舞台の上での探索を終えて高本刑事に事情を話していると、時間がいつも感じている感覚よりも早いスピードで過ぎていく気がする。
 久保田は時間と戦いながら、なんとか時任のいる場所までたどりつこうとしていた。
 桂木達の方は依然としてホテル周辺を自分の足で探索していたが、時任を探していたはずの藤原の姿まで見えなくなってしまったらしい。
 どこかでサボっている可能性もあるし、普通ならば少し見当たらなくなったくらいで騒ぐ必要はないかもしれないが、状況が状況だけに楽観視はできなかった。
 桂木はやはり事件に関係があると思っているようで、時任だけではなく藤原も探すように室田と松原に指示を出しながら、高本刑事と一緒にいる久保田の元にやってくる。
 その表情はやはり時任と藤原を心配しているからか、少し厳しいものになっていた。
 「二人も行方不明者がでたんだから、警察は動いてくれますよね?」
 「は、はいっ、もちろんですっ」
 「まったくっ、警察はいつだって動くのが遅いんだからっ!」
 「まったくもってその通りで…、ホントすいません…」
 胸の前で腕組みをした桂木と高本刑事の様子を見ていると、どちらが年上なのかわからなくなってくる。だが、警察の対処が遅いのは事実だった。
 本来なら時任がいなくなった時点で捜索を開始するべきなのだが、殺されたのが大島社長だったので、時任がいなくなったのは事件とは関係がないという判断だったらしい。
 しかも警察が動いたのは二人がいなくなったからではなく、蘭の部屋が荒らされていてたという連絡を受けたためだった。
 藤原がいなくなったのはその直後だったので、無視することができなかったのである。
 時任も藤原もまるで狙ったかのように、最後にいた所は人気のない場所だった。 
 「だから一人で行動するなって言ったのに…、あのバカっ…」
 「桂木…、悪いのは藤原じゃなくて俺だからさ」
 「なに言ってんのよ、相浦っ、あんたのせいのはずないでしょっ」
 「でも…」
 「こんなことで落ち込まないでよ。二人がいなくなったのは、あんたのせいじゃなくて犯人のせいに決まってるじゃないっ」
 「・・・・・・そうだよな、落ち込んでいる場合じゃないよな」
 「とにかくっ、早く探すのよっ」
 「了解っ」
 相浦は藤原を一人にしてしまったことに責任を感じていたが、やはり桂木が言うように今は落ち込んでいる場合ではない。再び二人を探しに向かった室田と松原に続いて、桂木と相浦も捜索に参加するために移動を始めた。
 そんな二人の後ろ姿をなんとなく見やりながら、久保田は高本刑事とさっきからしていた話を続ける。実は久保田が高本刑事に話していたのは、葛西が言っていた二ノ宮という男が殺害された事件と大島社長の事件が同一犯ではないかということだった。 
 同じ日に殺された二人の共通点は高校の同級生ということの他に、もしかしたらもう一つあるかもしれない。二人とも殺されてしまった今となっては確認を取ることはできないが、事件が起こる前に二ノ宮が慌てるようなことが大島社長との間にあったことだけは確かだった。
 その上、入ってきた情報によると話では二ノ宮が殺害された時に着ていたのはスーツで、まるでパーティーにでも行くような格好だったらしい。まるで誰かが来たのを出迎えたかのように、二ノ宮は自宅の玄関で死亡していた。
 目撃者はいなかったが現場のアパートの部屋は争そったような形跡はなく、やけに片付いたのが印象的だったと調査していた刑事が漏らしていたそうである。
 自宅のアパートは、同居していた母親と死別してからずっと一人暮らしだった。
 「駅の近くにあるアパートから鷺の鳥島までは、船に乗ってちょっと…。なのに、まるで何日も部屋を開ける予定があったみたいだぁね」
 「・・・・一体、どういうことなんだろう」
 捜査情報を聞いた久保田の言葉に、高本はそう言って首をかしげる。
 しかしすでに二ノ宮の事件現場に行って、犯行の証拠を固めているような余裕はなかった。久保田はポケットからセッタを取り出すと、口にくわえかけたがそれを止めて指で二つに折る。
 そんな様子を少し驚いたように見ている高本に、久保田はいつもと違ってピンと張りつめたく空気を漂わせながら口を開いた。
 「時任と藤原を探すよりもして欲しいことがあるんで、頼まれて欲しいんですけど…」
 「二人を探すよりもして欲しいこと…、それは?」

 「これ以上、何かが起こる前に犯人を拘束してください」

 久保田の発言に、高本刑事の瞳がさらに驚いたように見開かれる。
 そばにいた杜刑事も方眉を上げて、久保田の所にドスドスと歩いて来た。
 杜刑事は素人である久保田が捜査に入ってくるのが気に入らないらしく、一人でブツブツ言いながら捜査していたが、さすがにこの発言は聞き逃せなかったらしい。
 ビデオや舞台のトリックについては、久保田からの話によって解明されていたが、未だ犯人が誰かということはわかっていなかった。
 しかしたった今、久保田は犯人を拘束しろと言ったのである。
 杜刑事は久保田に詰め寄ると、その襟元をぐいっと掴み上げた。
 「おいっ、捜査は遊びじゃないんだぞっ! 葛西刑事の甥だからって黙ってれば、捜査をかき乱すことばかり言いやがってっ!!」
 「遊びのつもりはありませんよ。 そう思ったことはただの一度も…」
 「いい加減っ、探偵気取りはやめろっ!!」
 「探偵なんて、ココにいましたっけ? それに探偵を気取って遊びでやれるほど、俺の神経もココロも頑丈にできてないんだけど…」
 「こいつっ!!」
 掴み上げられても恐れた様子がない久保田に、杜刑事はますます腹を立てて頭に血を登らせて顔を真っ赤にしている。しかし、久保田はそれに同調することなく自分の襟から強引に手を外させると、杜刑事に向かって深々と頭を下げた。
 「な、なんのつもりだっ! 今ごろあやまっても…」
 「俺の一番大事な…、大切なヒトの命がかかってるんです」
 「・・・・っ!?」

 「お願いします…、犯人を拘束してください」

 久保田はそう言っている間も、頭をさげたまま上げない。
 時任が見ていたら頭を下げるのを止めるかもしれないが、それでも助けるために頭を下げる必要があるなら久保田は何度でもそうするに違いない。頭をさげることはプライドが許さないとかそんな風に良く言うが、時任が助かるなら頭を下げるくらいなんでもないことだった。
 どんなにみっともなくても、プライドがないと罵られても…、大切なを失ってしまったらなんにもならない。胸の奥にある想いと大切なヒト…、その重さはもしかしたら自分の命よりも重いかもしれなかった。
 犯人の居場所がわかれば自分で拘束することもできるが、フロントの方にも問い合わせても時任がいなくなったように、犯人の姿だけがどこにも見えなくなっている。
 時間が命をも縮めていっているような気がして、時計を見るたびに鼓動が早くなって…、想いと焦りばかりが胸の奥に広がっていく。早くなる鼓動のままに走るだけで時任の元にたどりつけるなら…、時任を探すと真っ直ぐの廊下を走り出した蘭のように走り出せるなら…。
 ポケットに入っているセッタのように、走り出したい気持ちを折り曲げることもなかった。
 久保田が頭を下げ続けていると、根負けした杜刑事が近くを通った警官を呼び止める。
 そして小さく息を吐くと、眉間に皺を寄せながら久保田に向かって怒鳴った。

 「さっさと犯人の名前を言えっ! 警察の意地にかけて探し出して拘束してやるっ!」

 高本刑事にたしなめられることが多い杜刑事だったが、そう言った時の顔はいつもよりも遥かに刑事らしい顔をしている。そんな杜刑事の叫び声を聞いた久保田は、下げていた頭を上げると犯人の名前をそばにいる全員に伝えようと口を開きかけた。
 だが久保田が犯人の名前を口ずさむ前に、杜刑事よりも大きな声が辺りに響き渡る。
 思わず大きな声のした方向をここにいる全員が見ると、そこには久保田の見知った人物が立っていた。その人物はかなり慌てているらしく、何か白い紙を持って久保田や刑事達のいる場所まで走ってくる。
 どうやら、また事件か何かが起こったようだった。
 
 「また犯人からの爆破予告状のようなものがっ!!!」

 そう言って高本刑事の前に差し出された紙には、確かに前に送られてきた爆破予告状と同じような印字で、 『パーティーが中止されたことを祝して、今宵の空に美しい花火を打ち上げることにした。警察の諸君もこのすばらしき祝宴と終焉をとくとごらんあれ』
と、書かれていた。
 それを見た高本刑事と杜刑事は、緊張した表情で顔を見合わせ合う。
 差し出された紙に書かれていた内容は、どう見ても爆破予告状としか見えなかった。
 「も、杜さんっ!!」
 「すぐに全員を避難させろっ! いつ爆破されるかわからんから急げよっ!」
 「はいっ!」
 「ちくしょうっ、ここまでやってまだやる気なのかっ!!」
 杜刑事にそう言われた高本刑事が、ホテル内の人間に避難を呼びかけるために走り出す。高本刑事に指示を出した杜刑事の方は、予告状を持ってきた男に怪しい人物を見なかったかどうかを尋ねた。
 しかし男が紙を発見した時には、辺りに人の気配はなかったらしい。
 いつまでたっても犯人のシッポをつかめないことにイライラしてか、杜刑事は頭をガシガシと掻きむしった。
 「本当に怪しい人物は見なかったのかっ?!」
 「えぇ…、私が従業員の男子更衣室でそれを発見した時には、中に誰もいませんでした」
 「爆破予告なんて、ふざけた真似しやがってっ!!」
 「それよりも、本当に爆破される前に避難をしないと危険です!」
 「そ、そうだなっ、事件の解明よりも人命尊重だっ!」
 「私もお客様に早くホテル内から避難するように誘導しますから!」
 「ケガ人を出さないように、速やかに頼むっ!」
 杜刑事にそう頼まれた男は深くうなづくと、ホテルの客を誘導するためにここから立ち去ろうとする。爆破予告が本当かどうかはわからなかったが、本当だった場合は避難しなければ取り返しのつかないことになるに違いなかった。
 しかしホテル内の客を助けようしている男を、さっきまで黙っていた久保田が呼び止める。
 呼び止められた男は急いでいるからと言って無視しようしたが、久保田は杜刑事の横をすぅっとすり抜けると男の手と廊下に置いてあった女神の彫刻の手に、冷たい感触のモノをガチャリとはめた。
 「どうしたんだ、久保田君? どうして俺の手に手錠なんかはめるんだ? 今はふざけてる場合じゃないんだぞっ!」
 杜刑事の懐から抜き取った手錠をかけられた男が少し怒った様子でそう言ったが、久保田は凍りつくような冷ややかな瞳でじっとその様子を眺めているだけである。
 男は久保田の瞳の冷たさに気づいて、ビクッと一瞬身体を振るわせると助けを求めるように杜刑事の方を見たが、自分の手錠を抜き取られたと気づいていない杜刑事は、オモチャの手錠か何かをかけたと思っているらしかった。
 しかしずっしりと重い手錠の感触で、かけられている男には本物だと言うことがわかるに違いない。男は手錠をかけられた手首を杜刑事の前に差し出すと、冷たい視線から目を背けつつも悪ふざけをしている久保田を非難した。
 「俺は君のことを、今時の高校生にしてはしっかりしていると思って関心してたんだが、それは見当違いだったみたいだな。こんな時にこんな悪ふざけをして、ただですむと思ってるのか? 君のことを見損なったよ…」
 そう吐き捨てるように久保田に言うと、男は懐から抜き取られていることを杜刑事に言って手錠をはずしてくれるように頼む。すると、杜刑事はそれが信じられないらしく慌てて自分の懐の中を探り始めた
 やがて杜刑事が手錠がないことに気づいて懐から小さなカギを取り出すと、男がホッとしたような表情を見せる。しかし、そんな男の顔を見るものをぞっとさせるような笑みを浮かべながら、久保田が覗き込んだ。

 「一緒に花火見物に行かない? ねぇ、野島サン」

 久保田のいつもよりも少し低い低音の声が、野島の耳元で囁かれる。するとその声を聞いた野島が、弾かれたように身体をビクッと振るわせて恐る恐る声のした方を向いた。
 何かを言うつもりで向いたのかもしれなかったが、野島の表情が恐怖を浮かべたまま凍り付いてしまっている。そんな野島の様子を見た久保田は、同じように固まっている杜刑事の手からカギを取ると、それを野島の目の前でヒラヒラと振った。
 「あんたの手から、絶対に手錠ははずれない」
 「く、久保田君…、本当にふざけてる場合じゃないんだっ。 早くしないとホテルが爆発したら君も俺も死ぬんだぞっ!」
 「へぇ、爆破予告を見ただけで死ぬって断言しちゃうんだ? パーティー会場で爆発音がした時は、冷静に疑われたくなければ外に出るなって言ってたのにねぇ」
 「あ、あの時は、イタズラだからたいしたことないと思ってただけだ…」
 「じゃ、今回もイタズラなんじゃないの?」
 「・・・・・・・・・・っ」
 久保田がそう言って野島と女神の間にある鎖を右手で撫でると、野島は青い顔をしてチラリと女神のもう片方の手が持っている時計にチラリと目を走らせる。
 それを見た久保田は、わざと男の目から時計を隠すような位置に移動した。
 「大島社長が殺害されたのは、爆破によって停電していたわずかな時間だった…」
 「それはそうだが、それがどうかしたのか?!」
 「停電の時間が犯行時間だけど、もしも爆発予告時間に大島社長が舞台の中央に立たなかったら?」
 「・・・・・・・・・」
 「大島社長が出る時間が少しでも遅れたら、この殺害計画は不可能になる。つまり大島社長が舞台に出る時間がわかっていたのは、その前にアイサツをしてたあんたしかいない」
 「なっ!?」
 「このパーティーに来るはずだった二ノ宮を、俺達を迎えに来るという口実を利用して同じ日に殺せたのもあんたしかいないようにね」
 「バカなっ、そんなのはただのこじ付けだっ!!」
 「じゃ、身体検査してみる? 爆破予告出したってことはもう持ってるよねぇ?」
 「一体、何の話を…」

 「かつて二人組みの強盗が盗んだ、涙色の宝石の話」

 久保田がそう言うと、野島が唇を噛みしめながらわずかに俯く。
 二人のやりとりを聞いていた杜刑事が、それは本当なのかと詰め寄ってきたが、久保田はそれを無視していきなり野島の足を横になぎ倒すように蹴った。
 「あんたの足元から人魚姫の泣き声…、聞こえてるよ」
 「・・・・・・っ!!」
 足を蹴られて見事に倒れた野島の靴を久保田が脱がせると、その中から青い石が廊下へと転がり落ちる。しかし久保田はそれを見もせずに倒れている野島の腹を勢い良く蹴り上げると、ちょうど左胸の心臓がある位置に足を乗せた。
 次第に力が加わっていく足に肋骨が軋まされて悲鳴をあげ、野島が苦しそうにうめく。
 このまま肋骨が折れると、心臓に折れた骨が突き刺さる可能性があった。
 「時任の居場所は?」
 「・・・・・・」
 「ここで花火見物したくなければ答えなよ」
 「・・・・どうせもう遅い、もう助からない」
 「居場所は?」

 「エレベーターはすでに故障させてあるし、カギは海に捨てたっ! だから俺がここに来た時から…、最初から最上階まであがって助けてる暇なんかなかったんだよっ!」

 そう野島が叫んだ瞬間、久保田の足の下にある肋骨の辺りが不気味なバキッという音を立てる。野島の凄まじい悲鳴が廊下に響き渡ったが、その悲鳴は地震のような振動と爆発音によって掻き消された。


                    
『降り積もる雪のように.18』  2003.1.25 キリリク7777

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