こんなイヤな気持ちもイヤな感じも早くなくなればいいのにって想ったけど、イライラもムカムカもいくら毛布に潜っててもなくならなくて…、目を閉じたら、逆にさっきよりもそれが胸ん中にあるのがハッキリわかる。でも、そういうのがいっぱい胸ん中にあるのが、なんでなのかってのは考えたくなかった。 胸を押さえてもっとぎゅっと強く目をつむって…、頭ん中を空っぽにして…、 新聞読んでた久保ちゃんの姿も、何かしたかって聞き返されたことも、早く眠ってなにもかも忘れたかった。 久保ちゃんが帰ってくるまでに、いつも通りに戻れるように…。 けど、それをジャマするみたいにカミナリの音が聞こえてきて、俺は潜っていた毛布から顔を出した。 「・・・・・天気予報は晴れだったし、カサなんか持ってるワケねぇよな」 そう呟いた瞬間にカミナリが大きくなって思わず毛布で耳をふさいだけど…、こんなにカミナリ鳴ってて天気も悪りぃのに久保ちゃんはまだ帰って来ない…。こうしてる内にきっとすぐに帰ってくんだろうって気はしてても、外からザーッて雨の降り始めた音が聞こえてくると毛布に潜ってられなくなった。 けど…、なぜか玄関に向おうとすると、忘れようとしてた久保ちゃんの横顔が頭ん中に浮かんでくる。俺とオカマ校医が言い合いしてても、関係ないみたいな顔して新聞読んでた久保ちゃんの顔が…。 けど、それもたぶん気づかなかっただけで、きっといつものコトだったんだよなって思ったら玄関に行きたくなくなった。だから、カミナリからテレビを守るためにリビングの方へ足の向きを変える。 こんだけ雨がヒドかったらまだ学校にいるかもしんねぇし、どっかで雨宿りでもしてるかもだし…、絶対に心配なんかしてやるもんかって思った。なのに、リビングに入った瞬間に窓がスゴク光って地響きまでしてて…、カサさしててもムダなくらい降ってる雨を見てると…、 今、久保ちゃんがどうしてんのかってそればっか気になってくる。 だから、心配なんかしてやるもんかって思ってたばすなのに、そのままテレビのコンセントを抜かないでリビングを出た。 「やっぱ…、一人で帰らなきゃよかった…」 ホントは雨が降らない内にウチに帰れて良かったって、そう言いたいけど久保ちゃんと一緒じゃないから言えない…。もしも一緒に帰ってたら、雨に降られて濡れたってサイアクだって笑ってられんのにって考えたら…、 毛布をかぶって目をつぶったりしてないで、破った新聞を久保ちゃんに投げつけてやれば良かったってスゴク想った。 ザーッと大きな音を立てて降る雨は、当たり前に部屋の外だけに降ってる…。だけど、なぜか久保ちゃんが新聞読んでんのを見た時から、ムカムカしてイライラしてる胸ん中にも雨が降ってる気がして…、俺は玄関のカサ立てに置いてあるカサを二本掴んだ。 どっかで濡れてるかもしれない…、久保ちゃんを迎えに行くために…。 けど、カサを掴んだ瞬間にチャイムが鳴って…、あわててドアを開けたら雨に降られてズブ濡れになってる久保ちゃんが玄関の前に立ってた。 「ただいま…」 「・・・・お、おかえり」 迎えに行こうとはしてたけど、会ったらなにを言うかなんて考えてなかった。だから、ただいまって言われて反射的におかえりを言ったけど…、今度は俺じゃなくて久保ちゃんの方がなんかいつもと雰囲気が違う…。 それに気づいた俺が思わず持ってたカサの柄を握りしめると、久保ちゃんが玄関の中に入って後ろ手でドアをパタンと音を立てて閉めた。 じっと…、俺の方を見つめながら…。 その視線がいつもと違ってなんか冷たくて…、俺はカサを握りしめたまま一歩だけ下がる。すると、久保ちゃんはいきなり俺の両肩を掴んで強引にキスしてきた。 「いきなりっ、なにすんだよっ!!」 「なにって、キスするだけだけど?」 「き、キスって…っ、着替える方が先だろっ!」 「・・・・・」 「ちょ…っ、待てってっ!!」 「イヤ?」 「イヤとかイヤじゃないとか、そういう問題じゃ…っ!!」 「・・・なーんてね」 「えっ?」 「このままじゃお前まで濡らしちゃうし、着替えてくるよ」 「・・・・・久保ちゃん」 「驚かせてゴメンね」 なんかいつもと様子が違うし、いきなりだったから待てって思いっきり胸を押しちまったけど…、あっさりキスすんのをやめてバスルームに向う久保ちゃんの背中を見てるとちょっとだけさみしくなる…。帰ってきた時はあんなにムカムカとかイライラしてて布団に潜って忘れようとしてたのに、今はなぜかイライラもムカムカもどっかになくなってて…、ずぶ濡れになってた久保ちゃんのコトが心配になった…。 でもそれはカゼを引きそうだからとかそんなのじゃなくて…、強引にキスしようとした久保ちゃんの唇がホントは俺が胸を押したりしなくても…、 途中で止まってたってコトに、気づいたせいかもしれなかった…。 「ジョウダンなら…、ちゃんとジョウダンっぽくしろっての…」 久保ちゃんがバスルームに入るのを確認してから、そう言って持ってたカサをカサ立てに戻して今度こそテレビのコンセントを抜くためにリビングに向う。そうしたのはさっきからだんだんとカミナリが光ってから音が鳴るまでの間隔が短くなってて、今にもどこかに落ちそうだったからだった。 でも、外から響いてくる雨音を聞いてるとバスルームのドアが気になって…、 そこに入ってった久保ちゃんのコトが気になって…、俺はコンセントを抜くよりも先にバスルームのドアを開ける…。けど、その瞬間に地響きがするくらいすごいカミナリの音がすぐ近くで鳴った。 耳に残ってる桂木ちゃんの言葉が、なぜか今も雨音と一緒に聞こえてくる。でも、そんなコトは言われなくても今更で…、自分のしてることに自覚はあった。 ヤキモチを焼かせるのも嫉妬させるのも、意図的で無意識じゃない。嫌だとかやめろとか言われてなくても、時任が他の誰かに俺が触れられるのを嫌がってるのをちゃんと知っててやってた…。 けど、それでも桂木ちゃんの言葉が耳に残るのは、タバコの煙がいくら吸い込んでもカラダを中毒にして消えてなくなるだけで…、 吸い込んでも吸い込んでも足りないってコトに気づいたせいかもしれない。 ココまでってラインも終わりもなくて…、欲しいだけ求めて肺が黒くなってくみたいに、求めれば求めるだけ独占欲でココロが黒く汚れていったのは、嫉妬させられてた時任の方じゃなくて…、 嫉妬させてた俺の方だった。 けれど、それもたぶん今更ってヤツで…、どんなに汚れても元々汚れてるから目立たない。そのせいで前よりも黒く染まって独占欲が強くなってたコトを、時任に新聞を破かれても気づかなかった…。 破れて床に散らばった新聞は、たぶん時任の無意識な警告みたいなもので…、これ以上はダメだって俺に教えてくれてる。でも、雨に濡れても頭もカラダも冷えなくて時任に触れるたびに発熱して…、保健室に散らばってた新聞を踏みつけにして抱きしめたくなった…。 まるで、禁断症状を起こした中毒患者のように…。 けど、そんな自分自身に苦笑して途中でキスを止めたのは…、時任の手がカサを二本持ってたせいかもしれなかった。 「いくら雨に濡れても、中毒が治るはずなんてないのにね…」 降りしきる雨とカミナリの音を聞きながら、濡れた制服を脱いでシャツを洗濯機に放り込んで、それから脱衣カゴの中に投げて入れあったジーパンを履く。すると、髪の先からポタポタと落ちてくる雫が眼鏡のレンズまで濡らして、目の前に見えている画像が白く曇って歪んだ。 レンズの向こう側はいつもと変わらないはずなのに、俺の目にだけ曇って歪んでよく見えない。そんな歪んだ視線でドアを開けてバスルームに入ってきた時任のカオも見ようとしたけど、その瞬間に地響きがするほどの大きな音がすべてを掻き消すように近くで鳴った。 「うわ…っっ!!」 ドアの方からカミナリの音に驚いた時任の短い叫び声が聞こえて、それと同時にバスルームの明かりが消えて真っ暗になる。でも、電気のスイッチを消したワケじゃなくて、どうやら近くにカミナリが落ちて停電したみたいだった。 突然に落ちた暗がりはすべてを隠すように辺りを包んでいて、その中に時任が立ってる。俺はすぐに目が慣れて少し見えるようになったけど、時任はまだ見えないみたいで不安そうに俺を呼んだ。 「く、くぼちゃん…、大丈夫か?」 「・・・・・・」 「…って、あれ?」 「・・・・・・」 「ちゃんとそこにいるよな?」 「・・・・・」 「・・・・・・久保ちゃん?」 そう呼びかけてくる声に、黙ってないでちゃんと返事をしてやれば安心する。それがわかっていながら返事もしなかったのは、不安に揺れてる時任の声を聞いていたかったからかもしれない…。 名前を呼んで手探りで探そうとしてるのを見てると、このままココで探してくれるのを待っていたい気がして…、動けないワケを作るために眼鏡をはずして洗面台の上に置いた…。 でも、それもきっと肺に煙を吸い込もうとしているだけで、どんなに呼んでくれても腕を伸ばしてくれてもすぐにまた足りなくなる。だから、いつか床に散らばった新聞紙を踏みつけるようにして、なにもかもを壊してしまうのかもしれなかった。 こっちに歩いてくる時任から暗がりの中で自分の足元を見ると、また耳に残ってる桂木ちゃんの声が聞こえてくる。だから今度は声には出さずに、苦笑しながら答えなかった問いかけに答えた…。 『・・・・・それでも足りないの?』 『それでも足りないよ』 『どうして?』 『生きてるからかも?』 『それって、どういう意味?』 『生きてる内はどんなに呼吸したっていっぱいにならないし、足りない…、そういうもんでしょ?』 ココロの中でそう言いながら、俺のいる場所までたどり着いた時任に向って腕を伸ばす。もしかしたら、こんな風にいつも優しくしてるフリして、足で新聞踏みつけて…、そんなコトばかりを今までも繰り返して来たのかも知れない…。 汚れた肺に満ちてる独占欲と…、腕の中に抱きしめた愛しさと…、 生まれてくる場所が一緒だったとしても、あまりにもかけ離れ過ぎていて…、ホントは肺も腕の中にも独占欲だけがある気がした…。 激しい雨と鳴り響くカミナリの音が抱きしめようとした腕を狂わせて…、伸ばした手の先には時任の細い首がある。時任は手が軽く撫でるように首に触れると、ちょっとだけ驚いたカオをしたけど逃げなかった。 「好きだよ…、時任」 すぐに首に触れてる手を外すつもりだったけど、なぜか外すどころか逆にまるで絞めようとしているかのように手に力がこもる…。自分が何をしてるのかわかってたけど、なぜか現実味がまるでなかった。 時任の首を絞める自分の手をまるで他人事のように見てると、髪からしたたり落ちてくる雫が時任の頬を濡らす。すると時任は苦しそうな表情をしながらも、首を絞めてる手をはずそうとしないで俺の頭にバスタオルをかけた。 「くぼ…、ちゃん…」 「なに?」 「カゼひくから…、ちゃんと頭拭いとけよ」 「・・・・・うん」 「コンセント抜いてなかったから、テレビとか壊れちまったかもしんねぇけど…。停電…、早く直るといいな…」 「・・・・・・・」 「停電が直ったら…、昨日のゲームの続きして…」 「時任…」 「ん?」 「なんで、逃げないの?」 「そんなの、俺にもわかんねぇよ…っ」 「・・・・そう」 「けど、たぶん…」 「たぶん?」 「久保ちゃんの方が…、窒息しそうなカオしてるからかもな…」 そう言いながら人工呼吸するようにキスしてきた時任の唇も、頭にかけられたバスタオルも暖かくて…、暖かすぎて首を絞めてた手から力が抜けていく…。その手を時任に握りしめられて初めて、自分の手が震えるほど冷たくなってたコトに気づいた…。 すべてが独占欲に覆い尽くされて、煙だけを肺の中に吸い込んでいたはずなのに…、時任にキスされて流れ込んできたのは煙じゃなくて…、 ただ…、ずっとこんな風に抱きしめ合ってたいって願いたくなる…、 そんな暖かなぬくもりだった…。 めずらしく自分からキスした時任は、唇を離すと照れ臭そうに俺の頭をバスタオルで乱暴に拭く。すると長く続くと思ってた停電がなおって、暗かったバスルームが明るくなった…。 やっとついた蛍光灯を二人で見上げて、それから笑い合って…、さっきまでのコトなんて忘れたみたいにバスルームを出てリビングに移動する。そして、ドアを開けてベランダに続く窓を見たら、激しく降ってた雨も小降りになっててカミナリの音もいつの間にかしなくなってた。 「見ろよ、久保ちゃんっ。テレビ壊れてなかったぜっ」 うれしそうにそう言った時任を眺めながらソファーに投げっぱなしになってたシャツを着て、いつものようにセッタをくわえる。でも、まだ時任とキスした感触の残る唇で吸う気にはなれなくて火はつけなかった…。 また、すぐにそんな感触は消えて吸いたくなるんだろうけど、明るくなっていく空を時任と二人で眺めてると…、 流れ込んできたぬくもりだけは消えてなくならない…、そんな気がした…。 |
2004.11.9 前 編 へ *荒磯部屋へ* |