ラブパニック.7
生徒会長の招集により、生徒会本部に集まったのは執行部員と教師2名。
そろった人間の肩書きだけを見れば、真面目な会議に見えるが…、
今から話し合うのは、校内にはびこる不良についてでも、最近増えがちになっている遅刻者についてでもない。彼らが話し合う内容は、バカップルについてである。
そう…、彼らの議題はカップルはカップルでもバカップル。
しかも、このバカップル…、正確にはまだ付き合ってもいない。
つまり、そんな状態なのに、毎日飽きもせずにイチャイチャ、イチャイチャ…っ。
なのに、お互いの気持ちに、気づいてさえいないのである。
これはギャグな…、いや、逆な意味で奇跡的とも言えるだろう。
平行線を辿る二人の片想いは、まったくもって、はた迷惑な奇跡だった。
「あー…っっ、もうっ、うっとおしいっ!!!!」
バアァァーンッ!!
目の前にある机を派手に叩き、そう叫んだのは執行部の紅一点、バカップル第一被害者の桂木である。屋上に呼び出され、思わず遠い目をしたくなるような話を聞かされた上、男扱いまでされた桂木のイライラは、この会議を期に頂点に達し、まさに爆発寸前っ。
いつも隠し持っているハリセンが、天誅を繰り出すのは時間の問題だった。
「要はアレでしょ。二人の内のどちらかが告白すればいいだけの話じゃないっ。なのに、何をグズグズしてんのよっ、あんのヘタレっ!」
桂木が握りしめた拳を震わせながら、そう叫ぶと横に居る相浦がなぜかクシャミをする。そして、第二被害者であるにも関わらず、久保田のフォローをし始めた。
「確かにグズクズしてるのかもしれないけど、老けて見えても一応高校生だし、男の純情っていうか…っ、あれでキスもまだってなんかさ…っっ」
「…て、アンタ何泣いてんの?」
久保田のフォローをしているはずが、なぜか相浦は目に涙を滲ませている。
それを見た桂木は、じーっと相浦の顔を眺めた後、相浦が久保田にしたようにポンポンと肩を叩いた。
「生きてれば、今に一回くらいキスできるわよ」
「とかってっ、これは久保田の話…っ」
「それはわかってるから、元気出して」
「だーかーらっ、これは久保田の話でーーっ!」
相浦はそう叫んだが、辺りを見回すとなぜか本部に集まった面々から、同情的な視線を向けられている。老けているのも男の純情も、キスがまだなのも久保田なのだが、この場に集まっている全員が、老けているという事以外、相浦の事だと思っているっ。
校内に広がっている噂では、相浦は久保田と橘と泥沼らしいのだが…、
今、この場所では、キスもした事がない純情な青少年だったっ。
「お、俺だってっ、キスくらいした事あるし…っ!」
「無理しなくていいわよ、相浦」
「無理じゃなーいっ!!!」
「じゃあ、誰としたのよ」
「うぅ…っ」
「した事があるなら、誰なのか言ってごらんなさいよ。言わないと、罰として三文字先生とキスしてもらうから」
「・・・・って、なんで俺っ!!」
桂木の発言で、一気に眠気が吹っ飛んだ三文字がそう叫ぶ。
だが、桂木は怪しく微笑むだけで、前言は撤回されないっ。
桂木の本気を感じた三文字は、普段からは考えられない素早さで相浦に近づくと、キスの相手を言えと迫った。
「キスさせられたくなかったら、さっさと言えよ。誰だか言えばいいだけだから、簡単だろ?」
「そ、それはそうですけど…」
「それとも…、まさかお前…。俺に惚れ・・・・・」
「てる訳ないでしょうっ!!!」
「じゃあ、とっととさっさと早く言え」
「うぅ・・・・・、ぬです」
「ぬ?」
「う、ウチで飼ってる犬のジロウですっ!!!」
ファーストキスは飼ってる犬…、しかもジロウって事はオス…。
それを聞いた三文字は、無言でそそくさと自分の席に戻り、桂木は視線を会議の議長である松本に視線を向ける。そして、他の面々もなぜかやけに真面目な顔で、会議に集中するために桂木と同じ方向に視線を向けた。
「ちょ…っ、頼むから何かリアクションしてくれっ!!うわーっ、誰かぁぁっ!!!」
頭を抱えて叫ぶ相浦を放置したまま、バカップル会議は進み…、
校内で追いかけっこ繰り広げている二人から受ける被害状況の報告と、現在も更に拡大しつつある被害をどう食い止めるか、どうやって二人をいつもの状態に戻すかについて、集まった面々で話し合われる。だが、結論はやはり桂木が言ったように、逃げ回っている時任を捕まえ、久保田に告白させるのが一番の方法のように思えた。
とにかく、お互いの気持ちさえ伝われば、追いかけっこも終るだろう。
しかし、時任を捕まえて久保田に差し出すという事で終了しかかった会議を、意義有りと挙手して止めた人物がいた。
「あの単細胞バカがやっと自分の気持ちに気づいたって事は、聞いてわかってるわよ。けど、久保田君があのバカをそういう意味で好きだなんて誰も聞いてないわ。だ・か・ら、捕まえても、騒ぎが治まるとは限らないんじゃないかしら?」
うふふ…と色っぽい笑みを浮かべながら、そう言ったのは保険医の五十嵐。
五十嵐を発言を聞いた面々は久保田に惚れているから、そんな事を言うのだろうと思いかけたが…、よくよく考えると確かに久保田は近づくなと言われた事を悩んでいるだけで、告白したいとかしようとか、そんな事を悩んでいる訳ではない。
少なくとも相浦と一晩中、ノロケ話を聞かされた三文字の話を聞くと、逃げ回る時任と違って、久保田の方は独占欲剥き出しで、ドス黒くて眼鏡で、いつも通りだった。
「告白するなら、とっくの昔にしてるわよ。つまり、今もしてないって事は、する気がないって事なのよ…っ、そうに違ないわっ。だって、久保田君はあんな単細胞バカじゃなくて、ア・タ・シに惚れてるんですものぉ〜」
この場に居る誰もが、五十嵐の発言に一理あると認めた。
だが、それと同時に惚れてる発言には、全員で即座にツッコミを入れた。
だったらっ、なんでバカップル会議なんてしてんだよっ! コラァ!!
とにかく、久保田に告白する気がないとするなら、もはやお手上げ状態。
時任は男同士で気持ち悪がられると思っていて、誰が何を言っても考えを改めそうにもない上に、好きだと気づいただけで顔がまともに見られず、逃げ回る時任の照れ屋度は半端じゃない。この分だと今日も久保田と暮らすマンションには、帰りそうもなかった。
寝起きに久保田を殴ったらしいが、おそらく思わず殴りたくなるような夢でも見たのだろう。そこまで考えた会議の議長である松本は、いい案が浮かばず眉間の皺を深くした。
「誠人は告白する気が無く…、時任も告白する気が無い。つまりはそういう事だろう。だが、時任が誠人を意識し続ける限り、騒ぎは大きくなるばかりという訳か…」
いくら話し合っても、やはり恋愛は当人同士が解決するしかない。しかし、本人達がどちらも告白する気がないのなら、成り行きを見守っても解決の見込みはないだろう。
おそらく、時任は今日もマンションに帰らず、会議中にも関わらず座禅とイメージトレーニングに夢中になっている松原か室田か…、はたまたジロウとキスした相浦の所へ泊らせてくれと交渉。場合によっては、交渉を受けた時点で眼鏡にやられるっ。
そんな事態を自分の身に置きかえて想像した松本は、背筋にぞくぞくと冷たいモノが走った気がして顔を青くする。すると、松本の横に立っていた橘が、ふふ…と少し毒を含んだような微笑を口元に浮かべた。
「時任君は僕が保護しますよ。そして、状況によっては…、今日は僕の家へ…」
「なっ、何を言っているっ。そうなれば、被害が酷くなるばかりか命の保障はないぞ」
「えぇ、わかっています。だからこそ、言ってるんですよ」
「だからこそ、とはどういう意味だ?」
橘の提案は、事態を悪化させるだけのように思えた。
松本だけではなく、この場に居る誰もがそう思った。
だが、橘は口元に微笑を浮かべたまま、色を含んだ仕草で白くて細い指を伸ばし、松本の頬をゆっくりと撫でる。そして、まるで悪魔のように、今日の所は保留にして会議を終了しようと考え始めていた松本を誘惑した。
「このメンバーの中で、久保田君を一番嫉妬させられるのは僕です。命の保障はないとおっしゃっていた貴方は、それを否定したりはしないでしょう?」
「・・・・・・確かに、否定はしないが」
「僕が告白させてみせますよ」
「命がけで…、か?」
「それだけの価値が、僕にはありますから…」
「価値とは、誠人と時任が付き合う事がか?」
「えぇ、実は久保田君に負けず劣らず、僕も嫉妬深いですからね。二人がそういった関係に落ち着かない限り…、安心できないんですよ」
「そ、それは何の話だ?」
「さぁ…、何の話でしょうね?」
そんな会話をしながら、見つめ合う松本と橘はどこから見てもバカップル。
だが、お互いに告白していながらも、深く愛しすぎているが故に橘は、恋人の元相方である久保田を敵視し続けている。嫉妬に狂った橘の眼鏡は、嫉妬に狂う久保田と似た光を放っていた。
・・・・・・・・・眼鏡を見たら110番っっ!!
光る眼鏡を見て心の中でそう叫んだのは、相浦かそれとも松本だったか…、
白いハリセンを片手に頬杖をついて成り行きを見守っていた桂木は、遠い目をしながら軽く肩をすくめた。
「・・・・・・告白より、眼鏡キャラを撲滅した方が、世の中平和になりそうだわ」
こうして、バカップル会議は他に良い案もなく、唯一出された橘の案を受け入れる形で終了。事態が悪化し、悪い方向に向かってしまうかもしれないと懸念しながらも、告白させてみせると言い切った橘にすべてが委ねられた。
丁度、その頃…、時任は保健室のベッドで真っ赤な顔をしてうずくまり…、
久保田はのほほんとした様子で、学校の廊下を歩き…、
そして、このバッカップル騒動は、橘の指し示す方向に向かって走り出す。
だが、騒動がどんな形で治まるのか、それともやはり収まる事はないのか…、
それはまだ、誰にもわからない事だった。
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