クリスマスキャンドル.2
俺の手にあった茶色い紙袋。
それを依頼主の手に渡したら、今日のバイトは終了。
でも、クリスマスだからなのかどうかは知らないけど、事件現場に近い配達先に行った後で東湖畔に戻ったら、また急ぎの配達が入ってて再び俺の手には茶色い紙袋。その分、バイト料は入るけど、過ぎていく時間が気になった。
帰りが遅くなるなんてコトは珍しくなくてザラにあるし、時任も慣れてる。
ちゃんとバイトだってコトも知ってるし、何も問題はない…。
けど、葛西さんにあんな風に言われたせいか、時任のコトばかりが脳裏に浮かぶ。
今日のバイトが雀荘の代打ちだったらと思うと、少し笑えない状態だった。
「笑えないどころか死活問題…、かな」
そう呟いてみても、あまり危機感はない。
それは伸ばした指先よりも先のコトを、意識的にあまり考えないからなのか、
その伸ばした指先ですら、何も掴めないからなのか…、
何かを掴もうと伸ばした俺の指先には、いつも猫の死体が転がっている。
内臓も血も撒き散らした…、いつかの日の猫…。
あれは暑い日だったのか寒い日だったのか、カサカサと茶色い紙袋が鳴るのを聞きながら考えたけど、流れた出たドス黒い血の色しか思い出せなかった。
「すいませーん、お届けモノを配達に来たんですけど」
受け渡し場所に指定されたアパートのドアの前でインターフォン鳴らして、さっきより軽い紙袋を渡して何事もなくバイトは終了。配達を終えて俺が東湖畔に戻ると、鵠さんはバイト代を手渡しながら俺の顔を見て微笑んだ。
「今日は、立て続けに配達をお願いしてしまってすいませんでしたね。その分、バイト料は弾んでおきましたよ」
「それはどーも」
「プレゼントは今から買いに行くんですか?」
「今ので二度目」
「二度目?」
「配達の途中で同じコト言われたんだよねぇ」
「今日はクリスマスですから」
「けど、クリスマスが誕生日なのは、時任じゃないデショ?」
「確かにそれはそうですね。ですが、私はプレゼントを買いに行くかどうかとは聞きましたが、時任君にとはいいませんでしたよ?」
「あれ、そうだったっけ?」
俺が軽く肩をすくめながらそう言うと、鵠さんの口元と目元にさっきまでとは違った何かを含んだような笑みが浮かぶ。けど、俺はそれ以上は何も言わずに、鵠さんに似た何かを含んだような笑みを返した。
今日はクリスマス…、だからプレゼントを買って早く帰って…、
そういう決まりはどこにもないんだけど、葛西さんも鵠さんも同じコトを言う。
そして、バイト代の入った封筒を受け取った俺も同じコトを考える。
まるで洗脳されてるみたいな気分になるけど、それはたぶん言い訳…。いつもより少しだけ厚みのある封筒の感触を指で確かめながら、俺は他の誰でもなく自分に対する言い訳を探している。
けれど、何も見つからない。
そんなモノを探しても何のイミもない…。
俺は手に持ったままになっていた封筒を、コートのポケットの中に収めた。
「じゃ、俺はこれで…」
笑みを浮かべたままの鵠さんに、それだけ告げて背を向ける。
すると、俺の背中を鵠さんの声が追いかけてきた。
「そんなに、重く深く考えなくてもいいんじゃありませんか? その人が居たらうれしい…、居なくなったら寂しい…。それがたぶん…」
鵠さんの言葉は、最後は途切れて聞こえない。
でも、それは鵠さんのせいじゃなく、俺が立ち止まらないで歩き続けていたからだ。
途切れた言葉の先は…、わかるようでわからない…。
東湖畔を出ると途切れて消えた声のかわりに、空から白がゆっくりと降り注いだ。
伸ばした指先で空からヒラヒラと落ちてきた白い結晶を掴むと、あの日の猫のように冷たい。白い結晶が溶けていくたびに、指先が冷たくなった。
「・・・・・・雪か」
クリスマスに雪。
出来すぎたシュチュエーション。
その中で思い出す、始めて出会った日の光景…。
偶然と呼ぶには出来すぎている…、けれどそれを誰かが仕組んだワケじゃない。
でも、何かに引き寄せられるように俺は裏路地に視線を向けた。
立ち止まる、歩み寄る…、
目を閉じた横顔、獣化した右手…、そして選択…。
そこに何があったのか、何に引き寄せられたのか…、
そんな良くわからない問いかけを何度も繰り返しながら歩いていると、次第に時任のいるマンションが近くなってきた。
けれど、今日は少しだけ…、ほんの少しだけ帰りたくない。
今だけは…、雪の降る今だけは…、
そんな風に想うのは、時任と一緒に暮らすようになって始めてのコトだった。
・・・・・・・真っ暗で何も見えない。
ぼんやりとした意識の中で、暗闇の中で俺はさっき起こったコトを思い出していた。
何かを口に押し当てられて…ってコトは、俺は何者かに拉致られたってコトで…、
ちくしょーっ!!シャンパン買えなかったじゃねぇかっ!!
せっかくケーキ買ったしチキン買ったし、スパも作ったのに…っ!!
浮かんできた意識の中で、一番最初に想ったのはソレ。
そして次に想ったのは…、久保ちゃんのコトだった。
バイトが終わって帰って来て俺がいなかったら、久保ちゃんは・・・。
そこから先は、それ以上はあまり考えたくない。
目の前が暗いせいか、またイヤなことばっか浮かんでくっから…。
でも、早く帰りたい。
こんな暗闇から早く抜け出して、早く帰って…、
久保ちゃんに会いたい…。
だから、おとなしく目隠しされて縛られてる場合じゃない…。
けど、どれくらい気を失ってたのかも、今が何時なのかもわかんねぇ。
目隠しされてて真っ暗で何も見えねぇし、何もかもが不明。
ただ、カラダに感じる振動で乗り物の中だってコトがわかる。
・・・・・・・・ココは車の中か?
少しハッキリしてきた頭で脱出する方法を考えながら、気を失ってるフリを続けながら周囲の音に耳を澄ます。すると、俺を拉致したヤツラの会話が聞こえてきた。
「おい…」
「あー?」
「これからどーすんだよ。 コイツ拉致っても、あの野郎が来なきゃイミねぇじゃん」
「うるっせぇなっ、一緒に暮らしてんなら来んだろっ」
「でもコイツ…、オンナじゃねぇしよ」
「オンナじゃなくても問題ねーよっ、あの野郎はホモだ。俺の知り合いのオンナが、そー言ってたぜ」
「げ…っ、マジかよっ」
・・・・・・って、ホモって誰がだよっ。
久保ちゃんも俺もホモじゃねぇっつーのっ。
けど、話の内容からすると俺は恋人とカンチガイされて、久保ちゃんをおびき寄せるために拉致られたらしい。そして、コイツらが久保ちゃんをおびき寄せて何をしようとしてるのかは、話してる口調ですぐにわかった…。
コイツらの目的は、久保ちゃんに危害を加えるコト。
でも、すぐに久保ちゃんを呼び出したりする様子はなかった。
「おい、監視は誰が行ってんだ?」
「ゴローとマサミチ〜」
「明日はお前と、リョウタが行けよ」
「えーっ、俺バイトがあんだぜ?」
「俺は今日の運転だけって約束だろ?」
「そう冷たいコトいうなよー、仲間だろー。この間の貸しチャラにしてやるからさー」
「しょーがねぇなぁ」
「くっそぉー…、バイトがクビになったらお前のせいだからなっ」
車に乗ってるのは、たぶん三人…。
他はわかんねぇけど、最低でも監視に行ってるヤツを合わせて五人はいる。
聞こえてくる声に聞き覚えはねぇし、たぶん俺の知らないヤツだ。
でも、久保ちゃんに何か恨みがある。
俺の知らない何かに…。
知らない何か…って言っても、俺は久保ちゃんのコトは何も知らない。
この間、誕生日を知ったのだって、久保ちゃんじゃなくおっさんから聞いた。
けど、俺に…、久保ちゃんに危害を加えるってのなら、やる事は決まってる。
だから、さっきから力入れてみてるけど、薬が効いてんのか腕の縄が切れねぇ…。
左手なら簡単なはずなのに、こんな時に限って役に立たねぇし…っ、
しかも、頭はガンガンして痛ぇし…っ、くそぉっ。
このまま、あんなヤツらの思い通りになんかさせてたまるかよっ!
けど…、ある一言が俺のココロとカラダを凍らせた…。
「コイツ…、右手だけに手袋してるぜ」
右手…の手袋について話す声。
そして、前から俺に近づいてくる気配。
けど、縛られてて身動きはとれない、力を入れても縄は切れない。
なのに、止まらずに気配はゆっくりと俺に近づいてくる。
こっちに来んな、俺に触んな…。
右手は絶対にダメだ、右手はイヤだ…っ。
右手は…、俺の右手は…っっ!
「俺に触るなぁぁーーーーっっ!!!」
暗い闇が叫んだ瞬間に、赤く染まる…。
なんだ…、コレ…。
なんなんだ…、コレ…。
なんで俺はこんなトコロで、こんな一人きりで…、
ついさっきまでケーキ買ってチキン買って…、スパゲッティー作って楽しくて…、
あとはシャンパンさえ買ったら、カンペキだったのに…、
久保ちゃんとクリスマスできたのに…、
なんで…、だよ…。
「うあぁぁぁぁっ!!!!!!」
綺麗だった明かりも今は見えない。 マンションまでの帰り道もわからない…。 ココにはくぼちゃんもいない…。 遠くから聞こえてくる自分のモノなのか、誰のモノかもわからない叫び声を聞きながら、そう想うとどうしようもなく…、寒くて…、
寒くて…、会いたくて帰りたくてたまらなかった。
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