ミッション3 〜室田の油断〜≫

 時任のことを時々見つめてはため息をついてる相浦を不審に思って、室田はどうしたのかと尋ねてみた。すると、帰ってきた答えは予想外のものだった。

 『最近、時任のこと見るとドキドキする。これって不毛ってやつかな、やっぱ』
 『相浦、お前・・・・』
 『いいよ、何もいわなくて。俺、自分でわかってるからさ』

 桂木の提案のせいばかりではないが、執行部内の空気がどうにも最近息苦しい。
 原因の中心にいるのはやはり時任に違いなかったが、そんな時任をそのままにしている久保田もらしくなかった。
 (一体、どうなってるんだか)
 室田はそう思いつつため息を付きながら、廊下の窓から外を見てる時任に並んだ。
 頬杖付きながら外を眺めてる姿は、さすが自分で美形と豪語するだけあって絵になっている。
 (おとなしくしてれば、久保田くらいモテるかもしれないなぁ)
 そう思ったりはしているが、室田は時任のことを恋愛の対象としては見ていない。
 だが、見ていないというよりは、時任が久保田のことを好きだと知っているのが大きいかったのだろう。二人が一緒にいるところを見てしまえば、大概の人間は即座にあきめてしまうのだ。
「桂木の提案、俺で終わりだけどさ。久保田以外のヤツと付き合った感想はどう?」
 室田が何気なくそう尋ねると、時任はちょっと笑った。
 「結構おもしろかったけどさ・・・・なんか落ちつかねぇよな。久保ちゃんは全然いつもと変わんないし。やっぱ、桂木の言うコトに乗んなきゃよかった」
 「でもまぁ、わかったこともあっただろ?」
 「良くわかんないケド、ちょっとはな」
 「だったらいいんじゃないか?」
 「そーかも」
 わかったことはたぶん自分の気持ち。
 室田は時任の話をうなづきながら聞いていたが、久保田が全然いつもと変わらないという時任の言葉だけはうなづかなかった。
 表面上はいつもと変わらなそうだが、久保田を包んでいる雰囲気が微妙に違う。
 ほとんどの人間は気づかないだろうが、毎日執行部で顔を合わせているため、室田にもその違いは多少わかった。それは、相浦が何かに怯えている理由と関係があるらしい。
 「ところでさ」
 「何?」
 「俺、室田とは何するんだ? 相浦とはゲーセン行ったし、相浦とは映画行ったぜ」
 「あー、なるほど。友達しなくちゃいけないんだよな」
 友達っぽいことがなんなのか、正直なところ室田にはわからない。
 だが、何かしなくては桂木に怒鳴られるだろう。
 ここは何かそれらしいことをする方が無難に違いないが・・・・。
 「どこか行くっていってもなぁ」
 うなりつつ室田は何をしようかと考えていたが、ふと何かを思いついて拳で手のひらをポンと叩いた。
 「そうだ時任。この際だから、料理を一品くらい作れるようになるってのはどうだ? 俺が教えてやるからさ」
 「お、俺、もっと別なことがいいっ!」
 「時任が料理作ると、久保田も喜ぶと思うけどなぁ」
 「うぅっ・・・・」
 「一緒にがんばろうな、時任」
 普通、男が二人で料理教室などはしない。
 この時点で、友達がどうとかいう目的からそれていたが、そのことに二人とも気づいていなかった。



 家庭科室は部活で使用されているし、生徒会室には久保田がいるから秘密で練習ということにはならない。
 室田は時任を伴って、自分の家へと帰ってきていた。
 「俺んち今日誰もいないから、遠慮なくあがれよ」
 「そんじゃ、遠慮なくお邪魔するぜ」
 両親は共働きだし、兄弟達も今日は友達の家に泊まるだのなんだのと言って帰ってきていない。別に誰がいてもかまわないが、時任に料理を教えるには横から茶々が入らないほうがいいに決まっている。
 「それじゃあ始めようか?」
 「こうなったらやってやるぜっ」
 始めはやる気がなかったが、スーパーで材料を選んでいる内に楽しくなってきたらしい。
 楽しそうにスーパーのビニールから野菜を取り出した時任は、室田が差し出したエプロンを身につけた。
 「エプロンなんかいんねぇのになぁ」
 「制服が汚れるからだって」
 「そーいや、久保ちゃんもしてるもんな」
 「・・・・してるのか?」
 「してるケド」
 家で主夫してると話には聞いていたが、エプロンまでしているとなると、かなり板に着いているに違いない。ご飯作ったり、洗濯したり、掃除したり。
 (制服のカッターシャツとかアイロンかけてんの、やっぱり久保田なのか?)
 考えなくてもいいことを考えてしまい、室田は頭を抱えた。
 久保田はそういう日常からかけ離れた感じがするのに、家では所帯じみたことしてるなんてのは、学校広しと言えど知っている人数は限られてくるだろう。
 「と、とにかく、今日はちゃんと自分で作れるようにマスターして帰れよ」
 気を取り直して室田が言うと、時任は拳を握って、
 「まかせろってのっ!」
と、元気良く言った。
  しかし、料理を覚えると言っても、時任はキャベツの千切りもまともにできない。
 実は以前にも料理を教えようとしたことがあったが、ことごとく失敗しているのである。
 ちょっと指を切るたびに久保田が心配して寄ってくるし、その度にいちゃいちゃしてるし、そのいちゃつきぶりにあてられて、結局いつもタイムアップだった。
 だが、今日はいつもと違う。
 絶好の料理日だとかなんとか思いつつ、室田はMy包丁を取り出した。
 「それが噂のマイ包丁ってヤツだな」
 「そう、これが噂のヤツだ」
 キラッと光る包丁は良く手入れされていて、スパッと切れ味が良さそうだった。
 包丁を持った室田は、どこかの割烹旅館の料理人のようである。
 しかし現実を見れば、自宅の平凡な台所で二人の男がエプロン着て料理しようとしているという状況なのだった。
 「なぁ、室田」
 「なんだ? 時任」
 「この黒くてパリパリのゴミみたいなの何?」
 「・・・それはゴミじゃなくて、キクラゲ。水で戻して使うんだ」
 タマネギ、白菜、にんじんなどの野菜が並んでおり、横には調味料がある。
 室田はこの材料を使って中華丼を作る気だった。中華丼なら、野菜を切って煮て中華丼の素を入れれば、誰が作ってもそれらしくなるだろうということで、室田はこのメニューに決めたのである。だが、問題はそれ以前にあった。
 時任は包丁を使えないのである。
 一番切りやすい白菜を選んで、室田は良い手つきで見本を見せた。
 「これくらいの長さに白菜を切る」
 「これを切ればいいんだな?」
 なんだ、簡単じゃんとかいいつつやってるわりには、時任の手はフルフルと震えている。
 一回、包丁を下ろすたびになんだかびくびくしてしまうような手つきだった。
 (コレ見てると、久保田がムリに時任に料理作らせようとはしない理由はわかるけどなぁ)
 あまりの不器用さに涙が出てきた。
 もう少しまともにできないだろうかと室田は思っていたが、千切りなどの細かい作業ではなかったため、どうにか無事に切り終えたようである。
 「じゃあ次はタマネギ。皮を剥いて、こうやって縦に切って、横に切って、あとはザクザクとこんな感じにな?」
 「ちょっと難しそうだけど、なんとなくわかった」
 タマネギの頭を切り落として、パリパリと皮を剥き始める。
 慣れている室田は涙は出ないが、時任はやはり涙をボロボロ流し始めた。
 「む、室田。目が痛ぇ」
 「ああっ、手で目をさわったらよけいになるぞ。触らずに手を洗えって」
 「前が見えねぇっつーの!」
 「しょうがないやつだなぁ」
 室田は時任の手を水道まで引っ張ってやって洗わせてから、タオルを渡した。
 「う〜、俺もうダメ。ギブアップ」
 「タマネギ一つ剥けなくてどうするんだ。修行はこれからだぞ」
 「誰も修行なんか頼んでねぇ!」
 痛さにぎゅっと目をつむったままの時任が、室田の方を向く。時任の頬には涙が伝っていた。
 タオルを握って、タマネギのせいとはいえ泣いている時任は、とてつもなくカワイイ。
 室田は自分の中の理性が揺れるのを感じた。
 (しっかりしろっ、あれは時任だぞっ!)
 相浦と同じようなことを室田は心の中で叫んだ。
 だが、カワイイものはカワイイ。
 「なんとかしろっ、室田っ!」
 そんなふうに叫んでいる時任の肩に、室田は両手をかけた。
 「・・・何?」
 時任は不思議そうに首をかしげている。
 目が見えないので今の状況を把握していないらしい。
 (もう、どうにでもなれっ)
 そう室田が完全に理性を投げ捨てようとした時、突然電話のぺルが鳴った。
 「あれ、電話」
 「あ、ああ、そうだ。電話に出ないとな」
 ハッと我に返った室田が居間の電話を取ると、
 「もしもーし」
と、今、一番聞きたくなかった声がした。
 「い、家に電話してくるなんて珍しいな」
 心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われながら室田がそう言うと、電話の相手は相変わらず口調で、
 「ウチには門限があるからさ。それを知らせとこうと思ってね」
と、言った。
 確か、料理をすることは時任と廊下で二人でいる時にしかしなかったし、時任も誰にもないしょにしているはずだった。なのに今、電話がかかっているということは、ここに時任がいるということを知ってるってことである。
 「久保田」
 「ん〜、何?」
 どうして知ってるのか聞こうと思ったが、受話器の向こうから聞こえてきた犬の鳴き声を聞いた瞬間、言葉が出なくなった。するとそのことに久保田が気づいたらしく、
 「室田んちの隣の家の犬、フサフサでかわいいなぁ」
と、わざとらしく言った。
 もしかしたら、犬の声を聞かせたのもわざとかもしれない。
 室田は冷汗をかきながら、受話器を握り直した。
 「い、いや、なんでもない」
 「ならいいけど」
 「時任はできるだけ早く帰すから、門限聞かなくても大丈夫だと思うよ」
 「ふーん、それじゃあ後はそういうことでよろしく」
 「わ、わかった」
 たぶん、時任がここから帰るまで今いる場所にいるだろう。
 自宅だということで油断していたが、学校でもどこでも時任のいるところなら目が行き届いているということらしい。
 室田はまだ泣いている時任に、居間で休んでいるように伝えてから、もの凄い勢いで中華丼を作り始めたのだった。


 後日、相浦、松原、室田の三人は、任務の終了を報告したが、桂木はなんとなく裏の事情がわかったらしく、
 「結局、利用されちゃったワケね。あんたたち」
と、言った。
 言葉の意味がわからなくて三人が首をかしげていると、桂木はふかーいため息をついて生徒会室を出て行ったのである。
                                    2002.2.23

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