっ!!」
 「へぇ、そうなんだ? ま、二年ってわかっただけで十分だけど」
 久保田は目を細めてじっと大塚の顔を見ると、近づけていた手を止める。
 セッタを持った手が止まったことに大塚がホッとして息を吐くと、久保田はそれをあざ笑うかのように大塚の足を踏みつけた。
 その痛さに大塚がうめいていると、佐々原と石橋が真っ青な顔をして後ずさりする。
 けれどそんな二人に気づいた久保田は、その二人に向かって凍りつくような笑みを向けた。

 「これから三人でココの掃除。掃除した後、吸殻残ってんの見つけたら一つにつき蹴り一発ね」

 久保田がそう言うと、大塚達は慌てて自分達のそばに落ちている吸殻を拾い始める。
 その姿を確認すると、久保田は体育館の裏から校舎に向かって歩き出した。







 「痛っ!! なにすんだよっ、クソババァッ!!」
 「ケガ人だからって、優しくしてれば付け上がってぇっ!」

 
 桂木が職員室の用事を済ませてから保健室に行くと、五十嵐と時任の怒鳴り合いの声が中から響いてくる。その怒鳴り声を聞きながらドアを開けて中に入ると、椅子に座った時任とその横にいる五十嵐がいた。
 ケガの具合を心配していたが、これだけ怒鳴る元気があれば大丈夫に違いない。
 そう思いながら桂木は保健室のドアを閉めると、肩に湿布を貼られながらわめていてる時任の前に立つ。しかし元気そうな声とは裏腹に、モップで叩かれた肩はかなり腫れていた。
 「ちよっとっ、病院に行った方がいいんじゃないの?」
 「平気だっつってんだろっ」
 湿布を貼り終わった時任に桂木は病院に行くように行ったが、時任はぶすっとした顔で行かないと言う。どうやら桂木だけではなく、五十嵐も病院に行くように言っていたらしかった。
 「まだ腫れるかもしれないから、湿布あげとくわね」
 「それ、また後で取りにくっからっ」
 「後でってドコに行く気よ?」
 「べっつにドコでもいいだろっ」
 五十嵐が代えの湿布を渡そうとすると、時任はそれを受け取らずに椅子から立ち上がった。
 立ち上がった瞬間、肩が痛かったのか顔を少ししかめていたが、やはりこれからどこかへ行く気らしい。時任が肩をやられた仕返しに行くのかと思った桂木は、時任の腕をつかんで止めた。
 「アンタはここでおとなしくしてなさいよっ。犯人探しなら、今久保田君がしてるからっ」
 そう言って桂木が時任を再び椅子に座らせようとしたが、時任は腕を桂木から奪い返すとドアに向かって歩き出す。痛む肩を押さえながらも、どうしても行くつもりらしかった。
 「このまま引きさがってられっかよっ」
 「時任っ!」
 「それにさ…、久保ちゃん一人にやらせんのはダメだし…」
 「久保田君のこと信用してないの?」
 「久保ちゃんは俺の相方だっつーのっ。相方を信用してねぇワケねぇじゃん」
 「だったらなんで行くのよ?」
 「久保ちゃん止めなきゃならねぇから…」
 「時任、アンタ…」
 「じゃあなっ」
 時任はニッと桂木に笑いかけると、ポケットから腕章を取り出して腕につける。
 青と白の腕章は、時任の腕に良く似合っていた。
 この荒磯では腕章が正義の味方の印だったが、本当の正義の味方には腕章など必要ないのかもしれない。だが、時任の腕にはいつも腕章がはめられている。
 その腕章はただの腕章ではなく、時任を想う久保田の気持ちがこもっていた。
 「結局、両思いってコトよねっ」
 時任が出て行ったドアを見ながら、桂木と五十嵐は顔を見合わせて肩をすくめた。
 






 授業終了のチャイムが鳴ると、久保田は職員室で二年生の授業をした教師たちから名簿を受け取っていた。その名簿に書いてある名前の横に、なぜか赤い丸がつけられている名前がある。
 そうするように教師達に頼んで回ったのは、久保田に頼まれて職員室に行った桂木だった。
 その赤丸印はある物をつけていない生徒につけられた印で、久保田はその印のついた名簿に目を通しながら自分の執行部手帳をチェックする。
 手帳には校則違反をした生徒の学年とクラス、名前、そして違反内容が書かれていた。
 「ふーん、なるほどね」
 一通りチェックし終えると、久保田はパタンと手帳を閉じる。
 そして職員室の壁にかけられている本日の授業内容のを見て、二年生の授業を確認した。
 二年三組…。
 そのクラスは次の授業が化学となっている。
 久保田は職員室を出ると、化学室方面に向かって歩き出した。
 本当は保健室に時任の様子を見に行きたい所だったが、それよりも先にやることをすませなければ胸の中にある怒りが収まらない。執行部に在籍している以上、ケガをすることはしょっちゅうだったが、あらかさまに時任だけを攻撃するような真似をされて黙ってはいられなかった。
 けれどその怒りには、化学準備室に一人で行かせてしまった自分への怒りも混じっている。
 今は常にそばにいるのが自然になってしまっているが、始めは自分がいない時にこういうことが起こってしまう危険を心配してのことだった。
 
 「う〜ん、なんとなくだけど、アレっぽいよねぇ」

 化学準備室の前まで来ると、そこに二年らしき男子生徒が三人立っているのが見える。
 三人はなぜかそこで青い顔をして、ぼそぼそと何か話し合っていた。
 おそらく、時任のケガのことでも話しているのだろう。
 大塚達に教えられたままにやったのはいいが、後になって恐くなったに違いなかった。
 時任の怪我が酷ければ、学校内だけの問題ではなくなる危険性もある。
 つまり、恐くなったのはそういう理由で、時任の怪我を心配しているわけではなかった。
 久保田は三人に気づかれないように科学準備室のドアを明けると、それほど腕が立つとも思えない三人の襟首を捕まえてその中に叩き込む。三人は何が起こったのかわからないらしく、化学準備室の床に転がったまま驚いた顔をしていた。
 「な、なんだっ!!」
 「いってぇっ!!!」
 「だ、誰だっっ!」
 けれど準備室のドアがピシャリと音を立てて閉められると、三人の顔色がさっきよりもますます悪くなる。それは、ドアを閉めたのが誰かを知ってしまったせいだった。
 三人は時任に恨みがあってあんなことをしたが、実際、その三人に公務を執行したのは時任だけではない。実はその時、相方である久保田も一緒だった。
 久保田はポケットに手を入れると、中から何かを取り出して三人の前にかざす。
 すると、三人の内の一人が自分の制服の襟元をさわった。
 「落しモノがあったから、届けてあげよっかなぁって思ってね」
 「そ、そ、それは俺のじゃないですっ」
 「ふーん、じゃあ誰の?」
 「し、知りませんっ」
 「制服には校章つけないと、ねぇ?」
 そう言いながら、久保田は校章を持ったまま襟元を触った生徒に近寄づくとその襟に校章を止める。
 そしてその生徒のポケットに手を伸ばすと、中にはいっていた何かを取り出した。
 久保田の持っていた校章が自分のじゃないと言い張っていた生徒は、ポケットから出された物を見て顔を引きつらせる。
 それは時任を襲った時にしていた覆面だった。
 「バ、バカっ、なんで持ってんだよっ!!!」
 「慌てて入れたの忘れてたんだっ!」
 自分たちがやったことがバレて、他の二人がバレる原因になった一人を攻め立ている。
 久保田はしばらくそんな三人を見ていたが、準備室の隅に置かれていたモップを手に取った。
 公務の時、相手が武器を持っていたとしても、久保田が武器を使うことはほとんどない。
 けれど今、久保田は武器も持たない人間を相手に武器を持とうとしている。
 それは、時任が叩かれたモップと同じ種類のモップだった。
 「な、何をするつもりですか?」
 「いくら執行部員でも、一方的な暴力は問題になるぞっ!!」
 久保田から感じられる不穏な空気を感じて、三人はそれぞれそんなことを口にしていたが、その中の一人が何かに気づいて、あっと声をあげる。
 そして三人はコソコソと何かを話した後、勝ち誇ったような顔をして久保田を見た。
 「今は腕章つけてないからっ、それはただの暴力になるんじゃないっすか?」
 「それに一対三じゃ、いくら久保田先輩でも分が悪いですよねぇ?」
 「覆面返してくださいよ。それさえ処分したら、俺らがやった証拠なんか何も残らないでしょ?」
 さすが覆面をするだけあって、三人の根性はかなり汚い。
 二週間前に高校の近くにある本屋で万引きしている所を、偶然そこにいた久保田と時任に発見されてつかまったのがこの三人なのだが、大塚達と違って三人ともクラスでは成績上位の生徒だった。
 自分達の親にことのことがバレた上、経歴に傷がついたことに腹を立てて、時任に復讐することを決めたらしいのだが、逆恨みというより筋違いもいい所である。
 ある意味、大塚達よりも根性が悪いし性質も悪かった。
 久保田は三人の言う通り校章をつけていなかったが、少しも動じた様子などない。
 それどころか、今にも三人に向かって鉄槌を下しそうに見えた。
 「悪いケド、これって公務じゃないんだよねぇ」
 そう言って微笑むと、久保田はモップを握る手に力を込める。
 窓から入ってくる光が反射して、三人の方からは久保田の表情は良く見えなかった。

 「公務じゃなくて私怨なんで、そこんとこヨロシク」

 三人は久保田のセリフを聞いて後ずさりを始める。
 だが、化学室に入るドアには鍵がかけられているし、廊下への出口には久保田が立っていた。
 見ても分かる通り、この狭い準備室の中には逃げ道などない。
 普通ならば一人対三人なら、余裕で勝てる気がするのだが、なぜか久保田を前にして勝てる気は少しもしなかった。
 「うわぁぁっ!!!」
 久保田がモップを振り上げると、標的になっている一人が悲鳴をあげたが、久保田は顔色一つ変えずにモップを振り下ろそうとしている。
 けれども、モップが標的の一人の肩を直撃する瞬間、何者かの手がそのモップを止めた。
 
 「らしくねぇコトしてんじゃねぇよっ、久保ちゃん」

 久保田のモップを止めたのは、肩を負傷して保健室に行っているはずの時任だった。
 時任は肩が痛いはずなのに、痛い顔など少しもせずに久保田の瞳をじっと見つめている。
 すると久保田はしばらく時任の瞳を見つめた後、モップを握っている手から力を抜いた。
 「う〜ん、やっぱらしくない?」
 「ったく、だから一人にしとけねぇんだっつーのっ」
 時任は久保田に向かってニッと笑いかけると、手に持っていた腕章を久保田に向かって投げる。
 それは時任が生徒会室から持ってきた、久保田の腕章だった。
 「とっとと片付けちまおうぜっ、久保ちゃんっ!」
 「了解」
 執行部最強の二人を前にして、ますます分の悪くなった二年生は三人とも半泣き顔になっている。
 そんな三人を見た時任は、ニヤリと笑うと指をボキボキと鳴らす。
 あまりにも弱そうな三人だったので相手をするには役不足だったが、やはり肩をやられてしまった借りは返さなくては気がすまない。
 時任と久保田は顔を見合わせて視線を交し合うと、すでに逃げ腰になっている三人に向かって行った。

 「この超絶美少年の俺様をやろうなんてなっ、一億年早ぇんだよっ!!」

 
 


 結局、一発ずつ殴っただけで、この公務は終了だった。
 やはり覆面でやるだけあって、根性は欠片も無かったようである。
 もしかしたら、大塚に焚き付けられなければ未遂で終っていたのかもしれなかった。
 「ったく、弱すぎだってのっ!」
 「そーだねぇ」
 時任は痛む肩を気にしながら、体育館裏へ向かって久保田と歩いていた。
 やはり、こうなる原因を作った大塚達を退治しなければ公務は終らない。
 久保田は時任の痛くない方の肩を軽くポンッと叩いた。
 「来てくれて、アリガトね」
 「・・・・・・・うん」
 「どしたの? 元気ないけど?」
 「久保ちゃん…」
 「なに?」
 「・・・・・サンキュ」
 時任が久保田の顔を見ずに礼を言うと、久保田は微笑んで時任の頭を撫でる。
 すると時任は「コドモあつかいすんなっ」と言って怒鳴っていたが、その顔は笑っていた。
 「終ったら病院に行こうね?」
 「それはヤダっ」
 「腫れて手が動かなくなっても知らないよ?」
 「ううっ…、わぁったよっ」
 「そんじゃ、本日最後の一仕事と行きますか?」
 「おうっ!」
 体育館へと続く廊下を抜けると、ちょうど体育館裏から出てきた大塚達が出てくる。
 どうやら掃除が終っていないのに、逃げようとしているらしかった。
 時任は手を前に伸ばし、久保田は上に伸ばして軽くウオーミングアップする。
 そして、二人は大塚達をターゲットである視界に捕らえた。

 腕には腕章、ポケットに手帳…。
 それが執行部員の証明であり、荒磯高等学校の治安を守る正義の味方の証明だったが…。
 本当の証明はそこにはない。

 「毎度おなじみっ」
 「生徒会執行でーす」

 ・・・・・・・公務執行。
 
 その証明は大切な何かを守ろうとするココロの内にある。
 

                                             2002.7.18
 

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