クリスマスキャンドル.3
マンションには帰りたくない。
時任のいる場所に帰りたくない…。
そう始めて想った日、そう想い続けながら歩いてたどりついたマンション…。けれど、セッタを吸いながらマンションを見上げると、401号室の明かりがついていなかった。
どこかに遊びに行っているのか、買いモノにでも行っているのか…、
・・・・・・・それとも。
「時任のいるマンション…、ね…」
そう改めて呟いてみて…、笑う…。
いつの間にか、気づかずに使っていたコトバ…。
それを窓の明かりが消えているのを見て、始めて気づいた。
時任がいるから帰りたくない。
でも、なぜそんな風に想ってたのかわからない。
当たり前なのは居るコトじゃなく、その逆だった。
ある日、もしかしたら今日居なくなったとしても、それは意外でもなんでもない。
驚いたり、動揺したりするコトじゃない…。なのに、ココにたどりつくまでにゆっくりと歩いてきた足が、何かを確かめようとしているかのように速くなって…、コートのまとわり付こうとしていた雪が俺の起こした風に舞った。
マンションに入ってエレベーターに乗り、4階のボタンを押す。
そして、4階に着くと廊下を歩いて401号室の前に立った。
・・・・・・・ガチャ。
鍵を開けて、部屋の中に入る。
すると、そこには薄い暗闇と静寂が満ちていた。
そして、玄関に時任のスニーカーも、寝室のクローゼットの中に時任のコートもない。リビングにも…、どこにも時任の姿はなかった…。
いつかは、こんな日が来るかもしれない。
こんな風に出会った日と同じように、唐突に突然に消えてしまうかもしれない。
絶対なんてコトバはどこにもない…、だから…、
出会った頃も今も、時任と何も約束をしたコトがなかった。
けれど、そんな日が来たかもしれない今日、俺は時任の姿を探してる。
ずっと、ココにいるなんて約束なんて、した事も言った事もなかったのに…。
頭の中に葛西さんや鵠さんの言葉が浮かんでは消えて、俺の手にはやっぱりプレゼントはない。そして、茶色の紙袋も何もない…。
そんな手で薄暗いリビングの照明をつけると、その明るさに暗闇に慣れていた目が少し眩んで…、そしてまた…、
照明の明るさに目が慣れても目の前に現れた光景に…、また目が眩んだ。
「プレゼントも買ってないし、俺にはあげられるモノなんて何もないのに…」
そう言いながら、伸ばした指先で触れたテーブルの上…。そこにはクリスマス用のケーキとかチキンとか、時任の作ったスパゲッティーやサラダがあって…、
しかも、ちゃんと二人分用意されていた。
部屋の中には今も静寂だけがあって、時任はいない。
けれど、テーブルに並んでいる二人分の料理を眺めていると、そこに時任の姿が見えるような気がした。
今日はクリスマスだけど、早く帰るとも言ってないし何も約束もしてなくて…、
なのに、時任はどんなカオしてコレを準備したんだろう。
二人分の料理を、どんなキモチで見つめてたんだろう…。
自分がいつも座っているイスじゃなく、キチンと直さずに少し引かれたままになっている時任のイスに座るとまた…、葛西さんと鵠さんの声が聞こえてくる気がした。
・・・・・・寂しいクセに。
寂しい…。
そんな感覚は覚えがないからわからない。
こんな胸を突くような…、声にコトバにならない感覚は知らない。
ココに座っていた時任の視線で部屋の中を、クリスマスケーキを見つめながらタバコをくわえたけど、きつく噛みしめるだけで火をつけられなかった。
「・・・・・・ゴメンね」
やっと、それだけ呟いて時計を見る…。
そして、もう一度、目の前に並んだ料理を見てイスから立ち上がった。
この時間で時任が出かける場所は、マンションの前にあるコンビニくらいしかない。
けれど、窓越しに見たコンビニの中に時任の姿はなかった。
もしも、居なくなっても出て行ったかもしれないから、もう戻らないだろうから…、
だから、背中を追いかけたりはしないとずっと想っていた。
けれど、二人分用意された料理が、そこにあったはずの温かさがぬくもりがそんな俺の言葉を否定してくれる。ココにはいない時任の声が聞こえたような気がして、俺は寝室に一度入ってからドアを開けて部屋の外へと出た。
そして、念のためにすぐ前のコンビニに向かう。すると、そこから目の前のマンションの四階辺りを見上げて話す不審な男が二人出てきた…。
「あー…、やっぺぇ。つい寒いんで雑誌読んで、コンビニに長居しちまったぜ」
「けど、電気ついてねぇし、まだ帰って来てねぇから大丈夫だろ?」
「しっかしっ、クリスマスなのに見張りなんてクソメンドくせぇよなぁ…」
「クリスマスっつったって、てめぇはカノジョなんかいねぇんだから問題ねぇじゃんかよっ」
「そー言うお前だって同じじゃねぇかっ!」
「ザンネンでしたぁ〜。俺はてめぇと違って、クリスマス前にすっげぇ可愛いカノジョをゲット済み〜」
「な、なにぃぃっ!」
ガラの悪そうな二人のクダラナイ会話…。
けど、その会話の中に聞き捨てならないセリフを見つけて後をつける。
そして、見張り場所にしてるらしい裏路地に入りかけた所で、ポケットの中に入れた手でライターを握りしめて、そのまま二人の内、後を歩いていた方の背中に強く押し付けた。
「せっかくのクリスマスに見張りゴクローサン」
「なっ、なんだコイツっ!」
「おいっ、ちょっと待てっ!!ソイツは…っ!」
「背中に穴開けたくなかったら、質問に教えてくんない?」
「て、てめぇ…っ!!」
「俺らはアンタがマンションに戻ってくるのを、見張れって言われただけで…っっ」
「・・・・・・・誰に?」
「お、俺はホントに何も知らねぇからなっ!!」
「おいっ、待てよっっ!! マサミチっ!!!」
二人の内、一人が雪の中を走って逃げていく。
けれど、別に一人が逃げても、もう一人がいれば十分…。
俺はポケットに入れていた手を出して、握りしめていたライターでタバコに火をつけた。すると、その音を聞いた男は何かに気づいたのか俺の方をバッと振り返った。
「てめぇ…、俺をだましやがったな!!」
背中に押し付けられていたのが、今、俺が手に持っているライターだと気づいた男は、ブチ切れましたってカオして、そう叫んで殴りかかってくる。
でも、俺は身構えずにタバコの煙を肺の中に吸い込んだ…。
肺の中を犯していく…、灰色の煙。
そして、ライターを再び放り込んだポケットの中から取り出した冷たい鉄の感触…。
俺は口元に笑みを浮かべると、殴りかかってきた男の拳をかわして握りしめた鉄の塊を男の額に押し付けた。
「ウチの子…、返してくんない?」
前 へ 次 へ
|
|