目の前には夜の暗い空だけがあって、辺りを見回しても明りらしいものは見えない。耳に聞えてくるのも虫の鳴き声と風の音だけで、眠らない街のざわめきも雑踏もココまでは届かなかった。
 どこまでも暗闇が広がって…、吹いてくる風の匂いも違ってる。
 いつもタバコと排気ガスばかりを吸ってる肺に澄んだ空気が入ると、少しだけ空気と同じように意識が澄んで覚醒するカンジがしたけど…、
 汚れきった空気に慣れすぎてるせいで、すぐにタバコが吸いたくなった。
 だから、ポケットからセッタを出して、口にくわえてライターに火をつける。
 すると、そのライターの明りが俺の腕の中にいる時任のカオを照らし出した。
 
 「くぼ…、ちゃん・・・・?」

 時任は少し明るくなったことに気づいたのか、ちょっと甘えたカンジの寝ぼけた声で俺の名前を呼ぶ。そして、またあの時のように袖をぎゅっと握ってきた。
 けど、時任は静かな寝息を立てて眠ったままで…、だから名前を呼んだのも袖を握ってるのも無意識なのかもしれない。
 ライターの火を消してポケットにしまって、無意識に握ってくる時任の手に自分を手を重ねてみると、そこからは暖かさと一緒に何かが流れ込んでくる気した。
 だから、その右手を起こさないように気を付けながら少し強く握って…、
 それから後ろ向きに寄りかかってる時任の身体を左腕で自分の方に引き寄せて抱き込んだ。

 「・・・・・好きだよ、時任」

 髪にキスしながらそう呟いたのは、まだイチゴ味のキスをした時の甘さが唇に残っていたせいかもしれない。自分から触れてきた時任の唇は柔らかくて甘くて…、その感触と匂いに眩暈がした。
 当たり前みたいに袖を握った手が、口付けてきた唇が…、ココロとカラダを痛みと熱さで埋めていく。
 痛みは甘く…、熱は狂おしくて…、
 腕の中に細いカラダを抱きしめていられるなら、ココがどこでも構わない。
 抱きしめている暖かさがすべてで…、ホントはタバコよりもその暖かさにカラダ中が犯されて中毒になってて…、

 もう…、手遅れだった…。

 べつべつの人間として生まれてきて、なのにカラダもココロも繋がりたくてたまらない。もしも胸の奥にあるすべてが時任の目の前にさらされたとしても、それでもかまわなかった。
 その醜さに時任が眉をひそめたとしても、打ち込んだ楔を抜いたりはしない。
 たとえ悲鳴をあげて泣き叫んでも、このカラダを離すつもりもない。
 スキでもアイシテルでも足りないから…、深く深く…、どこまでも深くカラダもココロも犯したかった。

 「このまま二人で…」

 時任のカラダを冷やさないように抱きしめて抱きしめて…、長いようで短い夜を越えて…、そう呟いて空を見上げるとゆっくりと辺りが明るくなってくる。
 遥か彼方の空が、青く変わっていくのが見えた…。
 夜と朝の狭間で眠ってる時任の右手にキスすると、その手が重ねた俺の手に指をからめてくる。
 まるで何かを確認するみたいに…、求め合うみたいに…、
 そうして繋がりあった俺らの手のひらには、なぜか力がこもっていた。

 「う…ん…、もう朝?」
 「空が明るくなってきてるから、もうちょっとで夜明け…」
 「あ、ホントだ」
 「まだバスが来るまで時間あるし、もう少し眠ってても大丈夫だけど?」
 「いいっ、起きてる。夜明けって、あんま見たことねぇし…」
 「いつも昼まで眠ってるもんね?」
 「そう言う久保ちゃんだって、似たようなモンじゃねぇか」
 「まぁね」

 一緒に夕焼けは見たコトあるけど、朝焼けは見たコトがない。赤く染まっていく空を少し不思議そうに見つめながら、時任はカラダの力を抜いて俺のカラダに寄りかかってきた。
 やがて昇ってく陽の光が辺りを照らして、その暖かさと手のひらのぬくもりが暗闇を消していく。今日になった明日も、一緒にいるってことも…、強く強く握りしめあった手のひらが事実だと教えてくれていた。
 スキだってアイシテルんだって、叫んでも叫んでも伝わり切らない想いは…、

 いつも、どんな時も…、繋がろうとする手のひらが伝えてくれているのかもしれない。

 明けていく空の下で繋がりあった手のひらは、朝日にかざすと少し赤く染まって見える。それはたぶん…、俺らが生きてるってコトなだろうって気がした。

 「なぁ…」
 「ん?」
 「ドコにいても同じなら、帰らなきゃだよな…。あの部屋には茶碗だって、箸だって二つあって、コーヒーカップだって二つあるからさ…」
 「ベッドは一つだけどね?」
 「よ、余計なコト言うなっ、バカっ」
 「けど、ベッドは一つでも一人じゃ寒くて眠れないし、ソファーも一人で座ったら広すぎるよ」
 「だから、あそこが俺らのウチだから…」
 「うん」

 「帰ろう、久保ちゃん」

 ウチに帰ろう・・・・・。
 そう言った時任は立ち上がって腕の中から抜け出したけど…、笑いながら俺の服の袖を引っ張る。だから、それにつられて立ち上がると、朝焼けに染まっていたはずの遠くの空が青く変わっていくのが見えた。
 ホントの夜明けの青が…。
 そんな綺麗すぎる景色を見ながら、まだ昨日の甘さの名残りの残る唇で時任の唇とキスすると…、

 その甘さの中に…、何かが溶け込んでいく気がした。

 帰る場所は空気も汚れてて星空も見えなくて、こんなに綺麗に夜は明けていかないけど、握ってくれる手の力の強さが繋がろうとしてくれてる強さなら…、
 いつの日も…、きっと夜は鮮やかに明けていく…。
 愛しさをぬくもりと一緒に、この腕の中に抱きしめながら…。

 「おはよう…、久保ちゃん」
 「おはよう、時任」
 
 おやすみを言った時のように、君におはようを言って…。
 そして、今日がやってくる…。


                                   『明けていく空.2』 2003.10.18更新

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