ミステリーツアーの最中に起こった殺人に辺りはシンと静まり返っていたが、再びパッと電気が数秒間か消えてつくとパーティー会場は再びパニック状態に陥った。どうやら爆発と殺人が同時に起こったので、ちょっとしたことでパニックに陥りやすくなっているらしい。 だがミステリ研究会に所属しているせいか、小城で驚いてここから逃げ出そうとしているのは、いつもは明るくて元気の良い五月とビクビクおびえてしまっている野瀬だった。 そんな二人を馬鹿にしたような目つきでチラリと見た梶浦は興味深そうに舞台や辺りを眺めているし、楓は軽く肩をすくめてパニックになりかかって一人で騒いでいる藤原に向かって話しかけている。楢崎も平然としてつまらなそうにテーブルのそばに立っていた。 時任が辺りを見回して全員の位置を確認したが、執行部も小城もまだテーブルのそばから動いていない。そしてもちろん久保田も、時任の隣りから動いてはいなかった。 しかし、会場の客達は次から次へと出口に向かって殺到し始めている。 出口はそれほど大きくないので、一度に人が出ようとするのは危険だった。 時任は舞台の方に近づこうとしていたが、人の波に押されて近づくことが出来ない。 そんな時任を久保田は庇うように立っていたが、やはり前進することは無理だった。 「くそぉっ、なんとかしねぇと…」 時任がそう呟いて逆方向である出口に向かって走って行こうとすると、そんな時任の腕をつかんで久保田が止める。止められた時任が軽く久保田を睨むと、遺体のある舞台の方から会場内に呼びかける声がした。 その声は、舞台上でパーティの司会をしていた野島の声である。 野島は静かな声で会場内にいた従業員にドアを閉めるように言うと、全員その場に留まるように言った。 「このようなことが起こってしまいましたが、どうか落ち着いてください。今からすぐここに警察が来るので大丈夫ですから…、ご自身が犯人ではないことを証明するためにも、この場に留まってくださるようお願いいたします」 パーティの招待客達は我先にと会場から出ようとしていたが、野崎の言葉を聞くと全員が自分のいたテーブルに戻り始めた。 どうやら自分が犯人じゃないことを証明するために、という言葉を聞いて留まることを決めたらしい。 久木が言っていたように、今回のシーパレスの建築で自分にその動機のあることを知っている人物なら、なおさらこの場に留まろうと思ったに違いなかった。 当たり前だが、やっていないことを疑われたりは誰もされたくないものである。 まだざわざわとしてはいたが幾分落ち着いた会場内では、所々で言い争いをしている声が聞こえた。 どうやら話の内容を聞いていると、お互いに犯人ではないかと疑っているようである。 しかし放たれた矢はあるものの、矢を打った凶器がまだ会場内から見つかっていなかった。 凶器を隠す場所などほとんどない会場だけに、どこにあるのかがかなり気になる。 次第にパーティ客にお互いへの疑惑が広がっていくと、そんな中、トイレに言っていた蘭が会場に戻ってきた。 「どうしたのっ、なにかあったの?!」 何も知らない蘭がそう言うと、時任が無言で舞台の上を見る。 それにつられて舞台の上を見た蘭は、表情を強張らせたまま固まってしまった。 時任は舞台をじっと見つめながら、横にいる久保田の袖を引っ張る。 すると久保田はざわめていてるパーティー客の間をすり抜けて、舞台に向かって歩き出した。 時任もその後について歩き出したが、それに気づいた桂木が二人を呼び止めようとする。 しかし二人は立ち止まらずにそのまま舞台の上へと上がった。 「俺の目の前でこんな真似しやがって…」 「見事に心臓を貫いてるし、即死だったと思うよ?」 「どこから撃ったと思う?」 「さあ…、どこだろうね?」 時任と久保田がそんな風に話していると、二人の所へ野島からマイクを持ったまま歩いてくる。その表情はやはり蘭と同じように強張ってしまっていた。 会場内にいた桂木と相浦、楓や梶浦など執行部や小城も、二人が舞台に上がったことに気づくと後を追うようにやって来る。 時任と久保田、そして野島の前に立った桂木は、舞台に落ちているコードのついていないマイクを見て眉をひそめた。 「冗談じゃないわよ、ホントに…」 桂木が唇を噛んでそう呟くと、野島はじっと床を見つめながら小さく首を振る。 会場には大勢の人がいたが、その中でも大島社長の一番近くにいたのは野島だった。 しかし野島は暗がりと爆発の音とで、何も見てないし聞いてない。 発見したのは誰よりも早かったらしいが、驚いて声がでなかったようだった。 「誰でもいきなり人が死んでたら、ビックリするだろう…」 「それはそうだけど…、なんか気づいたこととかねぇのか?」 「胸に矢が突き刺さっていて、ピクリとも動かなかったし…、とにかく警察を呼ぶことしかしか頭になかったから…、詳しくは…」 「そっか…」 時任が野島に事情を尋ねたが、やはり詳しいことは聞けなかった。 大島社長の遺体は舞台の壁を背にして座り込むように倒れており、矢は的を射るように左胸に付けられていた記念会の黄色いリボンの上に見事に突き刺さっている。桂木はさすがに近づかなかったが、久保田はいつもと変わらない様子でそばまで歩いていくとじっと大島社長の遺体を眺めていた。 時任もそれに加わったが、そこには小城の梶浦と楓もいる。 どうやら二人はミステリ研究会に入っているせいか、この事件に興味があるらしかった。 「本物の殺人事件を見るのは初めてだけど、犯人当ては難しそうね。この会場は容疑者で一杯っ」 「そういう事件こそ、やりがいがあるってもんだろう?」 「あら、探偵にでもなる気?」 「楓の方こそ、そのつもりなんだろ?」 「ふふっ、どうしようかしら?」 目の前で人が死んでいるというのに、楓も梶浦もゲーム感覚でいるようだった。 犯人を見つけようとすることは悪いことではないが、二人が話しているのを聞いているとどうしても胸の中がムカムカしてくる。そんな楓達の様子を見ていた桂木は、ツカツカ歩み寄るときつい瞳で二人を睨みつけた。 すると楓と梶浦も、そんな桂木に向かってきつく睨み返してきた。 「探偵は真実を追求するために事件の謎を解くのよ。それは決して死者を冒涜するためでも、犯人を嘲るためでもない。事件をゲームみたいに考えて、笑いながらこの場に立ってるあんた達に探偵の資格はないわっ」 「なによ、貴方。いきなりその言い草は失礼ね」 桂木はあの執行部を見事にまとめ上げられるくらい気丈だったが、楓もそれに決して負けてはいない。大島社長の遺体の前で、二人はお互いを探り合うように睨みあっていた。 そんな二人を見て大げさに肩をすくめると、梶浦は桂木の肩に軽く触れる。 桂木は、そんな梶浦をキッとさらに強く睨みつけた。 「ああ、確か君は五月と話をしてた桂木って子だろ?」 「そうだけど、それがどうかしたかしら?」 「俺と付き合わないか? 気の強い女って結構好みなんだよな」 「誰があんたなんかと!」 「俺は将来医者になる予定だし、今から付き合ってた方がお得だと思うぜ?」 「はぁ? バッカじゃないのっ!」 桂木はそう言うと梶浦に向かって手を振り上げて、頬に平手を喰らわせようとする。 だが桂木がそうする前に、何者かが肩に置かれていた梶浦の手をねじり上げていた。 梶浦は手をねじりあげられて、涙を浮かべながら痛がっている。 その様子はさっきまで桂木に付き合えと、自分の地位や財産をちらつかせて嫌な笑みを浮かべて迫っていた男と同一人物とは思えなかった。 「…いっ、痛いっっ!手が千切れる!! た、頼むから離してくれっ!!」 「ウチの姉御に手を出すなんざぁ、百億年早ぇんだよっ!」 「だ、誰が姉御よっ、誰がっ!!!」 泣きながら痛がっている梶浦の手を適当なところではなした時任の頭に、桂木のハリセンが炸裂する。けれどハリセンで叩きながらも、桂木は怒っているのではなく笑っていた。 梶浦は痛む手を押さえつつ上目遣いで時任を睨んでいたが、自分を冷ややかに見つめている視線にハッと気づいてそれをやめる。 その凍りつくほど冷ややかな視線は、時任の隣りにいる久保田からのものだった。 桂木と言い合いを途中で中断させられてしまった楓は、 「貴方たちって仲がいいのね」 と、誰に向かってというワケではなくそう呟く。 その言葉には嫌味がなかったので桂木が楓の方を見ると、楓はすでに梶浦を見捨てて同じように舞台に上がってきた楢崎の方へと歩き出していた。 そんな感じで小城と少し揉めてしまったが、時任は再び殺人が起こった現場を調べ始める。 すると大島社長の遺体を調べていた久保田が、首に妙な跡を発見した。 久保田が発見した首の跡は、横に細く擦れたようなカンジになっている。 しかしその跡は首の正面だけについていて、特になにか死因に関係があるようには見えなかった。 「なんの跡だろ、コレ?」 「何かで擦れた跡には間違いないんだけどね?」 「事件に関係あんの?」 「さぁ、事件より前に何かの拍子についたものかも?」 二人は色々調べてはいたが、もうじき警察が現場に到着するので現場を見ておけるのは今の内だけである。 殺人現場を荒らすのは良くないのだが、野島も執行部や小城のすることを眺めているだけで注意はしなかった。 会場内もざわざわと自分達の話に熱中していて、舞台にいる時任達をとがめる声はない。 どちらかと言えば招待客は、誰もが今回の件に関わりたくないと思っているようにも見えた。 しかしやはり、そんな招待客の中にも事件に興味を持っている人物がいる。 それはパーティの時に時任に話しかけてきた、久木という記者だった。 久木は舞台ではなく会場内の方を調べていたようだが、何かを発見したらしく大きな声をあげる。 その声を聞いた時任が久保田と久木の所に行ってみると、白いテーブルクロスに覆われたテーブルの下に矢を撃つことができるボーガンが置かれているのを発見した。 「マジかよ…」 「うーん、なんだかねぇ?」 そんな風に二人が呟いたのには、ちゃんとした理由がある。 実は凶器らしきボーガンが置かれていたのは、小城と執行部のいたテーブルだった。 小城のメンバーと一緒に時任達の所にやってきた五月が、ボーガンを見て少し顔色を変える。 だがそんな五月の後ろからやってきた楓が、時任と久保田に向かって余裕の表情で口元に笑みを浮かべて見せた。 「私達の中に犯人がいるとでも言うつもり?」 「…そんなことは言ってねぇだろっ」 時任はそう言い返したが、ボーガンがここにあったのは事実である。 しかし、小城の中に大島社長を殺す動機があった人物がいるようには思えなかった。 大島社長と係わり合いのある人間ならわかるが、ツアーの参加者は大島社長に会ったのは今日が始めてである。 時任がじーっとボーガンを眺めていると、まだ近くにいた久木が何かをしきりにメモしながら話しかけてきた。 「ここから舞台を狙って撃ったということになるが、どう思うかい?」 「べつにどうも思わねぇよ」 「ふぅん、そうか…。じきに警察が来るからまかせりゃいいだろ」 「…って、言ってるワリには調べてるじゃんか」 「気になることを調べるのがクセなんでな」 そんな風に久木と話していると、藤原が久保田に抱きつこうとしているのが見える。 時任は久木との話を中断して素早く移動すると、藤原をゲシッと足で蹴り飛ばした。 「久保田せんぱいっ、僕、とっってもこわかったですぅっ!!」 「どさくさに紛れて、抱きついてんじゃねぇよっ!!」 「うがっっ!!」 ずっと久保田の言いつけを守って楓を見張っていたらしいが、やはり目の前に久保田がいると抱きつかずにはいられないらしい。 そんな藤原を見ている楓は、不気味な笑みを浮かべていた。 ほぼ全員がさっきまで舞台に上がっていたが、実は遺体を見るのが嫌だったらしく蘭はずっと会場に残っている。そちらをチラッと時任が見ると、舞台から戻った楢崎が手に持った何かを蘭に見せていた。 それが何なのかはわからないが、蘭はとても驚いた顔をしている。 楢崎がニヤニヤと笑っているので、あまり良いものではなさそうだった。 ポーガンが見つかったことで全員が舞台から下の会場へと移動すると、やっと警察が来たらしく野島が慌てて会場から出て行くのが見える。 どうやら、これから警察による本格的な事情徴収と調査が行われるようだった。 |
『降り積もる雪のように.7』 2002.12.5 キリリク7777 次 へ 前 へ |