私立荒磯高等学校というのは、元男子校である。
　それ故に、いまだ男子校時代の名残りを残している面も多々あったりするのだった。
　その中には必要ないと思われることがあるわけなのだが、なぜか現在も廃止されることなく続けられているものもある。
　校内にいくらでも女子がいる現在には必要ないと思われる行事。

　それは写真部主催の女装コンテストである。

　誰が始めに言い出したかは知らないが、一応伝統ある行事というやつで、今年も行われることになっていた。
　クラスごとの選出だと自分のクラスに入れる者が多いため、クラブごとで出場者を出すことになっている。優勝したクラブには、今年度の予算にプラスアルファが出ることもあって、コンテストは毎年白熱した戦いになるのだった。




　「はーい、こっちに注目〜！！」
　放課後の生徒会室で、それぞれのすることに没頭していた執行部員の面々は、入ってくるなりそう言った桂木の方を一斉に向いた。
　全員の顔になんだろう？と書いてある。
　桂木は全員が注目していることに満足そうにうなづくと、一枚の紙を前にずいっと差し出した。
　それは、女装コンテストのチラシだったのである。
　「女装コンテストに出場したいヤツは手をあげなさい！」
　『女装コンテストー？！』
　一人を除いた全員の声がハモる。
　けれどそれに構わず、桂木はチラシを机にバシッと置いた。
　「優勝したら、壊した備品の費用を大目に見てくれるって話になってるんだがら、意地でも優勝するのよっ！」
　桂木は完全にやる気になっている。
　その原因はやはり、最近公務中に破壊する備品の数が増えているからだろう。
　壊した備品の請求書を整理しながら、桂木がイライラしているのを、執行部員全員が目撃していた。
　「誰でもいいから手をあげなさいっ」
　桂木が命令口調で迫るが、内容が内容だけに誰も手を上げない。
　こういう行事があると知ってはいても、やはり自ら進んで出ようという気にはならないだろう。例外はあるかもしれないが…。
　「お、俺はとりあえず除外だよなっ。出ても優勝できなきゃ意味ないし」
　室田が筋トレしながらそう言うと、時任と相浦がそれを睨みつける。だが、室田の言うことは間違っていないので何も言いようがなかった。
　確かに、室田の女装は見たくないし、想像したくもない。
　恐すぎる。
　と、なると、残りのメンバーから選出しなくてはならないのだが、誰を選ぶかというのはかなり難しかった。
　身長の低いヤツと言うなら、久保田を除いて全員がまあまあ耐えられる身長。
　顔のレベルもそれなりに高い。
　「誰がいいかしらねぇ」
　そう言いながら桂木がふふふっと笑う。
　その視線は室田以外のメンバーをじ〜っと眺めていた。
　「お、俺は絶対でませんからねっ！」
　桂木と目の合った藤原が慌ててそう言ったが、
　「アンタに出てくれなんて言わないわよ」
と、当たり前みたいに桂木が言った。
　自分の容姿に自信がある藤原は、桂木の発言にムッとした顔をした後、この話に興味がなくなったらしく、雑誌を読み始めていた久保田のところに歩み寄る。藤原の気配に気づいていないはずはないのだが、久保田は雑誌に視線を落としたままだった。
　「俺、久保田先輩が出ろって言うなら、出てもいいですっ」
　うるうるした目で藤原が久保田にそう言ったが、久保田は煙草の灰を携帯灰皿にポンと落すと、
　「いいよ、別に」
と、面倒臭そうに言った。
　「く、くぼたせんぱーいっ！！」
　久保田の素っ気無い態度に藤原が涙していると、近くにいた時任がその頭をバシッと殴る。かなりいい音がした。
　「誰もてめぇの女装なんざぁ、見たかねぇんだよっ！」
　「それを言うなら、時任先輩の方でしょうがっ！！」
　「なにぃっ！！」
　二人とも怒る場所を間違っている。
　お互いに自分を美少年だと思っているため、見たくないと言われれば逆に意地になってしまう。時任と藤原は完全に墓穴を掘りあっていた。
　「ぜってぇ、てめぇの方が似合わねぇっ！！」
　「時任先輩の方がブサイクに決まってますっ！！」
　「ブサイクなのはてめぇだっ！！！」
　埒のあかない争いが生徒会室で展開されている。
　桂木はそんな二人の間に立つと、ハリセンを思いっきり振り上げた。
　「うっさいわねぇっ！！」
　パンパパーン！！
　「いってぇ！　何すんだよ、桂木！」
　「痛いじゃないですかっ！」
　時任と藤原が同時に桂木を睨みつける。
　だが、桂木は腕組みをして不敵に笑っていた。
　「そんなに言うなら、どっちが似合うか勝負なさいよ。はい、コレが申し込み書。とっとと名前書いてよね。出してくるから」
　時任と藤原の前に申込書が差し出される。それを見た時任は、二、三歩後方へと下がった。
　「な、なんで俺が出なきゃなんねぇんだっ！！」　
　「だって、藤原より自分の方が似合うと思ってんでしょ？　それに、コンテストに参加しなきゃらならない理由考えたら、時任が出るしかないわよね。壊したのはほとんどアンタが原因なんだから」
　「そんなんアリかよっ！」
　「この請求書の山を見てなんとも思わない？　なんとも思わないなら、私にも考えってものがあるわよ」
　「俺様をおどす気かっ」
　「頼んでるだけじゃない」
　「どこがだっ！」
　しばらく言い争いを続けていたが、請求書の山を突きつけられてはどうすることもできない。実際、この山の80％は時任が作ったものだった。
　かくして、時任と藤原は女装コンテストに出場することになったのである。




　今年も開催が決定した女装コンテストだったが、当日だけ女装というワケではないのが荒磯高校のコンテストの特長だった。
　以前はそれぞれ自前の服だったが、授業に差し支えるということで、現在ではコンテスト出場者には女子の制服が配られる。つまり、コンテストの三日前から、女子の制服を着て登校しなくてはならない。

　いよいよ訪れたコンテストの三日前。
　久保田家は朝からかなり騒々しかった。
　
　　「ううっ…、やっぱヤダ！！」
　
　当日になってから、女子の制服を前にして、時任は頭を抱えていた。
　藤原と言い争いはしていたものの、別に着たかった訳ではない。
　本当は死んでも着たくないとか思っていたのだが、自分で自分の首をしめてしまった結果、こうなってしまった。
　けれど、どちらにしろ時任が出ることになったような気がしなくもないが…。
　「コレ着ないと棄権になっちゃうよ？」
　制服を前にして苦悩している時任を見た久保田が、そう言いながらすでに制服に着替えた姿でやってくる。無表情でハンガーにかかっている制服のスカートを軽く久保田がめくると、時任が顔を真っ赤にして怒鳴った。
　「め、めくるなっ、バカ！！」
　「なんで？」
　「なんかやらしいっ！」
　「ん〜、純情だねぇ。かわいいなぁ、時任クン」
　「だ、誰が純情だ！！」
　久保田は時任をからかって遊んでいる。
　だが、かなり真剣に悩んでいる時任はそれ気づく余裕すらなかった。
　「だぁぁっ、どうすりゃいいんだっ！」
　「着れば？」
　「簡単に言うなっ！！」
　「着れないなら、俺が着せてあげるよ」
　「く、く、久保ちゃんっ？！」
　久保田は時任の肩に手をかけると、時任の服を脱がし始めた。
　慌てて時任がそれを止めようとするが、久保田は手際よく強引に服を剥ぎ取っていく。
　「いやだって言ってんのにっ！！」
　時任がやっとのことでその手から逃れると、時任の目の前にあるモノが差し出された。
　「なに、ソレ？」
　恐る恐る時任が尋ねると、
　「なにってブラジャーだけど？」
と、久保田がへろっと答えた。
　男しかいないこの部屋では見かけることのないシロモノ。
　それを間近で見た時任は、耳まで真っ赤になった。
　「なんでそんなもん持ってんだよっ！！」
　「女装するなら、これくらいはしなくちゃね」
　「・・・・・・・・っ！！！」
　「早くきがえなきゃチコクするよ、時任」
　「ぎゃー！　ヘンタイっ！！」
　ブラジャーを持って迫ってくる久保田に、時任が真っ青になって逃げまどう。
　その様子はやはり、傍目から見ればヘンタイに見えたりするのかもしれない…。
　さすがにブラジャーはつけなかったものの、しかたなく時任は女子の制服を着たのだった。




　膝より短いスカートに、カワイイ赤い棒タイ。
　風に波打つ長い髪。
　荒磯高等学校の廊下を歩く一人の女子生徒に、周囲の視線は釘付けになっていた。　　歩き方は男のように乱暴だったが、それぐらいは気にはならない。
　すらりとしたプロポーション、それに似合った小さな顔。
　見る者を惹きつけてしまう、印象的なキツイ感じの瞳。
　歩いている女子生徒は、めったにお目にかかれないような美少女である。
　だが、この美少女の声はかなり低かった。
　「何もカツラまでつけることねぇじゃんかっ」
　「その方がそれらしく見えるっしょ」
　「そうかもしんないけどさ…」
　「どうせやるなら、優勝したいって言ったじゃない？」
　「ったりめぇだっ！　こうなったらぜってぇ優勝してやるっ！！　藤原なんかにゃ負けねぇっ！！」
　時任は完全にヤケになっていた。
　足はスースーして気持ち悪いし、ジロジロ見られてなんか嫌だし、久保田がかなり楽しそうだったりと、朝から踏んだり蹴ったりだったからである。
　「久保ちゃん、俺って美人？」
　「すごく美人だけど？」
　「・・・・・久保ちゃんが言うとなんかウソっぽい」
　「そお？」
　美少女に変身した時任は久保田と共に、いつも以上に目立ちまくっている。
　怒ったり拗ねたりしている時任を、微笑みながらなだめる久保田。
　そんな二人の様子はまさにベストカップルと言った感じだった。
　「久保田せんぱーい。見てください〜、僕も着てきたんですぅっ！！」
　だが、そんな二人の間に割って入ろうとする人物が約一名。
　廊下を歩いている久保田を発見した藤原が、二人に駆け寄ってくる。
　自分でも言っているように、ちゃんと女子の制服を着ていた。
　もと容姿が容姿なので似合ってるし美人の部類にはいるが、どこかすれた感じがする。
　やはりそれは内面の問題なのかもしれない。
　「ぜんっぜん、似合ってねぇってのっ！」
　走ってきた藤原に時任がそう言うと、藤原は自分のスカートの裾をちょっとだけ右手で持ち上げた。
　「俺の方がカワイイからって、嫉妬しないでくださいよ」
　「誰が嫉妬なんかするかっ。鏡見て言いやがれっ！」
　「時任先輩こそ、鏡見たんですかぁ？」
　「惚れ惚れするほど美人だったに決まってんだろ！」
　「くもってたんですよ、鏡！」
　「くもってんのは、てめぇの目だ！」
　不毛な言い争いが続いている。
　そんな二人を見た久保田は、時任の口を手で軽くふさいだ。
　「うっ、うぅっ…！」
　睨み付けてくる時任に、久保田は優しく微笑みかける。
　その笑顔に一瞬見とれてしまった時任は、思わず黙ってしまった。
　「今は女の子なんだからおしとやかにしようね、時任」
　視線と視線が絡み合う。
　この言い争いを見学していた生徒達は、見詰め合う二人の様子に顔を赤くした。
　見ているほうがはずかしい。
　時任が小さくうなづくと、久保田は口から手をはずして時任の手を握った。
　「久保ちゃん？」
　「女の子だから平気デショ？」
　「…うん」
　ラブラブカップル状態に突入した二人は、藤原を置いて教室へと帰っていく。
　そんな二人を呆然と見送ってしまった藤原が意識を取り戻したのは、授業が始まるチャイムが鳴ってからのことだった。





　かなり注目は集めていたものの、一日目は何事もなく無事に終了した。
　美少女になった時任の人気はこの一日だけで急上昇し、執行部の優勝は間違いないとまで囁かれている。普段から目立っているため、その変身ぶりに驚く生徒が多いので時任はかなり有利だった。
　このまま執行部の圧勝で終わるかに思えたが、やはりそういうわけにもいかない。
　この女装コンテストにはクラブ費がかかっているのである。
　必死なのはやはり執行部だけではない。
　「さて、どうなることやら…」
　生徒会室で新聞を読みながら、そう久保田が呟いたのを、時任も執行部のメンバーも気づいてはいなかった。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『NO.1 前編』　2002.4.16　キリリク7000

後　編

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