≪ミッション2 〜松原の災難〜≫ 本当は一週間交代のはずだったが、なぜか相浦が泣き付いて来たため、順番は早々に松原に回ってきていた。 しかし、別に普段と少しだけ多く時任といる時間が増えるだけで、普段となんらかわらない。なぜ相浦があんなに嫌がっていたのか、松原には理解できなかった。 「なんかさぁ。最近相浦のヤツ様子おかしいけど、何があったのか知ってるか?」 とりあえず、一番事情を知っていそうな時任にそう尋ねてみたが、時任も首をかしげるだけで、心当たりはないらしかった。 しかし、相浦の様子がおかしいことには気づいているらしく、 「俺にもわかんねぇんだケドさ。確かに様子おかしいよな?」 と、時任は生徒会室の一角で室田と話している相浦を不思議そうに眺めていた。 だがおかしいのは松原だけではなく、時任もやはりおかしい。 あの、桂木の発言が多少なりと関係しているかもしれないとは思うが、あんなにべったりくっついていた時任と久保田の間に目に見えて距離ができていた。 ケンカしている風でもない所が、なんだか不気味である。 「なぁんか、雲行きあやしい感じするよなぁ」 そうぼそっと松原が呟くと、それに気づいた時任が松原の方を向いた。 「なんか言ったか? 松原」 「べつに何も言ってないよ」 松原は笑顔でそう言って誤魔化すと、ふと思いついた感じで、 「そんなことよりさ、今度の日曜なんか用事ある? 俺さ、見たい映画あるんだよね。アクションものだから、女の子とかといけなくてさ。時任、一緒に行かない?」 と、日曜日のことを時任に持ちかけた。 すると時任は、少し考えるように頬に手を当ててから、 「用事?べつにそんなもんないから行ってもいいぜ」 と、返事をした。 だが、べつにそんなもんないという言い方がちょっと引っかからないでもなかった。 「それじゃあ決まりだな。日曜の10時に待ち合わせスポットの大きな時計のあるトコに集合ってことで」 「わかった。10時だな」 「遅れんなよ〜」 「遅れねぇよっ」 そんな会話を時任と交わしつつ、松原はチラリと部屋の隅に座っている久保田の方に視線を向けた。しかし、久保田はべつにこちらの会話を聞いているような感じはなく、黙々と新聞を読んでいた。 だが、よくよく考えると、くわえタバコしながら新聞読む高校生というのは、かなりすごいような気がする。制服を着てない時は、やっぱり高校生には見えないんだろうなぁとか、そんな関係のないことを松原は思っていたが、この後、それを自分の目で確かめることになるのであった。 日曜日の午前10時。 9時55分くらいから待ってた松原に遅れること20分。 息を切らせて時任が時計の下に立っている松原の元へ走ってきた。 いかにも寝坊しましたといった感じだが、15分くらいならまあまあといったところだろう。 「わりぃ、ちょっと遅れた」 ちゃんとあやまった時任に、松原は笑いながら、 「時任がちゃんと時間通りに来るなんて思ってなかったしなぁ、俺」 と言うと、時任はムッとした顔で、 「俺はちゃんと間に合うように起きたけど、久保ちゃんが日曜だから起きてくんなくて、朝飯ができてなかったからそれでっ!」 とかなんとか言い訳をした。 要約すれば、いつも朝飯を作ってる久保田が寝てるので、朝飯ができてなくて遅刻したといった感じだろう。 「炊事って当番制?それとも久保田が全部やってんの?」 なんとなく聞いてみたくなって松原がそう聞くと、時任は今朝のことを思い出したのか、さらにムッとした顔になった。 「俺は久保ちゃんと違って、料理なんかできねぇのっ」 「久保田って料理得意だったりとか?」 「べつにそーでもないみたいだけど? いっつもカレーばっかだし」 「・・・・ふーん、なるほどね」 (ようするに、久保田は料理が得意でも好きでもないのに。時任に食わせるために毎日作ってるってわけだ。・・・俺にはとてもじゃないが、真似できないなぁ) いつも見ている時任はそんなことはないのだろうが、台所に立ってジャガイモとかタマネギとか剥いてる久保田は想像しづらい。松原は軽くうなづきながら、なんとなく久保田に関心してしまっていた。 「それじゃあ急ごうぜ。結構込んでんだろ、その映画」 「公開、今日が初日だからさ」 ここで立ち話をしていてもどうにもならないので、松原と時任は映画館に向かって歩き始めた。 映画はスパイ系のアクションモノで、設定も映像も凝っていた。 やはりアクションモノは、ビデオ借りて家のテレビで見るのとは迫力が違う。時任も面白そうに画面に見入っていた。 女の子と映画を見る時はそれなりに気を使うので、純粋に100%楽しむことができなかったりする。だから、やはりこういうのは友達とくるに限る。 満足した感じで、松原と時任は映画館を出たが、表に出た瞬間、松原はあることを思い出した。 「あっやべ、なんか寒いと思ったら映画館に上着忘れてきた。悪い時任、ちょっとそこで待っててくれ」 「早く取ってこいよ」 「すぐ戻る」 松原は自分のドジさに舌打ちしながら、その場に時任を残して上着を取りに映画館の中へと戻った。 「すいません。上着忘れたんで・・・」 係員の人に訳を言って通してもらうと、松原は誰もいなくなった館内に再び入った。 座っていた席は真ん中辺りだったし、館内には映画が終わって明かりが着いているので、上着のありかはすぐにわかった。 「ったく、ドジだよなぁ」 松原は自分で自分にぼやきながら、急いで時任の待っている場所に戻った。 しかし、そこにいるはずの時任がいない。 どこに行ったんだろうと思って辺りを見回していると、映画館の前の道の真ん中で立ち話をしている時任と見知らぬ男を発見した。 「何やってんだ?」 不思議に思って眺めていると、その男が小さな紙を時任に差し出しながら、何か説明を求めているような感じなのがわかる。どうやら道を尋ねているらしかった。 「時任に聞いても聞くだけムダなような気、するけどなぁ」 あまりここら辺りの道とかそういうのに時任は詳しくなさそうな感じがする。 どうやらそう感じたのは当たりらしく、時任は尋ねられて困っているようだった。 「しょうがないなぁ」 松原はそう言って、時任を助けるべく二人に近づこうとしたが、ハッとあることに気づいてその動きを止めた。 時任は説明に一生懸命になってて気づいていないようだが、男の手が時任の腰の辺りに置かれているのである。その手は、誰から見ても不自然だった。 (も、もしかして、あれって・・・) 嫌な予感がした松原が、やはり助けに入ろうと思ったその時、そのあやしげな男が物凄い勢いで時任からこちらに視線を移した。 「えっ!? なんで?」 いきなり見られた松原は、どうしてよいかわからず戸惑った。 しかし、その男の視線は松原ではなく、その後ろに向けられていたのである。 男は驚いたというより、恐怖といった方が正しいような、そんな表情を浮かべて少しの間松原の後ろを見つめていたが、慌てて時任から紙を取り戻すと、時任に軽く頭を下げてから走り去っていった。 「一体、なんだあれは?」 唖然としてその様子を見ていた松原はそう呟きながら、ふと、自分の背後がなんだか暗くなったのに気づいた。 「えっ・・・」 なんだろうと思って振り返ると、そこには良く見知った人物が立っていた。 「な、な、なんで、ここにいるんだ?」 かなり動揺しながら松原がそう言うと、後ろに立っていた人物はのほほんと、 「用事あって近くまで来たから、ちょっとね」 と、答えた。 「そ、そうか〜、通りかかったのか〜」 「そおいうコト」 久保田誠人。 松原の高校の同級生にして、時任の同居人である久保田は、黒いロングコートを着てそこに立っていた。 妙に落ち着いた雰囲気を普段から持っているが、高校から離れてこうして日常の中で見ると更に大人びて見える。誰もこれが高校生だとは思うまい。 周囲の女の子達の視線は、松原ではなく久保田のみに注がれていた。 ちょっとくやしいが、この久保田相手では張り合う気にもならない。 それに久保田は、そんな女の子達の視線など少しも感じてなどいないような様子で、去っていく男の後ろ姿に文句言ってるらしい時任を愛しそうに眺めていた。 マジで愛しちゃってますって視線である。 (あの久保田にココまで想われてんのって、結構っていうか、かなり凄くねぇ?) 実際の話。 久保田は時任のことを想ってますっていうキモチを、少しも隠そうとはしていない。 それなのに、それに一番気づいてないのは、当の本人の時任だったりするのである。 「時任は自分のコトしか興味ないから、鈍感なんだよねぇ。だから、ああいう悪いオジサンの思惑にも気づかないし」 そんな風に言った久保田の言葉に、松原は素直にうなづいた。 「鈍感ってのはかなり当たってるよな」 「だからさ、頼むわ時任のこと。目を離さないでいてあげてね」 まるで、うちの子よろしくねっと言っている母親のような感じである。 久保田の深い愛情の片鱗を見た松原は、なぜかちょっと冷汗をかきながら、殊勝に、 「了解。善処します」 と、誓ったのだった。 その返事に久保田は何も反応を示さず、松原にくるっと背を向ける。 「それじゃ」 そう言いながら、久保田は松原に片手を軽く上げて見せた。 「あっ、ちょっと・・・」 用事が済んだとばかりに、時任が来ないうちにこの場を立ち去ろうとした久保田を、松原は反射的に呼び止める。 「ん〜、何?」 久保田がそう言いながら足を止めて松原を振り返った。 松原はごくっと息を飲み込んでから、思い切ってあることを質問してみた。 「最近、相浦の様子がおかしいんだけど・・・なんでだか理由知らないか?」 そう、相浦は桂木の作戦に参加してから様子がおかしい。 この作戦に久保田は直接関係ないが、間接的には関係ある。 手のひらに汗を感じている松原の顔を見て、久保田はいつもと変わらぬ表情で、 「・・・・さあ、知らないケド」 と答えた。 「そうか。知らないならいいんだ」 「そう? それじゃあね」 松原はそれ以上突っ込んで聞く勇気はない。 だが、答えた久保田の不自然な間が、すべてを物語っているような気がした。 こうして、なんとか無事に二人は日曜日を過ごしたのだったが、その帰り道、時任が妙な質問を松原にした。 「松原ってさ。誰かと付き合ったりとかしたことあんの?」 男子校生としては普通の会話だが、時任としてならばあまりこういうことは言いそうにない。それに、松原が誰と付き合ってるのか、興味があって聞いた感じでもなさそうだった。 「まあ、何人か付き合ったことあるけどさ」 松原が軽い感じでそう答えると、時任は少し驚いた顔をして、 「何人かって、結構軽いんじゃん」 と言った。 しかし、松原は時任が言うように軽い気持ちで付き合ったのではなく、まじめに付き合っていたが破局したというやつだったのである。 「俺の好きになった相手が、俺のこと好きになってくれるとは限んないじゃん」 そう松原が寂しそうにぼそりと言うと、時任は、 「わりぃ。そおいえばそうだもんな」 とあやまった。 普段は俺様しているが、自分が悪いと認めたことには時任はかなり潔い。 そういうところが、松原が時任のことを認めている部分だった。 「けどさ、なんでそんなこと急に聞いてくんの? なんかあったわけ?」 日曜日ということではしゃいではいたが、やはりいつもより元気がなさそうな時任に、松原がそう尋ねる。すると時任は、いきなりぎゅっと松原の手を握ってきた。 「・・・?」 いきなりのことに松原が首をかしげていると、時任は松原の顔を見てうーんと唸った。 「何やってんの、時任?」 「松原は手とか握られてドキドキする? 相浦はドキドキするって言ってたんだけど?」 「はぁ?」 時任の言っていることがわからない。 松原がさらに首をかしげていると、時任は盛大にため息をついて、松原から手を放した。 「やっぱ、わかんねぇのか〜。相浦もわかんねぇって言ってたし」 「・・・相浦が?」 「そう」 相浦が、時任に手を握られてドキドキ??? 松原はう〜と頭を抱えた。 なんとなく、少しだけ相浦に何が起こったかを理解したからである。 「なんで、相浦の手なんか握ったわけ?」 そう松原が尋ねると、時任は憂鬱そうな顔をして足元の石を蹴りながら、 「最近、すっげぇドキドキがとまんないからさ。それでどうしようかって思って」 などと言う。 松原は頭を抱えたまま、恐る恐る時任に「誰にドキドキしてんの?」と聞いた。 すると答えは思った通りだった。 「俺、久保ちゃんといるとドキドキして止まんなくなる」 時任は、自分のドキドキの正体を知りたくて、相浦や松原を相手に実験をしていたのである。しかし、誰からみてもそれは間違っているというものだろう。 時任は久保田だけにドキドキしている。 だから、もう結論ははっきりと出ているのだった。 「・・・・あのな、時任」 「何?」 「そーいうのは、俺じゃなくて直接久保田に言えよ。そしたら、ドキドキする理由もわかると思うぜ。絶対っ」 「く、久保ちゃんに?」 「そう、久保田に」 真相の全貌が見えてきた松原はがっくりと肩から力を落とし、途中の道で時任と別れると盛大にふかーいため息をついた。 後日。 相浦を呼び出した松原は、その肩をぽんぽんと叩きながら、 「あれはやめとけ。馬に蹴られて死ぬぞ」 と、しみじみと呟いたのだった。 |
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