勢いで桂木の案に乗ったものの、家に帰って冷静に考えてみると、相浦達とはそれなりに付き合ってきてるわけだし、改めて友達づき合いというのもなぁと、時任は思った。
(大体、久保ちゃんが悪いんだよっ、久保ちゃんがっ!)
 目の前で、タバコをふかしながらテレビを見ている久保田を、時任は背後からにらみつける。結局、生徒会長室から戻って来た久保田は、松本に呼ばれた理由を時任に話さなかった。松本に呼ばれたことよりも、話してくれなかったことを時任は怒っているのである。
 「どしたの、時任? なんか難しい顔してるけど」
 そんな時任の気持ちに気づいていないらしく、久保田はいつもの口調でそう尋ねてきたが、時任は返事をせずにそっぽを向いた。
 (ぜっったい。ワケなんか言ってやらねぇ)
 松本と何を話したか気になるなんて、とてもじゃないが言えない。
 そんなことを問い詰めたら、自分が松本に嫉妬していることがバレてしまうからである。
 「さっきからず〜っと俺のことに睨んでるよねぇ、時任くんは」
 つーんと横を向いてコーヒーを飲んでいる時任を、久保田は少し目を細めて見つめてきた。普段と違う、久保田の表情に時任の鼓動はどくんと跳ねた。
 「べ、別にそんなことねぇよ」
 久保田の言葉を否定はしたが、どもっているのでハイと返事したようなものである。
 (なんでこんなにドキドキすんだろっ。別に久保ちゃんの顔なんて毎日見てんじゃん)
 そう思うのだが、ドキドキは一向に収まらない。
 このままだと、とんでもないことを口走ってしまいそうな気がした時任は、
 「・・・もう寝る」
 と言って、リビングから出て行こうとする。
 だが、ドアを開けた瞬間、時任の身体は背後からすっぽりと温かい何かに捕らえられてしまった。
 「そんなに気になる? 放課後のこと」
 「・・・っ?!」
  耳元で囁かれた声が、ぞくぞくっと時任の身体を反応させる。時任は真っ赤になった自分の顔を隠すべく、久保田を振り払おうとした。
 「放しやがれっ!」
 「う〜ん、どうしようかなぁ」
 そういう久保田のセリフを聞きながら、時任は泣きたい気持ちになっていた。
 (久保ちゃんは俺が気にしてんの知ってて、からかってんだっ!)
 同居人ではあるが、お互いがお互いのことをどう思っているのか話したことがなかった。
 相方とは言っているが、その関係は微妙である。
 友達かと聞かれて、うなづけない何かを時任は自分と久保田の間に感じていた。
 けれど、それがどういうものなのかはっきりとわからないまま、ずるずると苛立ちを引きずり続けていたのである。
 (俺、自分で自分のことわかんねぇよ・・・)
 泣きたい気持ちを抱えている時任に、久保田はいつも無神経に触ったり、抱きしめたりしてくる。それがどういう意味なのかはわからないが、多分、久保田と自分の持っている思いは違うだろうと、そう時任は思っていた。
 「・・・俺さ。他の奴とも付き合うことにしたんだ」
 そう話を切り出した時任に、久保田は顔色一つ変えず、
 「付き合うって?」
と聞いてきた。
 だから時任もなんでもないような顔をして、
 「他の奴とも、昼飯食ったりとか、休みに遊びに行ったりとかする」
と言った。
 そう、考えてみれば、そんなことを断わる必要なんかないのだ。
 お互い別々の人間なんだから、一緒にいない時だってある。
 久保田が時々そうするように、自分もそうする権利があるのだ。
 「当分、久保ちゃんとはあまり一緒にいられない」
 きっぱりと言い切った時任は、久保田がどんな顔をしてるのかを見るのがなんとなく恐くて俯いていた。
 「じゃ、おやすみ」
 「うん、おやすみ」
 そう短く挨拶を交わすと、時任は慌てたようにパタパタとリビングから出たのだった。
 (・・・久保ちゃんのばかやろう)
 別に何かを言ってほしかったわけじゃない。
 けれど、ズキズキと傷んでくる胸が、なぜか目頭を熱くさせる。
 同居をやめようとかそういう話しじゃないのに、どうしてだか、まるで別れの言葉でも告げられたかのように悲しかった。
 自分がどうしたいのかわからず、イライラして、苦しくて切なくて、久保田の行動に一喜一憂して振り回される。そんな自分がとても嫌いだった。
 (どうしてこんな風になっちゃったんだろ、俺)
 時任はベットまでたどり着くと、ごそごそとその中に潜り込み、猫のように丸くなる。
 けれど今日は、あまり眠れそうになかった。
                                    2002.2.2

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