幸せの定義.7




 雷の音は止んでいたが、まだ雨は降り止まずに地面を濡らし続けている。
 叩きつけるように、激しく降る雨の音。
 その音に混じって聞こえてくる聞きなれた、自分の名を呼ぶ声…。
 久保田はドアから離れず背にして立ったままで、少し苦しそうにゆっくりと瞳を閉じた。
 
 「久保ちゃん…」

 ドアの向こうから聞こえてくる声を聞きながら、早くこの部屋から出て五十嵐の所に行ってくれればいいと思っていた。
 けれど響いてくる時任の声をじっと聞きながら、ドアを背にして立ったままで…。
 久保田自身も時任と同じようにドアから離れられないでいる。
 これ以上、傷つけたくないと思っているはずなのに…、ドアの向こうから聞こえてくる声を聞いていると抱きしめたくてたまらなかった。
 好きだって一緒にいたいって言ってくれてる時任のことを抱きしめて、キスして…、腕の中に閉じ込めてしまいたかった。

 たとえ伸ばした腕が…、手が…、また時任を傷つけてしまったとしても…。

 けれど手のひらの中に残る感触が、胸の奥で痛みになってドアノブに伸ばしかけた手を止めさせている。それはこのドアを開けてしまったら、今度こそ時任をこの部屋に閉じ込めてしまうかもしれないからだった。
 まるで時間が止まったようなこの部屋で…、時任の手を握りしめて…、
 そしてキスして…、抱いて抱いて抱きしめながら…。
 だがコントロールできなくなっている間だけではなくて、今もそうしたいと思っている自分を久保田は感じていた。
 愛しくて恋しくて…、ずっとずっと抱きしめていたくて…、
 そんな狂おしいほどの想いを止めることができたら、このドアを開くことができるのかもしれなかったが…、いくら待っても愛しさも恋しさも何も消えはしない。
 知らなければ良かったとか、そんな風に想うヒマも余裕すらも何もなく…、まるでどこまでもどこまでも落ち続けるように時任に恋し続けていたから…、
 薄いドアの前で胸の奥の痛みと苦い甘さを、噛みしめていることしかできなかった。
 久保田は時任の声が小さくなって聞こえなくなると、閉じていた瞳を開けて床を見る。
 すると床はやはり久保田から落ちた雫で、少しだけ濡れてしまっていた。

 「・・・・時任」

 そう呟いてその雫を見ていると…、なぜか時任の泣き顔が脳裏に浮かんでくる。
 泣いて欲しくなんかなくて…、誰よりも笑っていて欲しいとそう願っているのに…、
 小さくなって消えた声にも、哀しみの色が滲んでいた。
 時任の声が聞こえなくなって静かになると、痛みと哀しみが雨音と一緒に部屋中に降り注いでくるような気がして…、
 久保田は痛み続ける手を握りしめると、ドアの向こうの時任を呼ぶ。
 だが、さっきまであんなに名前を呼んでくれていたのに返事が返ってこなかった。
 いつもみたいに少しすねているだけなら心配はいらないが、今の状態ではそんな風に思うことはとてもできない。時任の様子が気になった久保田は、ゆっくりと閉ざしていたドアのカギを開けた。
 自分で閉ざしたドアを、自分の手で…、
 けれどそれは時任を抱きしめるためではなく…、今度は久保田自身が部屋から出ていくためでもあった。
 自分が残って時任の方を五十嵐の元に行かせることにしたのは、留守番をすると機嫌が悪くなるさみしがりの時任を、一人でこの部屋に一人でいさせたくなかったからなのだが…、時任がどうしてもここにいるつもりならこうするしか方法がない。
 しかし久保田が出て行こうとしてドアを開けると、時任の身体がぐったりと力無く部屋の中に倒れ込んできた。
 反射的に腕を伸ばして身体を支えて床に倒れるのを防いだが…、
 胸の奥の痛みを押し殺して触れた時任の身体は、いつもよりかなり熱い。
 すぐに様子のおかしいことに気づいて額に手を当ててみると、雨に濡れたままでいたせいで体調をくずしたらしく熱があった。
 ベッドに寝かせるために時任の身体を両腕で抱き上げると、熱のある熱い額に自分の額をくっつけながら…、唇が声も無く時任の名を刻む。
 時任の匂いや身体の温かさを感じると、少しだけ頭がぼんやりとして目眩がしたが…、
 それにぐっと耐えて、久保田は時任をいつも二人で眠っているベッドの上に寝かせた。
 
 「お前のコト守ってるつもりで一番傷つけてるのは…、俺かもしれない…」
 
 久保田は時任の濡れた髪を撫でてやりながらそう呟くと、雨に濡れてしまっている服を脱がし始める。すると服の下から自分のつけた赤い痕と…、首筋に一つだけつけた覚えのない痕があらわれた。
 バスルームからバスタオルを持てきて身体を拭いてやりながら…、久保田は目の前にある覚えのない痕に指を這わせていたが…、
 時任がそうなることを望んでいなかったと知っていても…、どうしても時任の身体に自分以外の男の付けた痕があることが許せない。そんな自分の気持ちを握りつぶすように、久保田は指を手のひらの中に握り込んだが醜い嫉妬もエゴも胸の奥から消えなかった。
 だから付けられた痕を消すように…、その上に唇を落として…、
 そんな風に時任を気づかっているつもりで、自己満足だけに浸っている自分を…。
 時任は熱が高くてベッドで苦しそうに息を吐いているのに…、その横でそんなことしか想えない自分のことを…、

 心の片隅で冷静に見つめながらも…、止めることができなかった。
 
 クローゼットからTシャツを出して着替えさせていると…、時任が熱にうなされながらも久保田の気配を感じているらしく、名前を呼びながら服の端をぎゅっと握ってくる。
 ぎゅっとぎゅっと…、まるで手を握りしめる時のように…。
 完全に着替えさせてから毛布をかけてやってから、久保田は体温計を取りに行くために手を離させようとした。
 だが時任の手はいくら離させようとしても、強く握りしめすぎていて離れない。
 久保田は苦しそうに息を吐くと、離れない時任の手に自分の手を重ねて握り込んで…、叩いた痕と涙の痕の残る頬に口付けた。

 「あんまり握りしめると…、痛いよ…、時任」

 そう久保田が言うと、意識の無いはずの時任の頬に新しい涙がゆっくりと流れ落ちて…、
 その涙を止めようとした久保田の指を濡らす。
 指に触れた時任の涙は…、空から降り注いだ雨とは違って優しくて暖かかった。
 暖かくて優しすぎて…、哀しみのような痛みが胸の中でズキズキと痛んで…、
 久保田は思わず時任に向かって腕を伸ばして、発熱していつもより熱くなってしまっている身体を毛布と一緒に包みこむように抱きしめた。

 「好きなのに…、なんで…」

 すると服をぎゅっと握りしめたまま…、涙にかすれた時任の声がそう呟く。声が小さすぎてそれしか聞き取れなかったが、時任の唇は哀しそうに久保田に抱きしめられながら言葉を綴っていた。
 久保ちゃん…、久保ちゃんと何度も名前を呼びながら…。
 けれどその声を聞いて暖かな身体を抱きしめていると、久保田の意識が薄くなってくる。
 まるで、深い眠りに落ちるように…。
 久保田はそれを振り払うように頭を振ると、強引に時任の手を振り解いて抱きしめていた身体を再びベッドに横たえた。
 時任への想いを痛みを…、愛しさと恋しさを胸の奥に抱きかかけたままで…。
 そしてポケットに突っ込んでいたケータイを取り出すと、今度は桂木ではなく無理やり入力させられていた五十嵐の番号へと電話をかける。
 するとまるで待ち構えていたかのように、すぐに耳に五十嵐の声が響いて来た。
 『うふふっ、久保田君から電話してくれるなんて先生うれしいわ〜。久保田君のためなら、マンションでもホテルでも、どこにでもすぐに行っちゃうっ』
 「ホテルは遠慮しときますケド…、今からちょっとマンションまで来てくれません?」
 『あらぁ、ホテルじゃダメなの?』
 「たまにはホテルもいいけど…、病人かつぎ込むワケにはいかないんで」

 『・・・・病人?』

 久保田は詳しいことは伏せて時任病状を説明して、五十嵐に熱が下がるまで面倒を見てやって欲しいと頼む。すると五十嵐は首を横には振らなかったが、やはり久保田が面倒を見ないことを不審に思ったようだった。
 同居しているということもあるが、久保田が熱を出している時任を誰かに任せることは絶対にあり得ない。それを知っている五十嵐は何かあったのかと尋ねてきたが、久保田はただちょっと事情があるとしか言わなかった。
 『ワケなんて知らなくても、久保田君の頼みならなんでも聞いてあげちゃうけど』
 「スイマセン」
 『別にあやまらなくてもいいわよ。生徒の健康を守るのが、保健のお姉さんのお仕事なんだから』
 「でも、時間外でしょ?」
 『アタシはねぇ、24時間保健の先生のつもり』
 「・・・・・らしいっすね」
 『ふふふっ、ありがと』

 「それじゃ、カギはポストに入れときますんで…、時任のこと頼みます…」

 五十嵐に時任を診てもらう約束を取り付けると、桂木から電話があるかもしれないことを告げて静かに通話ボタンを切る。そして久保田は一度リビングに行って戻ってくると、手に持った薬とコップに入った水を口に含んだ。
 熱は触れてすぐわかったように、かなり高くなっている。五十嵐が診てくれることになったが、やはり少しでも苦しくなくなるように熱を下げてやりたかった。
 久保田は熱にうなされている時任の唇に強引に深く口付けると、口の中に入れていた薬を時任の中に流し込む。
 すると時任は、苦しそうにしながらも薬と水を飲み込んだ。
 「熱が下がれば楽になるから…」
 唇を離しながら久保田がそう言うと、時任の目蓋がそれに反応して少し動く。
 けれどいつも真っ直ぐ見つめてくる瞳が開かれる前に、久保田の手が目蓋の上を覆った。
 まるで…、その瞳に見つめられるのを防ぐかのように…。
 そして時任の肩口に額を押しつけると久保田は一言だけ小さく呟いてから…、いつも二人で眠っているベッドから離れた。

 「・・・・・・おやすみ、時任」

 部屋を出る時に言った言葉は別れの言葉ではなかったが、時任の目尻からはまた新しい涙が零れ落ちていた。
 ベッドから少しはみ出した手が…、久保田を捜すように少し動いたが…。
 すでにこの部屋にはセッタの香りと雨の匂いだけを残して…、久保田の姿は消えている。
 静かすぎる部屋の中で一人ベッドに横たわりながら、時任は雨音ではなく耳に残っている久保田の声だけを聞いていた。












 「ちょっとっ、ホントにここなの?」
 「さっきから、間違いないって言ってるじゃないですかっ!!」
 そんな風に藤原と怒鳴りあいながら、久保田がおかしくなった事情を聞いた桂木は、雨の中をカサをさしながら薬屋の裏路地を捜していた。
 胡散臭いと思いながらもそうしているのは、惚れ薬の存在は信じがたかったが、実際に久保田の様子がおかしくなっている所を見ると完全に否定することはできなかったからである。だが気になっているのは生徒会室での騒ぎではなく、電話をかけてきた時の久保田の様子の方だった。
 時任を殴ったことが事実だったとしても、おそらく怪我をさせるような真似はしていないに違いない。けれどおそらく久保田にとっては怪我をしたかしないかではなく、時任を殴ったという事実だけが頭の中にあるのかもしれなかった。

 何よりも大切にしている人を、自分の手で殴ってしまったということだけが…。

 だが時任の方は久保田を捜していたので、おそらく殴られたという事実よりも…、様子のおかしい久保田のことを心配して、置いて行かれたことを不安に思っていたのかもしれない。
 そんなお互いのことを思い過ぎてすれ違っている二人のことを考えながら、桂木は赤いカサの下でため息を付いた。
 原因は惚れ薬かもしれないが、それは単なる起爆剤だった気がしてきて…、
 たぶん自分にできることは何もないのかもしれないと、あやしい薬屋を捜しながらも桂木は思っていた。
 
 「想いが真っ直ぐすぎると…、あんな風になるのかしらね…」

 桂木がそう言ったように、時任も久保田も…、いつでもお互いのことしか見ていない。
 一見、時任の方が嫉妬深いように見えて、久保田の方もかなり嫉妬深いし…、
 久保田の方が時任ばかりを見つめているように見えて…、時任の視線もいつも久保田を捜していた。
 他人だろうと身内だろうとなんだろうと…、きっとあの二人の間に入れる人間はいない。
 それを改めて感じながら、桂木が藤原の通った道筋を注意深く辺りを見回しながら歩いていると、目の前に一匹の黒猫が飛び出してきた。
 「どこかで雨宿りしないと、濡れて風邪ひくわよ?」
 桂木が飛び出してきた黒猫にそう言うと、黒猫は少し首をかしげるような動作をする。
 そうしてから一本の暗い路地に向かって、たたっと走り出した。
 するとその黒猫の後ろ姿を見た藤原が、暗い路地を指差しながら叫ぶ。
 どうやら、惚れ薬が売っているというあやしい薬屋に続いているらしい道を発見したらしかった。
 「あ、あのネコですよっ!あのネコの後ろについてったら、薬屋についたんですっ!!」
 「薬屋で飼ってるネコなのかしら?」
 「さぁ、それは知りませんけど…」
 「とにかく、あのネコの後を追うわっ!」
 「ちょ、ちよっと待ってくださいっ!!」
 「早く来ないと置いてくわよっ!!」

 「こんな暗いトコに、僕を一人で置いてかないでくださいぃぃ〜!!」

 藤原が情けない声を出していたが、桂木は構わずに黒猫の後を追跡する。
 すると雨が降って曇っていたので初めから暗かったが、あっという間に日が沈んでしまったかのように辺りが暗くなった。
 藤原から事前に話は聞いていたが、本当に目の前にポオッと一軒の店の明かりが見えてくる。どうやら薬を売っていたという店は、そこで間違いがなさそうだった。
 「さすが…、惚れ薬を売ってるだけはあるわねぇ」
 桂木がそう呟いたように明かりに誘われるように近づいてみると、薬屋は入る前からすでに妖しい雰囲気をかもし出していた。鈍感なので藤原は気づかなかったようだが、異様な空気が店全体を覆っているような気がする。
 だがいくら妖しくて異様な空気が立ち込めていても、ここまで帰る気はさらさらなかった。

 「こんばんはっ!! どなたかいらっしゃいませんか?!」

 桂木は勢い良く引き戸を開けて店の中に入ると、埃っぽい店内を見回しながらそう叫ぶ。するとその後ろから、おずおずと怯えながら藤原が入ってきた。
 入り口でまるで見守るように黒猫がじっと二人の様子を見つめていたが、桂木も藤原もそれには気づいていない。
 店の奥へ奥へと藤原をどつきながら桂木が店内に進んでいくと、前からではなく後ろからいきなり声がした。

 「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
 「〜〜〜〜〜っ!!」
 「うぎゃあぁぁぁっ!!!」

 声をかけられた瞬間に、桂木はぞくぞくっと背中に冷たいものが走って声にならない悲鳴をあげたが、藤原の方は腰を抜かしてしまったようで床に這いつくばりながら「久保田せんぱいっ、助けてぇ〜!!」とわめいていた。
 まるで幽霊のような扱いを受けた声の主は、別に気分を悪くしたような様子もなく、驚いた表情のまま振り返った桂木に向かってにっこりと微笑みかけてくる。
 その微笑み方はなんとなく、久保田と橘を足して二で割ったような感じだった。
 「あ、あなたがココのお店の人なの?」
 「えぇ、そうです。 私がこの店の店主をしてします」
 「じゃあ、このバカに惚れ薬を売ったのも…」
 「おや、そう言えば貴方はこの間いらしてくださった方ですね。またのご来店ありがとうございます」
 そう言って優雅に軽く礼をした店主は、まだまともに口が利けない藤原に手を伸ばして起きるのを手伝うと、反対側の手に持ったハタキをカウンターの上に置いた。
 どうやら後ろから声をかけてきたのは、店内を掃除していたからのようである。
 だが店内は相変わらず埃がつもっていて、どう見ても掃除をしたようには思えなかった。
 それも気にはなっていたが、桂木がここに来た理由は埃が積もっているかいないかをチェックしに来たわけではない。
 震えながら立っている藤原から例の薬の袋を受け取ると、桂木はカウンターの上にバシッとそれを店主に見えるように置いた。
 「今日は薬を買いにきたんじゃなくて、これのことを聞きにきたのよっ」
 「それは確か…、貴方のお連れの方にお売りした惚れ薬ですね」
 「・・・・・・念のために聞いておくけど、コレは本物?」
 「ええ、もちろんです。 たまに料理の作れない、中華鍋を売ることはありますが…」
 「料理の作れない中華鍋って、何よ?」

 「さぁ、どんな鍋なんでしょうね?」

 自分で中華鍋の話題を振っておきながら、店主はニッコリと笑って桂木の質問にまともに答えない。けれどなぜかその質問はしない方がいい気がして、桂木は中華鍋の話題には触れずに再び薬のことを話し始めた。
 「このバカが惚れ薬を飲ませたせいで、私の知り合いがおかしくなったのよ…」
 「ほう、それはそれは…」
 「・・・・・本当なら、薬を全部没収して燃やしてやりたい所だわ」
 「店の商品を燃やされるのは困りますが、そう思われる理由はなんです? 貴方は惚れ薬を、誰かに飲ませてたいと思ったことはないのですか?」
 店主にそう聞かれた桂木は、自分の方を見ている藤原に一発ハリセンをお見舞いしてから力強く胸の前で腕組みをする。
 その質問は桂木にとって、考えるまでもなく答えが出ていることだった。
 藤原は薬の力でもいいから、久保田に振り返って欲しいと思っていたようだが、そんな薬で好きと言われて素直に喜べる人間などいるはずがない…。
 もしもそれでもいいと思っていたとしても…、きっとそれは相手だけではなく…、
 その人のことを本当に好きだと、大切だと思っている自分自身も傷つけることになってしまうに違いなかった。
 「好きな人には、自分のことも好きになってもらいたいわ。それは認めるけど、惚れ薬なんか飲ませたりしたら、そんなことをした自分のことを嫌いになるし…、ニセモノってわかってる好きを何回言われてもうれしくないでしょう。そんなことをしても、いいことなんて一つも無いわっ」
 「その人の気持ちが、一生手に入らないとわかっていてもですか?」
 「・・・・一生ダメかどうかなんて誰にもわからないわよ。けど、惚れ薬なんて飲ませたら、本当に一生好きになんてなってもらえなくなるわ、確実にね…」

 「貴方のような方ばかりだと惚れ薬は、たとえ無料にしても燃やされる運命にあるのかもしれませんね」

 桂木の言葉に店主はそう言うと、机に置かれた空の薬袋を手に取る。
 そしてその薬袋をじっと眺めてから、まるで最初から桂木がここに来た理由を知ってでもいたかのように軽く首を横に振った。
 黒猫を追いかけてここまで来た桂木だったが…、やはり自分が二人のためにできることが本当に何もない。
 それを首を振る店主の様子を見ながら、桂木は改めて感じたのだった。




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