『…ゴメンね』

 久保ちゃんは俺に向かって…、そんな風に言うことがある。
 ゴメンっ、ゴメンねって…。
 あやまるってことは、あやまらなきゃならないワケとか理由とか…、そんなのがあるはずなんだけど、久保ちゃんの『ゴメンね』はそれがわからないことが多かった。
 たぶんゴメンってあやまるのは、ゆるして欲しいことがあるからだと思うケド…。
 久保ちゃんは俺に許して欲しいって…、そんな風には思ってない気がする。
 なのにゴメンねって言うのはなぜかってのは、俺にはぜんぜんわからなかった。
 けど…、久保ちゃんのゴメンを聞くと…、少しだけユラユラと足元が不安定になる。
 ゴメンねって言われるたびに…、少しだけ久保ちゃんとの距離が遠くなった気がした。

 「さっきから、なにやってんの?」
 「べっつにぃ…、ただ寝転がってるだけっ」
 「寝転がるなら、ソファーの上にしてくんない?」
 「なんで?」
 「そうじするから」
 「動くのメンドい」
 「あっそう」

 ウイィィンッッ…、ゴオォォォ…!!

 「うわぁぁぁっっ!!」
 「うーん、さすがに吸い込めないやね」
 「す、す、吸い込まれてたまるかぁぁっ!!」
 「・・・・残念」
 「残念がってんじゃねぇっつーのっ!」

 久保ちゃんはカーペットの上で寝転がってる俺に、掃除機で嫌がらせをしてきた。
 俺が吸い込まれねぇのは当たり前だけど、着てるパーカーのすそが吸い込まれそうになる。
 ゴロゴロ転がって逃げても、久保ちゃんはしつこく掃除機攻撃を続行した。

 くっそぉっっ、パーカーが伸びたらどうしてくれんだっ!!!

 そうココロの中で叫びながらゴロゴロ床を転がると、やっと久保ちゃんが掃除機をかけた部分までたどりつく。
 すると、久保ちゃんはぐったり伸びてる俺を残して、掃除の続きをし始めた。
 何事もなかったように掃除機かけてる久保ちゃんを見てると、ちょっとパーカー伸びた気ぃするし…、ちょっと疲れたし…。
 なんかヤルだけヤラレて逃げられたみたいな、そんな気分になってムカッとしてくる。
 仕返してやろうかって思ったけど、なんかだるくてメンドかったから、そのまま寝転がって久保ちゃんのしてることを眺めた。
 でも、そうやって眺めてても、べつに久保ちゃんが掃除してるのが珍しいってワケじゃない。
 なのに眺めてたくなったのは…、もしかしたら、昨日の夜に聞いた久保ちゃんの『ゴメンね』のせいかもしれなかった。

 『ゴメンね…、時任』

 たぶん、俺が眠ってると思って言ったセリフだけど…。
 いくら考えても久保ちゃんにあやまられるような心当たりはなかった。
 ホントにぜんぜん…。
 なのに、なんであやまんのかって聞けなかったのは…、眠ったフリし続けてたのは…、
 なんとなく、久保ちゃんのゴメンがサヨナラみたいに聞こえてきたから…。
 そんなことないってわかってても…、優しすぎるくらい優しい声で『ゴメンね』って言われると、少しだけ空気が足りなくなったみたいに胸が苦しくなった。
 
 「そんなトコに、いつまで寝転がってるつもり?」
 「掃除が終るまで…」
 「ふーん」
 「なぁ、お前さぁ…」
 「ん?」
 「・・・・・・やっぱいい」
 「そう」


 少しホコリっぽくなったから掃除しようとしたら、時任が床に寝転がってた。
 だから掃除機で攻撃してみたけど…、結局、起き上がらずにゴロゴロと床を移動しただけ。
 でも、ただぼんやりゴロゴロしてるようで、そうじゃない様子だった。
 俺が掃除機かけてると、その動きを時任がじっと眺めてる。
 その視線が妙に気になって横目でチラッと見てみると、時任はやけに真剣な瞳をしていた。
 なぜそんな風に見つめてくるのか…、ワケはわからなかったけど…。
 たぶんそのワケがわかっても、俺はその瞳に向かって『ゴメン』って言うことできない。
 右手と手を繋ぐことも、抱きしめることも…、そばにいることも何もかもが自分のためで…、
 何一つ、時任のためになんて考えたことがないから…。
 だから『好きだ』って言おうとした瞬間に…、いつもその言葉が『ゴメンね』にすり変わってしまうのかもしれなかった。
 『好き』の代わりに『ゴメン』を言い続けても…、愛しさからも、恋しさからも独占欲とエゴしか生まれてこない。
 昨日の夜、眠ってる時任を抱きしめて、『ゴメンね』を言ったら…。

 部屋の中に満ちてた闇が…、もっと深くなった気がした。

 「掃除、終わったよ?」
 「ん…」
 「もしかして…、寝てる?」
 「寝てない」
 「ゴロゴロ転がってて、ほんっとネコみたいだねぇ」
 「誰がネコだっ」
 「テーブルの下でなにやってんの?」
 「なにしててもいいだろっ、べつに…」
 「ま、それはそうだけど。 寝るんだったらちゃんとベッドに行きなね」
 「わぁってるってっ」
 
 時任は気づかない内に、さらにゴロゴロとテーブルの下まで移動してる。
 上から見たら足しか見えなかったから、なにしてるのかはわからなかった。
 なにしてるのか、気になって下をのぞこうとしたけど…。
 そばに行くと時任が足で蹴って来たから、のぞくことができない。
 なんだかなぁ…、とは思ったけど、洗濯機のブザーの音がかすかに聞こえてきたから、テーブルの下をのぞくのはあきらめるとにした。
 それは、床にゴロゴロしてる時任はホントにネコみたいなカンジで、ちょっと眺めてたい気もしたけど…。洗濯機の中にシャツを入れたままにしとくとシワがヒドクなるから、それは避けたいなぁって思ったからだった。
 
 「腹出してるとカゼひくよ?」
 「だぁぁっ、足で服をめくるなっ! エッチっ!!」
 「そんなに暴れなくても…、ねぇ?」
 「なにが、ねぇ?…だっ!! 」
 「洗濯終わったら、出かけるけど?」
 「俺も行くっ」
 「なら、それまでにそこから出てきなね」
 「ん〜…」


 久保ちゃんは足の指で器用に、俺のパーカーのすそをめくった。
 ・・・・ったくっっ、めくっといてカゼひくとか言うなっつーのっ!
 とか、そんな風に思いながらも、実は返事も上の空で俺はやってることに夢中になってた。
 久保ちゃんがリビングから出てったけど、俺はまだテーブルの下に潜ったままでいる。
 実はさっきから、テーブルの下で上ばかりをじーっと見てた。
 テーブルはいつも俺らがメシ食ったりする時に使ってるヤツで…、たぶんこれからも使うはずのテーブル。
 俺はその下でペンを持って、コドモがするみたいに落書きしてた。
 ホントは手紙みたいなカンジだけど…、誰も見ないかもしれないからただの落書き。
 でも…、いつか見てくれたらって…。
 そんな風に思いながら…、テーブルの下に落書きを書いた。

 少しでもちょっとでも…、何かが残るように…。
 
 ずっと耳に残ってる久保ちゃんのゴメンのイミを…、知りたいけど知りたくない。
 聞きたいけど…、聞きたくない…。
 久保ちゃんのゴメンを聞くと胸がズキズキして…、イヤな予感ばっかして…。
 時々、こんな風にじっとうずくまってたい気分になるから…。
 けど、いくらゴメンって言われても、その数だけサヨナラ言われてもココにいたい。
 だからたぶんきっと…、ゴメンって言われた数だけ…。
 好きだって言いたいって…、そう思った。

 どうしてだとか、なんでだとかそういうのよりも…、ただ好きだってことを…。
 
 「洗濯すんだから、買い物に行くよ」
 「わぁっ、ちょっと待てっ!」
 「だから、洗濯すむまでに出て来いって言ったっしょ?」
 「それっくらい、待ってくれたっていいじゃんかっ」
 「・・・・で、なにしてたワケ?」
 「なにって何が?」
 「テーブルの下で」
 「・・・・・・かくれんぼ」
 「足が出てたから、さがすまでもなかったけど?」
 「見つかるように隠れてたんだから、いいんだってのっ」
 「うーん…、見つかるように隠れるのってかくれんぼって言う?」
 「かくれんぼってのは、見つけてくれるヤツがいるから隠れるんだろっ」
 「まぁねぇ…」
 「それにさ…、一人じゃかくれんぼはできねぇし…」
 「なら、俺が見つけたってことで、今度は時任がオニ」
 「げっ…」
 「百数えくれる? 隠れるから」
 「メンドいからイヤだっ。 それに完全には見つけてねぇから、今はまだ俺のオニじゃなくて久保ちゃんのオニっ!」
 「完全にってどういうイミ?」
 「それは…」
 「それは?」

 「・・・・・ヒミツ」
 

 伝えたいけど…、伝わらないことはたくさんあるから…。
 何度も何度も言葉にしても…、何回叫んでもカラカラと歯車が空回りを続けるように伝わらないキモチは…。伝わらない分だけ行き場がなくて…、重く苦しくなってしまうのかもしれない。
 けどそれでも手放せない想いなら、その重さと苦しさにうずくまってるよりも…。
 ぎゅっと思い切り抱きしめてたい…。

 君に伝わるその日まで…。


                                             2003.3.1
 「かくれんぼ.1」

「かくれんぼ.2」
                     *WA部屋へ*