「うん、だからね…。一年女子と話してたのを、見回り中に見られててネ。だから、限りなく素直にイチャつくとかは誤解だけど、脳内であーんなコトやこーんなコトされちゃったって言ったら、すんごく良い笑顔で、うんうん、そっか…、脳内なら仕方ねぇよなって、肩をポンポンって叩かれたんだけど…」 「・・・・・・・」
「そんじゃオシオキはコレでカンベンしてやるよとかって、晩メシが焼肉ふりかけとゴハンになっちゃって。もちろん時任はふりかけじゃなくて、ホントに焼肉食べちゃったりしてるんだけどネ。なぁんか生ぬるいっていうか、その生ぬるさがたまんないっていうかさ」
「・・・・・・」
「焼肉の匂い嗅ぎながら焼肉ふりかけ食べるくらいなら、いっそ蹴られたいっていうか踏まれたいっていうか、そんな気分になんない? うんうん、なるよねぇ?」
そう言いながら、またまた机の上に立ててた例のジッポの角を人差し指で抑えて、そこを軸に中指でクルクルまわしたりなんかして…、
今日は時任の誕生日なんだけどなぁ、とココロの中で呟いてみる。
なのに、未だ笑顔で拒絶で蚊以下だし、目玉焼きは焦げっぱなしだし?
オシオキなんてエロのエの字の入る隙間もないくらいの生ぬるさだし? うん、ホント、すこーしくらい落ち込んだって良いよネ。
っていうか、フツー落ち込んじゃうよネ、そうだよネ、そう思わない?…と、窓から見える夏らしい白い雲を空を眺めつつ、長い息を吐き出そうとしたら、なぜかまたまた横からツッコミが入った。
「お前らが犬どころか猫も喰わないケンカしてても、してなくても別にどーでもいいけどさ。なんで隣のクラスで、しかもわざわざ後ろ向きになった上に、俺の机に頬杖をついて独りごと言ってんだよっ!」
そこまでを若干詰まりつつ、なおかつちょっと大きな声で言い終えたのは相浦。以下、略…で一応、お仲間っていうか、同じ執行部員。そんでもって、同じく以下略の副会長サマは、俺が来るのを察知した恋人に連れ去られ消息不明。
だから、仕方なく反対側の隣に来てみたんだけど、ドアの方向に視線をやると、なぁんだ相浦かぁ…なカオした時任が自分の教室に帰ってくのが見えた。
「うーん、やっぱ相浦は相浦だしネ。相浦じゃ無理だよネ、うんうん、そーだよねェ」
「って、良くわかんねぇけどっ、俺の机に勝手に頬杖付いといて思いっきり失礼だなっっ、おいっ!!」
「あーあ…」
「俺のカオを眺めつつ、ものすんごい残念そうなカオすんのはやめろっ!まるで、俺が残念みたいじゃねぇかっ!」
あーあ、残念無念、また来週ー。
なんてのは、どこの誰の何のフレーズだっけ?
はぁー…と気の抜けたため息つくと、相浦がやーめーろとか言うけど、この状況でため息の一つも出ない方がおかしいと思うんだけど、ね。
女難にゾンビに、焼肉ふりかけ。
焼肉ふりかけは、実は思いのほかウマかったけど、他のは踏んだり蹴ったり。
大きく伸びをした後で、残念な相浦に残念言うなっとか言われつつ、チャイムが鳴る前に教室に戻った。それにしてもだけど、夏休みのでさすがに三年だって自分の立場を自覚したのか、攻撃レベルも女子の群れ程度に低下してるけど、一年女子が黒猫ジッポが人質として有効って情報っていうか、なかなか強いカードをあげちゃったし…、
ソレ使ってくるゾンビ相手に、思った以上に苦戦しそうな予感。
同じジッポをすり替える…なんて手も考えたけど、二つなければ俺の予想が正しくても、コレが二つのウチのどっちか証明できないしね。不意打ちで騒ぎ起こして、時任を巻き込むのも避けたい。
それに、コレは何がなんでも俺の手で取り返さないと、ね。
だってさ、予想もカンもウチの子に関する限りハズレる気…、しないデショ?
「・・・・・・・当然」
自分の問いかけに自分で答えて、授業中、ふいにこっちを向いた猫にウィンクを送る。すると、真っ赤なカオしてわたわたと慌てながら、バカっと短くカワイイ唇が刻むのが見えた。
そんなカオ見ちゃったら、改めてどーしても取り返さなきゃって気になる。
それから、今日の晩メシはハンバーグでも作ってみようかなぁなんて、決めていないプレゼントも考えながら思ったりしながら…、
結局のトコ、そばに居られるなら相方でも犬でも蚊でもなんでもいいなんて本気で考える辺り、いつものごとく救えないなぁと小さく笑った。
今日の見回り当番は、室田と松原。
そんでもって、例のケーキの会は見回り終了後のおたのしみ。
…ってコトで、それまでにケリをつけるつもりで、授業が終わると教室を出ようとした。けれど、どこ行くんだよと時任の声が、俺に向かって飛んできた。
だから、昨日と同じように、ちょっちヤボ用だって言う。
すると、時任の頬がプクッと膨らんだ。
「とかって、昨日と同じじゃんっ」
「だけど、今日は見回りじゃないし、例の会までには行くから」
「・・・もしかして、今日もあの女子に会いに行くつもりか?」
「違うよ。昨日だって、ベツに会うつもりなかったし」
「けどさ!」
「うーん、ならチューとかしてくれたら行かない」
「ちゅう?」
「してくれるなら、口でもほっぺたでも良いけど?」
「口とほっぺたってコトは、あのチューか・・・てっ!!ば、バカっっ、なにジョーダン言ってんだよ!」
「だったら却下。すぐに帰ってくるから、いい子で待ってな」
「なにぃぃぃっていうか、子ども扱いすんなっ。俺だって、今日で同い年なんだからな!」
・・・コドモじゃないから、言ったんだけどなぁ。
なーんて言っても、頬をぷくっとさせてるウチの子には通じそうもない。
オンナったらしーなんて言われて、濡れ衣を着せられつつ、屋上でゾンビとデートなんて、コレこそジョーダンだって思いたいトコなんだけどネ…と、行く途中ですれ違った麗しのキツネさんにひらひらと軽く手を振った。
「これからデートですか?」
「ま、そんなトコ」
「そうですか…。屋上は暑いですから、お気をつけて」
「そいつはどーも」
ナニをどこまで知ってんだか。
相手がゾンビな俺と違って、恋人のタヌキさんのトコに行くキツネさんの機嫌は上々。さて、俺もさっさと用事済ませて、恋人とはいかないまでも相方のトコロに戻りますか。
目的は黒猫ジッポを取り返すコトで、ゾンビ退治じゃないしね。
けど、そうは思うものの、現実はそー甘くないってのはやっぱ常識?
屋上についた俺を出迎えたのは、ゾンビたち。
ついた早々、ジッポを返して欲しけりゃ土下座しろとか言われちゃうし。
ありきたりなセリフに小さくため息ついた後、軽く肩をすくめた。
「なんで、落しモノ帰ってもらうのに土下座? しかも、ホントに持ってるかどうかもわかんないし?」
「ちゃんと持ってるぜ、ココに…。だけど、それ以上は近づくなよ。金属製だし壊れねぇかもだけど、こっから落とせば傷くらいつくだろうし、それじゃ困んだろ?」
「・・・・・・・」
屋上のフェンスの辺りに、右手に何かを持ったゾンビ仲間がいる。
俺の居る場所からじゃ、それが小さなモノだってくらいしかわからない。だけど、アレがホンモノだった場合、確かに屋上から落とされるのは困る。
現物を確認したワケじゃないけど、箱入りで落ちたせいか無事っぽかった。
だからって、二度目も無事とは限らない。
それにリボンのかけられた箱に入っていた黒猫ジッポ…、それは外れる気がしない予想通りなら、落とされるのを黙って見てて後で拾いに行くなんてコトが出来るはずもなかった。
「別にさぁ、危害とか加えようってんじゃねぇんだぜ? 俺の前に跪いて土下座して、お願いです返してくださいって言えば済む話だろ? 彼女からもらった大事なモンなら、ソレくらい出来て当然じゃねぇの?」
そんなゾンビのセリフに、ゾンビ仲間が愛がねぇなぁ、愛がとか吹き出し笑いながら言う。たぶん、こっちを挑発して悔しがるカオとか見たいんだろうけど、聞いたセリフに対する俺の感想は確かにね…とソレだけだった。
土下座して頭下げるだけで、無傷で返してもらえるなら安いモンだし。
そしたら、早く帰れてケーキも食べられるしね。
だから、少し首をかしげて聞いてみた。
「ホントに、土下座したら返してくれる?」
「ちゃーんとコンクリに額押し付けて、お願い出来たらな」
「ヤクソク」
「あぁ、してやるぜ」
ゾンビの笑いを含んだ声が、出来るはずないって決めつけてる。
でも、俺は何の抵抗も無く、そのままコンクリの上にゆっくりと膝をついた。
ソレを見たゾンビが、予想外の出来事にぎょっとしたカオしたけど、俺にとってはとても簡単なコト。天秤なんかにかけるまでもなく、ココロの傾きは急降下。
「おい…、久保田の野郎、マジでやる気か?」
「彼女のジッポ一つで、天下の執行部サマがあのザマかよ。なっさけねぇヤツ」
そんなセリフや土下座コールなんてのも聞こえてきたりするけど、俺にとってはどーでも良いコト。だけど、膝をついたコンクリの上に両手をついた瞬間、下げようとした頭を後ろから誰かにペシッとはたかれた。
「ったく、ヤボ用とかつって、相方の俺サマを置いて一人で何やってんだ!」
痛いなぁと振り返れば、昨日と同じように仁王立ちした時任がいた。
そして、やっぱりこわーいカオしてる。ソレを見上げて今日もオシオキ確定かなぁと思いつつ、怒る時任にヤボ用はすぐに済むからと微笑みかけてから、またゾンビの方に向き直る。だって、まだジッポを取り返してないし、それには土下座しなくちゃならない。
なのに、そんな俺の後ろ頭を、また時任がペシッとはたいた。
「そんなに…っ、そんなにあの女子にもらったのが大事なのかよっっ!!」
後ろ頭を叩かれると同時に、そんなセリフが聞こえて、俺はパチパチと目をしばたく。いつから居たのかは知らないけど、時任はゾンビを前にした俺の状況をを知ってるらしい。
そんな今の時任は怒ってるっていうより、なんだか少し教室のドアの隙間からのぞいてる時とカンジが似てて思わず口元がゆるんだ。
「なに、笑ってんだよっ!」
「ん…、いや、何でもないけど、コレ見てくれる?」
俺がポケットから黒猫ジッポを取り出すと、時任は一年女子と同じようにあっと声を上げる。そーいう反応したってコトは、やっぱ予想はビンゴ。
落とした小箱の中身は、黒猫ジッポで間違いない。
ソレを確認してから時任と一緒に、ゾンビの仲間が持ってる同じ柄のジッポの方へと視線を向けた。
「久保ちゃんが持ってんのは、一年女子の」
「うん、そう…。そして、アレがお前がくれたヤツ。落としたのを、運悪く拾われちゃってさ」 「くれたって言ったって、アレは貰いモンだって言ったろっ」
「ウソ、ホントは俺の誕生日に、買ってくれたクセに」
「そ、そんなワケねぇしっ!貰ったって言ってんだろ!!」
「ありがとね」
「ち・が・うーーっ!」
「そんなに叫ばなくても、俺には突け抜け。だから、おとなしく認めなよ」
そんな俺らの会話に混じるように、早く土下座しろよとか、捨てちまうぞーとか聞こえる。だから、俺は赤いカオで焦りまくってる可愛いウチの子に、今日も焼肉ふりかけ覚悟で、大事なモノ取り返すんだから、たとえお前でもジャマしたら許さないよと言った。
すると、時任はあぁっっ、もーっとか叫びつつ、両手で自分の髪をぐしゃぐしゃと掻きまわす。俺が小さく笑って降参?と聞くと、返事の代わりに髪を掻きまわしてた両手を軽く挙げられた。
「チクショウっっ、なんでわかんだよっ!」
「んー、なんでかなぁ。俺も良くわかんないけど、それはたぶん…」
「たぶん?」
「・・・・・・・相方だからかもね?」
めちゃくちゃ言ってる自覚はある。
だけど、コレが恋でも愛でもクサすぎて鼻が曲がっちゃうし、そんなのを時任が受け取ってくれるとも思えないし、だから相方。報われなさは天下一品…だけど、笑っちゃうくらい好きなんだなぁって…。うん、ホントにね。
「やるのか、やらねぇのかっ、どっちなんだよっ!!」
はいはい、今からヤりますヨーって、吠えるゾンビに笑みを向ける。
だって、ね…、ウチの子に関する限り、コレは屈辱でも何でもない。もともと相方でも犬でも蚊でも、何でもいいとか思ってる俺に、そんなモノあるはずないし。
だけど、下に向けかけた俺の頭を視線を、ガツッと強く襟首を掴んだ時任の手が引き上げた。
「ジャマしたら、許さないって言ったはずだけど?」
いつもよりも低い声で、そう言った俺の視線と時任の視線が近づいた二人の間でぶつかる。そんな俺らは端から見れば険悪ムード見えるのか、吠えてたゾンビが急に静かになった。
静まり返った屋上、見つめ合うって言いたいトコだけど、睨み合う俺と時任。
けど、コレばっかは譲れない。そんなのは口で言わなくても…と思いかけた瞬間、さらに近づいてきた時任の額が俺の額と軽くぶつかった。
「久保ちゃんは、あのジッポと俺とどっちが大事だ?」
「・・・・フツーは仕事とワタシと、とかじゃないの?」
「マジメに答えねぇと、頭突きかますっ」
「すいません、センセイ。答えは時任クンです」
「よろしいっ」
はーい、センセーと手をあげたくなるのを抑えつつ、予想外の会話に額をくっつけたままでわずかに首をかしげる。確かにどっちが大事かって言われると、そーだけど、今の状況でこの質問も答えも無意味だった。
大事なヒトからもらったモノなら、ソレが何でも見捨てられるはずがない。
だけど、次に言った時任の言葉に、俺は大きく目を見開いた。
「だったら、大事な俺サマの大事にしてるモンに、土下座なんかさせんじゃねぇよ。そんなマネさせやがったら、たとえ久保ちゃんでも絶対に許さねぇかんな」
頭突きしないって言ったクセに、そう言って俺に軽く頭突きかました時任は、襟首を掴んでいた手を離し、仲間割れかよとか言ってるゾンビをビシッと指差す。そして、何様、俺様、時任様らしく不敵な笑みを浮かべて、そーいうワケでてめぇらはぶっ飛ばすっと宣言した。
「へぇ、コイツを落としてもいいのかよ、ここの下はコンクリだぜ。それに下に一人待機させてっから、今から取りに走ったって無駄だ」
「出来るモンなら、やってみろよ」
「俺はてめぇじゃなくて、久保田に言ってんだよ」
「久保ちゃんに言ってんなら、俺に言ってるのも同然に決まってんだろ。そんなんは言うまでもなく、ジョーシキだっ、ジョーシキっ!」
「そんな常識知るかっ! 同然だってんなら、お望み通り落としてやるっっ!」
ジッポを屋上から落としても下に見張りいるし、ヒトにさえ当たらなければ、センセーに少々怒られる程度の出来事。そんな程度で憎んでる相手にダメージを与えられるとなれば、やらない手はないってカンジで、今からジッポは屋上から真っ逆サマの運命。
けれど、時任は不敵な笑みを浮かべたまま、少しも驚いた様子も慌てた様子もない。そして、俺もそのまま動かない。
でも、それはあきらめたからじゃなくて、時任の笑みを見た瞬間、気づいたコトがあったからだ。
「・・・・そろそろ着いた頃?」
時任にだけ聞こえる声でそう聞いてみると、たぶんなと返事が返ってくる。
考えてみれば、教室を出て後をつけられたりなんてヘマはしなかったし、バーンとドアを開けて現れるまでは、屋上にも時任の気配はなかった。なのに、事情を知ってたってコトは、今日、俺がココに来ることを知っている人間に聞いたってコト。
おそらく、あの一年女子が執行部にタレコミに行ったんだろう。
そして、話を聞いた人間は、きっと時任一人じゃない。
「なんでも一人でしようとすっから、こんな目に遭うんだぜ。ちったぁ反省しろよ」
「けど、完全に私ゴトだし?」
「パーカっ、久保ちゃんゴトなら、当然、相方の俺ゴトに決まってんだろ。そんでもって、最強の俺サマと仲間たちってコトで、執行部的に相浦とかも関係アリ」
「わぉ、ステキな理屈だコト」
落とすぞ、マジで落とすぞっ、本気で落とすぞっっ!!
あ、そーいえばと思い出したように、ゾンビを見れば壊れたみたいに、そんなカンジで同じセリフを繰り返してるし。だけど、無敵の時任クンと仲間たち参上で、ソレはもう脅しにもなんにもならないんだよねぇ、うん、ホント残念デシタ。
ゾンビ君としては俺が土下座したり、ジッポ落とされて打ちひしがれるサマとか見たかったんだろうけど、俺と時任は同時に壊れたゾンビに向かって同じセリフを言った。
『さっさと落とせば?』
さすがは相方、ハモリも完璧。
変わった状況を認めたくないゾンビは、なんかコノヤロウとかなんとか意味不明の言語を叫んだけど、ワケわかんないし肩を軽くすくめてかわす。そして、なんとなーく思い出したコトを親切に教えてあげた。
「俺らはベツにいいけど、オタクらは落とすのマズいんじゃない?」
「はっ、何言ってんだか。マズイのはてめぇだろっ、やめさせようとしていい加減なこと抜かしてんじゃねぇよ!」
「だって、俺ら二年でオタクらは三年」
「それと落とすのと何の関係が…」
「受験生って、そういうの禁句じゃなかったっけ? ま、気にしないならベツにいいけど、落ちるとかすべるとかこけるとかさ。特にこーいうワルーイことしちゃってたりするのって、カミサマも見てそーだし?」
「・・・・・・っ」
なーんて、なんとなく自分の立場を改めて教えてみたら、意外と効果アリ。
推薦取り消しで一般受験する身としては、ま、気になるかもねぇ。
けど、いくら気にしても、すでに手遅れ。俺と顔を見合わせた勝利の女神…じゃなくて、自称美少年で天才の時任サマがニッと笑った。
「さぁて、そんなこんなで何なのかはわかんねぇけど」
「だぁね、そんなこんなで何なのかはわかんないけど」
「とりあえず落としに」
「行きますか?」
「ぎゃあぁぁっっ、やめろぉぉぉーーっ!!」
形勢逆転、向かうトコロ敵ナシ。
走り出した俺らを、意外とデリケートな受験生だったゾンビが止めようとする。
だけど、すでに運気はだだ下がりだったらしく、バーンとドアを開けて援軍ならぬ今度は誰が召喚したのか、また女子の群れが発生した。
「アイツよっ、アイツが私らに嘘ついて、屋上に呼び出ししたヤツっ!」
「ウワサじゃ、女子更衣室を盗撮とかもしてたって!」
「うわ、マジさいてーっ!」
「ぜっったい許せないっっ!!!!」
『マジコロスっ!!!!!!!』
うわぉ、こわーい…。
ステキな迫力に、思わず突撃もジッポ寸前で一時停止。
確か呼び出しは弱みを握られてた一年らしいけど、その一年の口を割ったりとか、例の盗撮情報とかね。ソレ考えるとなんとなく、そんなコトが簡単にできちゃいそーなキツネさんのしっぽが見え隠れしてるような?
そう思って女子が入ってきた入口付近を見ると、キツネさんに操られて女子の群れを召喚した三匹の不良が、イエーイと手を打ち合ってるのを発見。うーん、ホント仲が良いのか悪いのか、とばっちりで女子に詰め寄られる大塚を捨てて逃げ出す笹原と石橋のステキな友情に軽く肩をすくめかけたけど、そうしてる間に女子の群れはゾンビにも迫り、あまりの恐怖にゾンビ仲間の手から、黒猫ジッポがポロリと落ちて金網越えかけ。ソレに気づいた俺と時任が同時に手を伸ばして、時任がジッポを時任の手を俺が掴んだ。
「間一髪」
「さっすが俺サマっ!」
だけど、そんなセリフをカオを見合わせて言うやいなや、時任の背中がどーんとゾンビに襲いかかる女子の群れに押されて、突発事故発生。
ふにっと柔らかい感触が、俺の唇に当たった。
その感触にちょっち理性が飛びかけたけど、さすがにハジメテが野外で屋上で公開プレイっていうのはダメだよねェ、ダメだろうなぁと松本いわくの犯罪行為を思い留まる。俺的には、ぜんぜん構わないんだけどネ。
なーんて、前よりも三秒長く柔らかな感触を堪能した後、硬直してる時任が叫び出さないウチに離れる。それから、そういえば…と、前に似たシュチュエーションでチューした時のコトを思い出して、黒猫ジッポごと時任の手を握りしめたまま微笑みかけた。
「誕生日おめでと。まだプレゼントは未定だけど、ね」
「・・・・・っ!」
微笑みかけながら、そう言うと時任の頬が耳までみるみる赤くなっていく。
うん、たぶんフツーならココから恋とか恋とか、恋とか始まっちゃうトコだけど、ね。バッと勢い良く俺から離れた時任は、ふにっとした感触の唇を腕でガードつつ、二度目のチューのステキな感想を目の前の俺に向かって叫んだ後、物凄い勢いで逃げてった。
「こ、こ、コレはアレだっ、アレっ!! 犬に噛まれたってヤツだから、キスとかチューとかと違うからなっ!!ぜったいにっ、ぜったいにっ、ぜえぇぇっっったいに違うからなぁぁぁぁっ!!!!!!」
一度目は犬に噛まれた系、二度も犬に噛まれた系。
そんでもって、きっと三度目だって犬に噛まれた系。
わかりきった事実に、ダヨネー・・・なんて呟きつつ、なぜか遠い目になったりして? 確かに大事なモノには違いないかもだけど、なんだかなぁと見上げた空は青かった。
「・・・・でさ。その後で恒例のケーキ会したりしたんだけど、プレゼントは何がいいって聞いたら、取り返した黒猫ジッポ眺めつつ、もう貰ったからいらないとか言われちゃうし。けど、アレって時任が自分で買ったのだしワケわかんないし…」
「・・・・・・・」
「あ、もちろん一年女子にもらったヤツは、丁重にお返ししたけどネ。ウチの猫以外に欲情しないし、キョウミないって正直に言ったら、なんかホモって言ったときよか物凄いカオされたんだけど、なんでかなァ」
「・・・・・・・・」
「ま、それはともかくとして機嫌は直してくれたみたいで、また一緒のベッドで寝られるようになったのは良かったけど、なんか落ち込んじゃうよネ、なーんか複雑だよねェ」
そう言いながら机の上に立ててたジッポの角を人差し指で抑えて、そこを軸に中指でクルクルまわしたりなんかしたいトコだけど、今、俺の手にジッポはないし。
結局、俺って時任にナニあげたのかなぁ、ナニあげちゃったのかなぁとか、犬に噛まれた系がプレゼントなワケないしねぇと、ため息つくかわりに大きなアクビして。
うん、ホント、いつになったらチューできるのかなぁ。
何回したらチューになるのかなぁ、何十回目かなぁ、何百回目からかなぁ、どう思う?…と、窓から見える夏らしい白い雲を空を眺めたら、なぜか…というか、例のごとくに副会長サマの机に頬杖ついてたせいで、斜め四十五度からツッコミが入った。
「とりあえず、何回とか何十回とか何百回とか悩む前に告白しろ…というか、なぜ告白する前に何回も何十回も何百回もキスするっっ」
「あ、やっぱり?」
「ほぼ365日一緒に居るなら、機会は山ほどあるだろう。こんな所で遊んでいないで、さっさと言ったらどうだっ」
「えー、だってフラれちゃったらヤだし」
「二度も不意打ちでキスしたクセに、そのセリフかっ」
「ソレとコレはベツ」
なーんて松本と話してると、三匹の不良をつかって恋人の仕事を増やすゾンビ退治したキツネさんが、凶悪な微笑みを浮かべつつ…、
口がダメなら、カラダで聞いてみたらどうですか?
とか、通りすがりに小声で呟くのが聞こえた。
だから、ふーん、カラダに聞かれちゃったの?って松本の尋ねたら、な、なんの話だとかなんとか真っ赤になっちゃって。うーん、やっぱウケだよねぇとか橘松カップル考察…しようとしたんだけど、いつの間にかドアの隙間から見てた時任が近くに来てて、ムスっとしたカオでぐいっと襟首を後ろから引っ張られ…、
アレ?…とか思ってると時任は、俺の前に居た松本をジロリと睨みつけた。
「知らねぇみたいだから言っとくけどっ、コイツは俺んだからなっ!!!」
二回チューしても犬に噛まれた系だけど、大声で俺のモノ宣言されて、我ながら現金なコトに口元がゆるむ。ホント、天国と地獄とどっちに居るのかなァ、俺。
時任に引きずられるように教室を出ながら、松本に向かってヒラヒラと手を振る。そしたら、伸びてきた時任の手にペシッと頭を叩かれた。
「俺の相方のクセに、ほいほい他の奴にシッポ振ってんじゃねぇよっ、この浮気者っっ!」
告白も付き合ってもないのに、ウワキモノ呼ばわり。
でも、それでも口元がゆるんじゃう辺り、やっぱ救えない。だから、未だ相方で犬で蚊で告白は保留でも、コレだけは聞いてみたくて誕生日のジッポのコトを聞いてみた。
なんで、アレがプレゼント?って…。そしたら、時任は少し赤くなりながら、ポケットから取り出した黒猫ジッポを俺の額に押し付けた。
「・・・・・コレ、土下座してまで取り返そうとしてくれただろ?」
「うん」
「なんか、ソレがすっげうれしかったから…、さ。去年みたいに新作ゲームとかもいいけど、たまにはカタチの無いモンがプレゼントなのもいいかもって…」
「カタチの無いモノ?」
「だから、もらうモンはもうもらってっから、ジッポは久保ちゃんに返す。大事なモノ…、みたいだし…」
・・・・・サンキューな。
時任にそう言われた時、自分がどんなカオしてたかなんてわからない。
けど、こっちを見てた松本と橘が、ちょっと驚いたようなカオをしていた。
そんなカンジで相変わらず、たまに目玉焼きが焦げたり、時任が蚊に食われたり色々だけど、もしかしたら幸せかもしれない俺は、行くぞっと言う時任にワンと答える。でも、実は時任の爆弾発言により、ウワサがウワサを呼びバカップルと呼ばれるようになっちゃって、俺らそんなんじゃないよなーとかしようとしたキスの数ぐらい時任に言われるコトを、その時の俺はまだ知らなかった。
「ですから、ヤってしまえば早いんですけどね」
「お前が言うと、リアルすぎるからやめろっ」
そんなキツネさんのステキなアドバイスもなんのその。
今日も同居人で相方で犬で蚊な俺と、同じく同居人で相方で猫で俺サマな時任。
そんなカンジの俺らの、明日はどっち…、
・・・・・・・なんだろうねぇ?
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