大島社長の娘、鷺島蘭の手から渡された新聞の切り抜き。
 それは昔の宝石強盗の記事だったが、なんの意味もないものをわざわざ切り抜いて本に挟んで取っておくとは考え難かった。
 久保田は四枚の記事を蘭の手から受け取ると少しの間それをじっと眺めていたが、いきなりその場から早足で歩き始める。けれどそれは時任を探しに行くためではなく、今回の事件を担当している高本刑事と杜刑事の所に行くためだった。
 時任がこの事件のことを調べていたのかどうかはわからないが、事件の新聞記事が見つかったことによって少しだけ事件の背景が見えくる。この記事が大島社長に関係があるとすれば、もしかしたら殺された原因は遺産目当て、島を荒らされた恨み、ワンマン社長ぶりがこうじて恨みを買ったことでもないかもしれなかった。
 つまり警察のしている捜査は、見当違いの所を探しているのである。
 久保田は杜刑事と話している高本刑事の所に行くと記事のことではなく、もっと別のことを尋ねた。
 「ここ最近、大島社長に接触のあった人物は何人くらいいます?」
 「ああ、それは今洗ってる途中だけど、会社の関係者以外は限られてるみたいなんだよ」
 「会社と親族関係以外の人間で接触があったのは?」
 「えっと…、二ノ宮という男だけだなぁ」
 「その二ノ宮って男は大島社長とは今は無関係だけど、過去にはありますよね?」
 「な、なんでそれを知ってるんだい?」
 「なんとなくですけど?」
 「…確かに過去には接点があるんだ。二人は高校の同級生なんだよ」
 警察が調べた所によると、二人は同級生だがそれほど交流があったわけではないようだった。
 しかし最近、なぜか大島の所に二ノ宮が尋ねてきたらしい。それがわかったのは、二ノ宮が大島の自宅ではなく会社の方に来たせいで、受付の女子社員がそれを覚えていたせいだった。
 話の内容まではわからないが、二ノ宮はかなり慌てていたという話である。
 だがこのパーティーの参加者の中には、二ノ宮の姿はなかった。
 久保田は二ノ宮の住所を高本刑事に尋ねようとしたが、その前に携帯の着信音が鳴る。
 すると高本刑事はポケットに手を伸ばして、携帯を取り出して通話ボタンを押した。

 「あっ、葛西刑事ですかっ、御疲れ様です…。はいっ、えっ、二ノ宮がっ!!」

 どうやら高本刑事の電話の相手は、久保田の叔父である葛西らしかった。
 しかも電話の内容からすると、大島社長と関係があると思われる二ノ宮の身に何かあったようである。高本刑事は一通り話を終えた後、チラッと久保田の方を見ると、葛西に甥がシーパレスにいることを言った。
 すると葛西が電話を代わるように言ったらしく、高本刑事は久保田に向かって携帯を差し出す。
 久保田は軽く礼を言うと、葛西と話をするたびに携帯を耳に当てた。
 「誠人か?」
 「どーも…」
 「ったく、事件なんかに巻き込まれやがって」
 「ワザとじゃないんだけどなぁ」
 「当たりめぇだっ」
 「・・・・・・で、話は?」
 「事件のことだが、大島と関係のあった二ノ宮って男…、殺されてるぞ」
 「それはいつ?」
 「今日だ」
 そう言った葛西の言葉に、久保田がわずかに眉をひそめる。
 大島社長が殺されたのと同じ日に、捜査線上に浮かんできた怪しい人物が殺されたのはあまりにもタイミングが良すぎた。これは、やはり無関係ではないと考える方が正しいだろう。
 しかし二ノ宮が殺されたことによって、捜査がまたふりだしに戻ったようだった。
 それは杜刑事と高本刑事が難しい顔をして、二ノ宮のことを話しているのを聞いていてもわかる。久保田も犯人は二ノ宮の可能性があると踏んでいたが、それは間違いのようだった。
 電話して来た葛西は二ノ宮の殺害現場にいるらしく、携帯の無効から様々な音が聞こえてくる。
 だが、その音を良く聞いてみるとその中に線路を走る電車の音が混じっていた。
 そのことが引っかかった久保田は、葛西に二ノ宮が死んでいたという自宅のアパートの住所を聞く。
 するとそのアパートのある場所は、朝、久保田を含めてツアー客が降り立った駅から徒歩五分の場所だった。
 「葛西さん…」
 「どうした?」
 「犯人捕まえたかったら、鷺ノ鳥島まで来た方がいいかも」
 「まさか犯人がわかったってのか?」
 「もう少し時間かかりそうだけどね…」
 「おいっ、誠…」
 葛西はまだ話をしたいようだったが、久保田は通話を切ると高本刑事に携帯を渡す。
 そして、再び殺害現場であるパーティー会場に向かった。
 それは犯行の証拠を見逃していないか、もう一度確認するためである。
 現場に到着するとすでに検証が終わっているようだったが、その入り口で首をかしげている警官がいた。警官は何かを探すように会場を眺めていたが、首をかしげている所をみるとそれが見つからないらしい。久保田がその警官に声をかけて見ると、警官はなぜこんな所に立っているのかワケを話した。
 「高校生の男の子がこの中で、色々調べてたはずなんだけどなぁ…。後で話すとかなんとか言ってたから、気になって戻ってきてみたんだけど…」
 「もしかして、猫っぽいカンジの黒い髪の子?」
 「猫っぽいっていうか、元気良さそうな可愛い感じの子だったよ。なんか探偵の真似事みたいなことしてたけど…、どこ行ったんだろうなぁ」
 「・・・・・・・」
 警官の話からすると、どうやら時任がここに事件を調べるために来たのは間違いないようである。
 しかし、それから姿が見えないとなると、事件に巻き込まれてしまった可能性がかなり高かった。
 そうなると、とにかく早く居場所を突き止めなければ時任が危ない。
 久保田は少し表情を険しくすると、警官に時任が見ていたというビデオを見せてくれるように頼んだ。
 それは、それを見た時任が何かわかった様子だったからである。
 見た目は冷静に事件だけを解決しようとしているように見えるが、それはこのまま闇雲に時任を探し回っても見つかる可能性が低かったため、事件を追う方が見つかる可能性が高かったからだった。

 「時任…」

 誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟いた久保田は、表情には出ていないのにポケットの中に入れている手がわずかに震えてしまっている。時任の姿が見えなくなった瞬間から、嫌な予感が頭をよぎる度に久保田の心臓の鼓動はその想いに合わせて早く鳴っていた。
 そこに時任が…、どこにいるのかさえわかればすぐにでも走っていけるのに…、焦れば焦るほど手がかりが遠のいていく気がして…。
 楢崎の事件を解決している間も、早く事件が終わればいいとそれしか思えない。
 時任と離れている時間が増えれば増えるほど、過ぎていく時間が胸に重くのしかかっていた。
 けれど今は無事でいることを信じて、なんとか犯人を突き止めて居場所を割り出すしかない。
 どんなに自分に怒りを感じても、どんなに焦ってもどうにもならない現実が目の前にあった。
 久保田はポケットの中で拳を握りしめながら、映し出されたパーティの映像にじっと視線を向ける。
 だがその様子を見ていた蘭は、久保田が冷静にビデオに見入っているのを見て唇を噛みしめていた。
 それは実は蘭が、新聞の切抜きを渡してからじっと久保田の様子を見ていたからである。
 ビデオが終わると、蘭が何か納得がいかない表情で話しかけてきたが、久保田はそんな蘭の方を少しも見ないで返事をした。
 けれどそれは他意があった訳ではなく、今は時任のことだけしか頭になかったからだった。

 「久保田さんは、時任君のことが心配じゃないんですか?」
 「・・・・心配してるよ?」
 「私にはとてもそんな風には見えないんです」
 「・・・そう」
 「貴方は時任君のことが…、好きなんだと思ってました。 いつもずっと時任君のことばかり見ていたから…。でもそれは私の思い過ごしだったんですね」

 蘭の口調は柔らかくてきついものではなかったが、少しだけ非難しているように聞こえた。
 そんな口調になってしまったのは、時任のことを好きだと思っていた久保田がこんな時なのにあまりにも冷静に見えるせいである。
 実は船が着いた時に、蘭は久保田が時任にキスするのを見てしまっていて…。その時から二人の関係が気にはなっていたが、それは出会った時から時任に淡い恋心を抱いてからだった。
 あの時、船の上から鷺ノ鳥島を眺めながら父親のことを思って暗く沈んでいた蘭は、時任に明るく声をかけられたことで少し気持ちが楽になったので…。
 いつも元気な時任といると、自分も元気になれるような気がしていた。
 だから、このツアーが終わっても一緒にいられたらいいのにと願っていたが、時任は久保田がそばにいなくなるとすぐに視線でその姿を探す。
 パーティー会場から時任を連れ出した時も、時任は久保田を呼ぼうとしていた。
 初めからわかってはいたが、時任が必要としているのは蘭ではなく久保田なのである。
 だが、久保田の方が時任のことをそんな風に思っていないのではと、蘭はいつもと変わらない様子でビデオ画面を見つめていたのを見て、そんな風に思い始めていた。
 蘭は調査のためにパーティー会場に入ろうとしている久保田の背中に、
 「私は事件の解決よりも…、時任君の方が大切だから探しに行きます…」
と、言い残してホテルの長い廊下を走り出す。
 すると、その言葉を聞いた久保田は蘭の方を振り返らずにその場に足を止めた。
 時任が大切だから走り出した蘭の足音を聞きながら…。
 そしてポケットから握りしめている手を出して、ゆっくりと震え続けている手を開くと…、久保田は苦しそうな色をした瞳でじっとそれを見つめた。

 「何よりも大切だけど、今は走り出せないから…、ごめんね…、時任」

 そう呟いた声は静かで落ち着いてはいたが、なぜか聞いていると胸が詰まりそうな声だった。
 まるで嫌な予感とその恐怖に耐えるように硬く握りしめると、久保田は再び歩き出す。
 だが、その歩調はいつものんびりとしている久保田らしくなく早かった。
 走り出したくても走り出せないのに…、胸の奥の想いが走り出そうとしてあがいている。
 蘭を助けようという時任の想いを尊重して、相方であろうとしていたが…、本当はそんなものはどうでも良かったのかもしれなかった。
 時任に軽蔑されてもどこにも行けないように、さらわれないように抱きしめてたかったから…。
 みっともなくてもなんでも、誰にも触れさせないように好きだと言って抱きしめて…。
 腕の中に閉じ込めれば…、その想いを殺さないでそうすればよかったのかもしれない。
 舞台の上を調べ始めた久保田は、早く打ち続ける自分の鼓動を聞きながらギリリと奥歯を噛みしめた。








 久保田と別れて時任を探すために走り出した蘭は、会場周辺を探し終えて自分達の部屋のある階に来ていたが、やはり手がかりになりそうなものはなかった。
 時任の部屋には伝言らしいメモも何も置かれていないし、誰かに荒らされた形跡もない。
 最期に時任を目撃したのはあの警官だったが、それからの時任の足取りはつかめなかった。
 ホテル内はかなり広いのだが桂木に話を聞いた従業員も探してくれているようなので、見つかるものなら、もう見つかっていてもいいはずである。
 しかし、桂木達から見つかったと言う連絡は入っていなかった。
 蘭は時任の部屋を探し終えると、ポケットから自分の部屋の鍵を取り出す。
 するともらった時のまま、部屋番号は XIのはずなのにIXと逆むきになってしまっていた。
 そのせいで来た時に、時任がいるX.の部屋を挟んで向かいにある楢崎の部屋と自分の部屋を間違ったのである。どうやら鍵を作るときにミスをしてしまったらしいので、蘭は鍵を返す時にそのことを言おうと思っていた。
 「推理小説だったら、何か意味があるのかもしれないけれど…」
 そんな風に呟きながら部屋番号の合わない鍵で、蘭が自分の部屋のドアを開けると、目の前に最後に見た時とは違う様子になってしまっているのが見える。
 ちゃんとドアに鍵をかけていたはずなのに、蘭の荷物は何者かによって荒らされてしまっていた。
 「これは…、どういうことなの…」
 どうやら空き巣に入られたようだったが、こんな風に荷物をあらされるような覚えは蘭にはない。
 とりあえず何か取られていないかどうか確認してみたが、荒らされているだけで取られた物は何もないようだった。
 蘭は警察にこのことを連絡しようと、再び自分の部屋から出る。
 すると、ちょうどそこを通りかかった時任と同じ高校の藤原と出会った。
 「貴方は確か時任君と同じ高校の…」
 「あっ、二年の藤原です」
 「もしかして、時任君を探しにここに?」
 「そうなんですよ〜。 まったく、どこに行っちゃったんですかねぇ?」
 「・・・やっぱり、まだ見つからないの?」
 「フロントから鍵を預かって、部屋を開けて回ったりはしてますけど…」
 「じゃあ、今持ってる鍵は?」
 「マスターキーですよ。ここから上に向かって部屋を開けていくように、野蛮でこわーい人に言われてるんですっ」
 藤原はそう言うと、マスターキーを持って全員の部屋を開けて調べ始める。
 だが、一つの部屋が広くはないので、全部調べるのに時間はあまりかからなかった。
 部屋が荒らされていたことが気にしつつも蘭は一緒に上の階へと時任を探しに行くことにしたが、それは一人で闇雲に時任を探し回るより、この方が見つかりそうだったからである。
 藤原の方も一緒に探していた相浦が、蘭の部屋のことを警察に連絡しに行ったので一人で困っていたようだった。
 「じゃあ、手分けしてがんばって探しましょう」
 「はいっっ」
 蘭はそう言いながら次々と部屋を調べ始めたが、少し藤原のことが気になっていた。
 実は社長室で久保田の腕にくっついていたのを見ているので、時任と久保田の関係を藤原に聞いて見たかったのである。
 しかし、いつそれを聞こうかと蘭が思っていると、逆に藤原の方から話しかけてきたのだった。
 「ちょっとつかぬことを聞きますけど、蘭さんは時任先輩のことが好きなんですよねぇ?」
 「えっ!?」
 「だって時任先輩と仲良さそうですし…」
 「まだ今日会ったばかりだから、仲が良いなんてわからないわ…」
 「そんなことありませんよぉっ。時任先輩だってまんざらじゃない様子だったじゃないですかぁ〜。 いっそのこと付き合ったらどうです?」
 そんな風にニコニコと微笑みながら、藤原は蘭と時任をくっつけたがっているようでしきりに時任と付き合うように進めてくる。少々、その進め方が強引だったので蘭が曖昧な答えだけを返していると、藤原は自分がうまく行くように手助けするとまで言ってきた。
 けれど、それはどう見てもライバルを蹴落とそうとしているようにしか見えなかったので、蘭は時任のことでなく久保田のことを聞く。すると藤原はうっとりとした瞳で、久保田のことを語りだした。
 「もうっ、カッコいいんですよねぇ…、なにをするのも仕草の一つ一つがスゴク様になってて…。あぁ〜、久保田先輩に抱かれるなら、僕は死んでもいいですぅ〜〜っ」
 「でも、時任君も久保田さんが…」
 「いっつも僕のジャマばかりするんですよっ、時任先輩はっ。けど、久保田先輩は相手になんかしてませんからっ」
 「えっ、そんな風には見えなかったけれど?」
 「それはぁっ、久保田先輩が優しいから相手あげてるだけですよっ。そうに決まってますっ」
 「・・・・・・・・そう」
 藤原の言うことはいまいち納得できない気がしたが、久保田が時任のことを想っていないのはさっきの態度からも明らかだと蘭は想っている。それは好きな人が犯人に捕まってるかもしれないのに、あんな風に冷静に事件を捜査はできないと想ったからだった。
 時任が無事でいてくれればと蘭は願っていたが、久保田はそんな風に想っていないように見えて…。
 それを見ていると、久保田のことを信頼している時任のことがかわいそうになった。
 「きっと楓と五月を捕まえたように…、犯人を捕まえることしか頭にないんだわ…」
 「えっ、なにか言いましたか?」
 「・・・・なんでもないから気にしないで」
 時任を必ず見つけ出して助けることを心に誓った蘭は、そう言うと早いスピードで藤原と一緒に部屋を調べていった。
 まるでそこにいるかもしれない犯人を追い詰めるように、上へ上へと…。
 途中でパーティーに来ていた客達ともすれ違ったが、帰れないことをイライラしているだけで、あまり危機感というものは感じられなかった。
 
 「ここで殺人事件が起こったなんて…、まだ信じられないわ…」

 藤原が鍵で開けた部屋を調べ終えた蘭が、廊下に出ながら深く息を吐きつつそう言う。
 しかしさっきまでいたはずなのに、廊下には藤原の姿が見えなかった。
 どこかに行ったのかもしれないが、蘭に何も声をかけずにいなくなるのはやはりなんだかおかしい。
 不審に思った蘭は藤原を探そうと、名前を呼びながら周辺を探し始めた。
 けれど、調べていた部屋のドア以外はどこも閉まっていて開かない。
 蘭は少しだけ廊下で考え込んでいたが、このことを桂木達に連絡することに決めた。
 そして今いる階から下へ降りようと、急いで廊下を走り出そうとする。
 だが、そんな蘭の肩を何者かの手がトントンと叩いた。

 「・・・・・藤原君?」

 てっきりいなくなっていた藤原だと思った蘭は、そう言ってから後ろを振り返る。
 しかし。そうしようとした瞬間に頭に強い衝撃が走った。
 「・・・・・・うっ…」
 頭を殴られて倒れ込んでいく蘭は、薄れていく意識の中で相手の顔を見ようとする。
 すると、ぼんやりとした視界に蘭の知っている顔が写った。
 「そ…んな…、まさ…か…」
 蘭は信じられない思いでその顔を見つめたが、遠のいていく意識を留めることはできなかった。
 まだ誰も使ったことのない部屋が並ぶこの廊下には人通りはなく、助けを呼んでもここからでは下の階までは届かない。
 この時すでに唯一同じ階にいた藤原は、蘭と同じように犯人に頭を殴られて気絶していたのだった。
 

                    
『降り積もる雪のように.16』  2003.1.21 キリリク7777

次 へ
前 へ