クリスマスキャンドル.4




 「てめぇっ!!! よくもリョウタをやりやがったな…っっ!!!」
 「おいっ、運転中に余所見すんなっ!」
 「だったら、運転代われっ!!!」
 「今はムリに決まってんだろっ!」
 「ちぃっ!! 先に病院…っ」
 「目的地に行く方が先に決まってんだろ。それに、別にこれくらいじゃ死なねぇよっ」
 「・・・・・・・・・・だったら、お前を先に殺してやろうか?」
 「そう熱くなるなよ、加賀…。このまま目的地に行くなら、俺がリョウタの分の借りも返してやるって言ってるだけだぜ? 今日のためにそれなりに腕の立つヤツらも、ちゃーんとそろえてあるしな…。コイツもあの野郎も俺がめちゃくちゃにしてやるよ…」
 「・・・・・・・」

 「リョウタも、その方がいいだろ?」

 耳に聞こえてくる叫び声と怒鳴り声、そして右手に走る痛み。殴られて押さえつけられて、また口元に何か薬を染み込ませた布が押し付けられた。
 けれど、そのどれもがどこか遠くて…、俺は動けない。
 頭ではこのままじゃダメだとわかってても、身体が動かなかった…。
 でも、それは右手が痛いからじゃない。
 痛いだけなら、歯を食いしばって耐えられる。
 こんな痛みは慣れてる…。
 けれど、いくら歯を食いしばっても痛みじゃない何かが俺を動けなくしていた。
 右の手に残ってる…、切り裂いた時の感覚と生暖かい血の感触…。
 そんな感覚も感覚も知らないのに、覚えている。
 右手が覚えている…。
 それを感じながら震える右手を握りしめてると、ニンゲンのはずの俺の過去はニンゲンじゃない右手に詰まっている気がした。
 誰かを、何かを傷つけるコトしかできない右手に…、
 俺の失くした…、何もかもが…。

 「・・・・・・・・くぼちゃん」
 
 白く染まっていく意識の中で、うわ言のように呟いた自分の声を…、
 くぼちゃんを呼ぶ声を聞いた俺は、歯を強くきつく噛みしめた。
 自分の胸の奥の…、一番深い場所にある何かを噛みしめるように…。
 すると何かが頬を濡らしながら、ゆっくりとすべり落ちた。
 でも…、違う…。
 コレは涙なんかじゃない…、俺は泣いてなんかない…。
 どんなに右手が痛くても、蹴られても殴られても泣く必要なんてない…。
 だって…、だってさ…。
 帰る場所があって…、久保ちゃんが一緒にいて…、
 なのに泣くコトなんか哀しいコトなんか…、なんにもあるワケねぇじゃんか…っ。

 「ああぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」

 俺はまるで暗闇の中で自分のコトを、自分の存在を確かめるように知らせるように叫ぶ。そして、手首に新しくかけられた手錠を右手で引きちぎると、どこかへ行くためじゃなく帰るために車のドアを破った。
 すると破れたドアは音を立てて黒いアスファルトの上に転がり…、ドアの向こうから冷たい激しい風が吹き込んでくる…。
 髪を乱す冷たい風と、俺を切り裂こうと振り下ろされるナイフ。
 その二つの音を聞きながら、俺はクッションの代わりになりそうな道路の脇の花壇に植えられている低めの木の上を狙って車から飛び出した。

 「バケモノかっ、コイツっ!!!」
 「ちっ、薬が効いてんのになんで動いてんだっ!」
 
 俺は上手く木の上に落ちると、すぐに走り出す。
 けれど、嗅がされた薬のせいでフラフラして真っ直ぐに走れない。
 それがわかっているのか、ヤツらはすぐには俺を追って来なかった。
 でも目眩がするし、カラダも重い…。
 本当なら人ごみに紛れんのが一番いいんだけど、薬のせいで限界が近い。
 こんな所で倒れて…、病院に運ばれる事だけは避けたかった。
 このままフラフラ歩いてるとヤバいし、目立ちすぎる。だから、俺はすぐに帰りたいけど、とりあえず薬が切れるまでどこかに隠れてるしかなかった。
 
 「くそぉ…、ココってどこだよ…っ」

 細くて暗い路地に入った俺は、自分の居場所を確かめるために辺りを見回す。けど、チラチラと白い雪の降る街の景色に見覚えはなかった。
 路地から見える表通りの店も看板も…、電柱に貼ってある町名も…。
 無理やり車に乗せられてから、どれくらい走ったのかわかんねぇけど、ポケットに手を入れてみるとココから帰るのは簡単じゃないってコトがわかった。
 ・・・・・・・シャンパンを買うためにポケットに入れてたサイフがない。
 だから、駅やバス停にたどりついたとしても帰れなかった。
 けど、アイツらはすぐに追って来なかったし、この分だと簡単に逃げ切る事はできるかもしれない。俺は白い息を吐きながら、フラフラと細い路地の角を何個か曲がった。

 「わけわかんねぇヤツに拉致られるし、サイフも落とすし、ケーキもチキンも食えねぇし…。今日って…、マジでクリスマスなのか…?」
 
 そう呟いて、ヒラヒラと落ちてくる白い雪を眺めて白い息を吐く。
 そして、どこか隠れられる場所を探そうとしたけれど、無数の足音が近づいてきた。
 車に乗ってた、俺を拉致ったヤツらは三人…。
 けど、足音は俺を追い込むように一つの方向からじゃなく、色んな方向から迫って来てる。なのに、俺の足は重くてホントに前に進んでんのかも、段々わからなくなってきてた。
 前の角を右か…、左か…。
 ぼやけてきた視界の中にある分かれ道。
 それを俺は右に進もうとしたけど、途中でやめて足を止める。それは進もうとした右からも…、そして進まなかった左からも不審な足音が近づいて来ていたせいだった。

 右も左も…、後ろからも足音がする。
 
 手のひらに汗が滲んでくるのを感じながら、俺は最後に残され道。
 裏路地にある、どこかの店の裏口のドアノブに手をかけた。
 ドアが開いてなかったら…、店のヤツには悪りぃけど壊すしかない。
 けど、ノブをひねると何の抵抗なく簡単に回った。
 ・・・・・・ドアに鍵はかかってない。
 だから、俺は迫ってくる足音を聞きながら、気を抜けばすぐになくなってしまいそうな意識をなんとか引きとめながらドアを開けて中に入ろうとしたけど…、
 ドアを開けたはずなのに…、俺は足を前に踏み出す事ができなかった。

 「やぁ、いらっしゃい・・・・」

 そう言ってドアを開けた俺を出迎えたヤツは男で、一見、この店の店員のみたいだけど…、絶対に違う…。俺を見る男の目はねっとりと絡みついてくるカンジで、口元に浮かんだ笑みが不気味で気持ち悪かった。
 俺がそのままドアを閉めようとすると、男がドアに手をかけてそれを止める。
 そして、男の方を向いたまま後ろに下がろうとした俺の襟をぐいっと掴んだ。
 「四方を塞げば逃げ道は限られる。だからココで待ってれば、きっと来てくれると思ってたぜ…、カワイイ子猫ちゃん」
 「・・・・てめぇは何者だ」
 「そういう事は久保田誠人に聞けよ」
 「くぼ…、ちゃん…?」

 「そして恨むなら俺じゃなく、久保田を恨むんだな…、くくく…っ」

 掴まれた襟を引き寄せられて、不気味な笑みを浮かべる男の顔が迫ってくる。だから、俺はそれを止めようとして手を伸ばしたけど、それよりも早く鳩尾に衝撃が走って息が詰まった。
 ・・・・・・くそっ、思い切り殴りやが…って…。
 鳩尾に拳を叩き込まれた俺が倒れると、男は笑いながら俺の背中を踏みつけてケータイで誰かと話している。その相手は内容を聞くまでもなく、たぶん車で俺を拉致ったヤツらに違いなかった…。
 このまま…、完全に意識を失ったら…、
 マジで・・・・ヤバい・・・・・。

 けど・・・・・・・、

 俺の意識は…、また遠くなる・・・・・。
 遠くなって…、色々な何かと混じっていく…。
 夢の中なのか現実なのかわからない意識の中で、俺は右手を伸ばした…。
 けど、何も掴めないまま意識と一緒に…、下へと落ちる。
 下へと落下して…、消えていく…。
 足元から崩れ落ちるように消えていく…。
 でも、伸ばした右手が冷たいコンクリートに触れる瞬間、俺は閉じかけていた目を大きく見開いた。そして落ちかけた右手をぎゅっと強く…、握りしめる。
 握りしめて歯を食いしばって、背中を踏みつけている男の足を払い除けた。
 すると、男は俺の腹を勢い良く蹴りあげる。
 けれど、俺はぐっと耐えてよろめきながらも立ち上がった。
 「てめぇっ!! 自分の立場がわかってんのかっ!!!」
 「・・・・・けた」
 「はぁ!?」
 「見つけた…」
 「何わけわかんねぇこと言ってやがんだっ!! おとなしくしねぇなら、久保田が来る前にブッ殺すぞっ!!」
 もう男の怒鳴り声も周囲から聞こえてくる足音も、ざわめきも耳に入らない。
 俺の耳は…、ただ見つけたモノだけを…、
 ただ一つの足音と気配だけを追いかけるように、逃さないように捉えていた。
 ココにいる事は絶対に知らないはずだし、こんな事はあり得ない…。
 けど、絶対に聞き間違えたりしない…。
 口調と同じように少し間延びしたような…、足音…。
 静かな…、けれどハッキリとした気配…。
 俺はそれだけを頼りに…、それだけを求めるように走った。
 後ろから追いかけてくる男を振り返らず、よろめきながらフラつきながら…、それでも走った…。白い雪の降る中を走って走って…、白くかすんでいく景色の中を歩いてくる黒い影に向かって右手を伸ばした…。


 「くぼちゃーーーんっ!!!!!」


 力をふりしぼって…、名前を呼ぶ…。
 けど、もしかしたら黒い影は俺の見た都合のいい夢かもしれない。
 薬にやられて見た幻かもしれない…。
 そう思いながら伸ばした手に、冷たい白い雪が触れては落ちていく。
 その雪の空気の冷たさを右手にカンジるとココロの中に…、いつもあったキモチを、いつも考えかけて想いかけてやめていたコトを思い出して俺は思わず目を閉じた…。

 久保ちゃんは俺がいなくなっても…、きっと…。

 俺の手が黒い影に届くよりも早く、追いかけてきた男の手が俺の腕を掴む。だけど、すぐにガツッという音と叫び声と同時に男の手が俺の腕から離れて…、その代わりに…、
 前から伸びてきた腕が俺の肩を抱きしめた…。


 「・・・・・・おかえり」


 幻かもしれないと想った。
 都合のいい夢かもしれないと想った。
 けど、抱きしめて引き寄せられて頬に触れた胸から聞こえてきた鼓動は、ドクンドクンと音を立ててる。だから、これは幻でも夢でもない…。
 それがわかったら胸の鼓動を聞いてたら、ケーキもチキンも食えなくてサイフも落としちまって…、蹴られた腹も踏みつけられた背中も痛くてサイアクで…、
 なのに、そんなのが全部消えてなくなるくらい…、うれしかった…。
 
 「ただいま…」

 ホントは久保ちゃんが言うはずだったセリフを俺が言う。
 そしたら全身から力が抜けて…、急に目蓋も重くなった…。
 倒れちゃダメだってわかってんだけど、アイツらに囲まれてるってのがわかってんだけど…、久保ちゃんに抱きしめられてるとあったかくて気持ち良すぎて力が入らない…。
 もう…、限界…。
 それを久保ちゃんに言おうとしたけど、その前に久保ちゃんが俺の頭を撫でた。
 「おやすみ、時任」
 「久保ちゃん…、俺さ…」
 「話は後でちゃんと聞くから…」
 「・・・・・・・」
 「後で二人で一緒にケーキ食いながら、ね?」

 「・・・・・・・うん」

 目が覚めたら…、二人でケーキ食って…、
 そう言った久保ちゃんの声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。
 けど、ケーキとかチキンとか食わなくても、シャンパンがなくても…、
 目が覚めた瞬間に、久保ちゃんが目の前にいたら…、
 俺のそばにいてくれたら、クリスマスもプレゼントも何もいらない…。
 

 ただ…、それだけで良かった…。
 








 マンションの前で掴まえたヤツの案内で、時任が連れて行かれた場所にタクシーで向かう途中…。数人の怪しそうなカンジの男が、歩道を走っているのが見えた。
 でも、それだけでココに時任がいるとわかっていたワケじゃない…。
 ただのカンみたいなモノだった…。
 だから、もしも間違ってたら間に合わないかもしれない。
 けれど、俺は目的地に着く前にタクシーを止めると大通りから路地に入った。
 ポケットの中の拳銃の重さをカンジながら…。
 時任はいつも何があるたびに自分のせいだって気にしてるけど…、ホントは今も他のコトも時任の右手のせいじゃない。絡みついてくるように離れない俺の過去と、拳銃を握りしめてきた俺の手のせいだった…。
 なのに、暗い路地で俺を見つけた時任は、俺に向かって走ってくる…。
 よろめきながらフラつきながらも、俺に向かって真っ直ぐに…。
 その姿を見てると外は雪が降ってて、空気も冷たいはずなのに胸が焼け付く。安心したように倒れこんできた細いカラダを抱きしめると…、焼け付いた胸にそのぬくもりが染みてきて痛かった…。
 
 「・・・・・オヤスミ」

 頭を撫でながらそう言ってカラダを優しく抱きしめながら、擦り傷のできた頬に額に軽くキスをする。俺の腕の中で安心したように気を失った時任はたぶん俺が来るよりも、もっと前から限界だった…。
 けど、俺の所まで走ってきた。
 ・・・・・・・・・・・・・俺の腕の中へ帰ってきた。
 その姿を想いながら握りしめた拳は、時任を傷つけたヤツらに向けたモノなのか、それとも自分自身に向けたモノなのかわからない。傷ついた時任を抱きしめてると今までカンジたコトのない何かが…、胸の奥から湧き起こってくるのをカンジた。
 時任の腕を掴んだ男を殴った時の感触…。
 それは、いつもの目の前の障害物を排除する時の感触とは違っている。
 男に向かって振り下ろした拳は、いつもより少し早い鼓動と同じように熱かった。

 「予想より早かったじゃねぇか…」

 俺に殴られて倒れたヤツは、やっと立ち上がるとニヤニヤと笑いながらそう言う。すると、周囲を取り囲んでるヤツらも、それが伝染みたいに笑った。
 でも目の前に立ってるヤツもそうじゃないヤツも、過去に会ったコトがあるのかもしれないけど思い出せない。そして、思い出す必要もない…。
 俺は時任の頬についた傷を、人差し指で優しく撫でると口元に笑みを浮かべた。
 すると、目の前に立ってるヤツと、後から来たヤツの顔色が変わる。
 どうやら、この二人が主犯格で俺に恨みってのがあるらしかった。
 「てめぇが来る前に、ソイツを犯してやるつもりだったけどよ。予定変更でてめぇをブッ殺してから、ソイツをめちゃくちゃにしてやるぜ…、久保田」
 「・・・・・・・」
 「くくくっ、さすがにこれだけの人数に囲まれてちゃ、怖くて声も出ねぇってか? てめぇに肋骨を折られて鼻を潰された恨み…、今日こそ晴らさせてもらうぜ」
 「おい、俺がいるのも忘れんなよっ。俺は腕を折られた恨みを晴らすんだからなっ」
 「俺に比べたら、駅でぶつかっただけのてめぇの恨みなんかたいしたことねぇだろ」
 「な、なにぃっっ!!」
 「俺はオンナを取られた上に、やられて恥かかされたんだぜ…。いっぺん殺したくらいじゃ…、足りねぇよ…」

 あぁ…、なるほどね。

 駅ってのは覚えないけど、オンナを取られたっていうのはなんとなくそんなコトもあったような気がした。でもオンナ取ったのは俺じゃないし、ねぇ?
 そんな事がわかったとしても今の俺には何がどうなってようと、どんな恨みだろうとそんなコトはどうでもいい。俺は近くの壁に時任を寄りかからせるように座らせると、それを背後に守るようにして立った…。
 すると、オンナを取られたってヤツが俺を見て笑う。
 そして、周囲にいるヤツらに軽く手を上げて俺を囲むように指示を出した。
 「へぇ、やっぱウワサ通りホモだったのかよ」
 「さぁねぇ?」
 「なーんて言いながら、あのマンションで毎晩、てめぇはソイツとホモッてんだろ?」
 「うーん、そう言われても残念ながら…」
 「バレバレなのに、今更とぼけてんじゃねぇよっ!」
 「別にとぼけてないけど?」
 「そうかよ…。じゃ、ソイツをこっちに渡せば手加減してやるぜ…。なぁに、ちょっとキモチいい思いをさせてやるだけで殺しはしねぇよ…」
 元々、そういう気があるのか、それとも俺の反応を楽しもうとしているのか、寝取られ男はそう言うとなめるような視線で気を失っている時任を見る。すると、周囲を取り囲んでる手下っぽいヤツらの視線も同じように、敵意や殺意とは違う何かを帯びてくる…。
 俺は一人で…、相手は十人…。
 けど、俺はヤられるつもりも時任を渡すつもりもなかった。

 「別に自分がホモでも、そうじゃなくてもどうでもいいけど…。ウチの子を、時任を連れて行かれるのだけは困るんだよねぇ…」

 俺はそう言うと少し後ろに下がって、気を失ってる時任の隣に立つ。
 そして、時任を見ずに前を向いたまま…、手を伸ばして…、
 まるでスローモーションのように、ゆっくりとした仕草で指で時任の頬に触れて…、
 少し開いた赤い唇の輪郭をたどるように…、触れた…。

 「これから先、もしも誰かをベッドで抱いて泣かせるようなコトがあるとしたら…。それは他の誰でもなく、コイツだけだから…」

 まだ…、キスしたことのない唇の感触…。
 けれど指先で触れていると、この感触を知っているような気もする。
 俺は時任の唇から指を離すと、その指を手のひらの中に握り込んだ。
 すると、まるでそれが合図だったかのように、いっせいに恨みを込めた拳が俺を襲う。でも、時任の唇に頬の傷に触れた俺の指は、すでに血に濡れ罪に濡れた手はポケットに入ってる拳銃の引き金を引くように、すべてを破壊して打ち砕いた。
 断末魔のような叫び声と骨が折れる音…、血の匂い…。
 それは時任と暮らす前から、深く俺のカラダに染み付いてる…。
 けれど、またいつもと違う熱さがカラダの奥から湧き起こってくるのをカンジた。

 ・・・・・・・・・・・・・・時任は誰にも渡さない。

 時任を傷つけるヤツは許さない…。
 俺から時任を奪うヤツは…、奪うモノは許さない…。
 俺は熱い何かが湧き起こってくるのを、すでに倒れた相手を執拗に殴る手を止めるコトができなかった。
 この熱さがなんなのか…、良くわからないまま…、
 俺は湧き起こる熱さのままに拳を血に染める。

 「ぎゃあぁぁぁぁ…っっっ!!!!!」

 叫び声が聞こえてくるけど、俺は躊躇することなく手に力を込めた。
 目の前で誰がどうなろうと、ココが血の海に染まろうと別にどうでもいい。
 俺にとって重要なのは、コイツらが時任を傷つけたってコトだけ…。ふらつきながら俺に向かって走ってきた時任の姿が…、わずかに瞳に滲んでいた涙が…、
 
 ・・・・・・・・俺を狂わせていた。

 すでに目の前に立っているヤツはいない…。
 目の前に居るのは、俺に首を折られそうになって悲鳴をあげてるヤツだけだった。
 このままだと…、死んじゃうかも?
 熱い胸とは反対にやけに冷静な頭がそう判断する。
 でも、口元に冷ややかな笑みを浮かべただけで、止める気にはならなかった。
 けど、首を折ろうと力を込めようとした瞬間に、頬に大きな音を立てて衝撃が走る。
 その音と痛みに俺はらしくなく驚いて…、ビクッと肩を揺らして動きを止めた。
 「・・・・・とき、とう?」
 「もういい…、やめろっ」
 「・・・・・」
 「いいからやめろっ!!!」
 「・・・・・・・」

 「もう一発っ、叩かれてぇのかっ!!!」

 気を失ってたはずの時任に頬を叩かれて怒鳴られて、俺は仕方なく首をしめてた手を離す。すると、しめられてたヤツは餌に群がる鯉のように口をパクパクさせながら、その場に崩れ落ちた。
 時任は…、いつ気づいたんだろう?
 それすら気づかないで、俺は目の前のモノを壊すのに熱中してたらしい。かなり怒ったカオをした時任は、あたりを見回して誰も死んでない事を確認するとホッと息を吐いた。
 そして俺の頬をもう一発…、今度は軽く叩く。
 それから突っ立ったまま、じっと時任を見つめてる俺に背を向けた…。

 「時任…」
 
 思わず呼び止めるように名前を呼んだけど、時任は振り返らない。
 そして、そのまま振り返らないで歩き始める。
 けど、俺はその背中を追いかけて歩き出すことができなかった。
 普通、こんな現場を見たら誰でも怖くて逃げ出すだろうし、
 それは、時任もきっと同じコトで…、
 時任を誰にも渡したくないと思いながら、逆のコトをしたんだってコトに今更のように気づいて苦笑する。そして、俺はまたポケットの中の拳銃の重さをカンジながら、立ち止まったまま時任の背中を見送った…。
 時任が行ってしまう…。
 けど、こんな日がいつか必ず来ると思っていた…。
 しかも、そう遠くない日に…。だから、クリスマスが近づいてる事を知っても何の約束もしなかった、プレゼントも買わなかった…。
 
 けど…、ホントは・・・・・。

 その続きをココロの中じゃなく…、声に出して呟きかけた時、背中を向けて歩いていた時任が立ち止まってしゃがみ込む。そして、いつまでたっても歩き出さない俺の方を見て、ムッとしたカオで怒鳴った。
 「いつまでそんなトコにボーっと突っ立ってんだよっ!! 早く帰らなきゃクリスマスが終わっちまうだろっっ!!それに…っ!!」
 時任はそう怒鳴ると、寒そうに少しカラダを震わせる。
 それから、ガックリと冷たいアスファルトの上に手をついた。
 「それに…、やっぱもう限界…っ」
 その言葉を聞き終わるよりも早く、立ち止まっていた足を前に踏み出して走り出す。
 そして、崩れ落ちていく時任のカラダを抱き止めた…。
 でも、自分の手が血に汚れているのに気づいて、すぐに手を離そうとする。
 けど、時任の手がそれを引き止めて、そうするコトを許さなかった。
 「来てくれてサンキューな…。ココがどこかも知らねぇし、サイフも落としちまったし久保ちゃんが来てくんなかったら帰れなかった」
 「・・・・・・・・・」
 「久保ちゃんが居てくれなかったら、どこにも帰れなかった…」

 「・・・・・・時任」

 俺が抱きしめてるみたいに、伸びてきた時任の腕が俺を抱きしめる。
 すると、今まで隠れていた月が、俺らを見つめるように雲間から顔を出した。
 路地の立つビルの窓に灯った明かりも…、空に浮かぶ月の光も…、
 今日がクリスマスのせいなのか、綺麗に見える。俺は少し赤くなってブツブツ言ってる時任を背中に背負うと、空に浮かぶ月を追いかけるように歩き出した。
 「ねぇ、時任」
 「ん…?」
 「来年はちゃんと早く帰ってくるから、今年みたいにクリスマスしてくれる?」
 「じゃ、じゃあさっ」
 「なに?」
 「来年はちゃんと誕生日にもケーキ食おうぜ?」
 「・・・・・うん」
 「そんで…、春には花見にも行ってさ…」
 「うん、それはいいけど…」
 「…って、なんだよ? 俺と花見とかすんのイヤなのかよっ」
 「違うよ、そうじゃなくて…。来年の話ばっかりしてるから、鬼が笑ってるだろうなぁ…って思って…」
 「はぁ? なんだよソレっ」
 「来年の話をすると、鬼が笑うって言い伝え」

 「そんじゃ、今日はクリスマスってコトで、鬼を大笑いさせてやろうぜっ!」

 時任はそう言ったけど…、鬼とクリスマスと関係ないんだけどなぁ。
 でも、そう思いながらも俺は背中に背負った時任が笑った時の振動で…、まるでロウソクの炎のように揺れる月を眺めながら一緒に笑う…。
 今まで一度もしなかったヤクソクを…、時任とたくさんしながら…。
 そして鬼よりもたくさん笑った俺らは、ようやくたどりついたマンションを見上げて…、
 そこに灯った明かりを明日を見つめるように見つめて…、



 ・・・・・・・・・・ただいまとメリークリスマスを言った。





。・゜゜ '゜(*/□\*) '゜゜゜・。
ようやく…、ようやくクリスマスできました…(号泣)
メリークリスマスなのですっ(/□≦、)



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