おはよ…、おやすみ…。
 
 朝も夜もそんな風に言えるくらい近くにいて、言いたいコトとかあったらいつでも言える場所にいる。それは同居してて同じガッコに通って、同じクラスで執行部だからだけど、そんくらい一緒にいても言えないことはいっぱいあるのかもって…、
 そう思ったのは、いつもみたいに久保ちゃんに抱きつこうとした藤原にケリ入れて、同じカンジで放課後の保健室で久保ちゃんの腕にくっついてるオカマ校医と言い合いしてた時だった…。

 「久保ちゃんから離れろっ、このヘンタイ校医っ!」
 「アンタこそ離れなさいよっ、単細胞アメーバっ!」
 「なんだとぉぉっ!!」
 「ぬあんですってぇぇっ!!」

 オカマ校医とこんなカンジで言い合いすんのはいつものコトだけど、その時に久保ちゃんがどうしてんのか気になったのは初めてかもって気ぃする…。藤原やオカマと言い合いしてる間…、久保ちゃんがなにを考えてんのかって…、
 でも、言い合いを中途半端にやめて久保ちゃんの方を見たら、すぐにそんなコトなんか想わなきゃ良かったって後悔した。
 べつに言い合いとかしても、そういうのは俺の勝手だってのはちゃんとわかってる。触られたり抱きつかれたりしてんのがイヤだって想ってんのは、久保ちゃんじゃなくて俺だから…、久保ちゃんには関係ない…。
 けど、近くにいたはずなのに、いつの間にか窓際に移動してキョウミないみたいに新聞読んでんのを見てると胸の中がムカムカした。だから、俺は久保ちゃんに近づくと、読んでた新聞を奪い取ってビリビリに破く…。
 そしたら、久保ちゃんは怒らないで俺が新聞を破くのをぼーっと眺めてた。
 
 「なんで…、読んでた新聞破かれてんのに怒らねぇんだよっ」
 「うーん、なんでだろうね?」
 「・・・・・もしかしなくても俺のコト、バカにしてんだろ?」
 「してないよ」
 「ウソだっ!」
 「ホント…って言っても絶対に信じないってカオしてるけど…。そう言うお前こそ、なに怒ってんの?」
 「・・・・・・」

 「もしかして、俺が何かした?」

 そう言った久保ちゃんに向かって、やったって大声で叫んでやりたかった。
 でも、そこから先に続く言葉が見つからない…。新聞をビリビリにするくらいムカムカしてんのに、久保ちゃんになにも言えなかった…。
 ホントはなにかしたんじゃなくて、なにもしてないから怒ってて…、
 けど、なにを言って欲しいとか…、して欲しいとか考えてると久保ちゃんのカオをまともに見てられなくなる。そういうコト考えてるとなんかいつも俺ばっかムカムカしたりしてて…、すっげぇみっともない気がしてイヤになった。
 でも、イヤなら藤原が抱きついててもオカマ校医がまとわりついてても、新聞読んでた久保ちゃんみたいにほっとけばいいってわかってんのに…、
 またオカマ校医の手が久保ちゃんの腕に伸びてくのを…、どうしても黙って見てられない…。イライラしてムカムカして、久保ちゃんに触るなって叫びたくなる。
 なのに、いくら俺が叫んでも久保ちゃんはヘーキなカオしてんだって想ったらたまらなくなって…、机に置いてあった自分のカバンを掴んで保健室を飛び出した。
 
 ガラガラ…っ、バシィィンッ!!!!!

 後ろから久保ちゃんが呼んだ声がした気がしたけど、今は立ち止まりたくなかった。またいつもみたいにヘーキなカオして、オカマ校医を腕にくっつけてる久保ちゃんなんか見たくなかった。
 そしてそれ以上に、イライラしてムカムカしてみっともないカオを久保ちゃんに見られたくなくて…、二人で帰るはずの道を一人で走ってウチに帰るとすぐに制服のままでベッドにもぐり込む。けど、いくら毛布に包まって目を閉じても、イライラしてムカムカしすぎて痛くなった胸は治らなかった…。

 「久保ちゃんの…、バーカ…」

 毛布にもぐり込んだままでそう言ってみたら、あそこから逃げ出してきたクセになんか久保ちゃんのコトが気になって…、
 毛布から少しカオを出して耳をすませてみたけど、俺が閉めた玄関のドアを開ける音はしない。でもそれは一緒に帰るはずだった久保ちゃんを学校に置いてきちまったから当たり前のことなのに…、そのことにガッカリしてる自分のことがさっきよりもっとイヤでたまらなくて…、

 俺はまた水の中に沈みこむように、毛布の中に深くもぐり込んだ…。












ガラガラ…っ、バシィィンッ!!!!!


 まるで拒絶するように目の前で閉じられたドアの前に立ってると、廊下を走る時任の足音が次第に遠ざかっていく…。けれど、なぜかすぐに後を追いかけることができなくて、閉じられたドアの前で立ち止まったままでいた。
 時任の足音が完全に聞こえなくなってから視線をドアから床へと落とすと、そこには時任がビリビリに破いた新聞が散らばってる。だから、片付けるために新聞に手を伸ばすと、横から伸びてきた手がそれを拾い上げた。
 
 「いつもと同じつもりだったのに、今日はちょっとやりすぎてたかしら?」
 「うーん、べつにそんな風には見えませんでしたけど?」
 「何か心当たりはないの?」
 「さぁ? もしかして飽きれられちゃっただけかも?」
 「ふふふ…、だったら本気でアタシに乗り換えてみない? 特別サービスで気持ちいいコトたくさんしてあげるわよ?」
 「遠慮しときマス」
 「んもうっ、相変らずつれないわねぇ」

 「こう見えても一途なんで…」
 
 俺が散らばってる新聞をかき集めながらそう言うと、五十嵐先生はそんな俺を見て軽く肩をすくめる。けど、こんな会話もいつもと同じってヤツで変わった所は一つもなかった…。
 保健室に来たのは公務中に時任が転んで膝をすりむいたからで、ホントなら治療が済んだら二人でウチに帰るだけのはずだったのに…、今日はそれだけのコトが上手くいかない。でも時任は飽きっぽいし気まぐれなトコも多いし、こういう日もあるかもって思いながら慌てて後を追ったりはしなかった。
 五十嵐先生はいいのかって聞いてきたけど、先にウチに帰ってるだけだから心配する必要はない。けど、そう思ってるはずなのに新聞を片付け終わってから保健室を出て玄関に向かって廊下を歩きながら、ちゃんとウチに帰ってくれてるかなぁって無意識に考えてる自分に気づいて苦笑した…。
 
 「ホントはなにもしてないワケじゃないってのは…、自覚してるんだけどね」
 
 そう呟きながら色々と考えてみたけど、わかったのは怒ったタイミングから五十嵐先生が原因じゃないってことぐらいだった…。
 五十嵐先生や藤原が腕にまとわりついてくるのをそのままにしてるのは、最初はただ単にメンド臭かっただけ…。でも、時任が必死に俺から二人を引き剥がそうとしてくれてるのを見てから、べつなイミで何も言わずにそのままにしてた。
 だから、もしも時任がそのことに気づいて五十嵐先生じゃなく俺のコトを怒ってたんだとしたら…、怒ってるだけじゃなくて飽きれてるかもしれない…。ヤキモチ焼かせて満足してるなんてコドモじみてるけど、そういう時のカンジはなぜかタバコを吸ってる時と似てるカンジがして…、
 ヤキモチを焼いて必死に引き剥がそうとしてる時任を見てると、肺にタバコの煙が満たされていく時のように…、何かが胸の中を満たしていくような気がした。
 けど、満たされた気がしてもすぐにまた足りなくなって同じことを繰り返す…。そんなことばかりを繰り返してれば、今日みたいに時任が飽きれても当然かもしれなかった。
 そんなことを考えながら玄関に行くとすでに靴を履き替え終わった桂木ちゃんがいて、俺の顔を見て小さくため息をつく。そしてゆっくりと三年五組の下駄箱の中で、上履きが落ちそうになってる場所を指差した。
 「時任なら物凄い勢いで帰ってったわよ、一人で」
 「さっきまで一緒にいたから知ってるよ」
 「それしては、ずいぶんと余裕じゃない?」
 「うーん、実はそうでもないんだけどね」
 「ケンカ?」
 「微妙なトコ」
 「何があったのかは知らないけど、ほどほどにしときなさいよ」
 「ほーい」
 桂木ちゃんにはそう返事したけど、落ちそうになってる時任の上履きを直しながら少しだけ考え込む。でも、いつも過剰なくらい一緒にいるし、そうしてることを時任も当たり前に思ってくれてるのに、それでもまだ何が足りないのかわからなかった。
 床に散らばった新聞を見て自分のしてきたことを改めて自覚はしたけど、ヤキモチを焼かせたかったってワケだけじゃ足りない気がして…、目の前にある時任の上履きをじっと眺める。すると、そんな俺の様子を見て桂木ちゃんが盛大にため息をついた。
 「今、思い出したけど、そういえば公務中に時任がケガして二人で保健室に行ってたのよね…」
 「うん」
 「もしかして、生徒会室にいた時と同じコトしてたんじゃないでしょうね?」
 「同じコトって、なに?」
 「平気な顔して藤原を腕にくっつけてたのは、どこの誰だったかしら?」
 「あー…、そういえばそうだったっけ」
 「…ったく、いつものことって言えばそうだけど、そんなにヤキモチ焼かせてどうすんのよ?」
 「・・・・・・・」
 「久保田君?」

 「さぁ、どうしたいんだろうね?」

 そう言いながらパタンと時任の下駄箱のフタを閉めて、帰るために自分の下駄箱を空けて靴を履きかえる。一緒にいるのに何が足りないのかはまだわからなかったけど、一緒にいないと何が足りないかのかさえカンジることもできないから…、
 とにかく、時任がウチに帰ってくれてるかどうかを確認する方が先だった。
 先に歩き出した桂木ちゃんの後ろについて生徒用の玄関を出ると、空はいつの間にか黒い雲に覆われていて辺りがやけに暗くて、そんな空の様子を見ていると自然に足が早くなる。空を覆ってる黒い雲は雨雲というよりも雷雲だった。
 「・・・・早く帰らないとマズいわね」
 「そうねぇ」
 校門の前で挨拶代わりにそんな言葉を交わして、帰る方向の違う桂木ちゃんと別れる。けど、背を向けようとした瞬間に鳴り出した雷の音と一緒に桂木ちゃんの呟きが聞こえてきて…、
 その音と声に少しだけ、心臓の鼓動が大きく鳴った気がした。

 「あんなにヤキモチ焼いて、見てる方がはずかしくなるくらい全身で好きだって言ってるのに…、それでも足りないの?」
 
 気づかなかった動機は驚くほど単純だけど…、たぶん簡単じゃない…。
 空気を切り裂いていく雷の音を聞きながら黒いアスファルトを見ると、空から落ちてきた雨粒が大きな染みを作った。


                                             2004.9.29
 

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