停学の最終日。
 授業が終わって帰ろうとした時任を、相浦が呼び止めた。
 「時任!」
 「えっ、何?」
 「ちょっといいか?」
 相浦は時任に何か話があるらしい。
 時任は家で待ってる久保田のことを思い浮かべたが、
 「いいぜ」
と、返事をする。早く帰って久保田の顔を見て安心したかったが、二人きりの部屋に戻ることが次第に苦しくなり始めていた。
 いつもと変わりないように見える久保田だったが、思わず胸を押さえてしまうような痛い想いが時任に伝わってきている。どうしてそんな想いが伝わってくるのかわからなかったが、久保田が何かを苦しんでいることはわかった。
 その原因が自分だということも。
 時任は最近、ポケットの中に入っている部屋のカギを握りしめることが癖になっている。
 このカギは、時任が荒磯に通うようになった時に久保田がくれたものだった。
 「なんかあったのか?」
 誰にも邪魔されずに話しの出来る屋上に来ると、相浦は時任にそう言った。
 時任はハッとした顔をした後、すぐにいつもの顔に戻ろうとしたが失敗する。
 歪んだ顔をしてるのが自分でもわかった。
 「時任?」
 相浦の手が時任の方に伸びてくる。
 時任が首を左右に振ってそれを拒むと、相浦は悲しそうな顔をして手を下におろした。
 「なんでもねぇよ」
 「なんでもなくないじゃんか。そんな顔してんのに…」
 「それでも、なんでもねぇの」
 自分の不安を相浦に話してしまえば、少しは気分が楽になるのかもしれない。
 けれど、久保田が苦しんでいるのに、自分だけ楽になりたくはなかった。
 「わりぃな、心配してくれてんのに」
 らしくなく時任があやまると、相浦は苦笑して、
 「やっぱり、久保田せいなんだな。お前がそういう顔してんのはさ」
と、言った。
 原因というなら、相浦の言う通り久保田なのかもしれない。
 けれど、それは久保田のせいではなかった。
 軋んでいるのは時任自身のココロ。
 久保田を前にして、どうしてよいか分からなくなっている自分の気持ちだった。
 時任が久保田のコトを考えていると、相浦がマジメな顔をして真っ直ぐ時任の方を見た。
 「時任に言いたいことあったんだ、俺」
 「言いたいことって?」
 「好きだ」
 突然の告白に、時任はきょとんとした顔をして相浦の顔を見る。
 冗談かと思ったのだが、真剣な顔がそれを否定していた。
 「ゴメン。俺、好きなヤツいるんだ」
 すぅっと息を吸った後、時任ははっきりとそう言った。
 やっと気づいた久保田への想い。
 それはとても大事なモノだった。
 今はその想いしか、時任の胸の中にはない。
 「俺の入り込む余地なし?」
 「ぜーんぜんナシ」
 「はっきり言うよなぁ」
 「ホントのことだし、これからも絶対変わんないから」
 「絶対、なんだ」
 「そう、絶対」
 時任と相浦はお互いの顔を見合わせて笑った。
 二人でこんな会話を交わすことになるとは、思ってもいなかったからである。
 「あー、なんかすっきりしたっ!」
 告白して振られた相浦は、妙にすっきりした顔をしてそう言う。時任はそんな相浦を見て、あきれたような顔になった。
 「俺、時任とはこれまで通り付き合いたいからさ。これでよかったんだよ、たぶんな」
 「ふられて良かったって、お前なぁ」
 「そーいうこともあんだよっ。文句あるかっ」
 「お前ってヘンなヤツっ!」
 「時任に言われたくねぇよなぁ」
 「なんだとぉ〜」
 どつき合いしながら、時任と相浦は校内へのドアに向かう。
 苦しい想いが消えたわけではなかったが、さっきよりも気分が軽くなったことに時任は気づいた。 好きって気持ちにも色々なカタチがある。
 けれど、好きな人に苦しい想いをさせるために、好きって気持ちはあるんじゃない。
 だから、好きな人が苦しんでるなら、それを助けるために自分にできることをしよう。
 「なんかわかんないけど、サンキューな」
 時任が礼を言うと、相浦が時任の肩を軽くバシッと叩いた。
 「頑張れよっ、時任」
 「おうっ、まかせとけっての」
 元気よくそう答えた時任は、急いで久保田の元へ帰るべく屋上を出ると、相浦にまた明日なと声をかけてから学校をあとにした。



 久保田の所へと走っていく時任を見送りながら、相浦は小さくため息を付いた。
 「俺ってお人良しすぎだなぁ」
 恋敵を助けるような真似をしてしまった自分に苦笑するが、時任が元気になってくれたならそれでいいと思う。相浦はフラレてから、思ったよりも自分が時任のことを好きだったことに気づいた。
 しかし、そう気づいたのと同時に、この間、久保田と二人きりで話した時のことを思い出していた。
 
 『時任が俺のコトどう思っていようと、そんなことは関係ないんだよね。時任が嫌がっても、逃げたがっても、手放すつもりないから』
 『時任の気持ちはどうなんだよ!?』
 『俺はさ。時任の幸せだけ願ってはいられない。もし、時任が俺以外のヤツのコトを見るなら、俺はその目を塞ぐし、俺以外のヤツを抱きしめるなら、その腕を縛りたくなる』
 『そんなエゴが許される訳ないだろ!』
 『誰に許されなきゃいけないのかなぁ?』
 『久保田…』
 『許されればいいって、そういう理屈なわけ?』 
 『・・・・・・』
 『許されても、許されなくても、罪は罪。時任を想う俺のココロが罪なら、許されたいとは思わない』
 
 相浦を呼び出した久保田は、そう言いながら薄く微笑していた。
 冷たい残酷な空気に圧倒されて、それ以上何も言うことができなかった。
 久保田がいないだけで不安になる時任を見て、始めは時任が久保田に依存していると思っていたが、久保田も時任に依存している。まるで、この世に時任しかいないかのように、そのココロは時任だけを想っていた。
 こんな狂おしい想いに勝てる自信は相浦にはない。
 なぜならば、時任も久保田のことしか見ていないからである。
 ヤキモチばかりを焼いている時任も、やはり久保田を縛りたがっているようにしか見えなかった。

 「勝ち目なし。完敗ってヤツかな」
 「失恋ってヤツだろ?」
 「…そうとも言うけどな」
 時任の背中を見送った場所に立ちつくしたままでぼんやりしている相浦の背中を、通りかかった室田がパシッと力強く叩いた。
 「元気だせよっ」
 「い、痛いじゃねぇかよっ」
 相浦の目には涙が滲んでいた。
                                    2002.3.16

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