今、俺がいるのは昼休みの屋上、寄りかかってんのはフェンス。
そんでもって手の上には譲られたんたか、貰ったんだか良くわからない小箱が一つ。ソレのせいなのかどうなのか、またしても、ちょっち挙動不審になった時任に首をかしげつつ、さて開けてみましょうかとかけられたリボンに手をかけた瞬間、勢い良くドアを開けて現れたのは…、
「久保田先輩が、ここで待ってるって聞いて驚いたんですけど、私の誕生日知っててくれたんですねっっ、うれしいですっ!!」
あぁ、うん…、そう…。
今日が誕生日らしい一年女子?…みたいだけど、呼んだっけ?
呼んでないよねぇ、うん、呼んでない。
しかも、誕生日知っててくれたとかあり得無いしっていうか、そもそも誰? なーんて思ってると、スタタとこちらへ近づいて来た一年女子が、まるで種明かしするみたいに俺のポケットの中身を言い当てた。
「いつも持っててくださってる、あの黒猫の…」
「黒猫? あぁ、ジッポ?」
「はいっ、気に入ってくれて、いつも使ってくれててうれしいですっ!」
「・・・・・・・」
そう言われてようやく気づいた…、ああ、あの時のって。
だけど、今までキョウミなくて考えなかった、ベツの事実にもようやく気づく。そういえば、執行部が夏休み中に見回りしてるのは、荒磯の生徒なら誰でも知ってる事実だけど、その経路はもちろん時間も知らせていない。
なのに、学校じゃなくて街中で、しかも誕生日を狙って遭遇するなんてのは、そう簡単に出来るコトじゃないような?
生徒を見張るってポジションにいるから、いちいち視線なんて気にしないし、殺意や悪意やそういった類しかチェックしないんだけど…。ちょっちウカツだったかなぁ…なんて、手にした小箱に突き刺さる一年女子の視線に小さく息を吐いた。
「あのさ、悪いんだけど…」
呼んでないし、コレは誕生日プレゼントじゃないって言おうとした。
ずっと見られてるカンジの件はとりあえず置いといて、誤解は早く解かなきゃねってコトで。でも、それでも最後まで言えなかったのは、またいきなりバーンって勢いよくドアを開けて屋上にヒトが…、
いや、この場合はヒトたちっていうか、女子たちっていうか群れ?そんなのが多量に発生して、アレ…とか思ってる間に囲まれたからだ。
『久保田さんが、私を屋上で待ってるって聞いたんですけどっ!』
『久保田君が、私を屋上で待ってるって聞いたんだけどっ!』
同じセリフを同時に叫ばれて、鼓膜にキーンときた。
そんでもって、次に最初に来てた一年女子に強引に腕を取られる。それから、今度は横から鼓膜にキーンときた。
「久保田先輩は、私と話があるんです! 他のは何かの間違いですから、さっさと出てってくださいっ!!」
その瞬間、女子の群れの鋭い視線が一年女子に集中した。けど、睨まれてる一年女子もギッと睨み返してて、始まった言い争いに間違いなんて俺の声は全く届かない。
うわぉ、こわーい…なーんてネ。
そうココロん中で呟きつつ、今日って女難の相とか出てたっけ…とか、朝刊の片隅の占いを思い出そうと試みる。だけど、もっと悪い事態が、言い争いを初めた群れの向こう側で起こってしまった。
「・・・・・・・・どーも、オジャマしましたー」
ガチャリと開いて、次の瞬間、ガチャリとしまったドア。
そこで良い笑顔を浮かべて俺に向かって軽く手を振ったのは、ちょっち飲みモノ買ってくるとか言ってた挙動不審な相方。で、その相方に見られちゃった、今の俺の置かれてる状況は腕に一年女子で、周囲に女子の群れで…、もしかしてマズい?
やっぱマズいかなぁ、マズイかもねと、とりあえずココからズラかろうと双方睨み合ってる隙をついて抜け出そうとした。
けど、掴まれてた腕を引っ張られて、その拍子に小箱が手から滑り落ち…、あ?と思った瞬間には、フェンスを越えて下に向かって真っ逆サマ。手を伸ばしたけど間に合わず、あの時の時任みたいに捕まえたり、バク宙かますには高さがあり過ぎた。
「あぁぁぁぁっっ! 私のプレゼントがー…っ!」
「…って、違うし」
俺のツッコミもなんのそのなカンジの一年女子。
そんでもって、そんな一年女子を睨む女子の群れ。
誰が何を企んで、何がどーなってんのかは知らないけど、落ちていく小箱を見た俺の中で何かがブチっと音を立てた。
「・・・呼んだ覚えないけど、せっかく集まってくれたんだし、いいコト教えてあげよっか?」
そう言った俺の口元に、うっすらと笑みが浮かぶ。
いつもよりも低い声に反応して、周囲の視線が俺に向いた。
だから、その瞬間を狙って、魔法の呪文?を唱える。すると、ずささーっと俺の周囲に空間が出来た。
「実は俺って、オトコしか興味無い上に…、ウケなんだよね」
うえぇぇぇっとか、やだぁぁあっとか、マジでぇぇっとか絶叫が聞こえる。けど、早く落ちたのを取りに行きたいだけだし、最後になーんてネ…とか小声で言ってたのはヒミツにして、さっさととっとと女子の群れとオサラバしてドアに向かった。
小箱が落ちたのは校庭側だけど、すぐに行けば大丈夫。
そう思ってたんだけど、いくら探しても小箱は見つからなかった。
俺が屋上から一階に行くまでの時間に、通りかかった誰かが拾ったのかもしれない。でも、そんな情報は放課後になっても、次の日になっても入って来ないし、拾った誰かを特定するには時間かかりそうだった。
「うん、だからね…。失くしちゃったって限りなく素直に、時任に話したんだけどネ。ものすんごく良い笑顔で、うんうん、そっか…、失くしたなら仕方ねぇよなって、肩をポンポンって叩かれたんだけど…」
「・・・・・・・」
「それ以来、話しかけるたびに良い笑顔で、生ぬるく拒絶されてる気がするし…」
「・・・・・・」
「そんな中、時任の誕生日は明日に迫ってたりで…、サイアクだよねぇ。うんうん、悩んじゃうよねぇ」
そう言いながら、またしても机の上に立ててたジッポの角を人差し指で抑えて、そこを軸に中指でクルクルまわしたりなんかして…、
何を言っても、いい笑顔な時任を思い出す。
屋上で女子の群れ、小箱は落下…で、それを素直に話したら、犬どころか蚊以下に転落なカンジでベッドに侵入禁止になった。
うーん…、やっぱホモでウケはマズかったかも?
うん、ホント、すこーしくらい落ち込んだって良いよネ。
っていうか、フツー落ち込んじゃうよネ、そうだよネ、そう思わない?…と、窓から見える夏らしい白い雲を空を眺めつつ、長い息を吐き出そうとしたら、なぜかまた横からツッコミが入った。
「お前がホモだろうとウケだろうと何だろうとかまわんが、なぜ隣のクラスで、しかもわざわざ後ろ向きになった上に、俺の机に頬杖をついて独り言を言うっっ」
そこまでを詰まらず流れるように、なおかつ小声で言い終えたのは松本。以下、略…で現生徒会副会長サマ。そんでもって、そんな副会長サマの机に頬杖つく俺に、麗しい微笑みを浮かべつつ、殺気を送ってるのが恋人の橘クン。
・・・うん、やっぱ攻め攻めしいなぁ。
なーんて、橘松でめでたいんだか、めでたくないんだか良くわからないカップルの考察は置いといて、いつもと違う怒り方をしてる時任に、うーんと悩みつつ唸る。そうしながら、あちこちから飛んでくる女子の視線を感じつつ、ドアの方向に視線をやるとサッと隠れる影一つ。
やっぱ、猫みたいだよねぇと口元に浮かんだ笑みは、隠すつもりもないけど、目の前の松本にはバッチリ見られてた。だから、少し間を置いた後で首をかしげつつ、「うーん、なんとなく?」と答えると、「ウソつけ」とまた速攻で言われる。それから、松本はチラリと隠れた影の方向を見て軽く肩をすくめ、「嫌われてはいないようだがな」と呟いた。
そんな松本の呟きを聞きながら、時任が良い笑顔なのは屋上か小箱か流れてるホモでウケ疑惑か、その全部か…と考えてみる。だけど、その答えが出ないまま、時間切れでドアのトコロにいた猫が戻るのを目で追いながら、俺も自分の教室に戻ろうとしたけど・・・、
廊下ですれ違った人物の手に、あるモノを見つけて立ち止まった。
「ったく、次は物理かよ…、かったりぃ」
「いいよなぁ、お前はノンキで」
「そーいや、例のヤツがバレて、推薦取り消されたんだっけな」
「・・・・ちくしょう、久保田の野郎。アイツさえいなけりゃバレなかったんだ」
「こないだ女子けしかけて、復讐してただろ」
「あんな程度じゃ遊びにもなんねぇよ」
あ…、ゾンビ。
ココロん中でそう呟く、そのカオに見覚えアリ。
だからって110番に電話はしないけど、女子更衣室にカメラ仕掛けた前科持ち。情報を掴んだのは生徒会本部で、出所を抑えるよう副会長サマに頼まれたのが俺。
そっから先は関わってないけど、未成年だったりとか親が土下座したりとか、その他モロモロで犯人が教師なら警察沙汰のトコを、1週間の自宅謹慎と推薦取り消し処分で済んでたはずだけど、ね。自業自得の犯人クンはゾンビになったり、女子の群れを召喚したり、ずいぶんとご不満のご様子。
だけど、今の問題はソレじゃなくて、右手で軽く投げたりキャッチしたりされてる銀色の四角いブツ。すれ違いざまに見たソレには、黒猫と三日月が描かれていた。
・・・・・・・・偶然?
あちらは俺に気づいてなかったようだし、なんのリアクションもなかったけど気にはなる。それに黒猫ジッポを見た瞬間に、ある仮説が脳裏に浮かんだ。
でも、それは何の証拠も根拠も無い…、ただのカンのようなモノ。
なのに、その仮説に時任の態度や反応を当てはめると、なぜかピッタリとくる。さて、どうしたもんかと後ろ頭を掻き、先に戻った時任に続いて教室のドアをくぐると同時に始業のチャイムが鳴った。
・・・・・・バーカ。
自分の席に着いてからチラリと視線をやると、時任が前を向いたままムスッとした表情でそう言う。教室に入ってきたセンセイじゃなくて、そんな時任の横顔を見ながら、俺は軽くアクビをしつつ机に頬杖を付いた。
さすがに授業中に出すワケにはいかないジッポは、やっぱり見間違いじゃない。俺が持ってんのとオナジだ。
だけど、あの時、屋上に来たのは女子の群れと時任だけ。
他に気配は無かったし、今のところ何のリアクションも無い。
なら、事実確認をする前に、とりあえず手を打っておくべきかなぁ…なんて、一番簡単な方法を考えながら、カツカツとセンセーが白いチョークで黒板に数式を書くのを眺めた。
「ゾンビだし、素直に見せてくれたり、渡してくれたりとかなさそーだし」
そんなこんなで午後の授業も終わって、放課後になると時任より先に教室を出る。そして、俺のクラスとは隣だけど、松本とは逆の位置にある教室から出てきた相浦を捕まえた。
「悪いけど、今日の見回り当番変わってくんない? ちょっちヤボ用あってさ」
「へっ? 別に構わねぇけど、珍しいな」
執行部の見回りは、基本一人でやるのは禁止されてる。
俺らの他に室田と松原がコンビ組んでるけど、二人して剣道と空手の部活に参加の日だから変わってもらうのは無理。そういうワケで、相浦に代打を頼んだ。
そして、ようやく教室から出てきた時任に、良い笑顔でひらひらと手を振った。
「そーいうワケで、今日の見回りは任せたから」
「そういうワケって、どういうワケだよ…ってか、サボり禁止!」
「サボりじゃなくて、ヤボ用」
「だーかーら、そういうのがサボりってんだろっ!」
「はいはい、次から善処シマース」
帰ってきたら覚えてろよっ!! オシオキだかんなっっっ!!
なんて、セリフを背後にたずさえながら、ジッポ片手に目的地に向かう。
オシオキは気になるけど、自分の身よりヤボ用のが大事だし仕方ない。
それに時任からのオシオキなら…、ちょっち萌え?
なんてのは、今度はベッドどころか部屋から追い出されちゃいそーだからヒミツだけど、浮かんだ仮説を頭を振って消し去るのは、ウチの子に関するモノである限り可能性が1パーセントでもあるならムリだった。
「ホント…、重症だぁね…」
そう呟いて、ねぇ、そう思わない?と小首をかしげてジッポの黒猫に同意を求めても、当然のごとく返事はナシ。今日の晩メシならぬ、今日のオシオキなんだろねェ、黒ねこサン♪と鼻歌混じりにゾンビの姿を探す。
主に、薄暗そうなトコをね。
荒磯特有なのか他でもそうなのか不明だけど、不良とかゾンビって薄暗くてじめーっとしたトコに生えてんだよねぇ、コレが。でも、ソレを発見する前に、見覚えのあるの一年女子が大きく手を振りながら近づいてきた。
「久保田せんぱーい!」
・・・もしかして、昨日から女難継続中?
昨日、魔法の呪文?使ったはずだけど、ぜんぜん効いてないみたいだし。
ここはとりあえずトンズラとか思ったけど、ジッポとかなんとか言ってるのが聞こえてきて、ため息付きつつ立ち止まった。
「せっかく会えたんで、最初に言っておきますけど、私は久保田先輩がホモでウケだなんて信じませんからっ!」
「あぁ、うん…、まぁ、ソレはべつに信じても信じなくても、どーでもいいんだけどね。それよりもさ、さっき言ってたジッポの話、聞きいたんだけど?」
「あ、そうですっ! 久保田先輩っ、あのジッポ落としましたよね? 三年の先輩が拾って持ってるの見かけて、それで返してもらおうとしたんです。そしたら、返してほしかったら、明日の放課後、屋上に先輩を連れて来いって…」
「ソイツらは今どこに?」
「どこかは知らないですけど、帰るって言ったから、もう校内にはいないと思います」
「・・・・・・そう」
一年女子の話を聞きながら、ポケットの中の黒猫ジッポを握りしめる。
そして一年女子にソレを見せたら、あっと叫んだ。
そう、俺は落としてないし勘違い。だから、あの仮説が俺の考える可能性が無ければ、ゾンビの呼び出しなんて無視すれば良いだけのハナシだけど…。
「ご、ごめんなさいっ、私の勘違いだったみたいで…っ!あ、でも、だったら屋上に行く必要もないですよね。明日になったら、違ってたって三年の先輩に…」
そう言った一年女子に、俺は首を横に振る。
ゾンビだからしつこいしメンドーだし、これ以上、関わり合いになりたくないのはヤマヤマだけど、やっぱ無視できそーもないし…。しょーがないなぁとゾンビに断りを入れようとしてる一年女子に、呼び出しを断らないように言った。
「せっかくのお呼び出しだし行くよ、俺に用もあるみたいだし」
「先輩に用って、知り合いなんですか?」
「うーん、知り合いっていうか…、実は夏休みに襲われちゃってね…。そーいうワケでイロイロあるし、一人で行くから」
「お、お、襲われって、まさか先輩…っ!」
「こっから先は、ヒ・ミ・ツ」
「いやぁぁぁ…っ、私の先輩の貞操があんな男にぃぃ…っ!」
ホモとかウケとか信じないって言ってたけど、妙なトコで効果絶大。
ただ襲われたって事実を言っただけなのに、一年女子の脳内で、あのゾンビに俺が犯されちゃったりしてるのかなぁ…と思うと、ちょっち背筋が寒かったり、思わず尻を手でガードしたくなっちゃうような?
そんな気がしなくもないけど、もう聞くコトも無いし用も無いし、遠い世界にイっちゃってるウチにサヨナラした方がよさそうだし、ネ。そんじゃ、そーいうコトでと、一年女子の脳内でゾンビにあーんなコトやこーんなコトをされつつ、とりあえず今日のトコロは帰るコトにした。
途中、居そうな場所に立ち寄ってはみたけど、やっぱ無駄足。呼び出したってコトは、警戒もしてるはずだし、明日の放課後を待つしかなさそーだし。
けど、なーんか重要なコトを忘れてる気がして、ウチに帰り着いたものの、ドアの前でなんだっけと後ろ頭をかいた。
「うーん、何か忘れてる気がするんだけどなぁ…」
そう呟きつつも思い出せなくて、まいっかとチャイムを鳴らす。
たぶん、時任のが先に帰ってるだろうと思って。
だけど、いつものようにドアが開かない。
アレって思って、もっかい押しても同じだった。
だから、まだ帰ってないのかと仕方なく、カバンからカギ出して開けて中にはいったんだけど・・・、ね・・・。中にはこわーいカオしたご主人サマ…、もとい同居人サマが両腕を組んで仁王立ちしてた。
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