酒瓶と久保ちゃんと…、俺。 〜前編〜
それは…、1月1日にあった出来事。
いわゆる元旦って日にあったコトなんだけど、実は後半部分がいまいち記憶が薄くて覚えてない。そんな俺の元旦の記憶は、玄関のチャイムが鳴った所から始まった…。
ピンポンっ、ピンポンっ、ピンポーン…っ。
しつこい上にうるさく鳴るチャイムの音に、俺は薄っすら目を開けてみる。
すると、その瞬間、見慣れた天井が目に入った。
う〜…、まだ眠ぃ…。そーいや、昨日は大晦日で久保ちゃんと神社に行ってから、初詣ってヤツをした後で寝たんだったっけか?
帰ったの明け方だったし…、眠くて当然っつか、今何時だ?
そう思いながら部屋にある時計を見ると、とっくに昼の12時を過ぎてる。しかも、今もチャイムが鳴り続けてるってコトは、久保ちゃんは居ねぇのか…。
「…ったく、正月早々、一人でドコ行きやがったんだよ」
いつの間にか居ない久保ちゃんにブツブツと文句言った俺は、ベッドから起き上がって仕方なく玄関に向かう。すると、チャイムの音と一緒に、ドアの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、起きろー。朝だぞーっ」
こ、この声は…っ!!!!
「何が朝だっ、今は昼じゃねぇかよ…じゃなくてっ、チャイムがうるさくて眠れねぇっつーのっ!」
安眠を妨害した犯人の正体を知った俺は、そう言って抗議しながらドアを勢い良く開ける。すると、犯人はドアを開けて出てきた俺の顔をじーっと見て、やっぱり寝てたのか…ってニヤニヤ笑いながら言ったっ。
「目覚ましがわりに良かっただろ?」
「…って、目覚ましなんか頼んだ覚えねぇしっ」
「でもさァ、せっかくの正月に夕方まで寝てるなんてもったいないと思わない? お宅ら初詣とか行ったりしないの? くぼっちは?」
「久保ちゃんは今出かけてるけど、初詣はもう行ったっ」
「へぇー…、意外。トッキーならまだしも、くぼっちはそういうの行かなそうに見えたんだけどな」
久保ちゃんの事をそう言った犯人の正体は、フリーライターの滝さん。
WA関係の事件で知り合ったっつーか、なんていうか…、
アレから何かあるたびに、俺らに声をかけてくる。
けど、今日はそういう理由で来たワケじゃないのか、どうなのかしんねぇけど、明けましておめでとさんとか言いながら俺の前に四角くて細長い箱を差し出した。
「コレ、新年のご挨拶代わりに…。くぼっちに本年もどうぞヨロシクって伝えといてくれる?」
「それは、別にいーけどさ。何だよ、コレ」
「アルコール」
「あるこーる?」
「箱に入ってるのは日本酒。知り合いの新聞記者からの貰いモンだけどサ。久保田っていう名前の酒なんで、なんとなーくな」
「ふーん、コレって久保ちゃんと同じ名前なのか…、なんかヘンなの」
「名前は同じだけど、そっちは飲みやすいぜ」
「久保ちゃんは酒じゃねぇっ」
「ただの例えだって」
「わっかんねぇっつーの」
「ははっ、だろうな。なんてったって、とっきーだもんなァ」
「なんっだよっ、ソレっ」
そんな会話を滝さんと玄関でしながら、そー言えばウチに滝さんが来るのは初めてだったコトにふと気づく。でも、俺がそれを聞く前に、滝さんはさっさと話を切り上げて、俺に向かってヒラヒラと手を振った。
「そんじゃ、くぼっちが帰ってくる前に退散するわ」
「別に用事あるなら、帰ってくるまで待ってりゃいいだろ?」
「それはまた今度ネ。正月くらいは俺も休業〜」
「あ…っ、これアリガトなっ!」
部屋の前から立ち去ろうとする滝さんに、俺が慌てて貰った酒の礼を言う。そしたら、滝さんは何かを思い出したように立ち止まって、久保ちゃんと同じ名前の酒を持ってる俺の方を見た。
「ソレ、くぼっちに飲ませて酔わせると普段は聞けないホンネ…、聞けるかもよ。ま、アルコールに強かったらダメかもしれないけどサ」
「久保ちゃんの…、ホンネ?」
「聞きたいだろ?」
「そ、そんなのベツに聞きたくねぇしっ、そんなコトしねぇしっ!」
「じゃ、またなー、トッキー」
「…って、ヒトの話聞けよっ!!」
つか、どーすんだよ、コレっっ!!
滝さんが立ち去った後、俺は久保田を片手に玄関に一人立ち尽くすっ。
コレを久保ちゃんと飲むのは別に構わねぇし、ウマいなら飲んでみてぇけど、あんな風に言われちまったら…、な、なんか飲みづれぇじゃんかっ!
…ったくっ、何考えてんだよっ!
そーれーにっ、こんな時に限って久保ちゃんが居ないのも悪いっ!!
なんで、正月早々っ、俺様がこんなコトで悩まなきゃなんねぇんだ!
「くそぉーーっ!」
居る場所が玄関だから、さすがにちょっち控えめに叫んだ俺は、ドアを閉じてリビングに行く。そして、入っている箱から中身を出すと、いつも食事してるテーブルの上にどーんっと置いた。
うわぁ…、ちょっとだけジョウダンかと思ってたけど、マジで久保田って書いてあるじゃんっ! へぇー…、なんかわけんねぇけど、すっげぇ…。
とか言ってても、何がすげーのか自分でもわかんなかったりしてなっ。
それよか、久保ちゃんが帰ってくるまでに、コレをどうするか考えねぇと…。
でも、どうするかっつっても渡すしかねぇよな。
ま、別に滝さんから貰ったって、フツーに渡せばいんだろうけどさ…。
「うーーー…、なんだかなぁ」
滝さんのせいで、なんか頭っていうか胸の中がモヤモヤし始めた俺は、テーブルに置いた久保田を眺めながらソファーに座る。そして、近くに置いてあったクッションをぎゅーっと両手で抱きしめながら寝転がった。
「久保田誠人…。久保田…、久保ちゃん…」
クッションを抱きしめて、酒瓶の久保田をじーっと眺めながら…、
なんとなく違う呼び方…、そしていつもの呼び方で久保ちゃんを呼んでみる。
それから、滝さんの言ってた…、久保ちゃんのホンネについて考えてみる。
久保ちゃんのホンネ…、久保ちゃんがホントに思ってるコト…、
久保ちゃんがホントに考えてるコト…って、どんなんだろ?って…。
けど、いくら考えてもわかるワケねぇし、わかるコトじゃない。久保ちゃんが俺じゃないみたいに俺も久保ちゃんじゃねぇから、わかるハズなんてないコトだった。
でも、久保ちゃんのホンネを考えながら、自分の口から出た自分の言葉に…、俺は驚いてクッションを抱きしめていた腕に…、手に力を込める。すると、右手に力が入りすぎてクッションが破れて…、入ってる白い綿が中から出てきた。
「なぁ…、なんで俺のコト拾ったんだ?」
無意識に自分の口から出た言葉。
破れたクッションから、出てくる白い綿…。
あ…っ、やべっっ。
そう思ったけど、破れたモンは元には戻らない。中から出てきた白い綿を強引に中に押し込むと、ますます破れた穴が大きくなって…、
俺はそれを見つめながら、またやっちまったっと頭を抱えた。
「・・・・・・なんか、サイアク」
大きくなった穴を見つめながら思うのは、らしくねぇコトばっかだ。
なんで…、俺を拾ったのかとか…、
俺のコトどう思ってんのかとか…、
俺と居て…、楽しいって思うコトあるのかとか…、
らしくなくて、そんなの知った所でどーすんだってコトばっかだ。
久保ちゃんが何を思ってても、俺をどう思ってても、俺の居場所はココしかねぇしココにしか居たくねぇし…、
それは、久保ちゃんのホンネを聞いても聞かなくても変わんねぇから…。
だけど…、俺は…、
俺はそこまで考えて軽く息を吐くと、破れたクッションを酒瓶の久保田に向かって投げる。
すると、クッションは久保田には当たらずに、ポトンと床の上に落ちた…。
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