生徒会執行部に所属していれば、公務の内容が内容だけにやはり怪我をすることもあったりする。いくら腕が立つといっても、常に周囲に注意している訳ではないので、時としていきなりの攻撃に対処できない場合もあるのだ。
 公務の内容が内容だけに買っている恨みも半端ではない。
 だから、科学準備室で時任を待ち受けていた人物の恨みも、逆恨みだがかなり気合いの入った恨みだった。
 「覚悟しろっ、時任っ!!!」
 「…っ!!」
 前から勢い良く振り下ろされたモップを、時任がとっさに両腕を交差して受ける。
 木製のモップを腕で受けるのはかなり痛いが、普段からこういったことには慣れいてるので、時任は平然とした顔をしていた。
 「こんなせこい手で、俺様を倒せると思うなよっ!」
 「くっそぉぉっ!」
 「ったく、しょうがねぇなぁ」
 この程度なら、武器を何か持っていたとしても時任には軽く倒せる相手である。
 だが、運の悪いことに時任が来るのを待ち構えていたのは一人ではなかった。
 時任の背後に、他の気配が迫る。
 それに時任は気づいたが、前からの攻撃と後ろからの挟み打ちだったので、さすがにどうすることもできなかった。
 「・・・・・・っ!!!」
 被害を最小限に食い止めるため、前からのモップだけは防ぎ切る。
 背後からの攻撃も一つは避けたが、二つ目は無理だった。
 実は相手は三人だったのである。
 時任は打ち下ろされたモップの柄の部分を、肩に叩き付けられて倒れた。
 かなり容赦なく打ち下ろされたので、時任の顔は痛みに歪んでる。
 それでも身体をひねって避けていたため、被害は最小限に食い止めていた。
 「おいっ、今だっ!」
 「恨みを思い知れっ、執行部っ!!」
 「死にやがれっ!!」
 叩かれた衝撃で時任の身体が前のめりになった所をついて、残りの二人が再びモップを振り上げる。
 時任はそれを避けるために、今より更に前に身体を動かした。

 「こらぁっ!! お前らっ、なにやってるっ!!」

 絶体絶命かと思われたが、通りかかった教師が襲われている時任を見て叫び声をあげる。
 すると時任を襲った犯人達は、モップを投げ出して逃げ出した。
 時任は犯人の顔を見ようとしたが、犯人達は覆面をしていたので顔が見えない。
 跡を追って鉄拳を食らわせてやろうとしたが、思った以上に肩が痛んで時任はその痛みのために立ち上がることができなかった。
 「くっそぉっ、なめたマネしやがってっ!!」
 くやしさと怒りに時任がぎゅっと拳を握りしめていると、偶然通りかかった教師が時任の前に立つ。
 その教師は、時任も良く知っている三文字だった。
 「大丈夫…、じゃなさそうだな」
 「・・・・・そうでもねぇよ」
 「一人で保健室まで行けるか?」
 「当たり前だろっ」
 三文字が時任に向かって手を差し出したが、時任はそれを取らずに一人で立ち上がった。
 叩かれた肩を押さえていたが、顔つきはしっかりとしている。
 襲われたことを恐がっているような様子は微塵も感じられなかった。
 そんな時任の様子を見た三文字は、微笑を浮かべて保健室に向かう時任の背中を見送る。
 そしてその後、廊下に落ちていた物を拾ってから、三年六組の教室に向かったのだった。







 「えっ、それってホントですかっ?!」

 三文字が三年六組に行くと、そこには時任と同じ執行部員の桂木と久保田がいた。
 久保田は時任と一緒に行動していることが多いが、準備室に教材を返しに行くだけだったので、時任は一人で教室を出て行ったのである。
 だがその結果、時任は三人組に襲われて負傷することになったのだった。
 三文字が時任が肩を負傷したことを告げると、久保田がすうっと目を細めていつもののほほんとした雰囲気を一変させ、冷たい空気を周囲にまとい始める。
 見た目はあまり変化はないが、久保田がかなり怒っていることを桂木と三文字は肌で感じ取った。
 一見、のほほんとして穏やかそうに見えるのだが、実は久保田はそんな穏やかさとは無縁なのである。公務の時も、いつもはやる気がないので傍観していることが多いが、やるとなれば一番容赦がないのが久保田だった。
 「逃げ足が早かった上に、相手は覆面してたからな。どこの誰かは未確認なんだが…」
 「けど、制服きて校内にいたってことは、ここの生徒に間違いないってコトでしょ?」
 「…どうやって探すつもりなんだ?」
 「何か一つくらい手でがかり持ってますよねぇ? センセ」
 「相変わらず鋭いな、久保田」
 「手に持ってるモノ、渡してもらえます?」
 確かに三文字は手に何か持っていたが、そのことに桂木は気づいていなかった。
 そう言いながら久保田は口元は笑っていたが、目が少しも笑っていない。
 桂木は小さくため息をついて、三文字と久保田のやりとりを聞いていた。
 「普段もこれっくらい熱心ならいいのにって思うけど、気分的にちょっと複雑よね」
 久保田は時任が関わらない限りは、自分から動くことはめったにない。
 生徒会長の松本に頼まれて、裏で動いているようなことはあるが、それは借りがあるからで感情的に動いているわけではなかった。
 つまり久保田の感情を動かせるのは、時任だけだということである。
 時任と会う前の久保田を桂木は知らないが、久保田の時任への執着心は瑞から見ても尋常ではない。時任の方も久保田に依存しているが、どちらかと言えばその度合いは久保田の方が上に見えた。
 「桂木ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど…」
 「どうせ協力しろっていうんでしょ?」
 「いつも悪いね」
 「別にいいわよ。逆恨みっていうのもあるけど、一人を三人がかりでっていうのが、あたしもかなり気に入らないし…」
 「時任を可愛がってもらったお礼はちゃんとしないと、ね?」
 「けど、やりすぎは禁物よ」
 「ほーい」
 久保田は返事をしているが、行き過ぎることは目に見えている。
 久保田と時任は歴代の執行部員の中でも一、二を争うぐらいの強さだが、時任は派手にやり合うのが好きなので、その分怪我をすることも多かった。
 いつも時任が怪我をしたりすると、久保田は嫌がる時任を引っ張って保健室へと連れて行く。
 そんな二人の姿を見てきた桂木は、久保田と一緒に教室を出て廊下を歩きながら二度目のため息をついた。
 「ねぇ、久保田君…」
 「なに?」
 「一回、聞いてみたいと思ってたんだけど…。なんで執行部に入ったの?」
 「さあ、なんでかなぁ? 成り行きかも?」
 「・・・・じゃあ、時任に執行部をやめさせたいと思ったことは?」
 「ないけど?」
 「どうして? 執行部にいなかったら、今日みたいにケガすることないのよ? 止めた方が安全に決まってるじゃない」
 「桂木ちゃんは、時任に執行部やめてほしいの?」
 「そうじゃないけど…、なんとなくちょっと言ってみたくなっただけよ」
 桂木はそう言うと、チラリと横目で久保田の顔を見る。
 すると久保田も、桂木の方を見ていた。
 何かを伺うような目つきで…。
 だが、すぐにいつものようにのほほんとした顔に戻ると、口元に薄い笑みを浮かべた。
 「あのね、桂木ちゃん」
 「なあに?」
 「執行部にいてもいなくても一緒なんだよねぇ」
 「一緒ってどういうことよ?」
 「もし、時任が執行部員じゃなかったとしても、今と同じようなカンジだから…」
 「ケンカするから同じ?」
 「執行部員じゃなくても、時任は正義の味方だってコト。目の前の悪事を見過ごすなんてできないから執行部の腕章をつけてやってた方が、校則に守ってもらえて逆に安全っしょ?」
 「…確かにそうかもね」
 久保田は桂木が思っていた以上に、時任のことを色々考えてやっているらしい。
 確かに久保田の言う通り、たとえ執行部員じゃなくても時任なら今と同じようなことをやっていそうだった。中学時代のことはわからなかったが、今、久保田が執行部にいるのは時任がいることが理由のような気がしてならない。
 それは別に悪いことではないが、二人を見ていると時々不安が胸をよぎることがあった。
 もし時任に何かあったら…、と考えかけて軽く頭を振ると、桂木は職員室の前まで来ると久保田に軽く手を振りながら、
 「ほんっと、大変なのに惚れちゃったわねぇ」
と言う。
 すると久保田はそれには答えずに、意味深な微笑を浮かべて体育館の方へと歩いて行った。


                                             2002.9.9
 

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