社長室で起こった楢崎殺害事件の関係者は社長殺害容疑とは別件なので、現場に集められたのはツアー参加者全員ではなく小城高校と少し関りのあった荒磯高校だった。 古城高校のメンバーは相変わらずのようで、楓はここに呼び出されても平然としているし、五月は拳をぎゅっと握りしめたまま沈んだ顔をして泣きはらした目をしている。 だが蘭が部屋に連れて来られた瞬間だけは、小城の雰囲気が少し変わった。 その変わり方を見ていると、やはり全員が楢崎殺害の犯人を蘭だと思っているのだということかわかる。今のところは蘭がやっていないという証拠がどこにもないのだから、それが態度に出るのは仕方ないのかもしれなかった。 しかし何か四人で計画まで立てていたことを知っているだけに、そんな四人の感情の裏をどうしても考えてしまう。もしこれが四人以外の手によるものだったら、きっと全員が今回の事件を内心では喜んでいるかもしれなかった。 「…で、君の言うように関係者を集めたが、本当に犯人がわかったのかね?」 「はぁまぁ…」 「はぁ…って、間違ってましたじゃすまないんだぞっ」 「わかってマス」 杜刑事にせかされて探偵のように状況説明を始めようとしたが、集まった全員を見渡して時任がいないことに久保田はすぐに気づいた。 どこか別の所を調査しているのかもしれないが、やはりどうしても気にかかる。 だからと言って今は時任を探しに行くことはさすがにできなかったが、殺人が二件も起きているだけに胸騒ぎがした。それはやはり、楢崎殺害の犯人がわかっても、大島社長殺害の犯人がわかっていないせいもある。 そして同じように蘭も落ち着きのない様子で部屋を見回していたが、それもやはり時任がいないことに気づいて視線で姿を探しているようだった。どうやら蘭は自分に容疑がかかってしまっている事件の行方よりも、時任の方が気がかりになってしまっているらしい。 そんな蘭に視線を向けるとやはり何か言いたそうな顔をしたが、久保田はそれを無視して時任のことを考えつつも、探偵のようではなく世間話でもするように話し始めた。 「ココで殺人が起こったのは見ての通りなんだけど、もしもこの犯行の動機が大島社長を犯人で楢崎に証拠をつかまれて脅されてたんだと仮定したとしても…、わざわざドアにカギして密室にまでした人間が指紋を拭き忘れたりするとは思えないんだよねぇ。 仮にもミステリーツアーに参加してるんだから、とっさでも指紋があっちゃマズイってくらいのことはわかるでしょ?」 「その意見はもっともかもしれないけど、そんなのはわからないじゃない? とっさにやったんだったら忘れることだってあるかもしれないわ」 「とっさに、ねぇ?」 「ひどく言い争いをしてたから、思わずカッとしてやったのかもしれないわよ?」 事件のことを話し始めた久保田に、やはり蘭が部屋が出てきたのを見たという楓がからんでくる。 推理マニアっぽい梶浦も何か言いたそうにはしていたが、楓の話に割り込むのはやはりできないらしく口をつぐんでいた。 楓は久保田が探偵のように現場に立っていることが気に入らないらしく、何かを言おうとするとそれを邪魔するように話の腰を折ろうとする。 だが久保田はそんな楓を気にせず、のほほんとした調子で話を続けていた。 「実は事件が起こる前にこの部屋に来たんだけど、カギはかかってなかったし、もしかしたら蘭ちゃんが部屋を出た後で誰かがこの部屋に入ってきたかもしれないよねぇ?」 「そんなことはあり得ないわ。ちゃんとカギはかかってたのは、フロントの従業員も開ける時に確認したはずよ」 「すでに自分でも確認済みだし?」 「そう言うことよ」 「なるほどね」 楓はそう言い切ると、久保田の方からじっと二人のやりとりを聞いていた容疑者になっている蘭に視線を移した。 すると蘭は、その視線を受けて楓に向かってハッキリと首を横に振る。 やはり大島社長が父親で憎んでいたということは認めたが、楢崎殺害の件については認めたりはしていなかった。証拠がそろいすぎてはいるが、刑事に向かっても無実を訴えている。 大島社長の件で楢崎に脅されていたのが動機だと楓は見ているようだったが、楢崎の方とは違って社長の方では犯行時間に蘭はパーティー会場にすらいなかった。 久保田は楓とのやり取りがいったん途切れると、今度は容疑者の蘭ではなく高本刑事に話しかける。杜刑事はそんな久保田の様子を、落ち着かない様子でじーっと見つめていた。 「ちょっと聞いて見たいんですけど、楢崎の頭はどれくらい殴られたカンジです?」 「頭蓋骨が陥没するくらい殴られてるけど、これは一回じゃなくて数回殴ってる」 「つまり明らかに殺意があったってことですよねぇ? ブロンズ製の時計が凶器だと、頭に一回当たれば脳震盪くらい起こしただろうし…」 「鷺島蘭の証言を考えると…、うーん…」 「襲われたんだとしたら、殺さなくても逃げる余裕くらいあるかも?」 「…って、なんで君が知ってるんだ?」 「俺と同じガッコの子に面会許可したでしょ?」 「ああ…、それでその話を知ってるのか」 「鷺島蘭が大島社長を殺したって証拠、何かあがってます?」 「いーや、親子だっていうのは親戚からの証言と戸籍で裏が取れたけど、今の所は殺害したっていう証拠は何もあがっていない」 そんな風に高本が言っているように、蘭が犯行時刻よりも前にパーティー会場から出ていたというのは親子の裏が取れたようにすでに証言が取れている。 そのため、楢崎に脅されての犯行という動機の面が薄れてしまっていた。 打ち所が悪くて楢崎が死亡してしまったのなら、とっさの事故とかそんなことも考えられるが、血を流している頭部の状態を見ると怨恨と言う言葉が浮かんでくる。小城高校の四人が楢崎にどんな弱みを握られているのかはわからないが、やはりそれがポイントになっているのかもしれなかった。 それがなんなのかも未だに不明のままだったが、殺人現場で不審な点はすでにいくつかあがっている。 やはり早く犯人を上げてしまうには、そこから攻めていくしかないようだった。 「もう一つ質問なんですけど…」 「なんだい?」 「時計に付着していた血は一部分?」 「指紋のある部分にしかついてないのが不思議なんだけど、そこしかなかったみたいだよ」 「じゃあ、ちょっと調べてもらいたいことがあるんですけど?」 久保田はそう言ってから高本刑事の耳にぼそぼそと何か言うと、高本刑事はそれを受けて何かをするべく殺人現場から出て行く。 それを見送ってから、久保田は再び全員に向かって話を始めたが、五月がやはりぎゅっと手を握りしめたまま楢崎のことでも思い出したのかまた泣き出し始めていた。 他のメンバーが楢崎をどう思っていたのかはわからないが、あの砂浜で話していたように五月は楢崎のことが好きだったのかもしれない。 だが、そんな五月を楓はさげすんだような冷たい目つきで見ていた。 その冷たい視線を感じた五月は少しおびえていたようだったが、そばにいた桂木がそんな五月を心配して元気付けている。しかし、五月は俯いて泣き崩れたままだった。 「今回の事件はすでに容疑者があがってるけど、良く見ると不審な点がかなり多いんだよねぇ? まず一つ目は時計についている血痕…。これが指紋の上に着いてるってことは、誰かが握った後に着いたものってコトでしょ? 犯人が凶器の時計を握って、楢崎に殴りかかったのなら血痕は握った部分の反対側、もしくは手か指につくことになる」 「それじゃあ、鷺島さんが犯人じゃないってことなの?」 「コレが凶器だとしたら、少なくとも部屋を出た後に誰かが来たコトになるよねぇ? わざわざ時計に血痕をつけた人物が…」 「それが犯人ってことになると…、それは誰よ?」 「さぁ、誰だと思う?」 桂木が犯人を聞いたが、久保田はまだ犯人が誰かということを答えない。 全員が久保田の話に耳を傾けていたが、やはり犯人が誰かと言うことは言わなかった。 しかし杜刑事から大島社長と蘭、そして母親の写真がうつっている写真を借りると、久保田はそれを蘭ではなく楓の前に差し出す。 写真には初めはわずかに血痕がついていたが、それは楓が拾い上げる時にハンカチでさわったために拭われてしまっていた。 「蘭ちゃんとは古くからの知り合い? 幼馴染みとか?」 「いきなり、事件と関係のないこと聞かないでくれないかしら?」 「ま、そう言わないでさ。これくらい答えてくれてもいいっしょ?」 「幼馴染だったら、少しは同情しろとでも?」 「同情したい?」 事件とは関係のない質問をした久保田に、楓はきつく睨みつけるような視線を向けている。 その瞳は、なぜか久保田を警戒しているようでもあった。 しかし楓はすぐに気を取り直して軽く肩をすくめると、ハッキリと首を横に振る。 四人のリーダー的存在なだけあって、やはり楓は他の三人よりも冷静なようだった。 「最近、知り合ったばかりよ。 蘭が推理研究会に入ってきたのはツアーの直前だったしね」 「へぇ、じゃあ良くわかったよねぇ」 「良くわかったって何のこと?」 「この写真を一目見ただけでこれが誰かってさ。 少し面影は残ってるけど、そんなに顔は大きく写ってないのに?」 「・・・・・ただの直感よ」 「そう」 「一体、なにが言いたいのよ?」 「べつに」 そんな会話をしながら楓は大島社長と蘭が写っている家族写真を眺めていたが、それはやはり久保田の言うように即座に蘭だとわかるような写真ではない。 その写真を見た楓は、久保田が自分に疑いの目を向けていることを悟ったようだった。 「そんなつまらない質問をするのは、私を犯人だって疑ってるからなのね」 楓はそう言って写真から久保田の方に視線を移したが、久保田は鑑識に写真を返しただけでそれには答えない。そんな二人を桂木がじっと見つめていたが、さっきまで俯いていた五月も握りしめた手にさらに力を込めながらようやく顔をあげてそれを見ていた。 事件の証拠としてあげられていたのは、指紋と楓の目撃証言。 しかし、楓の言ったことには実はかなり矛盾した点が多かった。 「じゃ、今度は隣の部屋に行ってみよっか?」 久保田はそう言うと、なぜか今度は事件とは関係のないはずの隣の部屋へと移動する。 そのことに誰もが首をかしげていたが、やはりその後に続いて部屋を移動した。 、移動した隣の部屋は言うまでもなく、さっき桂木といたツアー用に作られた偽の殺害現場である。 刑事の二人はなぜか部屋まで着いて来なかったが、楓や五月を初め全員がその部屋に集合した。 久保田は全員が部屋に入ったのを確認すると、部屋全体を見渡すように大きな振り子時計の前に立つ。そして、楓に見えるようにさっき探し当てた時計の戸をゆっくりと開け始めた。 「部屋は見たらすぐにわかるだろうけど、殺害現場とそっくりそのまま同じに作られてる。棚も机も装飾品も、そして凶器と同じ時計も…、でもたった一つだけ違う所があるんだよねぇ。まったく同じにしても良かったはずなのに」 「もしかして…、それって抜け穴なの?」 「犯行のためじゃなくて、本来はミステリツアー用に作られたものだけど」 「それじゃあ密室は通用しないってコトね?」 「ツアー用だからいずれはばれるってわかってても、犯人は密室作りたかったみたいだよねぇ?」 「アリバイを作るために、遺体の発見を遅れさせたかっただけだと思うわ。たとえば男と二人で部屋にいた誰かさんみたいに…」 楓は久保田の開けた戸を眺めると、そう言いながら蘭を見る。 しかし蘭は久保田の開けた戸の方まで歩いて言って、そこから隣の部屋をのぞこうとしていた。そこからはさっきまでは聞こえていなかったが、なにか言い争いをするような声が聞こえてきている。 その声は良く聞くと杜刑事と調べモノが終わって戻ってきた高本刑事のものだった。 『どうして、刑事である俺がこの部屋にいなきゃならねなねぇんだっ!!』 『まあまあ、杜さんっ。すぐに戻ってくるそうですからっ』 『だいたい、いくら葛西刑事の知り合いとは言っても、ただの高校生の一般市民だろうがっ!!』 『ですが、まだ正確な犯人はわかってないワケですし…』 『そんなのは鷺島蘭に決まってるだろうっ!!』 『はぁ…』 高本刑事の声はそれほどでもないが、杜刑事の声は普段から辺りに響き渡るほど大きいので叫んでいるとさらに大きい。 その二人の会話を聞いた蘭は、振り子時計のそばに立っている久保田の方を見る。 どうやら蘭は、久保田の言いたいことが少しわかったようだった。 久保田が視線だけで時計と皿の方を示すと、蘭は凶器に使われたものと同じ時計と皿を眺める。 時計は同じブロンズ製で、アンティークの皿にはロンドン塔の時計台が描かれていた。 そして時計にはやはりさっき見たように傷がついていたが、皿の方は向こうの部屋にあるものと違って割れたりはしていなかった。 「あの皿は、向こうの部屋では割れてたんだけど?」 「でも、私が部屋を出るときまでは割れてなかったような気がするわ…」 久保田の質問にそう答えたように、蘭が部屋を出た時点では皿は割れていなかったらしい。 しかし、現実に隣の部屋の皿は割れてしまっていた。 綺麗に描かれたロンドン塔がバラバラになるくらい見事に…。 久保田は皿のことを蘭に確認すると戸の向こうの高本刑事に手を軽く振って合図して、なぜかせっかく見つけた時計の戸を閉めた。 「さて、ちょっとココで質問。 今、隣の部屋で音楽かかってるんだけど、曲名当ててくれない?」 一人ではなく全員に向かっての質問だったが、誰もが即座に質問に答えることができずに首をかしげている。隣の部屋で音楽がかかっていると久保田は言ったが、そんな音は少しもこの部屋には聞こえてこなかった。 なんとか聞き取れないかとじっと耳を済ませている室田も、うなりながら考えて込んでいる。 しかし、聞こえないものは聞こえないのだから考えても仕方のないことだった。 「相浦…、なにか聞こえるか?」 「いーや、ぜんぜんっ」 「そういえば、これだれ海が近いのに波の音も聞こえない」 「もしかして…、防音壁か?」 相浦が言ったようにこの部屋の壁は泊り客が大勢出入りすることを見越して、実際に使っている社長室がうるさくないようにという配慮から、実は防音壁になっていたのである。 全員が相浦の一言でその事実に気づき始めると、楓が少しまずそうに顔をしかめた。 この壁が防音であることがわかった以上、言い争う声が聞こえたという楓の証言は嘘ということになる。だがそれがわかっても、まだ蘭の容疑が晴れたわけではなかった。 「防音だってわかったからって、それが何? ドアが開いてたから聞こえたかもしれないでしょ?」 当然、誰も隣でかかっている音楽が何かは当てられなかったが、そう言った楓はあくまで強気な姿勢をくずさずにいる。それは単なる意地なのか、それとも別な意味があるのかはわからなかった。 容疑者にされてしまっている蘭は楓の言葉を聞くと、久保田の閉めた振り子時計の戸を自分の手でゆっくりと開ける。 すると、そこから大音量のベートーベンの『運命』が流れてきた。 「楓…、あなたはここから私と楢崎君の話を聞いてたんだわ」 「どうしてそんなことがわかるの?」 「私が父親を憎んでたって…、それを知っていたからあんなことを言ったのよね?」 「憶測だけで、言わないでくれないかしら?」 「だって言ったじゃない…、『ドアをちょっと開けて廊下の様子を見た』って、それはドアが閉まってたってことでしょう?」 「・・・・・・・・・・」 「…楓」 振り子時計の戸をくぐれるのは、体格の小さい人間に限られる。 だが、ここから蘭と楢崎の会話を聞いていた楓なら十分にくぐれそうだった。 この時計の下に隠された戸から見えたのは、おそらく言い争っている蘭と楢崎で…。 そして、ブロンズの時計で蘭が楢崎を殴りつけるのを見ていたに違いない。 前から犯行を考えていた楓なら、とっさの判断で楢崎を殺そうとすることは状況からして十分に考えられた。 それは蘭の指紋の残ったこの部屋で楢崎を殺せば、簡単に蘭に容疑をなすりつけることができるからである。 楓は軽く自分の指を噛むと、鋭い目つきで蘭ではなく久保田を睨みつけた。 「状況証拠ばかりそろえても犯人はつかまわらないわよ、探偵さん」 「…って、探偵してるつもりはないんだけど?」 「じゃあ、なぜ貴方は私の前に立ってるの?」 「真実を追究するためじゃなく…、エゴに塗れた自分のために…」 「・・・・・それはどういう意味?」 「ま、簡単に言えば、早く事件を終わらせたいってコト」 「私に自白させたいんでしょうけど、物的証拠がなければ無駄よ」 楓は自分には犯行の証拠がないということに、自信があるようだった。 犯人がわかったところで、証拠がなければ捕まらない。 五月の隣でじっとしていた桂木が、少し心配そうな視線を久保田に送っていた。 それはやはりいつもと違って、久保田の隣にあるべき人物の姿がないせいなのかもしれない。表情には出ていないが、久保田が未だに現れない時任を心配していることは事実だった。 全員が固唾を飲んで久保田と楓の様子を見守っていると、そこへ調べ物を終えた高本刑事がやってくる。部屋の中に入ってきた高本刑事は、手帳を見ながら調べたことを言った。 「調べた結果は、君の言った通りだったよ。隣の部屋の時計からルミノール反応が出た。布で拭いてあるみたいだけど、それくらいじゃ血液反応は出るからね。それから、指紋の方もバッチリ取れたよ」 「…で、例のヤツは?」 「楢崎の血液型とは一致しなかった」 「やっぱりね」 ルミノールというのは血痕に吹きつけると血液中の活性酸素により酸化され、青紫色の蛍光が放出される液体で、その反応は近年のこういった事件調査に利用されている。 つまりその反応が出たということは、隣の部屋の時計が楢崎殺害に使われたということでもあった。指紋はまだ照合中だったが、これで容疑は隣の部屋にいたと証言した楓の方にかかってくる。 久保田は一通り報告を聞き終えると、じっと自分を睨みつけている楓に視線を向けた。 「楢崎になんの恨みがあったのかは知らないけど。二人が言い争ってるのを見た犯人は、とっさに鷺崎蘭の犯行に見せかけて楢崎を殺害する計画を思いついた。でも、その小道具になる蘭の使った時計は楢崎の近くに転がっていて取りにはいけない。 それにその時計を使ったら、あやまって蘭の指紋を消してしまう可能性があった。 だからわざわざココの時計で楢崎の頭を殴り、その後で血を拭って元に戻して、次に鷺崎蘭の使った時計にそれらしく血痕をつけた」 「・・・・・・何かの拍子に付いたかもしれないでしょう」 「だとしても、この部屋にあった時計の説明はつかないよねぇ? 凶器がすでに特定されることになるから、時計は血を拭き取っただけだったみたいだけど?」 「この部屋には全員が来たことあるんだから、指紋くらい出てもおかしくないわ」 「じゃ、もう一つだけ。 写真に付いてた血は誰の血でしょう?」 「・・・・・・・・・」 「写真を拾うフリして血を拭いたよねぇ? なんで拭いたのか教えてくんない?」 「それは…」 「頭部が何回も殴られてるってコトは、楢崎がなかなか死ななかったからでしょ? 割れてる皿って楢崎が抵抗した時に、それで自分を殺そうしてる相手を殴りつけたと見た方が自然だよねぇ? 皿なんかで殴られたら、時計でガードしても少しぐらいケガしたと思うケド? 時計にも傷が入ってるくらいだしね?」 久保田がケガのことを言うと、楓がギクッとした顔をして少し反応する。 しかし、楓の指にも手にも見た感じでは傷らしいものは見当たらなかった。 だが楓は睨みつけていた視線を少し和らげて肩から力を抜くと、久保田の前に両腕を差し出す。それは楢崎殺害を、自分の罪を認めたことを示していた。 「・・・・・うまくやったつもりだったけど。」 「ま、タイミングは良かったけどね」 「いつから私が犯人だって気づいてたの?」 「カギが閉まってたって言った時」 「どうして?」 「カギが閉まってることを確認するには、ドアノブをひねってみないとできないんだよねぇ? なのに、ドアノブにはアンタの指紋が一つもついてなかったから」 「じゃあホントに最初から…」 「けど、手錠は一つじゃないよね?」 久保田はそう言うと、なぜか泣き崩れている五月の方に歩み寄る。 そしてずっと手をぎゅっと握りしめたままで泣いている五月に向かって、 「ここに来てからずっと握ったままの手、ちょっと開いてみてくんない?」 と、そう言った。 すると五月は泣き晴らした顔で、じっと握ったままになっている自分の手見つめる。 まるでそこに何か入っているかのように握られた手は、握りしめすぎて白くなってしまっていた。 五月がその手を久保田の言葉に従ってゆっくりと開こうとすると、その間に割り込むように楓が立ちふさがる。まるで五月を守るように立った楓の表情は、今までの勝気で強気なものとはまったく違っていた。 五月は自分のしたことが明るみになっても冷静たったのに、今は歯を食いしばって本当に必死な顔をしている。そして今度は久保田ではなく、近くにいる高本刑事に向かって腕を差し出した。 「私を逮捕してください。私が楢崎を一人で殺したんですから…」 相変わらずしっかりとした口調だったが、どこか少し震えた声が室内に響く。 すると高本刑事が手錠を懐から取り出したが、、自供した楓の腕に手錠がかかるよりも早く楓の隣から手が差し出された。 それは今まで泣いていた五月の手で、それは未だ握りしめられていたままだった。 「な、なにやってるのよっ、五月っ!」 「だって…、楢崎君を殺したのは楓じゃないわ…」 「バカっ、それ以上は言ったらダメよっ!!」 「ごめんね…、本当にごめんね…。あの写真、私がわざと落としたの…」 「五月…」 「お腹の中の赤ちゃんにずっとあやまってるんだけど…。許してなんてもらえないから…、だからもういいの…」 そう言いながら、ゆっくりと開かれた五月の手のひらの中にはガーゼが貼られていた。 貼られていたガーゼを取ると、その下から痛々しい切り傷が現れる。 それは、やはり楢崎と揉み合った時にできた傷に違いなかった。 五月がその手をじっと眺めながら泣いていると、横にいた楓が哀しそうに瞳を閉じる。 お腹の中にいると言っている子どもは、楢崎との間にできた子どもだった。 おそらく、その事が楢崎を殺した理由におそらく関係あるのだろう。 桂木はそんな二人を見ながら深く息を吐くと、事件解決の糸口を作った久保田の方を見た。 だが、久保田は別のことが気になっている様子で、軽く桂木の肩を叩くと部屋を出ていこうとする。 すると、少し迷った様子だったが蘭もそれに続いて歩き出した。 「これ以上、何も起こらないことを祈りたいわ…、ホントにね」 部屋から出ていく久保田と蘭を見送ってから、桂木はそう呟くと楓と五月の方に歩み寄る。 五月は何度もごめんねと言いながら、まだ膨らんでいない自分のお腹を撫でていた。 |
『降り積もる雪のように.13』 2003.1.7 キリリク7777 次 へ 前 へ |