幸せの定義.2




 「なんか今日は天気悪いわよねぇ…、雲の色がヘンだし…」

 そんな風に言いながら空を眺めると、なぜか不吉な予感がしてくる。
 得たいの知れない不吉な予感に眉をしかめながら、私立荒磯高等学校に登校して来たのは執行部の桂木だった。
 体調が悪いとか特別なことがなければ学校に登校するのは当たり前のことなのだが、今日は天気が悪いせいかなぜか足が重い。桂木は空を見上げてため息をつくと、同じように登校して来た同級生に軽く挨拶をした。
 すると普段から別にハリセンを振り回しているわけではないので、同級生達もおはようと挨拶をした桂木に恐れることなく普通に挨拶を返す。執行部の様子だけを見ていると誤解されがちだが、桂木は普段から騒がしいわけではなかった。
 ハリセンを振り回すそもそもの原因は、やはり有害な空気をいつも振りまいている久保田と時任のおちゃらけコンビだが、いつまでたってもそれが改善される様子はない。
 桂木は変な色の雲を再び見上げてため息をつくと、不吉な予感が当たらないように祈りながら校門をくぐった。
 するとそんな桂木の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
 その声に桂木が思わず振り返ると、そこにはおちゃらけコンビではなく相浦が立っていた。
 「難しい顔してどうしたんだよ? 何かあったのか?」
 「ううん、別にそんなんじゃないけど…。ちょっとだけ、いやーな予感がするだけよ」
 「い、嫌な予感…。桂木の嫌な予感って、マジで結構当たるよなぁ…。今日も何事もなく公務が終るといいけどさ…」
 「公務って言えば、昨日は藤原が生徒会室に来てなかったわよね?」
 「うーん、久保田がいなかったからじゃないか?」
 「ったくっ、しょーのないヤツ。今日来たらバツとして倉庫の整理をさせてやるわ」
 「・・・・・・さわらぬ桂木に祟りナシ」
 「何か言った? 相浦」
 「そ、空耳だろっ」
 「そう?ならいいけど」
 空耳というのはウソだったが、桂木をうまく誤魔化せたので相浦はホッと胸を撫で下ろす。
 もしも言ったことがバレたら、藤原と一緒に倉庫の整理をさせられるに違いなかった。
 不幸な藤原の今日の運命は桂木によって決定していたが、実はこれから藤原以外の人間にも不幸が訪れることになる。相浦は桂木がそうしていたように変な色の雲を眺めると、なぜか背筋が寒くなってブルッと身体をふるわせた。









 窓にはブラインドがかかっていたが、朝になるとそれなりに室内は明るくなる。
 その明るさに気づいて目をうっすら開けると、時任は丸まっていた身体を伸ばして、両手をぐぐっと上に持ち上げて大きく伸びをした。
 まだ寝足りない気はしたが、今日は平日なので学校に行かなくてはならない。
 暖かい毛布と離れたくない気がしたが、時任は軽く目をこすると少し寝ぼけたような顔でベッドから起き上がろうとした。
 だがそうしようとした瞬間に、隣から伸びてきた腕に捕まえられて再びベッドに引き戻される。
 時任はムッとして自分を抱きしめている久保田を怒鳴ろうとしたが、そうするよりも早く唇をふさがれて何も言うことができなかった。
 夜ならまだしも朝っぱらから深く深く口付けられて、時任は涙目になりながら久保田の背中をバシバシと叩く。しかし久保田は叩かれても抱きしめた身体を離そうとはせずに、何度も何度も角度を変えて時任の赤く濡れた唇に口付けた。
 「んっ…、んんっ…」
 「・・・・・時任」
 「ちょ…、なにすん…」
 「なにって…、おはようのキスだけど?」

 「あ、あいさつはちゃんと言葉で言えっ!!!」
 
 そういう問題ではない気がしたが、時任はそう言うとぐぐっと腕に力を入れて、キス以上のことをしようとしている久保田を突っぱねる。
 しかし体格と力に差があるので、どうしても腕の中から抜け出せなかった。
 服を脱がされそうになってドカッと蹴飛ばそうとしたが、うまく足を足で封じられていて動けない。朝からプロレスでもしているかのように、時任はなかなかあきらめようとしない久保田とベッドの上で格闘していた。
 「くっそぉっ!! 離しやがれぇぇっ!!!」
 「べつに、そんなにあわてて起きなくてもいいっしょ?」
 「いいワケねぇだろっ!! 今日は学校がっ!」
 「もう9時過ぎてるから、すでに遅刻決定してるけど?」
 「えっ、ウソだろ?!」
 「ホント」
 久保田の言葉に驚いて時任が部屋の隅にある時計を見ると、本当にすでに九時を過ぎている。いつもは久保田が起こしてくれてたが、なぜか今日は二人でこの時間まで眠ってしまっていたようだった。
 「く、久保ちゃんっ!! 早く起きろっ!!」
 「ん〜…」
 「のんきにタバコ吸おうとすんなっ!」
 「・・・・・せっかくだし、お休みにしない?」
 「なにがせっかくだよっ、今日の巡回は俺らの当番だろっ!」
 「そーだったっけ?」

 「・・・とか言いながら、妙なトコ触ってんじゃねぇっ!!!」
 
 赤い顔をした時任はそう怒鳴りながら暴れて、やっとの思いでベッドから抜け出すと、制服に着替えるためにババッとジーパンとトレーナーを脱ぎ捨てる。だが時任が制服のズボンを履こうとすると、いつの間にかベッドから起き上がっていた久保田の手がそれを防いだ。
 久保田は手のひらで時任の太ももをさりげなく撫でると、腕を伸ばして後ろから身体を抱きしめる。そして、耳元に唇を寄せながら、時任に向かっていつもより少し低い声で囁きかけた。

 「これから俺と…、気持ちいいコトしない?」

 そう久保田に囁かれた瞬間、時任の背筋から下半身に向かってゾクゾクっとした感覚が走る。その感覚に思わず前のめりになった時任は、さっきよりも更に涙目になりながら、今度は自分を抱きしめてる腕をバシバシと叩いた。
 だが、久保田は本当にこれから気持ちいいコトをしようとしているようで、再び時任をベッドに引きずり込もうとする。
 引きずり込まれそうになった時任の方は、あわててぐぐっと足に力を入れてなんとかその場に踏み留まった。
 夜ならあり得ないことでもないかもしれないが…、学校に行かなくてはならないのに、こんな風にベッドに引きずり込もうとするのはどう考えてもおかしい。
 そのことにようやく気づいた時任は、後ろにいる久保田の額に向かって手を伸ばした。
 「なにやってんの?」
 「熱はないみてぇだな…」
 「風邪はひいてないけど?」
 「・・・・・・も、もしかしてだけどさ、なんかあったのか?」
 「なんかって、べつに何もないよ?」
 「ならなんで朝っぱらから…、そ、そんなコトしようとすんだよっ」
 「うーん、それはねぇ」
 「それは?」

 「時任が好きだからに決まってるでしょ?」
 
 久保田は真面目な顔でそう言うと、時任の首筋に軽くキスを落とす。
 すると時任は、その感触にわずかにピクッと肩を揺らした。
 久保田を振り払って学校に行きたかったが、耳元で甘さを含んだ声で囁かれ、抱きしめられた上にキスされて…、気持ちがグラグラと揺れる。
 始めはどうしても学校に行こうとしていたが、いつの間にかじわじわと足はベッドに向かってバックさせられていた。
 後ろにあるベッドに近づきながら、シャツの下から手のひらでわき腹を撫でられて、チュッと音を立てて鎖骨にキスされて…。
 心臓のドキドキが止まらなくなって、少しずつ呼吸が苦しくなってくる。
 だが久保田の手がトランクスの中に進入してきた瞬間、時任はハッと我に返った。
 「うわっ、ちょ、ちょお待てっ!」
 「待たない」
 「学校はっ!?」
 「時任とこうしてたいから行かない」
 「な、なに言ってんだよっ」
 進入を防ぐために時任はトランクスをぎゅっと押さえていたが、久保田はふーっと耳元に息を吹きかけて力がゆるんだ隙に手を入れてくる。時任がいくら叩いても蹴りを入れても、久保田はダメージを感じていないのかビクともしなかった。
 やめろと言っても聞かないし、理由を聞いても好きだとか愛してるとしか言わない。
 しかも時任を見つめる目も、良く見ると座っていてかなり恐かった。
 やはり今日の久保田は、いつもと違ってすごく様子がおかしい。
 無理やり押さえつけられてしまった時任は、目の前で妖しい微笑みを浮かべている久保田を見て赤かった顔を青くした。

 「ずっと二人で、愛し合ってようね?」
 「ぎゃあぁぁっ!!! 久保ちゃんが壊れたーーーっ!! 」

 時任の絶叫が部屋中に木霊したが、ここには二人以外いないので助けは来ない。
 あっという間に服をすべて脱がされしまった時任は、白いシーツの上で久保田に熱を上げられながら、こうなった理由を考えていたが…。
 やはり昨日のことを思い出しても、そうなる理由も訳も何も心当たりがなかった。




                  前     へ           次    へ