外を案内されて中に戻ったツアー参加者は、もう一度、部屋に戻ってから後は夕食まで自由行動ということになった。
 その時間はマンガを見てヒロインである毛利蘭とコナンの通った場所や見たものを、実際に自分の目で見て推理の材料にするためのものである。事件が起きる時間は夜の9時という設定になっているが、ツアー客は今日を含めて二日しか滞在しないので、それほど考える余裕があるというわけではなかった。
 推理の回答はグループで参加しているのだが、一人で一つの回答を出すことになっている。
 それは学校ごとで行動する必要は、まったくないということでもあった。
 野島がロビーで解散を告げると、時任はずっと後ろを歩いている久保田の方を振り返ろうとする。
 だが、そんな時任に向かって隣りにいた蘭が声をかけた。
 「ねぇ、一緒にホテル内をまわらない? 一緒の方が何か見つけられそうだし…」
 「えっ、あぁ…、けど俺は一緒に行くヤツいるしさ…」
 「じゃあ、その人と三人で行きましょうよ」
 「けどさ…、いいのか?」
 蘭に一緒に行こうと誘われた時任は、近くにいる楢崎の方にチラリと視線を向ける。
 すると楢崎の方も時任と蘭の方を見ていたので、一瞬だけ視線が合った。
 一瞬だけだったのでその視線にどんな感情が潜んでいたのかはわからなかったが、このまま蘭と一緒に行ってしまったらおそらく楢崎も着いて来るに違いない。
 そう思った時任はパッと後ろを振り返って久保田の腕を掴むと、さっき入ってきた玄関に向いた。
 「わりぃけど、やっぱ俺らは二人で行くから」
 「…そう、残念ね」
 「ゴメンな」
 「あやまらないで…。また、夕食の時に会いましょう」
 「おうっ、また夕食ん時に会おうぜ」
 結局、時任はそう答えて蘭の誘いを断ってしまったが、蘭はそのことで気を悪くしたような様子はなかった。少し寂しそうな顔をしていたが、時任に向かって優しく微笑んでくれている。
 その微笑みを見ていると少し一緒に行ってやれば良かったような気もしたが、時任は久保田の腕を引っ張って玄関へと歩き出した。そしてそうしながら、チラチラと蘭の様子を見ていると、やはり楢崎が時任と入れ代わるようにそばに行くのが見える。
 二人が何を話しているのかは聞こえないが、やはり蘭と楢崎が並んでも二人が付き合っているとはどうしても思えなかった。
  「なぁ…、あの二人って付き合ってるように見えるか?」
 時任が自分の思っていたことを素直に尋ねると、久保田は小さく息を吐いてくわえていたセッタを右手で取る。けれどいつものようにすぐに返事が返って来なかったので、時任は視線を蘭と楢崎から久保田の方へと移した。
 すると、なぜかやけに真剣な久保田の瞳と少し驚いた時任の瞳がぶつかる。
 時任が瞳をそらさないでいると、久保田も視線をそらないで見つめてきた。
 だが、さっきから蘭と楢崎のことを気にしている時任には、久保田の真剣な瞳の意味がわからなかった。
 「どうしたんだよ? 久保ちゃん」
 「どうしたって何が?」
 「…なんかヘンな気ぃすんだけど?」
 「気のせいっしょ?」
 「ならいいんだけどさ…」
 じっと真っ直ぐ瞳を見つめながら時任がそう言うと、久保田はすぐにいつもの表情に戻った。
 真剣な瞳もわざと後ろを歩いていたこともやはり少しおかしかったが、時任はそれを気にしながらも話したいと思っていた蘭と楢崎のことを久保田に話す。
 二人の様子と話した感じから時任が出した結論は、蘭が楢崎におどされて付き合わされているのではないかというものだった。けれど、それを聞いた久保田はその結論にうなづかない。
 すでに玄関を出て人魚の像のある噴水の前を歩いていたが、時任はまだ久保田の腕を掴んだままだった。
 「楢崎がどんなヤツだとしても、言ってることがウソだと決め付けるのは早いよ、時任」
 「けどさ…、なんか不自然なカンジするし…」
 「そうかもしれないけど、少なくとも蘭ちゃんに話を聞くまではわからないよ」
 「そっか…、確かに聞かなきゃわかんねぇもんな…」
 先走っていることを指摘した久保田の言葉に、時任は素直にそれを認めてうなづく。
 実は公務の時もいつも先走ってしまいがちだが、自分が間違っていることは潔く素直に認めるのが時任のいいところだった。
 時任は歩いていた足を止めると、久保田の腕から手を離して玄関の方へと振り返る。
 さっき別れてしまったが、もしかしたらまだ蘭と楢崎はロビーにいるかもしれなかった。
 「どうする? 二人を追いかける?」
 久保田がそう尋ねて来たが、戻ったところで楢崎がいたら蘭と付き合ってるかどうか本当のことを聞くことができないので行っても仕方がない。時任は首を横に振ると手に持っているマンガの内容に沿って、久保田とホテルの庭を散歩し始めた。
 ホテルの庭はオープンしたてということもあって、植木も花壇も綺麗に整備されている。
 花はもう冬に近づいているのでパンジー系が主になっていたが、やはり花がたくさん咲いている庭は見ごたえがあった。
 ホテルを囲むように植えられている植木は、島らしく南国系の木々が揃っている。
 庭が室内で起こった事件と関係があるかどうかはわからなかったが、何からヒントを得られるかわからないので見て置かなくてはならなかった。
 庭を散歩しているのは時任と久保田だけではなく、桂木達や他の学校の生徒もしている。
 けれど、あまり真剣に推理しようとしているようには見えなかった。
 庭にはまだ蘭と楢崎の姿は見えないが、他の小城のメンバーの姿がある。
 なんとなく気の合わなそうな四人だったが、お互いの距離はあるもののなぜか四人揃って歩いていた。蘭と楢崎が二人でいるのも不自然な気がしたが、やはりこの四人も不自然である。
 ミステリ研究会というだけあって殺人現場の社長室にいた時は、あれこれと一人で見て回っていた梶浦が他の小城のメンバーといるのが気にかかった。
 これは個人戦のようなものなので、梶浦のようなマニアっぽいタイプは一人で調査しそうである。
 だが梶浦は何を見るでもなく、他の三人と一緒に歩き続けていた。

 「久保ちゃん…」
 「はいはい」

 声をかけただけで時任のしたいことがわかったらしく、久保田はそう簡単に返事をする。
 時任は気づかれないように、久保田と二人で小城の四人の跡をつけ始めた。
 けれどそんな二人に誰も気づいた様子はなく、松原はなぜか庭で持ってきた木刀で素振りをしていたし、室田はその横で腕立て伏せをしている。相浦は花壇に座ってマンガを片手にうなっていて、桂木は飲み物を買ってくるように藤原に命令して、噴水のところに腰かけていた。
 小城のメンバーは庭の隅にある階段を下りると、行く必要のない近くの海岸に向かって歩いている。
 夏ならば海岸にも何か店が出ているかもしれないが、今は秋なので海岸には何もなかった。
 時任と久保田は岩陰や木陰に隠れながら跡をつけていたが、四人は海岸の砂浜に降りても立ち止まる様子がなかった。
 しかも全員が無言で歩いているので、本当に何かあるとしか思えない。
 どこまで行くのかと時任が思っていると、突然、五月が立ち止まって時任が思っていたことと同じことを怒鳴った。

 「どこまで行くつもりなのよっ。誰もいないんだから、もうここらヘンでいいでしょっ!」

 この四人の中では一番、五月が明るくて話しやすいように見えたが、今の五月はやけに感情的でヒステリックになっているように見える。
 そんな五月を少し離れた位置から楓が冷たい目つきで眺め、梶浦は五月のヒステリーに伝染してしまったかのように顔をゆがめている。そして野瀬は、ビクビクとおびえて落ち着かない様子だった。
 どうやら時任の睨んだ通り、四人はここで何か密談をつもりのようである。
 時任と久保田は近くの岩陰に隠れながら、じっと四人の話に耳を傾けていた。
 けれど話をしているのは五月と楓だけで、梶浦と野瀬はその様子をじっと眺めている。
 どうやらこの二人が中心になって、何か計画を立てていたらしかった。
 「やっぱり中止しましょうよっ、蘭が着いて来るなんて予想外だものっ」
 「あら、怖気づいたの?」
 「なによっ、ムカツクわねっ!」
 「私はやるわよ。いつまでもアイツに脅され続けるのはゴメンだわ」
 「それは私だってっ!」
 「もしかして、ホントはアイツのことが好きだったりするんじゃないの? 五月」
 「な、なんですってっ! そんなことある訳ないじゃないのっ」
 「どうかしら?」
 楓はそう言って五月を睨みつけると、胸の辺りで両腕を組んで胸をそらせる。
 すると楢崎のことを好きだと指摘された五月は、さっきまでの勢いがなくなって喋る言葉も歯切れが悪くなった。その様子を見ていると、楓の言ったことが図星かも知れない気がしてくる。
 二人の話の内容からすると、五月と楓は何かの理由で楢崎に脅されているらしかった。
 おそらく、それはこの話に参加してることからも、残りの二人も同様なのだろう。
 楢崎に脅されている四人が誰も来ない海岸で密談というのは、いかにもそれらしくて時任と久保田は岩陰で顔を見合わせた。
 こんなことは小説とかテレビドラマでしか見たことなかったが、どうやら本当にこのツアーで何かが起こる気配がしている。
 この四人のリーダー的役割をしているらしい楓は、これからする何かを中止しようと叫んでいる五月を見ても冷静だった。
 「どちらにせよ、後戻りはできないわ。これから先のことを考えるならね」
 「で、でも、僕はやっぱりやりたくないよ…」
 「あんたまで怖気づいたの、野瀬」
 「だって僕は笹原さんみたいに強くないし…、失敗した時のことを思うと怖いよ」
 「・・・・・けど、やらないと私達に明日はないわ」
 一番気の弱そうな野瀬は、そう言いながら本当に身体をガタガタと震わせている。
 そんな野瀬を見た楓は眉をしかめて、その横にいる梶浦の方に視線を向けた。
 「梶浦、あんたも降りるつもり?」
 「さあ、どうするか…」
 「嫌な言い方するわねっ」
 「準備はすでに整ってるし、やらない手はないけどな」
 「そうよ、当たり前じゃない」
 五月と野瀬は怖気づいてしまっているらしいが、楓と梶浦はやる気らしい。
 何をやるかまでは聞かれることを恐れているのか話したりしなかったが、それでも十分に怪しいことは確かだった。
 良く小説やテレビなどでは孤島やホテルで事件が起こるが、実際はどうなのかはわからない。
 だが、四人のしている相談をこのまま聞き逃すことはできなかった。
 時任は計画をやめるよう説得するために四人の前に出て行こうとしたが、それを久保田が後ろから羽交い絞めにして止める。ジタバタ暴れながら時任が振り返って抗議の視線を向けると、久保田は無言で首を一度だけ左右に振った。
 そうしている間に四人の密談は終わってしまったらしく、楓は元来た方向へと歩き出す。
 それに気づいた時任と久保田は、楓に見つからないように岩陰に深く身を沈めた。
 
 「計画は決行よ、いいわね」

 楓はそれだけ言い残すと、岩陰にいる二人に気づかないでホテルの庭へと戻っていった。
 他の三人はそれぞれしばらく物思いに沈んでいたが、決心がついたらしく楓と同じように庭に向かう。
 本当に楓の言ったように今夜、計画を決行するのかどうかはわからないが、どうやら決行しないと彼らに明日はないらしかった。
 全員が海岸からいなくなったことを確認してから、久保田がゆっくりと時任を腕から解放する。
 するとやっと自由になれた時任は、ムッとして久保田に向かって怒鳴った。
 「止められたかもしんねぇのにっ、なにすんだよっ!」
 「まだ早いってさっきも言ったっしょ?」
 「けど、今回のはあらかさまにあやしいじゃんかっ!」
 「そうねぇ…」
 「久保ちゃんもそう思ってんなら、なんで止めんだよっ」
 「じゃ、言うけど…」
 「なんだよ?」
 「ちょっと逆に考えて…、そういうことまでしなきゃならない何かを、四人が楢崎に知られていると考えたら?」
 「えっ?」
 「その知られたくない何かって、なんだろうね?」
 「そ、それはわかんねぇけどさ…」
 「それに四人はなんの計画かも何も話してないよ、時任。 言い訳して誤魔化されるだけじゃなくて、知られたくないこと知られたせいで命狙われるかもね。明日がないから計画決行らしいし」
 確かに久保田の言う通り、四人は何かすることをほのめかすようにことは言っていたが、何をするかもいつするかも、ターゲットが誰かすら言わなかった。
 この点から見ても、この四人がかなり用心深いことがわかる。
 明日がないと言うからには、本当に決死の覚悟で何かをしようとしているのかもしれなかった。

 「わぁったよっ、もうちょっと証拠探せっていうんだろ?」
 「そういうこと」
 「だったら、あいつらを見張らなきゃならねぇじゃねぇかっ! 行くぞ、久保ちゃんっ!」
 「砂浜走ると転ぶよ?」

 「どわっっ!!」

 砂浜に足を取られて時任が転ぶと、ゆっくりと歩いてきた久保田がそれを抱き起こした。
 すると、久保田に抱き起こされた時任が、
 「サンキュー、久保ちゃん」
と言って、四人の見張るべく再び走り出そうとする。
 けれど、久保田が後ろから抱きしめているので時任は走り出せないでいた。
 急いでいるので何度も時任はそれを振り払おうとしたが、なぜかしがみ付くように抱きしめられていて離れない。
 久保田の腕は離れたくないというように、時任の身体に力を込めて回されていた。
 「なにしてんだよっ、離せって言ってんだろっ!」
 「・・・・・・」
 「・・・久保ちゃん?」
 「・・・・・・」
 いつもと様子が違うことに気づいた時任が、暴れるのを止めて抱きしめている久保田の腕に自分の手を乗せる。すると、離さないようにきつく抱きしめていた腕の力が少しだけ緩んだ。
 けれど、後ろから抱きしめられているので、久保田がどんな表情をしているのかがわからない。
 時任は強引に振り返ろうとしたが、まるで顔を見せなくないと言っているかのように久保田は時任の肩に顔をうずめた。
 「・・・・・なんかあったのか? 久保ちゃん」
 「なにもないけど?」
 「なにもないってウソだろ?」
 「そんなことないよ?」
 「なんでウソばっか言うんだよっ!」
 様子のおかしい久保田に時任はそう怒鳴ったが、久保田はやはり怒鳴られても何も言わない。
 抱きしめられたままじっと時任は何か言ってくれるのを待っていたが、結局、抱きしめた理由を言わないまま久保田は自分の腕から時任を解放した。
 離れていく腕をぐいっと引っ張って、さっきまで見えなかった久保田の顔を時任は覗き込んだが、本人がなんでもないと言ったように久保田はいつもみたいに優しく微笑んでいる。
 その微笑みに少し違和感があったが、どうしてもその理由を久保田は言いたくないらしかった。

 「早く行かないと、事件が起こっちゃうかもよ?」
 「あっ、そうだったっ」
 「行くよ、時任」
 「おうっ」

 二人で砂浜を歩くと、先に歩いた四人の横に二人分の足跡がつく。
 けれど砂浜には他の足跡もついていて、長く長く砂浜の向こうへと続いているものもあった。
 この砂浜はこの島の住人も来ているらしく、村のある方向をじっと眺めると犬と遊んでいる人影が見える。しかしそんな和やかな光景を見ても、これから起こるかもしれない事件を思うとゆっくりとそれを眺める気分にはなれなかった。


                     
『降り積もる雪のように.5』  2002.11.25 キリリク7777

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