小城の四人の怪しい密談を聞いて海岸から戻った時任と久保田は、すぐに四人を追いかけずにホテルの前の庭にいる執行部の所へ向かった。
 するとさっきと変わらずにトレーニングや読書、ジュースを飲んだりして、それぞれの時間を満喫している執行部員が見える。
 しかし、その中で一人だけこの時間を満喫していない人物がいた。
 それは言うまでもなく桂木にジュースを買いに行かされたり肩を揉まされたりして、パシリというより召使いとして使われていた藤原である。
 藤原は時任と久保田が戻ってきたのを見ると、涙目になりながら二人に向かって叫んだ。
 「ふ、二人きりで今までどこで何してたんですかっっ!!」
 「てめぇには関係ねぇだろっ!」
 「関係ありますよっ! 僕の久保田先輩に何かしたら承知しませんからねっ!」
 「何が僕の…っだっ! 久保ちゃんはてめぇのモンじゃねぇっつーのっ!」
 「時任先輩のでもないでしょ?」
 「なにぃぃっ!!」
 藤原がいつもの調子で文句をつけてきたので思わずケンカを始まりそうになったが、久保田に肩をポンポンと叩かれて時任はハッと我に返った。
 何か事件が起こるかもしれないので、今は悠長に藤原とケンカしている場合ではないのである。
 二人で行動せずに執行部の所に戻ってきたのも、今回の件で協力を頼むためだった。
 いくら時任と久保田の無敵コンビとはいえ、全員の行動を二人で見張るのには無理がある。
 四人が計画していることは楢崎と関係があると思われるので、楢崎だけを見張っていればいいのかもしれないが、やはりあの話だけですべてを判断するには情報が不足していた。
 そのため執行部全員で小城を見張る方がいいと言い出したのは、やはり時任でなく久保田である。
 校内で行っている公務とは違って、今回の件は人の命がかかっているのでかなり慎重に行動しなくてはならなかった。
 「つまり小城の中で揉め事があるかもしれないから、私たち全員で見張った方がいいっていうの?」
 「まだ何が起こるのかも、本当に何かあるのかもわからないけどね」
 「・・・・・・・・ミステリーツアーで事件なんて、シャレにならないわっ」
 「そうならないためにも協力してよ、桂木ちゃん」
 事の次第を簡単に久保田が桂木に説明すると、桂木は小さくため息をついて軽く肩をすくめた。
 しかし、別に見張りを頼んだことを嫌がってるような様子はない。
 それどころか起こるかもしれない事件を防ぐために、かなりやる気のように見えた。
 「結局、どこにいてもこういうことになっちゃうのよねぇ。あんたたちといると…」
 「俺らのせいじゃねぇっつーのっ!」
 「そんなにムキにならなくても、わかってるわよ」
 「…で、やるのかやらねぇのかどっちなんだよ?」

 「もちろんやるわ。だって、あたし達は正義の味方なんでしょ?」

 桂木は時任に向かってそう言うと、松原と室田、そして相浦に声をかけて集合させる。
 そして事件を起こす可能性のある四人の見張りを、部員に割り当て始めた。
 相手に気づかれる訳にはいかないので、見張りも何かあった時に自然に対処できるような人間を人選しなくてはならない。
 五月には少し話したことのある桂木が付くにしても、問題は主犯格である楓に誰がつくかだった。
 他の三人と違って、見た感じと同じように楓はなかなか難しそうである。
 執行部員の中の誰かがナンパするという手もあるが、全員をぐるりと見回しても楓がどのタイプの男が好きなのかは当然ながらわからなかった。
 全員それなりにルックスは良いし、室田も見た目とは違ってかなり優しいので実はひそかにもてる。そんな部員の中でも一番モテるのはやはり久保田だったが、楓の見張りを頼もうと桂木が久保田の方を見ると視線だけで拒否されてしまった。
 すると次は人当たりが良くて親しみやすい相浦ということになるが、桂木が相浦に声をかける前になぜか久保田が藤原に声をかける。
 藤原は久保田に声をかけられたということで、うれしそうに返事をした。
 「はいっ、なんですか? 久保田せんぱいっ」
 「ちょっと頼みごとあるんだけど?」
 「センパイの頼みごとなら、よろこんでなんでも聞いちゃいますっ!」
 「そう?」
 「はいぃっ!」
 「なら、笹原楓の見張りしてくれる?」
 「えっ?!」
 「じゃ、頼んだから」
 「そ、そんなぁぁっ!!」
 藤原に重要ポイントを任せた久保田に、全員の視線が集中した。
 だが、久保田は冗談ではなく本気でそう言ったらしく、頼んだことを訂正したりしないでいる。
 久保田に何か考えがあるのかどうかはわからないが、相浦や室田、松原もこの件に関して反対してたりはしなかった。それは反対すれば自分がすることになるからである。
 梶浦を二人で見張ることになった松原と室田は、ハリセンを持った桂木に見張りに行くように命じられている藤原を見ながら話をしていた。
 「笹原さんのことをどう思います?」
 「さあ、話したことがないからわからんが…」
 「室田は笹原さんと話してみたいんですか?」
 「そ、そんなことは言ってないぞ、松原」
 室田と松原がどこか微妙にずれた会話をしている横で、野瀬を見張ることになった相浦が少しぼんやりしながら立っている。
 その手にはさっきまで読んでいたマンガがあったが、すでにそこに書かれている事件を解くことをあきらめたかのように相浦はマンガをぐいっとポケットに突っ込んだ。
 「・・・・今のところはとりあえず、平和なんだけどなぁ」
 そう呟いて相浦が野瀬の姿を捜してホテルに向かって歩き始めると、それに続いて室田と松原も歩き始める。
 そして桂木に怒鳴られながら藤原も楓を捜しに出発し、桂木も五月を見張るために噴水から離れた。
 だがその後に残された時任と久保田は、どこにも行かずに立ったままでいる。
 しかし、二人は四人のターゲットと思われる楢崎を見張りに行かなくてはならなかった。
 「久保ちゃん…」
 「なに?」
 「あの四人って、マジでそういう計画してたりすんのかな?」
 「さぁ、どうだろうね?」
 「できればさ…」
 「違っててほしい?」
 「うん」
 「…そうだね」
 そう返事をしながら、久保田が横に手を伸ばしてぐしゃぐちゃっと時任の頭を撫でる。
 すると時任は髪をぐちゃぐちゃにされたことを怒らずに、少しくすぐったそうな顔をして笑った。
 こうやって探偵の真似事のようなことをしていても、できれば四人がコナンのマンガの犯人のように計画を立てていなければいいと時任は思っている。
 マンガの中では殺人が起こっていても、現実にそんなことが起こって良いはずはなかった。
 時任と久保田は噴水の前から離れると、予定通りに護衛も含めて楢崎を見張るためにホテルの中に入る。しかしホテルの中は広いので、楢崎一人を見つけるのは難しいに違いなかった。
 まず部屋のある階から捜すことにして、二人がエレベーターに乗ろうとすると背後から聞いたことのある声がする。それは、さっきまでツアーの案内をしていたガイドの野島だった。
 「君らも殺人現場を見に行くつもりかい?」
 「えっ、いや、違うけど?」
 「社長室に鍵はかかってないから、自由に見に行ってもかまわないよ。さっき行ってみたら、二人ほど見に来てたしね」
 「その二人って誰?」
 「えーっと…、確か小城高校の参加者だったと思うんだけど…」
 「わぁったっ、教えてくれてありがとなっ」
 「どういたしまして」
 野島は小城高校の参加者としか言わなかったが、それが楢崎と蘭の可能性は十分にある。
 どうやら部屋を探しに行く前に、殺人現場である社長室に行った方が良さそうだった。
 時任と久保田は顔を見合わせてうなづき合うと、エレベーターに乗り込むと社長室のある階のボタンを押す。するとエレベーターのドアが閉まる瞬間、野島が二人に向かって微笑みかけながら「がんばれよ」と言った。
 久保田はその言葉の意味がわかっていたようだが、わからない時任は不思議そうな顔をして首をかしげている。
 二人は野島の前で堂々といちゃついていたのだが、時任にその自覚はまったくなかった。
 「なんでガンバレなんだ?」
 「ミステリーツアーの推理のことじゃないの?」
 「うーん…、なんか微妙なガンバレだったような気ぃすんだけど?」
 「気のせいっしょ?」
 そんな会話を交わしながら二人が止まったエレベータを降りて社長室に向かうと、中からわずかに声が漏れてくる。その声から二人が予想していた通り、それが楢崎と蘭だということがわかった。
 普段ならこのまま中に入るのだが、楢崎を捜している事情が事情だけに、二人はドアを少しだけ開けて中の会話を盗み聞きすることにした。

 『おいっ、待てよっ!』
 『…手を離して』
 『来たがってたツアーにも連れて来てやったし、何が不満なんだ?』
 『そんな…、不満なんてないって言ってるのに、どうして信じてくれないの?』
 『だったら、俺と寝ろよ』
 『・・・・・・五月みたいに?』
 『もしかして、ヤキモチ焼いてんのかよ?』
 『・・・・・・・・』
 『まさか…、荒磯のヤツに惚れたってワケじゃねぇんだろ?』
 『時任君はそんなんじゃ…』
 『・・・・俺は時任だって一言も言ってないぜ、蘭』
 『私は別にそんなつもり…』
 『俺を裏切ったら許さねぇからな』
 『・・・・・・』

 盗み聞きした話の内容は、いつの間にか蘭が時任を好きかどうかの話になっていた。
 予想していなかった展開に、時任は戸惑った顔をして久保田の方を見る。
 すると久保田は何も言わずに、時任に向かって目を細めて微笑んだだけだった。
 楢崎は蘭が自分を好きだと言ったと言っていたが、やはり話を聞いていても蘭が楢崎を好きとは思えない。やはり何か事情がありそうな感じがしたが、どうやら蘭がこのツアーに来たがっていたことだけは確かなようだった。
 裏切るなという楢崎の言葉にどんな意味が含まれているのかはわからないが、五月が楢崎と身体の関係を持っているのは間違いないようである。
 楓が五月が楢崎を好きじゃないかと言っていたのは、このことがあるからかもしれなかった。
 しかし楢崎が五月のどんな弱みを握っているかは、二人の会話の中には出て来ない。
 どうやら弱味を握られている五月達が反撃しようとしているなどと、楢崎は考えた事もないようだった。
 しばらく窓から海を眺めながら二人で話をしていたが、楢崎はぐいっと蘭が首につけているネックレスを引っ張ると顔を間近に寄せて何かを囁く。すると蘭は少し顔をしかめたように見えた。
 「…なんて言ったんだろ?」
 「あまりいいコトじゃなさそうだけどね」
 そんな風に囁きあいながら時任と久保田は中の様子をドアの隙間から眺めていたが、話が終ったらしく二人がドアに向かって歩いてくる。
 慌てた時任が逃げ出そうとしたが、久保田がぐいっと思い切り時任の襟を引っ張った。

 「な、なにすんだよっ」
 「しー…、静かに…」

 暴れようとした時任に静かにするように言った久保田は、時任をそのまま引っ張って社長室の隣りの部屋に入る。
 部屋には偶然なのか鍵がかかっていなかったので、すんなりとその部屋に隠れることが出来た。
 ドアに隠れて外の様子をうかがうと、二人の歩いている足音が聞こえてくる。
 どうやら、エレベータのある方に歩いていったようだった。
 時任はホッと息を吐くと、二人の後を追うために部屋から出ようとする。
 だが、久保田の方は部屋から出ようとはいないで、じっと部屋の中を見回していた。
 「早く行かねぇと見失うぞ、久保ちゃん」
 時任が小声でそう言ったが、やはり久保田は部屋から出ようとはしない。
 不審に思った時任が久保田と同じように部屋を見回すと、なぜ久保田が部屋を見てていたのかが理解できた。実は隠れるために忍び込んだ部屋は、殺人現場である社長室とまったく同じ作りになっていたのである。
 机の位置もソファのある場所もまったく同じで、飾られている絵画も何もかもが同じに作られていた。
 「もしかしたら、こっちがホントの社長室かもね?」
 「ホントの社長室?」
 「実際に社長サンが使ってる部屋ってコト」
 「そういえば…、なんか使ってるカンジだよな」
 「時計の時間も止まってる…」
 「ホントだ」
 久保田が言うように振り子時計の針も、殺人現場と同じで止められていたが、止められている時間は違っていた。
 けれど他の時計が机にあるので、この時計を見る必要はないのかもしれない。
 だが、すべて同じに作られている部屋に思えたが、一つだけ殺人現場と違うところがあった。
 それは振り子時計の位置である。
 振り子時計だけはまるで鏡に写したように、現場の時計のつけられている壁と同じ壁につけられていた。
 「これって何か謎解きに関係あんのか?」
 「うーん、どうだろうねぇ?」
 少しだけそんな風に話をしたが、今は謎解きをしている場合ではないので時任と久保田ははそのまま部屋を出る。そしてエレベーターが部屋のある階に止まっているのを確認すると、二人は楢崎達と同じようにエレベーターに乗った。
 エレベーターからの壁はガラスになっていて、底からは外の風景が見えるようになっている。
 そこからは、ホテルの庭を仲良さそうに話しながら歩いている楓と藤原の姿が見えた。
 久保田が頼んだ時にはどうなることかと思ったが、どうやら藤原はうまく楓と接触することに成功しているようである。
 いつも色んな所に寝返ったりしているせいで、人に取り入るのはうまいのかもしれなかった。

 「なんか意外だよな…、藤原」
 「そうでもないと思うけど?」
 「もしかして、あのままくっついちまったりして?」
 「うーん、くっつくっていうより取り憑かれちゃったりしてね?」
 「取り憑かれるって…、なんだよソレ?」
 「さぁ?」

 時任と久保田は楢崎達を追って部屋のある階に戻ったが、結局、それ以後は二人はそれぞれの部屋にこもっていて出て来なかった。
 二人は時任の部屋で楢崎の様子を伺っていたが、やはり何も動きがない。
 楢崎と接触することも考えたが、蘭の発言もあるので不用意に近づくのは危険だった。
 他の四人の弱味を握っていることからもわかるように、蘭のことで時任に良い感情がないのだとしたら、楢崎はやはり何かを仕掛けてくるかもしれない。
 時任は蘭のことを恋愛の相手として見てないが、蘭の方は違うようだった。
 知らぬ内に三角関係のようになってしまっていることに時任は戸惑っていたが、蘭に好かれるらしいこと自体は悪い気はしない。もし本当にそうだとしても気持ちには答えられないが、ああいう話を盗み聞きで聞いてしまうとなんとなく微妙な感じだった。
 楢崎の部屋の様子に注意しながらも、時任は無意識の内に蘭の部屋の様子も気にしている。
 そんな時任をセッタを吹かしながら久保田が黙ったまま静かに眺めていたが、やはり時任は楢崎と蘭を気にしていてその視線に少しも気づかなかった。










 何事もなく自由時間を過ごしたツアー参加者達が、次に集合することになったのは午後7時のシーパレス完成記念パーティーだった。
 実は夕食を兼ねて、藤原を含めた参加者全員がパーティに呼ばれているのである。
 そのパーティにはツアー客だけではなく、このシーパレスの建設にたずさわった人々が呼ばれることになっていた。
 これだけは前もってパンフレットと一緒に招待状が送られていたので、参加者はそれぞれパーティらしい服装に着替えて参加者は会場である広間に集合している。
 時任と久保田、そして楢崎と蘭も自分の部屋で着替えて広間へ集まっていた。
 執行部はそれぞれ自分がマークしている人物に注意しながらパーティに参加していたが、やはりそうなると全員が近い位置にいることになる。
 そのため荒磯と小城が一つのテーブルに集中して集まっていた。
 だがそれぞれの話しに熱中しているので、小城の中にそのことに気づいた人間がいる様子はない。
 時任が早くも目の前にある料理をつまんで食べていると、その横にクスクス笑いながら楢崎の隣りにいた蘭が寄ってきた。
 「その料理、とてもおいしそうね?」
 「こっちのより、コレのがうまいぜ」
 「じゃあ私も食べようかなぁ」
 「ほら、これ皿」
 「ありがとう」
 時任から渡された皿を持って蘭が料理を食べ始めると、そんな蘭の様子を見ていた楢崎が不機嫌そうに口元を歪める。ホテル内を野島について回っていた時は余裕を見せていた楢崎も、蘭の口から直接、時任の名前を聞いたためにその余裕はどこかに行ってしまったようだった。
 「そんなヤツの横で食ってると、お前まで下品になるぜ」
 「べつにいいわ、下品でも…」
 楢崎はなんとかして時任と蘭を引き離そうとしていたが、蘭は楢崎の言うことを少しも聞かない。
 それどころか蘭は楢崎に見せ付けるように、時任にばかり話しかけていた。
 どうやら本気で、蘭は楢崎ではなく時任の方に気持ちが傾いているかのように見える。
 そんな蘭を見た楢崎は、腹を立てて蘭に向かって右手を振り上げた。
 「コイツッ!!」
 「きゃ…!」
 楢崎の右手が、蘭の頬に向かって勢い良く降り降ろされた。
 すると蘭がそれを防ごうと、すばやく顔に両手で覆う。
 しかし楢崎の手が蘭を引っぱたく前に、時任の手が楢崎の手をとらえた。
 「そこらヘンでやめとけよ、楢崎」
 「て、てめぇっ!」
 「女殴るヤツは最低だ」
 「エラそうに説教してんじゃねぇっ」
 「説教なんかしてねぇよ、当たり前のこと言ってるだけだぜ」
 そう言った時任の言葉にカッとして、楢崎が周囲が不審そうな目で見ているのも構わずに殴りかかろうとする。だが、その手を止めたのは殴りかかられた時任ではなく久保田だった。
 久保田は楢崎の手をギリリッと握りつぶそうとするかのように掴むと、冷たい視線を真っ直ぐ楢崎に向ける。すると楢崎の顔色が、久保田の凍りつくような空気を感じ取ってすーっと青く悪くなった。
 「ホントのこと言われたからって、殴るのは良くないなぁ」
 「く、久保田…」
 「これからパーティだし、おとなしくしてた方が身のためだと思うけど?」
 「うっ…、わかったよっ!」
 久保田がきつく握っていた手を離すと、楢崎は痛そうに自分の手を撫でている。
 しかしその目は久保田ではなく、時任の方を睨みつけていた。
 どうやらこれで完全に、時任は楢崎に恨みを買ってしまったようである。
 そんな楢崎と時任を見ていた蘭は、少しだけ憂鬱そうな顔をしていたが何も言わずに立っていた。
 
 「サンキュー、久保ちゃん」
 「どういたしまして」

 時任が久保田に礼を言っている間も、パーティ会場には次々と招待客が入ってくる。
 ツアー客以外で会場に呼ばれているのは、シーパレスを設計した建築家の三島と鷺ノ鳥島村の村長、そしてインテリアデザインをした寺島、それから社長の身内である姉の等々力道江と夫の武雄、そして甥の生島昭三とその妻の佐江子など覚え切れないほど大勢いた。
 広間にある舞台の上から野島がマイクで来ている主な人々の紹介をしていたが、広間の中は騒がしくてあまり良く聞こえない。招待客の中には雑誌か新聞のカメラマンも来ているらしく、壇上の野島や会場に向かってカメラを向けている者もいた。
 時任が相変わらず蘭と二人で料理をパクついていると、その横に記者らしき男が寄ってくる。
 どうやら今回のツアーについて、コメントを聞きたいらしかった。
 「君らはもしかして、コナンツアーの参加者?」
 「そーだけど?」
 「良かったら今回のツアーでの感想、何か聞かせてもらってもいいかな?」
 「…っていっても、まだツアーの途中だってのっ」
 「ははは、そりゃそうだ」
 時任に話しかけてきた雑誌記者は、明るい気さくな感じの男で名前を久木と名乗った。
 久木はこのツアーのことだけではなく、シーパレスの建設前の段階からこの島で取材を続けていたらしい。そのため色々とシーパレスの内情に詳しいようだった。

 「見てすぐにわかると思うがこの島の面積は少ないし、村の小さな漁村が一つあるだけの島だ。確かに店一つなくて不便だが、ここは自然がいっぱいでね。それがいい所だったんだが、今回の建設で島の半分の自然が消えちまったよ」

 そう時任達に言った久木は、小さく肩をすくめてシーパレスが大島社長が金にモノを言わせて半ば強引に建てたことだと語った。そのためこのシーパレスで働いているのは島の住人がほとんどだが、やはり今でも島の住人はシーパレスの建設には反対らしい。
 そしてそれだけではなくこのシーパレスを建てるにあたっ会社の資金のほとんどを投入していまっているため、大島建設の社内でも大島社長のワンマンぶりに不安の声が上がり、関連会社を所有している親戚達も今回のシーパレスの建設には猛反対していたらしかった。
 つまりこのシーパレスの建設は最初から、かなり問題のある事業なのである。
 久木はどうやら大島社長の無謀なシーパレス建設の裏側を記事にしたいようだった。
 「まぁ、そんな感じでね。このパーティも見ものってわけだ」
 「ふーん…、ケンカでも始まんの?」
 「さて、何が始まるか。この後のお楽しみって感じだな」
 「そういうのには興味ねぇよ」
 何か聞き出したい様子で久木は時任だけではなく、久保田や楢崎にも話しかけていたが、全員につれなくされたので他のテーブルに移って行った。
 野島の紹介も終ってそろそろ7時が近くなったので、招待客のほとんどが会場に揃っているようである。時任の近くにいる桂木や相浦達も、それぞれに話をしたり飲み物を飲んだりしながらパーティが始まるのを待っていた。
 時任が料理を食べたり蘭と話したりしながら楢崎の様子に注意していたが、久保田は楢崎ではなく時任の方をじっと見つめている。
 楢崎は時任を睨みながら、時々、チラチラと蘭の方を眺めていた。
 そうしている内に時計の針がようやく7時を差して、パーティが始まりを告げる。
 マイクを持って舞台に立っている野島が、会場に向かって挨拶を始めた。

 「本日は鷺ノ鳥島シーパレス完成記念パーティに遠路はるばるお越しださって、誠にありがとうございました。社長の大島を筆頭に、従業員一同、深くお礼を申し上げます。えーっ、このシーパレスは総工費30億円をかけて建設された海をテーマとしたレジャー施設となっており…」

 簡単な挨拶が終ると野島は鷺ノ鳥島シーパレスの施設などの説明を、マイクを持ってゆっくりと丁寧にしていく。さっきの久木の話から何か問題の声が上がるかと思ったが、パーティ会場からはそれらしい声は聞こえなかった。
 説明は思ったよりも長く聞いていると退屈なので、時任が小さく欠伸をしている。
 そんな時任を見た蘭がまたクスクス笑っていたが、説明が終わりに近づく頃になると蘭は食べていた皿を近くのテーブルに置いた。
 「ちょっと行ってくるわ。すぐに戻ってくるから…」
 「俺も一緒に行…」
 「トイレだからついてこないでよ」
 「あ、ああ…、わかったよっ」
 会場の外に出てくるという蘭について行きたそうにしていたが、トイレだからと断られたので仕方なくという感じで楢崎がその場に残る。
 その楢崎のそばには時任と久保田がマークして、桂木達もしっかり担当している人物を見張ってそれぞれ自分の役目を果たしていた。少しだけ緊張感のようなものが流れる荒磯と小城に関係なく、野島の長い説明が終わり、次に社長である大島成明の挨拶が始まる。
 野島が簡単に紹介すると、大島が舞台の袖からゆっくりと歩いて登場した。
 舞台の中央に設置されていたマイクの前に立つと、大島は一つ咳払いをし背筋を正して、シーパレス完成パーティの挨拶を始めようと口を開く。
 だがその瞬間…、会場内に轟音が鳴り響き一瞬にして辺りが暗闇に包まれた。
 
 ズウゥゥゥンッ!!ドオォォォォンッ…!!!

 会場内に鳴り響く轟音は、間違いなく何かが爆発する音である。
 その音を聞いた瞬間、時任が思い出したことは大島社長とその部下らしき男が廊下で話していた脅迫状のことだった。
 時任は何かが起こることを警戒して爆発音が鳴り響いた時、すでに楢崎を庇うようにその前に立っている。楢崎について色々思うことはあったが、時任の身体は反射的に楢崎を守っていた。
 だが、そんな時任の肩に何か温かいものが触れている。
 しかしそれに気づいたのは、爆発音が止んで再び電気が会場内を照らした後だった。
 電気がつくと、まず時任は楢崎を見て無事なことを確認する。
 そしてホッと息をついて肩から力を抜いてからやっと、自分の肩を守るように抱いてくれている久保田に時任は気づいたのだった。

 「く、久保ちゃん…」
 「平気?」
 「うん…」
 
 もしこの隙に小城の誰かが計画を実行していたとしたら、やられていたのは楢崎でも時任でもなく、久保田だったに違いない。時任はじっと自分を庇ってくれていた身体を見回して、怪我がないことを確認すると軽く久保田の頭を叩いた。
 「なにやってんだよっ、バカっ!」
 「痛…」
 「マジで何かあったらどうすんだよっ!」
 「それは時任も同じっしょ?」
 「け、けどっ…」
 納得いかない様子で久保田に向かって時任はそう言いかけたが、なぜかその言葉を最後まで言うことは出来なかった。
 それは舞台の近くの辺りから、女の悲鳴が響き渡ったからである。
 爆発と停電で混乱していた会場内は、その声が響き渡ると同時に一瞬にして静まり返った。
 時任と久保田を含めたこの会場にいるほぼ全員が舞台に視線を向けると、そこに人形のように倒れている人物が目に入る。
 その人物の胸には深々と矢が突き刺さっていて、見開かれた目は閉じられることなく床を見つめていた。
 
 舞台の上で矢に打たれて死んでいたのは、なぜか事件が起こると予測してガードしていた楢崎ではなく、このパーティの主役である社長の大島成明だったのである。


                     
『降り積もる雪のように.6』  2002.11.29 キリリク7777

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