酒瓶と久保ちゃんと…、俺。 〜中編〜





 「あはははは…っ! 久保ちゃんっ、おっかえり〜♪」

 なぜだかわからないけど、ただいまーっと言いながらリビングに足を踏み入れた俺を指差して時任が爆笑する。しかも、声が弾むくらい上機嫌で、片手に持ってた缶ビールをゴクゴクと飲み干した。
 「ぷはーっ、うめぇっ!」
 「あぁ、うん…、ウマいのはわかったけど、ね」
 「おらっ、久保ちゃんもそんなトコに立ってねぇで、こっち来て飲めよ! 久保ちゃんの好きなチーカマもあるぜっ」
 「うん、それはわかったけどね」
 「何だよーっ、俺様のチーカマが食えねぇってのかっ!」
 「そーじゃないけど、いつから飲んでんの?」
 「忘れたーっ!」
 そう叫んだ時任の足元には、空き缶が数本。
 時任がビールを飲むのは珍しいコトじゃないけど、こんなに…、しかも一人で飲んでるのは珍しい。だから、俺はこの状況を見て首を傾げた。
 うーん、確かに今日は正月だけどねぇ…、
 さすがに、この飲みっぷりは…。
 目の前に差し出されたチーカマを受け取り、そう思いながら着ていたコートを脱いでソファーの背にかける。すると、ふと…視界に見慣れないモノが映って、俺はチーカマを片手に食事用のテーブルに歩み寄った。
 
 「・・・・・・久保田?」

 そう呟いたのは時任じゃなくて俺だけど、別に自分の名前を言ったワケじゃない。俺が言ったのは、テーブルの上に置かれたモノの名前。
 正確には置かれた一升瓶の、日本酒の名前。
 なーんで、こんなモノがウチにあるかなぁ…。
 持ち込んだ犯人は葛西さんか…、それとも…?
 
 「あー…、ソレ。 滝さんが新年のゴアイサツ代わりにって置いてったっ。久保ちゃんに今年もヨロシクだってさっ」

 俺が一升瓶を眺めてると聞いてないのに、時任が答えてくれる。けど、俺の疑問に答えた時任の声は、さっきよりトーンが少し低かった。
 ふーん・・・・、滝さんね。
 ココの住所は教えてなくても調べればすぐにわかるし、別に来てもおかしくはないけど、ただの新年のアイサツってトコが、滝さんらしいのからしくないのか…。ま、どちらにしても時任がヤケビール?を飲むきっかけを作ったのは間違いないみたいだぁね…。
 「滝さん、他に何か言ってなかった?」
 「・・・・・・・」
 俺がそう聞くと時任は何かを考え込むようにチラリと一升瓶を見てから、また缶ビールをゴクゴクと飲む。
 そして、プイッとそっぽを向いて、べっつに…って答えた。
 そんな時任のわかりやすい反応に、俺は思わず小さく笑う。
 すると、時任はムッとした顔で少し頬を膨らませて、久保ちゃんのクセに生意気だとかなんだとか、酔っ払いらしいイチャモンをつけてきた。
 「久保ちゃんのクセに生意気な罰としてっ、俺様に熱燗〜っ」
 「…って、まだ飲む気?」
 「せっかく貰ったんだから、飲まなきゃだろっ?」
 「明日にしない?」
 「元旦はっ!一年で今日だけだっつーのっ!!」
 「いや…、ソレ意味わかんないし」
 「いーからっ、熱燗持ってこーいっ! とーぜんっ、二人ブンなっ!!」
 「はいはい」
 うーん…、完全に出来上がっちゃってるなぁ。
 ココらヘンで止めとかないと…、とは思ってるんだけど、絶対に言い出したら聞かないし…。やっぱり、潰れるまで付き合うしかないかな。
 今日は元旦だしね?
 でも、そう思ってマグカップで温めた酒を持って行くと、時任はすでに酔いつぶれてカーペットの上で丸くなって寝ていた。

 「ホント…、ネコみたいだぁね」

 そんな時任の様子を少し眺めてから、俺はそう呟いて時任の横に腰を降ろす。そして、床の上に時任の分を置いて、自分の分の熱燗を飲んだ。
 コレって、確か新潟の酒だったっけ?
 口当たりが良くて飲みやすくて、クリアな印象の味…。
 それを舌でカンジながら、ちびちびと一人で飲んでると、時任がゴロッと俺の方に転がってきて膝に頭を乗せてくる。そして、熱燗を飲んでる俺の袖をぐいっと引っ張った。
 「ん〜〜…、オレも飲むぅ〜…」
 「酔い潰れちゃってるヒトにはあげない」
 「つぶれてね〜もん…っ。だから飲むっつったらっ、ぜぇ〜ったい飲むっ」
 「明日にしな」
 「そー言ってて…、ぜぇっんぶ一人で飲む気だろ…っ」
 「飲まないよ」
 「ウソだっ、ウソ〜〜っ!」
 「あー…、ホラ。零れるし、危ないから暴れない」
 「くぼちゃんのケチ〜っ!!酔っ払〜〜いっ!!」
 「…って、酔っ払ってんのはお前デショ」
 完全に酔っ払った時任は、飲ませろーっと暴れ続ける。
 けど、時任の分の熱燗を渡そうにも寝転がってて起きられそうにないし、この状態じゃ飲ませられないし…かと言って飲ませなかったら暴れるし…。
 どうしよっかなー…と時任の頭を膝に乗せたままで、しばらく考えた俺は自分の分の少し冷めてきた熱燗を口に含む。そして、熱燗を持っていない方の手で軽く時任の顎を掴むと、そのまま唇を時任の唇に重ねた…。
 「ん…、ん〜〜…っ」
 唇を重ねた瞬間、時任のカラダがビクッと震え、伸ばした手で俺の肩を押し抵抗する。けど、ゆっくりと口移しで酒を流し込んでやると、やがて肩から手がずり落ちて静かになった。
 「・・・・っ」
 口の中の酒はすぐになくなったけど…、唇は重ねたまま…、
 酒の味のする舌で、同じ味のする時任の舌を絡め取る。
 そして、時任の舌と酒の味を味わうように深く口付けた。
 そうしたのはたぶん…、朝になれば何も覚えてなさそうなくらい時任が酔っ払ってたから…。こういうのは同意してるってコトにはならないってわかってるけど、ずるくて卑怯な俺は自嘲しながらも唇を重ね続ける。
 すると、なぜか聞き覚えのある声が脳裏に響いた。
 
 『君の飼っている、子猫は元気かね?』

 重ねた唇の間から響く…、淫らな音。
 ソレを聞きながら脳裏に響く声…。
 元旦早々、どこで調べたのか、最近、買いかえたはずのケータイを鳴らして俺を呼び出した人物は、そう言いながら俺の前に封筒を差し出す。
 けど、俺はその封筒を取らなかった。
 『君の猫のためになる情報を持ってきたつもりだったんだが、何か気に入らない所でもあったかね?』
 『別に…。けど、タダより高いモノはないらしいんで…』
 『ほう、ならなぜココに来たのかね?』
 『さぁ、たぶん気まぐれかも?』
 『なるほど…。だが、君はいずれきっと、この手を握りしめたくなる。きまぐれではなく、自ら望んで…』
 『ソレって予言?』
 『いや、予言ではなく現実だ』
 『真田サンの現実、ね。だったら、俺には現実どころか夢にすらならない』
 『ほう…、それはなぜかね?』
 『・・・・・・・・・』
 真田サンの現実と俺の現実…。
 質問に答える意味も義務もカンジなかった俺は、何も答えず立ち去った。
 けど、答えなくても答えなんて決まり切っている。
 夢も現実も…、たぶん今感じてる熱さの中だけにあるから…。
 
 「ん・・・・・、もう、くぼち…っ」

 長すぎるキスに、酔っ払ってなすがままにされていた時任も、さすがに抗議してくる。軽く背中を叩かれて俺が唇を離すと、時任は少し咳き込み荒い息を吐きながら薄目を開けた。
 「どう?久保田クンのお味は?」
 からかう口調で俺がそう聞くと酔いのせいか、それともキスのせいなのか、赤く頬を染めた時任がトロンとした瞳で俺を見る。その瞳は妙に色っぽかったけど、そういうイミじゃなくて、ただ眠いってだけ…。
 その証拠に俺の質問に答えた時任の声は、瞳と同じようにトロンとしていた。
 「ん・・・・・、悪くねぇ…」
 「そ? それは良かった」
 「・・・・・・う…ん」
 「眠かったら、そのまま寝ちゃいなよ。あとでベッドまで運んであげるから…」
 「・・・・・ん」
 短い返事の後に、スースーと静かな寝息が聞こえ始める。
 その音はホント…、こっちまで眠くなりそうな気持ち良さそうな音で…、
 俺はアクビを噛み殺しながら、ぬるくなり始めた酒を口に含む。
 そうしながら、窓の外を見るとチラチラと白いモノが舞っているのが見えて、俺がそれをなくとなく眺めていると眠ったはずの時任の口から眠そうな…、寝言のような声が聞こえてきた。
 「くぼ・・・ちゃん・・」
 「ん〜?」
 「酒飲んだら…さ…、くぼちゃんのホンネ聞けるって…」
 「ふーん、ソレって滝さんが?」
 「でも…、オレ、そんなコトして聞きたくねぇ…し…」
 「・・・・・」
 「くぼちゃんが…、言いたくないコト聞かね…から…」
 「だから、先に飲んでた?」
 「うん…、けど…」
 「なに?」

 「・・・・・・・・・・・・くぼちゃんは」

 そこから先…、聞こえてくるのは寝息だけで言葉は聞こえない。
 俺の膝に頭を乗せたまま丸くなり、本格的に眠りに落ちたようだった。
 そんな時任の重さと体温を感じながら、俺は時任とキスした唇で酒を含み続け…、時任ではなくチラチラと舞う雪を眺める。そして、マグカップの中の酒を全部飲み終えると眠っている時任の耳に…、そっとホンネを囁く…。
 すると、時任がくすぐったそうに首を縮めて、わずかに目を開けたような気がしたけど…、たぶん起きていたとしても覚えてない…。
 あっさりとしていて、あまり後残りしない…、この酒のように…、
 すぐに消えてしまう、今降っている雪のように…、
 跡形もなく消えてしまうだろう。
 そう思いながらした、二度目のズルいキスの味は…、
 俺と同じ名前の酒と違って苦くて…、そして甘かった。




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