高本刑事の事情徴収で蘭が話したことは、確かに楢崎と自分が社長室にいたということだった。 実は社長室にいたのは楢崎に呼び出されたのではなく、蘭が社長室にいたところに楢崎がやってきたらしい。その話しを高本刑事に話した後、部屋から出てきた蘭に尋ねたのは、時任でも久保田でもなく桂木だった。 桂木は杜刑事に言われて現場から出ると、蘭と高本刑事の話しが気になって二人の後を追ったのである。事情徴収をしている部屋にはは入れなかったが、その後、高本刑事を拝み倒して、部屋から出ないようにと言われた蘭と話すことができたのだった。 「し、しかし、杜刑事からも言われてるし…」 「そんな硬いこと言わないで、ちょっとぐらいいいじゃないっ」 「そう言われても…」 「同じ年の子と話した方が、何かしゃべるかもしれないでしょっ」 「はぁ…、それはそうかもしれないけど…」 「じゃ、決まりねっ」 拝み倒すというより半ば強引に押し切ったという感じだったが、桂木は警察官が見張っているホテルの一室に入ると、蘭は少し沈んだ様子で椅子に座っていた。 桂木はすぅっと息を吸ってから室内に向かって歩き出すと、何かを考えているような表情をしている蘭に向かって声をかける。 すると蘭は桂木の方を見て、少しだけがっかりしたような表情をした。 その理由に心当たりのあった桂木は、吸っていた息を軽く吐くいてから蘭の前に立つ。 蘭は桂木が近くに来ると、自分の前にある椅子に座るように進めた。 「確か時任君と同じ学校の桂木さんでしたよね? どうぞ前に座って?」 「ええ、ありがとう。遠慮なく座らせてもらうわ。話したいことが沢山あるし…」 「それは事件のこと?」 「…それもあるわ」 桂木はちょっと何かを含んだような言い方をすると、蘭はそれが何のことなのかわかっているらしく少し複雑そうな顔をしている。しかしそんな表情になっている理由は、今回の楢崎の事件についてのことではないことだけは確かのようだった。 楢崎の殺害現場にいる時よりも、蘭は落ち着いた様子になっている。 桂木はゆっくりと椅子に腰かけると、今回の事件について話を始めた。 「遠まわしに聞いてもいいんだけど、面倒だから単刀直入に言うわ」 「えぇ…」 「なぜ、あんな所で楢崎と一緒にいたの?」 「本当は用事があってあの部屋に、一人で行ったのよ。そうしたら、楢崎君がその後を追いかけて部屋に来たから…」 「二人で言い争いをしてたのは?」 「それは楓の言った通りで本当のこと。楢崎は私が犯人じゃないかって疑ったのよ」 「犯人って…、大島社長の」 「確かに憎んではいたけれど、殺そうなんて考えたことはなかった…」 「けど、なんで楢崎はあなたが犯人だなんて、そんなこと思ったのかしら?」 「それはコレが原因よ」 蘭は桂木にそう言うと、首にしていたネックレスをはずす。 すると、そのネックレスには大きさの違う二つの指輪がついていた。 大きさからすると男物と女物と言った感じで、その内側には両方とも文字が彫られている。 この指輪は、どう見ても結婚指輪にしか見えなかった。 桂木が蘭の手のひらに乗った指輪を見ていると、蘭はその指輪をゆっくりと前にあるテーブルの上に置く。そして悲しそうな表情になりながら、ゆっくりと口を開いた。 「楢崎君は私がネックレスに指輪をしてるのを知っていたの。だから舞台で指輪を拾った時に、私が落としたものだと勘違いしたみたい。私は自分のじゃないって言ったんだけど、それを証拠として警察に渡してやるって言ってたわ」 「もしかして、それをネタに脅されたりした?」 「・・・・・ええ」 蘭は言いワケをするつもりはないようで、楢崎に脅されていたことを素直に認めている。 この様子だと、高本刑事にも同じように話しているに違いなかった。 指輪をネタに楢崎に脅されて、あの部屋で襲われかけて…、とっさに時計で殴ったことを。 しかし蘭が襲われて殴ったのは、頭ではなく肩だったらしい。 つまり、蘭が与えた傷では致命傷にはならないということだった。 その話を聞いた高本刑事が楢崎の腕を調べた時、やはり蘭が言うように楢崎の肩には何かで打たれた青い痣があったが、やはり時計から出た指紋は蘭と社長のものしかないので、頭の傷も蘭がやったということになってしまっている。 言い争いをしていたことと、時計で殴ってしまったこと…、どう考えて見ても不利な条件がそろい過ぎているので、ここから無実を証明するのは難しいに違いなかった。 桂木は蘭が犯人だと思っている訳ではないが、時任のように完全に何の疑いももっていないわけではない。じーっと蘭の方を見つめると、桂木は蘭の両親のことについて尋ねた。 すると蘭は更に悲しそうなくらい表情で、 「指輪はここにあるけど、両親はもうずっと前に離婚してるの」 と、言って小さく息を吐く。 舞台に落ちていた指輪は、蘭ではなく大島社長が持っていたものだった。 その指輪なぜ床に転がっていたのかはわからないが、楢崎が指輪を拾ってしまったのは本当に偶然のことだったらしい。 もしかしたらだが、楢崎は大島社長の指輪を拾わなければ社長室に行くこともなく、まだ殺されてなかったかもしれなかった。 「なぜ大島が…、あの人がこの指輪を持ってたのか知らない。だって大島はお母さんを捨てたんだから…、こんなモノ持ってるはずなんかないのよ…」 「込み入ったことを聞いて悪いけど…、なんで離婚したのか聞いてもいいかしら? 答えたくなかったら答えなくてかまわないわ。いくら事件に巻き込まれてるって言っても…、それは鷺島さんのプライベートなことだもの」 「ありがとう…、桂木さん。でも私、たぶん誰かに話したかったんだと思うから…」 「でもそれは私にじゃないでしょう? いいの話しても?」 桂木がそう言うと、蘭はそれには何も答えずに自分の両親のことについて話し始める。 蘭の父親はパーティー会場で殺害された大島社長、そして母親はここの島の出身で鷺島静子という名前だった。 母親は高校を卒業するとすぐにこの島を出たが、その時に就職した就職先が大島社長の父親の経営する建設会社だったらしい。しかし、事務員としてしばらく働いていたが、社長の息子の成明と結婚して会社をやめたのだった。 「…けど、お母さんは社長の息子だからって結婚したんじゃないわ。本当にそんなんじゃなかったの。その頃、会社の経営は行き詰まってて…、かなりの借金もあったらしいから」 「でも、今はこの不景気な世の中だっていうのに、ずいぶんうまく行ってるみたいだけど?」 「私もくわしいことはわからないけれど自分が社長になってからしばらくして、大島はあんなにあった借金を短期間の間に返したらしいの」 「それはいいことなんじゃない?」 「そうかもしれないわ。でも、それからあの人は変わってしまった。金遣いが荒くなって、母じゃなくて別の若い女の人と暮すようになって…、しばらくしてその人と結婚するために母と離婚したのよ」 「だから…、恨んでたの?」 「いいえ…」 蘭の話しの内容を聞いていたら、憎んでいたという蘭の理由は父親が母親を捨てて他の女に走ったことのように思える。だが、桂木がそう言うと蘭ははっきりと首を横にふった。 そんな蘭の様子を桂木が黙って見守っていると、蘭は二つの指輪をテーブルから拾い上げて再び手のひらの上にのせる。 すると二つの指輪は、蘭の手のひらの上でぶつかって小さな音を立てた。 「離婚したのは私が3歳くらいの頃だったから、あの人の顔なんて覚えてないの。中学生になった時、母から事情は聞かされて写真を見せられたけど、それでも今まで二人で暮して来たから父親なんて初めからいないって思ってた」 「…だったらどうして?」 「私のために朝も夜も働いて…、疲れ切ってお母さんが死んだ時…。あのヒトが墓参りに来てるのを見たからよ…。母の墓石に向かって…、あやまってたわ…」 「・・・・・・・」 「その時、始めて憎いと思ったの…。許されようとしてるあの人のことが…」 そこまで話すと蘭は息を詰まらせたように、少し黙って手に持っていた指輪をぎゅっと握りしめる。 けれどその手のひらの中の指輪の持ち主は、すでに二人ともこの世にいなかった。 蘭は父親を憎んでいたのかもしれないが、その父親が殺されたことによって本当に一人きりになってしまったのである。 けれど、蘭自身がそれに気づいているかどうかはわからなかった。 桂木は少し考えるように蘭の握りしめた手を見つめたが、ここでどんな言葉を言えばいいのかといくら考えても、蘭のことを何も知らない自分に言えることは何もない。 だから、今はただこうして話しを聞いていることで、少しでも蘭の気持ちが楽になってくれること祈るのみだった。 最初に桂木が言ったように、おそらく蘭はこの話を時任にしたかったに違いないが、時任はまだ現場に残って何か事件について調べているようである。 桂木は蘭のことを少し見つめてから、楓が言っていた部屋でのことを尋ねた。 「楢崎君が部屋に来たのは、あなたの後を追ってきたっていったけど…。あなた自身は何をするために社長室に行ったの? 何か用事があるって言ったわよね?」 「それは…、指輪の他にも何か持ってるかもしれないって思って…」 「・・・あの写真?」 「本当に持ってるなんてウソみたいだけど…。本棚の奥の海の写真の本の間に…」 「楢崎君には、何も話さなかったの?」 「全部、あの部屋で話したわ…。でも、楢崎君はウソの証言をするって言ってきたの。でも、あの時はちゃんと生きてた…、腕にケガはしたかもしれないけど生きてたのに…」 「ドアの鍵は?」 「開けたままで出たわ。最初から開いてたから…」 「・・・・・・そう」 蘭が話していることが本当だとしたら、誰かがその後で部屋に鍵をかけたということになる。 楓の言ったテことが本当なら誰にでも密室が作れたということになるが、そんなことをする必要がある人物がいるとは思えなかった。 蘭が部屋を出た後に楢崎を殺害したなら、逆に密室にする必要はまったくないのである。 放っておいても指紋が時計についているので、容疑者の中に蘭の名前があがることになるだろう。 蘭は時計で殴られてうなっている楢崎を置いて、それからすぐに時任を探すためにパーティー会場に行ったようだった。 「あの…、桂木さん。今、時任君はどこに?」 「・・・・・・たぶん、まだ社長室で何か調べてると思うわ」 やはりここに来ていない時任のことが気になるのか、蘭はそう桂木に尋ねる。 時任の名前を言って少し心細そうな顔をしているのは、蘭が時任のことを心の支えにしているからなのかもれしなかった。 一日に人が二人も殺されるという異常事態で、その内の二人ともが蘭に関りのある人物で…。 しかもその中の一人が自分の父親だということに、ショックを受けていて誰かの支えを必要としているのはわかるが、なんとなく時任にすがっている蘭を見ていると何か言いたくなってくる。 桂木は立ち上がって色々話してくれたことに礼を言うと、手を伸ばして軽く蘭の肩に触れた。 「鷺島さん…。あなたは蘭って呼ばれてるけど、毛利蘭じゃないから…」 「えっ…?」 「だから、ここには工藤新一もコナン君もいないのよ。それだけは忘れないで…」 桂木のその言葉を聞いた蘭が、何か言いたそうな顔をしている。 しかし、桂木はそんな蘭の言葉を待つことはせずに、ゆっくりと触れていた肩から手を離すとそのまま歩いて部屋を出た。 「まったく…、自分のおせっかいさにはあきれるわね…」 そう呟きながら桂木は廊下を歩き始めたが、やはりあまりあんなことを言った後は後味が悪い。 人の恋路に関りたくはなかったが、桂木の目には蘭が時任に恋してるようには見えなかった。 多少そういった面は本当にあるのかもしれないが、今はどう見てもただ誰かにすがりついていたいというだけにしか見えないのである。 桂木はそんな風にしか見えない自分にため息をつきながら、時任と久保田がまだいると思われる社長室の方に向かった。 ブラインドの引かれていない窓から見えるのは月の出ていない暗い空ばかりで、その暗闇はどこまでも深く続いている。外の小波の音は室内まで聞こえては来ないが、壁一面にある窓から外を眺めているとその音が聞こえてくるような気した。 けれど、そんな暗がりとは無縁の明るい部屋の中で、久保田は殺害現場でもなんでもない隣の部屋をさっきからあちこち調べて回っている。 時任に何か調べてわかったら知らせると言っていたが、調べているのはツアーの時にもらったマンガに書かれている現場なので、実際には誰にも殺されていない場所だった。 「うーん…、あっちもこっちも密室ねぇ?」 久保田はそう言いながら、架空の遺体が倒れていた場所に立つ。 するとその遺体の正面に見えるのは出入り口のドアでも、暗闇に包まれた窓でもなく…。 殺害時間のままで止められたままになっている、大きな古い振り子時計だった。 マンガの設定ではその振り子時計の時間が、数分遅れていることになっている。 久保田はチョークで印のついているディスクから振り子時計の前まで歩くと、一部分がガラス張りになっている振り子の収まっている部分を開けたが、別にそこが開くことは珍しいわけではない。 振り子時計は文字盤も振り子の部分も、正面の部分が明けられるようになっているのが普通だった。久保田がガラスの着いたフタの部分がなくなって、良く見えるようになった振り子をじっと眺める。 すると、その後ろから聞き覚えのある声がした。 「そんな時計なんか眺めて、なにやってんのよっ。ここはホントの現場じゃないのに」 「ま、それはそうなんだけど…」 そう答えながら久保田がチラっと視線だけで横を見ると、そこには部屋に戻ったはずの桂木が立っている。どうやら、桂木も事件のことが気になっているらしかった。 桂木はなぜか少し複雑そうな顔をしていたが、それについて何も聞かずに久保田が時計の中をのぞき込んで探る。 するとそんな久保田に向かって、桂木はさっき蘭から聞いたと言う話をし始めた。 だが、久保田はその話の途中で、時計を調べるのをやめて桂木の方を向く。 それは蘭から聞いたという話をするべき相手が、本当なら違っていたからだった。 「ホントなら、話すのは俺じゃなくて時任でしょ?」 「えっ?」 「あのコがそれを話したいって思ってたの、俺じゃなくて時任だから…」 「・・・・・・やっぱり、わかってるのね?」 「べつになにもわかってないけど?」 「そうやって知らないフリするつもり?」 「なんのコト?」 いつもと同じとぼけた感じの久保田の返事を聞いて、桂木が小さくため息をつく。 だが、久保田は蘭のことについてそれ以上は何も言わなかった。 ストップをかけられたことで少し迷ったようだったが、桂木は結局、最後まで蘭から聞いたことを久保田に話し始める。 すると久保田は、その話を聞きながら再び時計の中を調べ出した。 しかし、桂木の言っている意味が本当にわかっていないのではなく、きちんと理解していて知らないフリをしている。そのことを桂木もわかっているが、やはり今回の件ではさすがに言うべきかどうかを迷っているようだった。 今回のことを利用して時任の気を引こうとしているのならまた意味は違ってくるが、そういう見方をしてしまうほど蘭に悪い印象はない。だからこそ、時任も純粋に助けたいという気持ちで、ああやって隣の部屋で無実の証拠を探そうとしているのだった。 だが、その理由の中に蘭が女の子だからということが、多少、時任にはあったのかもしれない。 それは時任がなんのかんの言いつつも、女の子には優しいし甘いところがあるからだった。 何があっても女の子を殴ったりしたことはないので、さっきは楓に手をあげようとしたしたが久保田が止めなかったとしても自分で思い留まっていたに違いない。 そうすることがわかっていながら久保田が時任を止めたのは、自分で止めるよりも人に止められた方が気分的に楽だろうと思ったからだった。 「やっぱりちょっと苦手かも…」 「なにが?」 「オンナのコ」 「それって、時任が女の子に優しいから?」 「強くてずるくても…、卑怯じゃないから…」 「・・・・・・・」 口元にわずかに苦笑を浮かべながら久保田がそう言うと、桂木はそれきり黙って何もいわなくなった。複雑な感情の入り混じった桂木の視線を背中に感じながら振り子の入っている中を調べると、上の端の辺りに一本の留め金がついているのが視界に入る。 久保田はその見つけた留め金を外すと、手で中の壁に面している板の部分をゆっくりと横にずらす。 すると動かないはずの板が、横の壁の中に少し入り込んだ。 どうやら時計の壁に接続している部分は、壁ではなく横引き戸になっていたらしい。 その状態で戸の開いた部分から向こう側を眺めると、そこからは隣の部屋の殺害現場がガラス越しに見えていた。 つまり鏡のように振り子時計がつけられていた理由は、振り子時計の中に隠し戸を作り、二つの部屋をつなぐためにつけられていたのである。 『指紋はやはり、大島社長と鷺島蘭のものしかでませんね…』 『そりゃあ犯人の指紋しかでないに決まってるだろうっ!』 『しかし…、どうも何か供述が引っかかるんですよねぇ』 『単なる言い逃れじゃないのか?』 『確かに憎んでいた父親を殺して、その証拠を楢崎に握られたから楢崎も殺したというのは、動機としては十分ですが…。パーティの時、鷺島蘭は会場の外にいたんですよ?』 『そう見せかけて、中に戻ってたのかもしれないだろう?!』 『はぁ…』 『とにかくっ、楢崎殺しの方は証拠がかたまってんだから、そっちで先に逮捕状を取れっ!』 戸を開けるまでは全然何も聞こえていなかったが、時計の中の引き戸を少し開けたことによってそんな風に杜刑事と高本刑事の声が聞こえきた。杜刑事の方は声が大きいので、聞きようによっては高本刑事と言い争いをしているようである。 あの時に蘭と楢崎が言い争いをしていたのだとしたら、おそらくこんな感じなのかもしれなかった。 振り子の部分は時計が大きいと言っても、それほど大きすぎるというワケではない。 なので、久保田くらいの身長になるとここから向こうの部屋に出ることはできなかった。 「まさかこれって…、ツアーのトリックのためのヤツなの?」 「だぁねぇ」 「じゃあここが密室じゃなかったってことは、犯人は…」 「これだけじゃまだまだダメっしょ? 知らなかったって言われたらそれで終わりだし」 「でも、グズグズしてたら本当に鷺崎さんが捕まっちゃうわよっ」 「探偵役は俺じゃなくて、時任だから」 「こんな時に、なに言ってんのよっ」 桂木にどやされながらじっと部屋の様子をそこから眺めたが、かがまないと中には入れないので、どうしても視界が狭くて良く見えない。しかし下に敷かれている高そうな絨毯の上を眺めていると、そこに何か破片が散らばっているのが見えた。 楓が何か割れる音がしたといっていたのは、おそらくこの破片のことに違いない。 何が割れたのかわからなかったので、ツアー用の殺人現場の方を見てみるとそこには何かアンティークの皿が飾ってあった。 そしてそこから少し離れた場所には、やはり犯行に使われたものと同じ置時計も置かれている。 久保田は振り子の中から出ると、その置時計のそばまで歩み寄った。 すると、楢崎殺害に使われた凶器と同じ時計を、久保田が見てると同じように桂木もその時計を見る。二人の視線の先にある時計は、殺害現場の時計には傷がついていなかったのに少し傷がついていた。 「…なるほどねぇ」 「何かわかったの?」 何がわかったのか聞きたそうにしている桂木に何かを頼むと、久保田が廊下に出て時任の姿を探したが、なぜかどこにも見当たらない。 もしかしたら、トイレにでも行ったのかもしれなかった。 久保田は仕方なく一人で殺害現場である社長室に行くと、相変わらず大声で叫んでいる杜刑事と人は良いが気の弱そうな高本刑事を呼ぶ。 そして、時任が言うはずだったセリフをその二人に向かって言った。 「楢崎殺害の犯人がわかっちゃったんで、今からここに事件の関係者を集めてください」 だが、現場に容疑者である蘭を初め古城と執行部のメンバーがそろっても、一番、蘭の無実を晴らそうとがんばっていた時任だけが、いつまでたっても現れなかった。 |
『降り積もる雪のように.12』 2002.12.30 キリリク7777 次 へ 前 へ |