バスを降りた時任と久保田がホテルの中に入ると、すでに四組のグループの全員がロビーに集合しているのが見えた。だがここに集まるのは全部で24人のはずだったのに、藤原が特別に参加してしまっているので25人になってしまっている。
 一緒にボートに乗らなかった二組は坂垣高校の友達で応募したという女の子達のグループで、もう一つの門脇西高校は弓道部で、男四人、女二人での参加だった。
 門脇も坂垣と同じく友達で来たという感じだったが、男女の比率は微妙である。
 女の子ばかりで参加した板垣高校は、遅れて来た久保田の方をチラチラ見て騒ぎながら何かを相談していたが、所々しか聞こえなくても話している内容を想像するのは難しくなかった。

 「相変わらずモテるわねぇ」
 
 板垣高校の様子を見ていた桂木が、あきれたように肩をすくめてそう言っていたが、当人である久保田は否定も肯定もせず何も言わない。
 けれどその横にいる時任は、不機嫌そうな顔をしてぐぐっと拳を握りしめていた。
 不機嫌な理由は複雑なのかもしれないが、時任自身はなぜか門脇西高校の男子生徒の注目を浴びている。全員ではなかったが、その中の一人の視線は執拗に時任を追っていた。
 やはり執行部をしていなくても、校内にいても校外にいてもとにかく二人は目立つ。
 だがそれに加えて、ヘタに手を出したりすると危険なのもこの二人の特徴だった。
 しかし、今日会ったばかりなので、板垣や門脇の生徒達はそんなことを知るはずもない。
 当然ながら執行部である相浦と室田は、気の毒そうな視線を門脇の男子生徒に向かって送っていた。
 「ちょっとだけ嫌な予感するんだけどなぁ、俺」
 「お前もか、相浦」
 そんな風に話している二人の横に松原もいたが、実は松原も男女問わず視線を集めている。
 しかし松原は久保田と違って自分が女の子にモテるという自覚がないので、その視線にまったく気づいていなかった。
 そうしている内にざわついているロビーでガイドの野崎が、全部の高校名とどんなグループで参加しているかを紹介し始めたが、気の毒なことにその野島よりも時任と久保田、そして松原がいるために荒磯高校の方が注目を浴びている。
 それは本人達のせいではないのだが、そんな三人の様子を面白くなさそうな顔で楢崎が見ていた。どうやら楢崎はいつも自分が注目されていないと気がすまない、自己主張の激しい性格のようで…。時任のことはそれほどでもないが、港でのこともあってか久保田のことを睨んでいる。
 そしてそんな野崎が不機嫌そうに舌打ちするのを、他の小城のメンバーが少し怯えた様子で気にしていた。
 一見、何事もないかのように装ってはいるが、他の高校と違って小城には緊張感がある。
 楢崎の一挙一動に振り回されているように見える小城のグループに、時任と桂木が眉をひそめていたが、実は久保田もリアクションはないもののそれに気づいていた。
 ミステリ研究会で来ているという話だったが、どうしてもそれだけのつながりとは思えない。
 時任は楢崎に近寄らない方がいいと言った蘭の言葉を思い出しながら、不審そうな顔をして小城の方を眺めていた。

 「あいつらなんかヘンだよな?」
 「そうねぇ…」
 「ミステリ研究会だっつってるからそういうので申し込んだんだろうけど、あんなんだったら来ても楽しくねぇんじゃねぇの?」
 「ま、事件を推理するってのがメインだし、そういうイミで楽しむつもりで来てないかもよ?」
 「けどさ…、そういうんじゃなくて…」
 「まるで全員が、楢崎に弱み握られてるみたいなカオしてる?」
 「そうっ、それっ。久保ちゃんは気になんねぇのか?」
 「お前は気になってるみたいね?」
 「なんとなくヤな感じすんだよ…」
 「楢崎が?」
 「…そういうんじゃなくて、なんとなくってカンジだけどさ」
 「もしかして野生のカン?」
 「正義の味方のカンっだっつーのっ」

 久保田とそう話しながら時任が気づかれないように楢崎の様子を伺っていると、それに気づいた蘭が時任の方を見る。だが蘭の視線に気づいたのは、時任ではなく久保田の方だった。
 蘭はしばらく時任の方を向いていたが、見られていることに気づいたらしく視線をそちらへと移す。そのため二人の視線が時任と楢崎を挟んで出合ったが、何も感じる間もないくらいすぐに野崎の一言がロビーに響いたため、すぐにその視線は離れてしまった。
 
 「では、今から皆さんにチェックインしてもらいます。それから少し休憩した後、ホテル内を案内いたしますので2時にロビーにお集まりください」

 ガイドの野島が全部の高校名とどんなグループで参加しているかを紹介し終えると、ホテルの内部を案内する前に、全員が野島の指示に従ってチェックインすることになった。
 しかし事前に部屋割りなどが知らされていないため、ロビーがその話題でざわざわとうるさくなる。実はツアーに当選してチケットとパンフレットが送られてきたものの、書かれていたのは帰りと行きの日時だけで島についてからのスケジュールは一切書かれていなかったのだった。
 だが、新幹線に乗る前に改札口で渡されたマンガを読んで見れば、今からの日程を簡単に推測できる。
 昼食はすでに新幹線の中で駅弁が配られていて、このホテルで取るのは夕食と次の日の朝食、そして昼食となっていた。
 それはやはりマンガの中のガイドも野島と同じく集合時間が2時だと言っているように、スケージュールも含めて何もかもが同じなのである。
 つまり野島の言っていた今回のツアーの趣向というのは、このことに違いなかった。
 おそらく、このためにわざわざ四組だけ招待されているのだろう。
 偶然のこととはいえ、藤原が飛び入りで参加して25人になった所までマンガとそっくりだった。
 けれどコナンが飛び入りするのと、藤原が飛び入りするのをあまり一緒には考えたくない気がする。
 どう見ても藤原は探偵役ではなく、参加メンバーのA男とかB男という感じだった。

 「久保田せんぱーいっ、一緒にチェックインしましょうよぉっ。僕が荷物をお持ちしますからぁっ」
 「なにが持ちますからぁ…だっ、お荷物なのはてめぇだろっ!」
 「ふふんっ、なんとでも言ってください。僕はちゃんと参加者として認められたんですからねっ」
 「マンガもらってねぇヤツは、ツアーじゃなくて単なる泊まり客だってのっ」
 「ううっ、言い返せないだけにっ、く、くやしいっっ!!」

 そんな感じで時任は藤原と話していたが、部屋はすべてシングルが用意されていた。
 部屋のある階は5階と6階で、荒磯と小城は6階、板垣と門脇が5階になっている。
 時任が名前を書いて部屋のキーを受け取って見ると、その鍵は手持ちの部分が丸くなった古い形の鍵だった。そしてその鍵の丸くなった部分にはローマ数字で番号が書かれる。
 番号はT〜VIIまでつけられていて、その鍵がそれぞれ赤の鍵と青の鍵が12本ずつで24本だった。
 このホテルの鍵はすべてこの鍵と同じデザインになっているらしいが、このローマ数字で番号のふられた部屋はコナンの舞台に使われたということで他の部屋と分けているらしい。
 赤い鍵が5階で青い鍵が6階だという説明を野島がすると、全員が荷物を置くためにそれぞれの部屋へと向かい始めた。
 25人目の藤原はもちろん24個の部屋の中には入れず、普通の数字で書かれた鍵を持って7階に行かなくてはならない。久保田と同じエレベータに乗ったものの、6階で降りることが出来ずに涙していた。
 部屋の番号は時任が]で久保田がU、相浦がXで松原がY、室田が XIIで桂木がV。
 そして、その数字の開いたところが小城の部屋の番号になる。
 全員の部屋の階は同じだったが、鍵を渡すのはランダムだったらしく部屋はかなりバラバラだった。
 エレベータの前で時任と久保田が部屋番号を見せ合っていると、それを見ていた桂木が横から声をかける。その手には久保田の部屋番号と隣りの部屋番号の鍵があった。
 「その鍵とこの鍵、変えてあげてもいいわよ?」
 桂木がそう言うと時任は一瞬うれしそうな顔をしたが、横にいる久保田にその顔を見られていたことがわかると自分の鍵を渡さずにぎゅっと握りしめる。
 そしてちょっと照れ隠しのようにムッとしたような表情を作ると、時任は桂木の申し出を断った。
 「始めにそう決まったんだから、変えんのは良くねぇだろ。俺はココでいいっ」
 「ふーん、ホントにいいの?」
 「い、いいに決まってんだろっ」
 「だそうよ、久保田君? せっかく行き来するのが大変だろうからって、人が親切に言ってあげてんのにねぇ?」
 「まぁ、べつにいいんでない? どうせ2部屋もいらないし」
 口元に意味深な笑みを浮かべてそう言った久保田を、時任と桂木が同時に見る。
 他の学校の人間が聞いたら冗談に聞こえるかもしれないが、二人は久保田が冗談のようでホンキだということを知っていた。
 時任は不覚にもその一言で、色んなことを想像してしまって真っ赤になっている。
 桂木は久保田を見た後に時任を見ると、しみじみとため息をついた。
 
 「……近所迷惑にならないようになさいよっ」
 「ほーいっ」

 久保田の返事がどこまで当てになるのかは知らないが、やはり学校でもここでも桂木の悩みはなくならないに違いない。
 やはり学校でも校外でも、有害なものは有害なのかもしれなかった。
 部屋の鍵を握りしめた時任は、久保田と桂木と別れると自分の部屋に向かって歩き始める。
 すると時任達がもたもたしている間に、次のエレベータで上がってきた蘭が後ろからやってきた。同じ方向に向かっているということは、どうやら蘭は時任と部屋が近いらしい。
 時任が自分の部屋の前に到着して鍵を開けようとすると、隣りのドアの鍵穴に蘭が鍵をさした。しかし、いくらガチャガチャと鍵を回してもどうしても開かない。
 鍵の番号と部屋番号を見比べていたようだったが、蘭は間違いないのかしきりに首をひねっていた。
 たが、後からやってきた楢崎がそれは自分の部屋だと言ったので、楢崎と時任を挟む位置にある部屋、つまり時任の反対側の部屋のドアの前に立つ。
 すると、今度は鍵穴に鍵を差し入れるとすぐに音がしてドアが開いた。
 「おいおいボケてんじゃねぇよ、蘭」
 「ちょっと間違えただけよ」
 「俺はべつにお前と、同じ部屋でもいいかまわねぇけどな」
 「・・・・・・・・」
 嫌な笑みを浮かべた楢崎の言葉に返事をせずに、蘭は自分の部屋の中に入る。
 二人の間に挟まれていた時任も、蘭に続いてさっさと自分の部屋に入ろうとしていたが、なぜか入る前に楢崎に腕を強くつかまれた。
 時任はすぐにその手を払い退けたが楢崎は囁くように、
 「寝る時は耳栓しといた方がいいぜ。ちょっとうるせぇかもしれねぇからよ」
と、耳障りな声で笑いながら言う。
 その声の調子と楢崎の笑みから、鈍感な時任にもこの言葉の指す意味がわかった。
 時任が鋭く睨みつけると、その反応に満足したのか楢崎はニヤッと笑みを深くして自分の部屋へと入っていく。
 その背中を蹴りたい衝動にかられながらも、時任は自分の部屋の中へと入った。


                     
『降り積もる雪のように.3』  2002.11.20 キリリク7777

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