桂木はツカツカと廊下を歩いていた。
 その顔はお世辞にも機嫌が良さそうには見えなかったので、廊下にいた生徒達は自然に桂木に道を譲っている。実際の話、時任と久保田コンビについで恐れられているのは、桂木だったりするのだった。
 「さがすとなると、結構大変なのよね。あの男は」
 大体、久保田のいる場所というのは決まっているような気がする。
 教室では自分の席からほとんど動くことはないし、生徒会室でも座っている場所はいつも同じだ。
 だが、用事があって呼んだ時、その場所にいないことがたまにある。そういう時は、どこを捜しても見つからないことが多い。
 そういう時に久保田を見つけられるのは時任だけだった。
 時任は久保田の行動を把握できる唯一の人物であり、久保田を動かせる唯一の人間でもある。
 「まったくもうっ」
 桂木はぶつぶつ言いながら、久保田ではなく時任を捜していた。
 その方が手っ取り早いからである。
 「あー、いたいた」
 桂木は目標を発見すると、逃げられないように早足でそれに歩み寄った。
 「時任っ」
 「なんだ、桂木じゃん」
 「なんだはないでしょ、なんだは」
 時任は一人で廊下を歩いていた。
 おそらく、これから自分の教室に戻るつもりだろう。
 桂木は小さくため息をついてから、
 「ねぇ、久保田君どこにいるか知らない?」
と、時任に尋ねる。
 すると時任は、少し考えるような素振りをした後、よどみなく桂木の問いに答えた。
 「屋上にいる」
 まるで見てきたような感じの口調だったので、桂木は少し首をかしげた。
 「もしかして、さっきまで一緒に屋上にいたの?」
 「いねぇけど、なんで?」
 「なんとなくね」
 「ふーん。まあ、たぶんいるから、用があるなら行ってみれぱ?」
 「・・・そうするわ」
 時任は久保田が屋上に行くところなんて見ていないだろうし、久保田自身からそこに行くことを聞いたわけでもないことが、なんとなく桂木にはわかった。
 おそらく、久保田に時任の居場所を聞いても同じ感じなのだろう。
 桂木は時任と分かれると、屋上へと向かった。
 時任がそう言うのなら、久保田は確実に屋上にいる。
 階段を駆け上がって、目指す場所のドアの前に立つと、桂木は荒い息を収めてからそのドアを開けた。
 ヒューと風が屋上から室内へと入り込む。
 春に近づいたとは言え、まだ空気は十分に冷たい。
 そんな冷たい空気の中で、久保田は一人タバコを吹かしていた。
 「久保田君」
 桂木が声をかけると、久保田は別段驚いた様子もなく、
 「いらっしゃい、桂木ちゃん」
と、言った。
 まるで待っていたかのようなセリフに、桂木は眉をしかめる。
 そんな桂木を見た久保田は、何を言うでもなく相変わらず屋上のフェンスに背中を預けて立っていた。その様子は、なぜかやけに落ち着いている。
 (私がココに来るのを予測してたって、そういうこと?)
 おそらく、久保田は何をするために桂木がここに来たのかを知っている。
 それが分かった桂木は、肩をすくめた。
 「時任は告白してくれた?」
 確信をつく一言を桂木が言うと、久保田は人を煙に巻くような感情の読めない笑みを浮かべた。
 桂木はその笑みを鋭い目付きで見返しつつ、言葉を続けた。
 「今回のこと、初めから知ってたわよね? なのに邪魔しつつも止めなかったのは、鈍感でいつまでも自覚しない時任に、自分の気持ちを自覚させるため。自覚させて、完全に自分の方を向かせたかった。そうなんでしょ、久保田君?」
 挑むような視線で見ている桂木に、軽く肩をすくめて見せると、久保田はタバコを下へと落としてそれを踏みつけた。
 「さすがは桂木ちゃん。大体当たってるよ」
 さすがと言われても、桂木は視線を緩めたりはしなかった。
 久保田のペースに巻き込まれないためである。
 しかしこの屋上に来た時点で、すべてが久保田の予想範囲内の出来事だということに、桂木は気づいていなかった。
 「大体って? 他にも目的があったわけ?」
 「さあ、どうだろうねぇ」
 「今回のことも、藤原のことも。そして、異様に時任の世話を焼きたがるワケも。全部まとめると見えてくる気がするのよね」
 「何が見えるの?」
 「・・・・・時任のこと、閉じ込めてどうするつもり?」
 桂木のセリフに、久保田は微笑を浮かべた。
 そう、そんなことは桂木に指摘されるまでもなく、久保田自身が知っている。
 だから驚くに値しない。
 あらためて確認する必要もない。
 桂木のセリフは久保田にとってなんの効力もない、意味のない言葉だった。
 「・・・・・」
 意味がない。
 突然、そのことに気づいた桂木は、何も言うことができなくなった。
 久保田には自分の言葉は何一つ届かないことを、悟ったからである。
 無意味。
 久保田の微笑を見つめながら、桂木は表情を凍らせた。

 「じゃあね、桂木ちゃん。あまりココに長くいると風邪ひくよ」

 その場に立ち尽くしている桂木を置いて、久保田はドアへ向かって歩いていく。
 このまま、ドアを開けて屋内に入るように見えたが、その直前で久保田はピタリと足を止めた。

 「興味本位で近づくと、火傷するから気を付けなね」

 この一言が桂木の耳に聞こえていたかは定かではない。
 だが、これ以後も時任と久保田に対する態度が変わらなかったため、桂木は今回の件を記憶の遅く底に沈めてしまったのかもしれなかった。



 屋上で久保田と桂木が対峙していた頃、その原因の時任は、ずっと一人で久保田のことを考えていた。
 ドキドキする鼓動と、熱くなる頬のワケ。
 本当は簡単に分かるはずの答えが、どうしても出ない。
 それはたぶん、自分が男で、相方で、同居人で、そういう対象じゃないと思い込んでいることが原因だった。
 例の闇生徒会事件でも、生徒会長と橘の関係に首をかしげていたことからもわかるように、時任にはそういう恋愛の形の認識はまるでなかったのである。
 けれど、このドキドキはどうしても止まらない。
 時任はぎゅっと拳を握りしめると、しばらくして教室に戻った久保田の元にかけよったのだった。
                                    2002.3.4

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