『平気だから…』

 めずらしくうつむいてる時任にどうしたのかってたずねると、いつも俺に向かってそう言う。
 平気だ、平気だからって…。
 スゴクつらそうで声も手も震えてるのに、いつも時任はそんな風に言って笑顔を浮かべてた。
 だから抱きしめるために腕を伸ばしても、抱きしめられなくなることがある。
 あまりに笑顔が痛いから…、すごく抱きしめたくてはまらないのに…。
 平気だって言葉に拒まれると、抱きしめるかわりにポケットのタバコに手を伸ばすしかない。
 キレイすぎる笑顔を浮かべた時任の顔を眺めながら…。
 強引に抱きしめてしまえば、タバコの煙だけで胸の奥を満たさなくてもいいのかもしれないけど…。きっと強く強く抱きしめすぎてしまうから、そうすることができなかった。
 平気だって言って笑う時任を見てると…、そう言い続ける唇を、前だけを見つめ続ける瞳をふさぐように…、腕の中に閉じ込めてしまいたくなる。
 けど、ずっとずっと抱きしめてたいと想ってても…、あまりにもキレイすぎる笑顔は眩しすぎて遠かった…。
 

 プルルル…、プルルル…。

 「…はい」
 『元気かね?』
 「ま、一応…」
 『君の可愛がってる猫は?』
 「そこそこ」
 『それは良かった』
 「…で、ご用件は?」
 『相変わらずつれないな、君は…』
 「世間話するほど、ヒマじゃないんで」
 『ちょっと君に聞きたいことがあるのだが、事務所まで来てくれないかね?』
 「・・・・・・電話でなら答えますけど?」
 『たまには、食事でも一緒にと思ったのだが…』
 「昨日の残りのカレー食わなきゃならないし…、間に合ってます」
 『懐石料理は嫌いかね?』
 「食いなれないモノ食うと、ハラ壊すんで遠慮しときますよ」

 『・・・・・君が来ないなら、君の飼い猫を招待してもいいが?』

 真田さんから電話がかかってきたタイミングは、かなりサイアクで…。
 ちょうど、時任が一人でコンビニに買いモノに出てた時だった。
 受話器から聞こえてくる声に混じって車のエンジン音が聞こえてたから、たぶんマンションのすぐ近くからケータイでかけてきてる。
 マンションのすぐ近くだし…、時任ならなんとか逃げ切ってくれるかもしれないけど…。
 俺の弱点は見抜かれてるみたいだから…、言ってることはジョウダンじゃない。
 だから行くと返事をして、俺は胃薬の代わりに拳銃を握った。

 「鉛玉はマズそうだから、食いたくないなぁ…」

 そう言いながらリビングで冷たい拳銃に弾を込めてると、わずかに火薬の匂いがしてくる。
 始めて拳銃を握った日のことは覚えてないけど…、その日よりこの鉄の塊が重さは変わらないのに、なぜか軽くなってしまったような気がして…。
 一つだけ残ってた空砲を、今日も知らない誰かが死んだって言ってるニュースのうつってるブラウン管に向けて打った。

 引き金の落ちる無機質な音と…、手に残るわずかな振動…。
 
 それをカンジながら何かを思い出した気がしたけど、それもすぐに消えてなくなった。
 まるで、空気と音しかでない空砲に掻き消されたように…。
 一つだけ残った空砲に弾を込めると、俺は拳銃をベルトに差し込んで残りの弾をポケットの中に入れる。
 時任はカンが鋭いから、できればコンビニから戻ってくる前に出かけなきゃならなかった。
 けどテーブルに残った弾を掴もうとした瞬間に、一つだけが軽い音を立てて床に落ちる。
 すると弾はコロコロと転がって、テーブルの下に入り込んだ。
 べつに弾は落ちたら拾えばいいし、なんてことないコトなんだけど…。
 その転がる様子を見てたら…、少しだけ何かが記憶の片隅に引っかかった。
 
 『今はまだ俺のオニじゃなくて久保ちゃんのオニっ!』

 そんな風に時任が俺に向かって言ったのは…、いつだっただろう。
 イミがわからなかったし、なにを探せばいいのかわからなかったから、すぐに自分がオニだってことは忘れてしまってたけど…。
 たぶんきっと…、まだかくれんぼは続いてるのかもしれない。
 けれどオニになった俺は、少しもなにも探そうともしないで…、ただキレイすぎる笑顔を浮かべてる時任の後ろを追いかけるばかりで…。

 かくれんぼっていうよりも…、おにごっこになってしまってたけど…。
 
 俺はリビングに置いてあったペン立てからマジックを取ると、前に時任がゴロゴロ寝転がってたのを真似てテーブルの下に入り込む。そしてただメシ食いに行くだけだけど、胃薬がわりにベルトに挟んだ拳銃の冷たさが少しだけ気になったから…、握ってたペンのふたを取った。
 書くのはすごく短かい言葉だったけど、やっぱりそれだけしか思い浮かばない。
 一緒にいられなくてごめんねって、それしか言えなかった。

 ごめんねって…、いつでもそれだけしか言葉にならなかった。
 
 テーブルの下なんて見ないってそれがわかってるから…、たぶん書こうってそう思ったのかもしれない。けど、早く書いて出かけなくちゃならないのに、書こうとした瞬間に手が止まった。
 ごめんねって…、たった一言だけ書こうとして見上げたテーブルの板には…。
 すでにたくさんの言葉が、刻み付けるように書かれていた。
 バカとかエロ親父とか…、禁煙しろとかカレーはあきたとか…、そんないつも聞いてる言葉がたくさんたくさんあって…。
 それを見てるとなぜか…、本当にいつもと変わらない言葉なのに胸の奥が熱く痛くなる。
 そしてその中に小さく…、目立たない場所にも書かれた言葉を見つけた時…。
 俺はようやくかくれんほが終ったことを知った。

 『好き、大好き…、キスしたいくらい、抱きしめたいくらい…。ずっとずっとそばにいたいくらい、好きだから…』
 
 この言葉に…、こんなにも胸が熱く痛くなる言葉に『ごめんね』なんて言えない…。
 エゴに塗れてても…、どんなに薄汚れてても…。
 誰よりも愛しい人に言いたい言葉は…、本当は『ごめんね』じゃなかったから…。
 その言葉に想いに胸がズキズキと痛んで苦しくて…、

 愛しすぎて恋しすぎて…、目眩がした。


 「そんなトコでなにやってんだよっ」
 「ん〜、かくれんぼ」
 「かくれんぼって…、足見えてんじゃんっ」
 「かくれんぼは見つけてもらえるから、隠れるんでしょ?」
 「・・・・・・なんか、どっかで聞いたコトあるセリフだよな?」
 「そう?」


 コンビニから部屋にもどったら、久保ちゃんが机の下で寝転がってた。
 だから、なにしてんのかって思って軽く足を蹴りながら聞いてみたら、久保ちゃんはかくれんぼだって言う。
 なーんか聞いたことあるセリフだなぁって思ったけど、いつ聞いたのか思い出せない。
 けど、すごく大切なことだったってそれだけは覚えてて…、
 だから、かくれんぼが頭の片隅に引っかかってんだけど、なかなか出てこなかった。
 似たようなこと…、覚えのある言葉…。
 かくれんぼだって言ってるのに、かくれそこねたみたいに足を出して…、テーブルの下に寝転がった、久保ちゃん。
 それを見てるとなんとなく何かが思い出せそうな気がして…、手じゃなくて足の指で久保ちゃんのシャツをめくりあげてみたら…。
 その下にあったのは…、黒くて冷たい拳銃だった。

 「時任クンのエッチ」
 「だ、誰がエッチだっ、バカっ!」
 「自分でシャツめくっといて、ソレはないっしょ」
 「うっ、それはそうかもだけど…。おかげで、やっと思い出した…」
 「思い出したって、何を?」
 「まだ、かくれんぼの途中だったって…」
 「うん…」
 「もしかして、覚えてた?」
 「今、自分がオニだったって思い出したトコ」
 「そっか…」

 ずっとずっと長く続けてたかくれんぼは…、たぶん見つかっちゃったからもう終りで…。
 けどシャツの下に見えてる拳銃が、胸の奥を冷たく冷たく凍りつかせていく。
 俺がコンビニに行ってる間に、拳銃を出して持ってるってことは…、一人でどこかに行こうとしてたんだって…。
 それがわかるからせっかくかくれんぼが終っても…、もしかしたらイミなんてなかったのかもしんないって思った。
 好きだって、大好きだってそれだけ伝えたかったのに…。
 きっと久保ちゃんは…、またさよならを言うみたいに『ごめんね』ってそう言うから…。
 けど…、でも…。
 どうしてもこのキモチだけは…、なかったことなんかにしたくない。
 こんなに苦しくなるくらい好きだから…、すごくすごく好きだから…。
 だから俺はシャツの下のベルトから拳銃を抜いて、久保ちゃんに向けて構えた。

 「・・・・コレさ、弾入ってんの?」
 「うん、入ってるよ」
 「ふぅん…」
 「胃薬がわりに持ってかなきゃならないから、返してくんない?」
 「イヤだ」
 「時任…」
 「これ持って行くトコがどこなのか、言ったら返してやるよっ」
 「じゃあ…、もし言わなかったら?」

 「二度と使えないように、めちゃくちゃに分解してやるっ!」

 俺がそう言ったら…、久保ちゃんはいきなり声を立てて笑い出した。
 少しシャツがめくれて出た腹を抱えて…。
 そんな風に久保ちゃんが笑うのは珍しかったから、ちょっとだけ驚いたけど…、マジで言ったのに笑われてムカッとした。
 だからそのムカムカを晴らすために、笑ってる久保ちゃんの足をガツッと蹴飛ばす。
 すると久保ちゃんがテーブルの下から出てきて…、立ってる俺の足を抱きしめてきた。

 「わっ、な、なにすんだよっ! 転ぶだろっ!」
 「転ぶ時は、俺の上に転んでくれる?」
 「そんな器用なマネできるかっ!」
 「ねぇ、時任…」
 「な、なに?」

 「・・・・・・・・好きだよ」
 
 また『ゴメンね』って…、そう言われると思ってた…。
 けど、久保ちゃんが言った言葉はごめんじゃなくて…、俺が聞きたいって思ってた言葉だった。
 その言葉はスゴク短くて…、でも足から伝わってくる温かさと一緒に胸の奥にゆっくりとにじんでいくような気がする。
 だからそのカンカクと温かさを抱きしめるように…、上から両手を伸ばして久保ちゃんの頭を抱きしめた。もう、かくれんぼもおにごっこも…、終りにしたいから…。
 少しだけ熱くなった目蓋をぎゅっと閉じて、久保ちゃんの髪の毛に頬を押し付けた。

 「泣かないで…、時任」
 「泣いてねぇよ…、バカ…」
 「・・・・・まだ鍋にカレー残ってるけど、今日は外に食べに行かない?」
 「うん…」
 「一緒に…」
 「けど、どこに…?」

 「いつものファミレスに」

 分解されなかった拳銃を持って、俺と久保ちゃんはファミレスに向かった。
 マンションを出たら、近くに黒い車が止まってんのが見えたけど…。
 久保ちゃんはなにも言わないで、俺の肩を抱くようにして歩き出す。
 だから、俺もなにも言わないで歩き出した。
 たぶん今日も久保ちゃんはイチゴパフェ食うんだろうなぁって…、
 そんなくだらないことを思いながら…。

 一緒に…、どこまでも一緒に手を繋いで…。


                                             2003.3.9
 「かくれんぼ.2」

「かくれんぼ.1」
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