一緒にはいられないと、そんな風に言われるなんて思ってもいなかった。 学校での公務でも色々なことがあったが、久保田がそう言ったのは始めてのことである。 どうして今回に限って一緒にいられないのか、言いたくないセリフが一体なんだったのか、時任には全然わからなかった。 蘭に腕を取られていた時に少しだけ妙な雰囲気になったりはしたが…、それは腕に藤原をくっつけていた久保田の方も同罪である。それに今はそんなことを言ってる場合なんかじゃなくて、無実の罪を着せられようとしている蘭を助けなくてはならなかった。 けれどそう思うのはただ目の前で起こった事件を見過ごせなかっただけで…、今の気持ちは公務をしている時と何も変わりがない。 なのに時任の隣には、相方である久保田の姿がなかった。 「久保ちゃんのバカ…」 時任はここにはいない久保田に向かってそう言うと、少しだけ哀しそうな顔になる。 それは嫌いだとかそんな風に言われたわけじゃないのに、そう言われてしまった気分になっていたからだった。だからさっきから社長室を移動して一通り調査の終わったパーティー会場を調べているのに、浮かんでくるのは久保田のことばかりで少しも調査に身が入らない。 早く事件を解決したいと思っていても、ため息ばかりが口から出ていた。 社長室からパーティー会場へと移動したのは、やっぱり二つの事件に何か関連性があるかもしれないと思ったからだったが、今のところ少しも手がかりは見つかっていない。 久保田が隣にいないせいか、どうも調子が悪くて仕方がなかった。 舞台にあがってみたが、大島社長が立っていた辺りに傷な傷がついているのを発見したが、それが事件に関係があるのかどうかもわからない。 時任は小さくため息をつくと、舞台から降りてまだ数人残っている警察官に話しかけた。 「それってあのなんとかって記者のカメラ?」 「あれ、君はツアーに来てる子だったよね? なんでこんな所に入って来てるんだ?」 「まあいいじゃんっ。調査は終わってんだろ?」 「確かに終わってはいるけどなぁ…」 話しかけた警官は優しそうな物腰の柔らかい人物で、時任がカメラをのぞき込んでも何も怒鳴って追い出そうとはしなかった。 記者をしているという久木が設置していたビデオカメラと一眼レフのカメラは、両方とも殺人のあった舞台の方に向いている。だから警察の方でも何か写っているんじゃないかと期待したようだが、電気が消えて真っ暗になっているため、両方とも何も写っていないようだった。 時任がカメラのミニ画面で再生された映像を見ていると、野島の挨拶が終わって大島社長が舞台の袖から出てくる。しかし社長がマイクを握って何かを喋ろうとした瞬間に、辺りは真っ暗になった。 「写ってたら簡単なんだけど、そこまでマヌケじゃないよなぁ…、やっぱり…」 警官はそんな風に呟いていたが、ビデオを見ていた時任の視界には何か奇妙なものが見えていた。 それは社長が立っていた辺りに、黄色い光るものが動いているのである。 その黄色い光はそれほど大きくなくて、なんとなく光っている程度で発光していないから良く見なければわからないくらいのものだった。 時任はじっと画面に見入ってから、さっきまでいた舞台の上を見る。 そうしてから、ビデオを見てため息をついている警官に向かって、映像を巻き戻すように言った。 「えっ、巻き戻すのかい?」 「後で説明するから、巻き戻せってっ」 「まあ、巻き戻すくらいしてもいいけどさ」 警官は時任の言う通りに映像を野島の挨拶が始まる所まで巻き戻す。 すると再び事件前の状況が、くっきりと画面に映し出された。 長くもなくほどほどの時間で野島の挨拶が終わると、大島社長が出てくる。 そして差し出されたマイクを取るのだが、そのマイクには足下にコードがあるのにもかかわらずコードがついていなかった。どうやら足下のコードは、野島のマイクか何かに繋がっているらしい。 それから大島社長が口を開きかけた瞬間、電気が消えてぼんやりとした黄色い光が現れたが、その光はすぐに消えたが再び少し低い位置に現れている。 その位置は紛れもなく、大島社長が壁に寄りかかるようにして倒れていた場所だった。 「ちょっち聞いてみるけど、何か舞台の上で見つかったものとかある?」 「確か社長の持ってたマイクと、なんかのコードが一本だけあったよ。けど、凶器は舞台の下から見つかってるし、他には何もなかった…」 「そのマイクにコードは?」 「なかったと思うよ」 「・・・・・・死因はホントに矢だけ?」 「ああ、そうだよ。他の外傷は首と足に少し絞めた跡があったらしいけど、死因にはつながらないくらいのものだったらしいからね」 「足と首…って、ヘンじゃねぇ?」 「それはそうかもしれないけど、今のところは説明がつかないからなぁ」 そう言って警官は首を軽く横に振るとビデオカメラをカバンの中に収めて、それを持って出口の方に向かって歩き始める。 警官は途中で振り返って早く出るように言ったが、時任は生返事を返しただけだった。 しかしミステリーツアーに参加してる客と知っているからなのか、がんばれよと言い残してそのまま警官が黄色いテープを乗り越えて廊下に出る。 時任は誰もいなくなったパーティ会場で、ビデオの内容を思い出しながら舞台の袖を調べ始めた。 「考えてみれば矢は正面からとは限らねぇんだよな…」 そんな風に呟きながら調べていくと、舞台の袖の両端にある柱の部分の下の不自然な位置に、何かを引っ掛けられそうな鍵状の金具が取り付けられているのが見つかった。 その金具の部分には、何かを括り付けていた跡がある。 そして同じような金具は、遺体が寄りかかっていた壁からも発見された。 時任はその金具を調べ終えてから袖にある階段の下に立つ。 その階段はつけられている照明を修理するためや、劇の時に花吹雪を使ったり、何かを吊り下げたりする場合に使う足場に続く階段だった。 「まさかとは思うけどな…」 時任のした推理が当たっているかどうかは、この階段の上に証拠があるかどうかにかかっている。 一段ずつ足元に気をつけながら時任が階段を登っていくと、鉄の網で組まれた足場にたどり着いた。 この足場はあやまると舞台に落下する危険性があるので、下を見て少し息を呑むと時任は大島社長が立っていた位置まで歩き始める。 すると目の前に、時任があるんじゃないかと予想していたモノが現れた。 「ホントにあいつが犯人なのか…、だったら動機は…」 時任がそう言いながら眺めているモノは、パーティー会場のテーブルの下から見つかったのと同じボーガンだったのである。しかもそのボーガンには自動で巻き取りができるリールがついていて、そのリールが巻かれるとトリガーが引かれる仕組みになっていた。 つまりここにいなくても、リモコンか何かで操作が可能なのである。 おそらく犯人はテーブルの下にわざとボーガンを置き、凶器を発見させるように仕向けて警察の目をここからそらせたかったに違いなかった。 それは発見さえされなければ、後からでも余裕で凶器を回収することができるからである。 時任はボーガンと犯人と思われる人物のことを伝えるために、急いで階段を下り始めた。 「・・・・・・・さっきの警官、引き止めときゃ良かった」 人の良さそうな警官を引き止めなかったことを、少し後悔しながら階段を上ってきた時のように一歩ずつ時任が階段を下りる。 落ちないように気をつけて一歩ずつ…。 そしてあと五段くらいになった時、時任は背後に人の気配を感じた。 「なかなかいい所まで行ったがここまでだ、高校生探偵君」 「て、てめぇは…っ!」 その声を聞いた時任がとっさに身構えようとしたが、そうする前に頭に激しい衝撃を感じた。 時任は振り返って相手の顔を見ようとしたが、そうする間もなくすぅっと意識が薄れていく。 完全に意識を失う前に時任の唇が久保田の名前を刻んでいたが、いつもはいるはずの久保田の姿はやはりどこにも見当たらなかった。 |
『降り積もる雪のように.15』 2003.1.17 キリリク7777 次 へ 前 へ |