試験的にコンビを変えた、一日目…。 時任と松原は腕に腕章を付けて、巡回のために廊下を歩いていた。 だが、こんな風に時任と松原が二人きりになる事は珍しい。いつも時任は久保田と一緒にいる事が多いし、松原は室田と一緒にいる事が多かった。 それはコンビだから…という理由は一応あるものの、同居して時任と久保田コンビは特に何か用事がない限り一日中、本当に一緒にいるらしい。一緒にいないのはトイレと風呂くらいだとか、そうじゃないとか…、 いつだったか新聞部が二人の取材に来た時に、久保田がそう答えていた。しかもブツブツ言いながらも時任が否定しなかったので、冗談ではなく本当なのかもしれない。 トイレと風呂以外は一緒の生活…。 そんな生活を時任の隣を歩いていて想像したのかどうかはわからないが、松原が妙な質問をした。 「時任は久保田と同居してるんですよね」 「あぁ…、まぁな」 「じゃあ、やはり時任は久保田と寝てるんですか?」 「あー、時々な」 「時々…」 「・・・・・っていきなり何言わせんだよっっっ!!!」 見回りをしながらぼんやりと歩いていた時任は、松原の質問にぼーっとしたまま答えてしまって耳まで真っ赤になる。時任の思っている寝ると松原が質問した寝るは、なんとなく少し意味が違うような気もしたが、二人は何も気づいていないようだった。 その証拠に時任は慌ててジタバタしているが、松原は神妙な顔をして考え込んでいる。二人とも同じように相方とバカップルしていても、やはり付き合い方に差があるようだったが、どんな風に違うのかを知っているのは…、 実は噛み合わない会話をしている二人ではなかった。 「あの二人は、さっきから一体何を話してるんだ。ずいぶんと楽しそうだが…」 「さあ?」 「久保田は二人が何を話してるのか、気にならないのか?」 「別に? 何話してても楽しそうなら、それでいいけど?」 「うむ…、そう言われれば確かに」 「でしょ?」 そんな会話をしているのは見回りをしている時任と松原の後を、生徒会室からずっと付けている二人組。物陰からじーっと前を歩く時任と松原を眺める二人の姿は、ハッキリ言ってストーカーそのものだった。 楽しそうに話しながら歩く男子高校生を追いかける、どう見ても高校生には見えない二人の男…、久保田と室田。二人が並ぶと妙に迫力があって誰も声をかけるどころか、三メートル範囲内に近づくことすらできない。 特に室田は黒いサングラスをかけている事もあって、背中だけを見ていると学ランではなく黒服を着ているようにしか見えなかった。 ・・・・・・や、ヤクザだっ、学校にヤクザがいるっ!!! 並んだ二人を見た数名の生徒達が心の中でそう叫んだが、別に久保田と室田は学校に出入りに来た訳じゃないし、舎弟や親父の仇を追っている訳でもない。二人が追っているのは好きな人で懐に入れてるモノがあるとしたら、それは拳銃やドスではなく…、 ・・・・・愛。 つまり久保田と室田はヤクザではなく、ただの恋する男。 けれど、その姿はやはり誰の目から見ても、どう見ても怪しかった。 見回りに出かけた時任と松原を心配して後をつけているのだが、逆に二人が時任と松原を襲おうとしているように見えなくもない…。いや…、もしかしたら、それは別な意味で合っているのかもしれないが、オオカミの前で無邪気に笑っている子羊達はそれに気づいていなかった。 「同居をしたら、やはり一緒に寝るのが普通…」 「…ってっ、俺は一緒に寝てねぇってさっきから言ってんだろっっ」 「そういえば、部屋にベッドはいくつあるんですか?」 「え? あっ、それは一つ…って、ちゃんと人の話を聞けっ」 「聞いてますよ。ベッドは一つだって事でしょう?」 「そうじゃなーくーてっっ」 「ダブルですか?」 「そ、そういう生々しいコトをサラっとスラっと聞いてんじゃねぇっつーのっっ」 「ベッドがダブルだと生々しい? それはどういう意味ですか?」 「うっ、あ…っ、それは…」 「それは?」 「・・・・・・・」 「・・・・・・?」 「うあぁぁーーっっ、誰か助けてくれーーーーっ!!!」 時任は天然だったが、松原は更に天然だった。 松原との天然対決に惨敗した時任が叫ぶと、後ろでその叫び声を聞いていた室田が説明を求めるように久保田の方を見る。すると、久保田は所々聞こえてきていた会話から、なぜ時任が叫んでいるのかがわかったらしく、ぼーっとした顔のまま吸っていたセッタの煙を口からふーっと吐き出した。 「時任が助けを呼んでるのは、二人の会話のずれが原因みたいだけど?」 「会話のずれ?」 「うーん、たぶん学習と経験値の違いってヤツかも?」 「学習?経験値???」 「時任は俺とウチで課外授業してるから」 「そうなのか、時任は勉強熱心なのだな」 「覚えも筋もいいし…、ね?」 そう言った久保田の口元に、怪しい微笑みが浮かんでいたが室田は気づいていない。実は執行部在籍中の二組のバカップルの違いは学習や経験値ではなく、一方だけが天然なのと両方とも天然なのとの違いだった。 一方だけがボケていたら、片方が突っ込める。 だが、両方ともボケだったら、いつまでもツッコミは入らない…っ。 天然な二人がお互いの気持ちに気づいただけでも、奇跡に近かった。 「うむ、そう言えば成績が落ちてきている…。俺も時任を見習って、修行だけではなく勉強を頑張るとしよう」 室田が真面目な顔をしてそう言うと、久保田は微笑んで室田の肩をポンと叩く。そして前を向いたまま、なぜか目の前を歩いている時任ではなく背後を指差した。 「勉強するのはいいけど、どうせ見習うなら時任じゃなくて、あのヒトの方がいんでない?」 「あの人とは、誰の事だ?」 「執行部で一番上手いヒト」 「執行部で一番?」 「いつも、タイミングもセリフも絶妙〜」 「それは桂木のツッコミ事なのか?」 「正解」 「だが、なぜ俺がツッコミを習わなくてはならんのだ?」 「じゃ、オタクは松原の天然ボケにツッコミたくなったコトない? 今まで一度も?」 「そ、そ、それは…っっ」 「松原にツッコミたいよね?」 「う…っっ」 「松原に・・・・・、入れたいよね?」 「う…、うむ…」 「…ってさっきからツッコミたいとか、入れたいとか微妙に怪しい会話してんじゃないわよ…っって言う前にっ!! せっかくコンビを変えたのにアンタ達まで見回りしてどーすんのよ…っ!!! このケダモノコンビっっ!!!」 バシィィィィンッ!!!!!! 確かに桂木が言うように、せっかくコンビを変えてもこれでは無意味。時任達の様子を見守っているつもりでも、この状態では四人で見回りしているのと変わりなかった。 しかも…、かなり怪しい…。 桂木にケダモノと言われた久保田は軽く肩をすくめると、今度は桂木ではなく、もっと別の方向を指差す。すると、そこには悪事を見つけた不良達に公務を執行している時任と松原の姿があった…。 「ケダモノじゃなくて、番犬って言って欲しかったけど?」 「つまり、ただストーカーしてただけじゃなくて、こうなる事を見越して見張ってたのね」 「時任も松原も戦いに熱中すると、見境ないタイプでしょ? 今日の相手はいつもよりも、少々腕が立つみたいだし?」 「じゃ、あっちは猫コンビかしら?」 「さぁ? 松原は犬っぽいけど…、どうなんだろうねぇ?」 久保田の最後のセリフは、桂木ではなく室田に向けられていた。 すると久保田のセリフを聞いた室田は赤くなっていた頬を更に赤くしながら、軽く右手で自分の顔を撫でる。そして、頭の中に湧いた妄想を打ち消すように頭を数回振った。 「松原は猫でも犬でもない…っ、男の中の男だ…っっ」 答えになってない答えを言うと、うおおぉぉっと室田は公務の現場に突入する。そして始めは室田が突入したので自分はその必要は無いと傍観するつもりでいた久保田だったが、時任が三人がかりで攻撃されて殴られるのを見た瞬間、室田よりも早い速度で現場に突入した。 「久保ちゃん…っ!」 「室田っ!」 二人が突入すると、それに気づいた時任と松原がお互いの相方の名前を呼ぶ。すると松原に加勢した室田が向かってた不良を殴り飛ばし、久保田が時任を後ろから襲おうとしていた不良を足で蹴り飛ばした。 すると、その拍子に置いてあった棚が吹っ飛ばされた不良達によって破壊され、また執行部の赤字に修理費が加算される。しかも、バカップルが二組もいるので公務中でも室内は暑苦しかった。 「無意味な上に赤字で、しかも暑苦しい…、最悪だわ」 二日目は久保田と室田コンビが見回りするはずだったが、時任と松原コンビが失敗に終ったので自動的に却下。しかも次の日、室田が赤い顔をして久保田と廊下で微妙な会話をしていたのが通りかかった生徒達に目撃されたせいで、二人が付き合っているという妙なウワサが流れたようだった。 「この場合って、ウワサ的にどっちが攻め?」 「…って、妙な想像させんなよっ!!」 そんな会話を久保田としながら時任が砂を吐いていると、また放課後の見回りの時間がやってくる。今度の見回りは妙なウワサに拍車をかけるようなコンビは出動しないが、それでもやはりいつもとは違う意外なコンビだった。 二日目の見回りは時任と室田…。 二人の間には怪しい空気は微塵もないが、時任と松原の時と同じように天然コンビには違いなかった。 |
2006.3.6 前 編 へ 後 編へ |