≪ミッション1 〜相浦の悲劇〜≫

 「決めたからには、さっそく今日からねっ」
 そう言う桂木の命令逆らうことができず、相浦はいつも談笑している友人達とは離れて、時任の前の席に腰を降ろしていた。
 だが、当の本人である時任が、さっきからじっと座ったまま一言も喋らないのだった。
 (これじゃあなぁ)
 そう思いつつ、相浦がため息をついたのも無理はない。
 いつもの元気はどこへやらという感じで、アンニュイな表情をした時任がなにやら思い悩んでいる様子だった。
 「なんかあったのか? 時任。元気ないじゃんか」
 普段ならば、元気の無い時任を元気付けるのは久保田の役目だが、今日は相浦の役目となっている。役目などなくても、元気がなければどうしたのかと声をかけるだろうが、いかんせん、普段はいつも久保田が傍にいるので、そうする隙があまりなかった。
 相浦は時任の肩をポンと叩くと、
 「なんかわかんねぇけど、らしくないぜ。悩みがあるならいくらでも聞いてやるから、元気出せよ」
と言う。
 これは演技ではなく本心。元気の無い時任を見ると調子が狂うので、いつもの時任に戻ってほしいと相浦は思っていた。それはクラスの連中も同じらしく、皆がチラチラと時任に視線を送っている。
 ようするに、時任は誰の目から見ても分かるほどに落ち込んでいたのだった。
 「なあ、相浦」
 「何? 悩みごとなら遠慮なく言えよ」
 「あ、うん。サンキュー」
 なんとなく照れた感じで礼を言う時任は、いつもと違ってどこか頼りない感じがする。
 いつもの俺様な時任とあまりにも違い過ぎて、相浦はちょっとどきまぎしながら、時任のことを見ていた。
 「あのさー。相浦って、どんな時ドキドキする?」
 「ドキドキ?」
 「うん」
 真剣な顔をしてそんなことを聞いてくる時任に、相浦は返事に困った。
 (どういう意味で言ってんだ、時任は・・・)
 ドキドキにもたくさん種類がある。
 驚いた時もドキドキするし、怖い時もドキドキするし、恋してる時もドキドキする。
 どれも同じだけど、違うドキドキだ。
 「うーん、そうだなぁ」
 どう言おうかと悩んでいると、突然、何の前触れも無く、時任が相浦の手をぎゅっと握った。相浦があまりのことにびっくりしていると、時任が上目遣いで、
 「なぁ、こういうのってドキドキする?」
と、聞いてくる。
 相浦はなぜか顔を赤くして、硬直してしまった。
 (な、なぜ照れるんだ、俺っ! 相手は男だ、時任なんだぞっ!)
 いつもの傍若無人さがまるっきり無くなった時任は、なぜかすごくかわいい。
 そのことに気づいた相浦は、心の中で激しく首を横に振った。
 (し、しっかりしろっ!)
 自分自身を叱咤していると、突然、背中に冷たいものが走った。
 「・・・な、なんだ?」
 感じたのは悪寒などではなく、確実に殺気と呼ばれる種類の鋭い視線である。
 視線を感じた方にバッと勢い良く振り返ってみたが、そこには誰もいない。いるのは机に突っ伏して眠っている久保田だけだった。
 (今のは一体・・・・)
 相浦が冷や汗をかいていると、時任が不思議そうな顔をして、
 「どうかしたのか?」
 と、聞いてくる。
 相浦は慌てて時任の手から自分の手を奪い返すと、首を激しく横に振った。
 「な、なんでもないっ。そ、そうだっ。放課後一緒にゲーセンいかない? 友達っていったら、放課後ゲーセン行くのが定番だろ」
 誤魔化すようにそう相浦がいうと、時任は素直にうなづいた。
 「そーいうの、俺よくわかんないケド。行ってるヤツけっこういるよな」
 「それじゃあ、放課後な」
 「おうっ」
 こうして、相浦は時任と共にゲーセンに行くことになったのである。



 放課後、執行部が非番である相浦と時任は、行きつけのゲーセンにやってきていた。
 最近のゲーセンはあまり飽きが来ない。やってるゲームを極める頃には、また新しいゲームが入っているからである。
  元々、ゲーム好きである相浦と時任は、次々と対戦系のゲームを二人でにぎやかにやっていた。
 「へへん、俺様に勝てると思うなよっ」
 「いくらこのゲームにつぎ込んだと思ってんだ。絶対負けないぜっ」
 「うおっしゃこいっ!」
 「いくぜっ!」
 白熱したバトルを繰り広げていた二人は、けっこう長い時間、ゲーセンに留まっていた。すると、やっぱりこういうところには付きもののヤツが現れたのである。
 「なんかお金持ちそうじゃん。ちょっち俺にも恵んでくんねぇ」
 あまりにも定番すぎて、笑う気にもなれない。
 だが、ここで暴れると後で結構面倒臭いことになる。
 (とりあえず、外まで走るか・・・)
 そう相浦は思っていたが、時任の方は違っていた。
 「俺様を誰だと思ってやがんだっ! ケンカを売るなら相手を良く見やがれっ、このチンピラ野郎!」
 (うっ、・・・やっぱりかぁ)
 時任はすでにケンカを買っていた。
 相浦が頭を抱えていると、時任はいつもの見ていて気持ちいいほどの勝気な瞳で、相手をギッとにらみつけた。
 「俺様にたった一人でケンカを売るたぁ、いい度胸だぜ!たっぷり後悔させてやるから覚悟しろよっ!」
 時任が勝利宣言をすると、チンピラはニッと笑った。
 「誰が一人でやるなんて、面倒くせぇことするかよ。俺の他にも・・・・」 
 自信満々のセリフが、小さく尻すぼみになっていく。
 笑みが次第に凍り付いて、顔だけではなく全身が凍結したような様子になった。
 「なんだぁ?」
 「なに?」
 相浦と時任がチンピラの様子を不審に思って辺りを見回すと、そこにはなぜか人間が五、六体、転がっていた。皆、何者かにひどくやられたらしく、小さくうめき声をあげて倒れている。
 しかし、さっきまで何もなかったと記憶していたし、何か騒ぎがあったのなら、煩い店内とはいえ何か聞こえてきただろう。
 それはあまりにも不思議な光景だった。
 「ち、ちくしょうっ・・・・」
 チンピラは真っ青な顔でゲーセンを出て行き、続いて仲間らしき奴らも身体を引きずりながら出て行った。
 「なんだったんだ、一体?」
 そう時任が呟いている横で、相浦はゲーセンの入り口の辺りをじっと見つめている。
 その時、時任には見えていないらしかったが、相浦の目にははっきりと、店内からサッと出て行く黒い影をとらえていたのだった。
 (ま、まさかな・・・)
 学校の時と同じような冷や汗をかきながら、相浦は時任と一緒にゲーセンを後にした。チンピラにからまれて、ゲームをする気が失せたからである。
 「わるかったな、時任。せっかくさそったけど、こんなことになっちまって」
 一緒に家路への道を歩きながら相浦がそうあやまると、時任は楽しそうな顔で笑いながら、
 「気にすんなよ、俺、けっこう楽しかったし」
と言ったので、相浦も同じように笑い返した。
 「また行こうぜ」
 「あぁ、またなっ」
 無理に友達しなくても、二人は十分友達だった。
 けれど、相浦の中でちょっとだけもやもやした部分かある。
 それは、教室で手を握られた時のあの感じを引きずっているからだった。
 「俺さぁ」
 「ん?」
 「・・・けっこうドキドキしたんだ」
 「何が?」
 「お前に手握られた時」
 相浦が素直に感じたそのままを口にすると、時任は首を傾げた。
 「なんで?」
 そう聞かれた相浦は苦笑しながら、
 「わからねぇよ」
と、答えた。すると時任は、大きくため息を付いて、
 「やっぱ、わかんねぇのか〜」
と、言った。
 けれど、本当にわかっていない時任と違って、相浦はその意味を少しだけわかっていたのである。



 
次の日。
 相浦は少々悩みながら、校内の廊下をぼんやりと歩いていた。
 (気にするな。一時的な気の迷いだっ)
 なんとなく印象に残っている時任の顔が、目の前をちらつく。
 いつもの傍若無人な時任を見れば、そんなものはすぐに消し飛ぶに違いなかったが、やはり時任はまだ元気がなかった。
 (どうすりゃいいんだ、俺・・・)
 下を向いてため息をついた後、再び前方を向くと、ちょうど角の辺りで誰かが手招きしているのが見えた。
 (い、行きたくないっ!)
 心の底からそう思ったが、手招いている人物の全身が凍りつくような恐ろしい気配に逆らうことはできなかった。

 
「わ、悪い松原っ! 例のヤツっ、俺と変わってくれっ!!」

 死にそうな形相で、松原のクラスに相浦が飛び込んできたのは、それからわずか五分後のことであったという。

 かくして、順番は早々と、相浦から松原に変わったのだった。
                                    2002.2.5

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