「いつの間にか、もうすっかり秋ねー」

 生徒会室でぼんやりと窓から外を眺めながら、桂木がそう言う。すると、ゲームをしながらパソコン画面を見つめている相浦が、「そうだなー」と生返事を返した。
 だが…、窓の外に見える街路樹が秋らしく紅葉しても、生徒会室はなぜか異様に熱いっ。桂木は背後から感じる熱さに、なぜかこめかみをピクピクさせた。
 窓の外で冷たい風が吹いていても、生徒会室は暖房もないのに真夏…。ムンムンと熱い空気の漂う室内に桂木が視線を向けると、その熱気の発生源を眺めた。
 「ま、ま、松原…」
 「なんですか? 室田」
 「こ、今度の日曜なんだが、何か用事があるか?」
 「用事?」
 「いや、その…、ちょっと聞いてみたかっただけなんだが」
 「日曜日は特に用事はありません」
 「そ、そうか…っ、うむ、それなら別にいいんだっ」
 用事は何も無いとの松原の返事に、室田は額に汗を滲ませながら頷いている。すると、そんな室田を眺めながら、桂木は心の中で『デートに誘いたいなら、男らしくスパーッと勢い良く言いなさいよっ!!スパーッとっ!!あーっっ、イライラするっっ!!』と叫んだ。
 しかし、これで終わるなら部屋の温度も春くらいで済むのかもしれないが、松原の一言で室田が真っ赤になってヤカンのように沸騰し、部屋の温度が急上昇する。生徒会室が真夏になってしまっているのは、松原と室田の関係が微妙に変化したせいだった。
 「室田も特に用事がないなら、一緒に修行もできるし僕の所に来ませんか? 日曜日は家に誰もいませんから…」
 「誰もいないという事は、二人きり・・・・・っ!!!」
 「む、室田っ! どうしたんですか?! 鼻から血がっ!!」
 「な、なんでもない…、大丈夫だ…っ」
 「早く保健室にっ!!!」
 「いや、平気だっっ、気にするなっ」
 熱気の発生源は、意外にも万年バカップルの時任と久保田ではなく、修行バカップルな松原と室田。二人の関係がどこまで進んでいるのかはわからなかったが、見ていると恥ずかしくなるくらいバカップルしている事だけは確かだった。
 肩が触れたり手が触れたりしただけで真っ赤になる室田と松原は、ある意味、時任と久保田よりも有害である。二人を見ていると暑いはずなのに背筋にゾクゾクと何かが走った気がして、頭痛と目眩を起こした桂木はピクピクしていたこめかみを指で押さえた。
 いくら有害でも生徒会室が真夏になってしまっていても、この二人はなんとなくわざとらしさが漂う時任と久保田と違って天然…。それ故に頭痛や目眩に襲われても、白いハリセンを振り上げる事が出来ない。
 毎日、毎日、毎日っっ、休みの日以外は目の前にバカップル…っ!!
 あまりの甘さに胸焼けがして胃が悪くなりそうだった。
 
 「ううう…、当分甘いモノは食べたくないわね」

 桂木がそう言うと、近くにいた相浦が微妙な顔つきで無言でうなづく。松原や室田と一緒にいる事の多い相浦は、桂木よりも酷い胸焼けを起こしていた。
 それほど広くない生徒会室に、バカップルが二組…っ。しかも胸焼けを起こしている時に限って、バカップル二号に続いて一号が生徒会室にドアを開けて入ってくる。
 それを見た瞬間に、桂木はガツッと白いハリセンを握りしめたっ。
 
 「天誅ーーーーっっ!!」

 「…ってっ、なんで何もしてねぇのにハリセンなんだよっっ!」
 「アンタ達が暑苦しすぎんが悪いのよっっ!」
 「はぁ?何、ワケわかんねぇコト言って…っ」
 「問答無用っっ!!」
 「ちぃっ、やらせるかぁぁぁっ!!」
 糖分の取りすぎで血糖値の上がった桂木は、これ以上、上がるのを防ぐためにハリセンを凄まじい勢いで振り下ろす。しかし、そのハリセンを時任がバシッと両手で見事に白羽取りにした。
 「・・・・やるわね!」
 「やらいでかっ!!」
 白いハリセンを挟んで、桂木と時任がそう言ってニヤリと笑い合う。久保田を挟んで時任が藤原とやり合っているのは珍しくないが、ハリセンを挟んで時任と桂木がやり合っているのは珍しかった。
 けれど、二人とも本気でやり合っている訳ではなく、特に時任の方は防戦一方でハリセンで攻撃されてもやり返さない。それがわかって桂木はわずかに苦笑したが、それでも楽しそうに攻撃を時任に仕掛けていた。
 だが、桂木が何度目かのハリセンを振り降ろした瞬間に、横から伸びてきた手がそれを止める。しかも、その手は時任の手ではなかった。

 「最近、出動少なくてカラダなまってるし、面白そうだから俺も混ぜてくんない?」

 そう言った久保田の口元は笑っていたが、目は笑っていない。そんな久保田を少し離れた場所から見ていた相浦が心の中でギャーッと叫んだが、桂木は平然と久保田の目を見返した。
 「なーんて言いながら、ホントは時任としか遊びたくないクセに」
 「時任としか、じゃなくて時任とはだけど?」
 「それってウソでしょう?」
 「ホント」
 桂木の質問に久保田がそう答えると、さっきまで笑っていた時任の表情が曇る。
 久保田に遊びたくないと言われて、ショックを受けている様子だった。
 しかし、しょんぼりしてしまった時任を見て、久保田は今度は目だけで微笑む。そして、ハリセンを止めた手とは反対側の手で時任の顎を軽く掴んだ。
 「遊びじゃなくてホンキでなら…、色々とシテみたいんだけどねぇ」
 「ほ、ホンキで色々ってっっ、なにすんだよっ」
 「さぁ?」
 「まさか…、き、昨日の続きとか…」
 「もしかして、昨日続きして欲しい? ホンキで?」
 「べ、べつにシテ欲しくなんかっっ」
 「シテ欲しかったら、シテ…って言ってごらん?」
 「こんな所で…、そんなのっっ」
 「言わなきゃシテあげないよ?」
 「う…、でも…っ」

 「ほら…、恥ずかしがらずに、ね?」

 すぐ近くに桂木がいるのに、すでに久保田と時任の瞳にはお互いしか映っていない。いつの間にか桂木のハリセンを止めていた久保田の手は、時任の肩の上に置かれていた。
まさに状況は、マジでキスする五秒前っ!
 雑念を払うために凄まじい勢いで腹筋している室田と、そんな室田の横で負けじと木刀を振っている松原は見ていないが、相浦と桂木の目には今にもキスしそうな時任と久保田の姿が映っている。相浦は瞬きを忘れてゴクリと唾を飲み込んだが、桂木はこめかみをピクピクさせながら再びハリセンを振り上げた。
 「毎回っ、毎回っ! ホンキでするのがキスじゃなくてゲームだってわかってても止まらないのは、アンタ達が有害すぎんのが悪いのよっっ!!」
 「あれ、今回はネタバレ?」
 「バレバレに決まってんでしょっ!!!」
 「っていうかっ、コレってネタなのかっっ!!?」
 「さぁ?」
 「天誅ーーーーっっ!!」

 バシィィィィンッ!!!!

 さっきは多量摂取しすぎた糖分と胸焼けのせいでタイミングが悪く白羽取りされたが、今度は見事に時任の頭にハリセンが決まる。すると、時任がハリセンで叩かれた頭を抱えてうずくまった。
 「いってぇぇぇぇっ!!!!」
 「あ…、ホントに痛そう」
 「なーんて、のん気に言いながら止めずに見てんなよっ!」
 「いやぁ、楽しそうに遊んでたから、邪魔しちゃ悪いかなぁって思って」

 「さっき止めといてっ、今更言うなっ!!」

 時任と久保田のバカップルぶりが天然なのかネタなのかはさておき、糖分の取りすぎと胸焼けは切実な問題。しかも、巡回はバカップル二組が主にしているため、治安を守る執行部員がイチャイチャラブラブしながら、校内を見回っているのもなんとなく問題がある気がした。
 特に室田と松原は自覚がないために、どこでもイチャイチャラブラブしているのでバカップルぶりが目立つ。桂木は握りしめたハリセンを肩に置いて、しばらく考え込んでいたが、ある事を思いついてハリセンで軽く肩を叩いた。

 「そうよっ! 出動は通常通りだとしても巡回のコンビを変えればいいのよっ!!」
 
 かくして、桂木のこの一声により試験的に巡回のコンビを変える事になる。
 一日目は時任と松原、二日目は久保田と室田コンビ。
 三日目は時任と室田、四日目は久保田と松原コンビ…。
 果たして…、コンビを変えたらどうなるのか提案した桂木にもわからなかった。
 

                                             2005.11.30


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